- Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480434661
感想・レビュー・書評
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初めて読むプラハ生まれの作家さん。
表題作『アンチクリストの誕生』が一番長くて90頁位の中篇。展開が早くて面白い。理由がどうあれ、我が子を殺そうとする心理はまったく想像が及ばないが、オチを読むと、さて何が正解だったのだろうか?と思ってしまう。赤ちゃんを守るために男4人(亭主+泥棒3人)に立ち向かう奥さんが一番立派だ、と思って読み進めただけに。
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オーストリア=ハンガリー帝国時代のチェコに生まれた作家
レオ・ペルッツの中短編集。
歴史的事実と奔放な空想を綯い交ぜにした、幻想的な作風だが、
登場人物の描写に深みがあって、骨太な印象。
ここでも澁澤龍彦による幻想文学新人賞選評「もっと幾何学的精神を」
及び「ふたたび幾何学的精神を」を想起せざるを得ない。
明確な線や輪郭で、細部をくっきりと描かなければ幻想にはならない【*】
あいまいな、もやもやした雰囲気の中を、
ただ男や女がうろうろと歩きまわるだけの話をいくら書いたって、
そんなものは幻想でも何でもありやしない。【**】
【*】澁澤龍彦『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』(学研M文庫)p.152
【**】同p.156
表題作は、
生まれたばかりの我が子について不吉な夢の啓示を受けた靴修理職人と、
子を守ろうとする妻の話……なのだが、トンだところにオチが付く(笑)。
圧巻は巻頭「主よ、われを憐れみたまえ」。
革命直後のロシアで銃殺刑の前に家族に会わせてくれと願い出た男は
五日間の猶予を与えられて自宅に向かうが、
死んでも構わないと思っていたにもかかわらず、妻の愛を確認したため、
秘密警察に戻って命乞いをする。
手が届く範囲のささやかな幸福への執着が蘇った途端、
生きるか死ぬかの瀬戸際で必死になる姿が、
狂おしいまでの緊張感を伴って描かれる。
似ているようで対照的なのが「夜のない日」。
ウィーンで無聊をかこつ高等遊民が、決闘を前にして突然、数学の研究に没頭し、
我を忘れる(主人公のモデルはエヴァリスト・ガロアと目される)。
全8編、20世紀初めの欧米を巡り、
様々な事件を少し離れて望遠鏡で覗いたような読書体験だった。 -
以前読んだ『第三の魔弾』が面白かったレオ・ペルッツの短編集。表題作は中編ながら、どこへ転がっていくかわからない展開に意外性があって振り回された。ほのぼの素朴なラブストーリー風に始まったのに、昼メロか!というくらいのジェットコースター展開。夫婦おのおのの人に言えない過去が出てきてトラブル、あげく夢占いでアンチクリストだと断定された我が子をめぐって夫婦で騙し合い殺し合い、さらにラストで明かされた子供の名前はなんと・・・。宗教や夢占いなんか信じて家族がバラバラになるなんて不毛だからやめようね、という教訓話かと思ったら「やっぱりか!」という真逆のオチ。
ムーンフォビアとでも名付けたい月が怖いよ病男の「月は笑う」、降霊術で呼び出された霊が実は…という「ボタンを押すだけで」は、わかりやすくゴシックホラー風で好きでした。
1作目の「主よ、われを憐れみたまえ」は、レーニンの時代のロシアの話で、ちょうど直前までスターリンがあんなことやこんなことになるソローキンを読んでいたので、なんかとんでもないことが起こるんじゃないかと変に緊張したけど(苦笑)とても鋭い心理劇。「霰弾亭」は『第三の魔弾』にも通じる部分が。
通しで読んで気になったのは、主人公が女性(恋人や妻)に裏切られがち、あるいは裏切られたという妄想に取りつかれがちなこと。何か作者にトラウマでもあったのかしら。
※収録作品
「主よ、われを憐れみたまえ」/一九一六年十月十二日火曜日/アンチクリストの誕生/月は笑う/霰弾亭/ボタンを押すだけで/夜のない日/ある兵士との会話
解説:皆川博子 -
レオ・ペルッツは、100年ぐらい前にプラハ・ウィーンあたりで活躍したユダヤ系の作家で、わりと最近知ったのだけど、どれも面白い。歴史小説です。
ほとんど長編で文庫化されていないけど、これは中篇・短編で文庫化されたもの。
中東欧のこのあたりの幻想小説は本書の訳者でもある垂野創一郎氏が精力的に訳されていて、最近も大分なマイリンク小説集が出たので買ってしまった。 -
レオ・ペルッツの中短編集。
たま~にSFとか時代、ミステリ、ファンタジーといった分類じゃなくて、純文の中で幻想とか綺想とか評されるのを手に取るのを覚えたのはガルシア=マルケスがノーベル文学賞縁で受賞し、彼の本が書店に平積みされたのが縁。 -
中短編集8編
怪奇色漂う独特の雰囲気と巧みなストーリー展開.表題作と霰弾亭が好きだ.
翻訳者のあとがきがとてもためになった. -
中短編集ですが中味がぎゅっと詰まった濃い作品ばかりでした。
表題作の展開の速さとオチに「そう来たか」と思いました。かの人物はアンチクリストと言えるのかは微妙な気もしますが面白かったです。
その時代の雰囲気がどの作品にも流れていて味わいがありました。 -
技巧的な短中編の数々。ひとつひとつの密度が濃い。
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ペルッツ唯一の中短編集が何と文庫で登場。近年、長編の邦訳はぽつぽつ出ていたが、まさか文庫で出るとは思わなかった。
収録作の中で読み応えがあるのは、表題作である中編『アンチクリストの誕生』だと思うが、短編も秀逸。好きなのは『「主よ、われを憐れみたまえ」』、『月は笑う』。