- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480435675
作品紹介・あらすじ
井戸に眠る因縁に閉じ込められた陶芸家の日下さんを、彼に心を寄せる風里は光さす世界へと取り戻せるか。『恩寵』完全版、感動の大団円。解説 東直子
感想・レビュー・書評
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繊細さを感じた、一冊。
下巻は終始繊細さを感じた。
人の心の奥底に眠る表からじゃわからない繊細な部分。
それを見せられていくと同時に、その一つの箇所を誤って傷つけでもしたら何もかも壊れてしまいそうな取り返しのつかない方向へ向かいそうな、そんな危うさをも感じた時間だった。
心の縺れほどやっかいで繊細なものはない。
でもそれもきちんと自分や人と向き合って生きているからこそ、の証でもあるのかな。
縺れが解けたらまた未来へ思う存分心を伸ばせる。
それをファンタジーで表現された作品、草地に一歩踏み出す、そんな柔らかな読後感が良かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
下巻は風里と奏の関係を軸に、その前の世代である葉や響の残した想いなども絡んでくる展開に。ややファンタジーな展開にもなりますが、終盤のいろいろなものが解けて、収まるべきところに収まっていく感じは、とても気持ちがよかったです。
全体を通してのテーマは「繋がり」なのかと感じました。手を伸ばすことで人と人とが繋がっていく。そういう繋がりを重ねて未来が紡がれていく。そんな物語に感じました。 -
上巻のいい人たちに囲まれたほんわかした話が続くかと思いきや、下巻は一転して、過去との繋がりを重視した展開に。
上巻では研究室に出入りしているだけのイラストレーター日下が、下巻ではキーマンに・・・
上巻で衝撃的なシーンで終わっていたもう一人の主人公・葉のその後も、葉の友人でその後義理の兄と結婚する友子の目線で描かれ、様々な人物の過去と現在の関係が明らかになっていく。
風里は趣味の刺繍が徐々に生きていく糧となり、イラストレーターの日下と付き合うことに。
そんな生活の中、風里の夢に変化が起きる。
上巻のほんわかした雰囲気は全くなく、明らかになるそれぞれの過去に心が重くなることも。
標本の話もほとんど出て来ないのも残念。
唯一救いだったのが、最初に仕事に疲れて、心身共にどうにもならなかった風里が思い切って仕事を辞めることで、いろいろあっても、好きな趣味が仕事になっていっていき、幸せになれたこと。
この作家さんの作品は、他の作品でも人の死を多く描いているが、ここまで重いのは初めてで、上巻が面白かっただけに、ちょっと残念。
個人的にファンタジーが好きじゃないのも、合わなかったのかも。 -
物語は、過去と現在のみならず、ますますファンタジーな展開に。
風里の住む離れや、本家の謎、井戸の謎、過去に住んでいた人々と風里の関わりが、全て解きほどかれていく。
芸術、物づくりを主題にするほしおさん。細やかな手仕事の背景にあるシビアな現実と、芸術家の突き詰めた怨念のような情熱があることを描いて見せたような気がします。 -
水面が青く、きらきらしていた。岸からたれさがった草が水の流れで揺れている。
桜のうつくしさは、何度桜の季節を経験したかで決まるのだ。冬が終わって春が来る。僕が忘れてしまっても、必ず花は咲く。それを見るたびにはっとする。前に見た桜を思い出す。そのたびに積み重なっていくのだ、桜のうつくしさが。
人の死、人の繋がり、未練、罪、悔い、新しい命、覚悟、夢、未来、過去 -
風里と日下さんの関係や、葉の苦悩と過去の出来事が描かれ、そうか、そうだったのか…の展開。うん、この物語、いいなーーー。風里の刺繍、見てみたい。
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心も体も疲れた風里がゆっくりと緩やかに
再生していく。
住む場所の歴史と自分の心と愛する人の心の
リンクの仕方がとっても複雑でひもとけばシンプル。
やさしく、そして勇気の持てるお話でした。
全部が繋がると言えばつながるけれど、絡めすぎな感じもある。
けれど、最初に読んだときより深く感動した。
今の私が、読んで正解!なんだと思う。 -
★わたしは、生きてるもの、きれいだと思います(p.193)
■要点■
(一)風里と日下、葉と響、生と死、天才と凡人、親と子、人と人、過去と現在、それらのつながり。よくできた小説でした。
(二)古澤響が遺したあり得ない建造物の図面。図面を読む才能が高かったからか、葉の呪いなのか、その建物に入り込んで戻れなくなった日下。
(三)ちょこっと出てきてた「夢見」のチカラ発動!!
■簡単なメモ■
【一行目】
吹き抜けになったロビーを歩き、エレベーターの前に立つ。すぐに、ぴん、と音がして、ドアが開いた。(上巻)
三ノ池植物園研究棟の大部屋に笹の葉が揺れている。もうすぐ七夕なのだ。(下巻)
【生きる】ノムさん《まあ、生まれたからには、少なくとも、生きてることは許されてるってことじゃないの》上巻p.36。《彼女は少し考えるような顔をしてから、わたしは、生きてるもの、きれいだと思います、と言った。みんな奇跡みたいにきれいだ、と。》下巻p.193
【石塚】研究所にいる修士の院生。赤痢で休んでいたが復活。風里の第一印象は悪かった。運も悪く調査に行くと毎回マラリアとかデング熱とかをもらってくる。いつもイライラしてる感じだが風里以外はあまり気にしていない。不気味要素のある話が苦手。
【椅子】日下の部屋にあった奇妙な形の椅子。建築家がプライベートで作った一点ものの作品。睡蓮の花びらの形らしい。
【井戸】風里の家の傍らにある古い井戸。しっかり蓋をしてあり気づかなかった。どうやらそれが一ノ池の痕跡らしい。かつて葉がそこに自分の一部を置いていったと思われる井戸。
【梅拾い】苫教授の楽しみで梅酒や梅ジュースをつくるため。
【枝と小鳥】ハンドメイド系の雑貨店。店主は桐生澄世。小菊の紹介で風里の刺繍を置くことになった。
【大島風里/おおしま・ふうり】→風里
【家族】小菊《家族のなかって、いちばん秘密が多いところなのかもしれませんね》上巻p.123
【ガラス】液体。
【考え】苫教授《たしかに、死ぬときには、その人の頭のなかの世界もきれいさっぱり消え去るのよね。人の頭のなかにはだれにも言わないままの記憶がたくさんあるから、それらも同時に完全に消えてしまう》上巻p.120
【神崎/かんざき】弓月工房の人。
【桐生澄世/きりゅう・すみよ】ハンドクラフト系雑貨店「枝と小鳥」店主。帰国子女で小学校はオーストラリア。鳥の巣そっくりの作品をつくる。結婚して久住(くずみ)さんになった。
【日下奏/くさか・そう】科学系イラストレーター。陶芸もする。葉っぱのイメージでつくる。ちゃんと売れる。いつも人を見透かしたようなしゃべり方をする。《人間はそれほど器用じゃない。だから、ほんとは、そういう場所を探すことに真剣になるべきなんだ。それ以外の場所で努力するのは、はっきり言って時間のムダ》上巻p.85
【日下ゆり】女優。古澤響と結婚した。
【ゲンさん】藤田源三。藤田工務店のあるじ。野村さんは「ゲンさん」と呼んでいる。家の改装をやってくれたが材料費しか請求しなかった。
【小菊】研究所の修士一年。分子進化学が専門。はっきりものを言うタイプ。
【才能】時生《才能というのは、目の前の現実より大切なものを抱え持ってしまうということなんだね。だから、しあわせになるとはかぎらない。むしろ自分もまわりも不幸にすることがある》下巻p.55
【佐伯小菊】→小菊
【桜】《桜のうつくしさは、何度桜の季節を経験したかで決まるのだ。》下巻p.209
【三二一の部屋】古澤響の建てた自宅にはプライベート空間というものがなかったが唯一物置としてつくられた三メートル×二メートル×高さ一メートルの空間だけにドアがあって、奏はそこを自室として安らいでいた。
【三ノ池植物園】風里が標本整理のアルバイトすることになった。二ノ池公園の隣。応来大学付属植物園。研究所もある。入場料は三百円。
【刺繍】唯一の趣味。植物の細密画のような作品をつくる。
【植物の世界】水明社が発行している植物についての雑誌。苫教授が監修している。
【人生】古澤響《今回の人生で、僕は父とも葉とも別れる道を選んだ》下巻p.99。ノムさん《僕たちは、生まれてきたとき、この身体を借りて、まわりのものや土地を享受して、いつか死ぬ。すべて借り物なんだ。》下巻p.135
【水牛】小菊ちゃんは四歳の頃東北の叔母の家の近くで水牛を見た記憶があるが誰もそんなシュールものは見たことがない。《でもまあ、わたしにとってはあの町は水牛のいる町ってことでいいかな、って》下巻p.11
【杉崎】村上紀重の弟子。不興を買った。
【捨てる】《前に進むためには、必ずなにかを捨てなければならない。》下巻p.172
【精密】《その精密さが祈りのようだ》下巻p.192
【星明学園/せいめいがくえん】中高一貫のお嬢様学校。村上葉が通う。生徒会長の鳥越理子(とりごえ・たかこ)、高等部副会長の三輪梢、生徒会書記の檜山照美は才人トリオと呼ばれている。
【空の柘榴】照美が遺した俳句をノムさんが本にしたもの。檜山照美名義。
【高橋未歩/たかはし・みほ】桐生さんのウエディングドレスをつくった。風里の刺繍に関心を抱いた。
【珠子】風里の母のおば。織物の技術が高かった。実家にある雛人形の衣装をつくった。夢見のチカラを持っていたらしい。
【テッセン】風里の刺繍のターニングポイントになった題材の植物。ちょうど木下杢太郎の『新編百花譜百選』を読んだところだったので見返してみた。なるほどこんな花か。
【テルミー不動産】廃屋のような一軒家の販売・管理を委託されていた町の不動産屋さん。
【年を取る】ゲンさん《年取って、だんだん自分の限界がわかってきても、人間ってそれでも生きてようって思うんだよ。いじましいけどね》上巻p.36
【苫淑子】三ノ池植物園の教授で研究所と植物園のトップ。分子進化学の第一人者。背が高くパワフルな感じ。ものの整理は苦手っぽい。教授用の個室は寂しいのでだいたいの場合皆が集まる大部屋にいる。
【友子/ともこ】溝口友子。村上葉の友人。弓道部。人に頼らないしっかりした性格。《葉のない枝が美しく見えるのは、わたしたちが葉のある枝を知っているからだ。》上巻p.164。しかし葉は枝そのものが美しいと思った。後に中山時生と結婚、飛生をもうける。
【鳥越理子/とりごえ・たかこ】葉が副会長だったときの星明学園生徒会長。才媛。誰よりも力強いと葉は思った。《力強いのではないのよ。自分が弱いと知っているだけ》上巻p.195
【中山時生/なかやま・ときお】葉の兄。血はつながっていない。大学で建築を学んでいる。
【中山飛生/なかやま・とびお】風里が住んでいる一軒家の大家の息子。時生の息子。名刺には「ランドスケープ・アーキテクト」と書かれていたが会社の名前? 職業的には庭師みたいなものらしい。
【中山文夫/なかやま・ふみお】村上紀重の大学時代からの友人。文字の研究をしている。
【謎】《謎は解けても解けなくてもよいのだ。》下巻p.21
【並木まほろ】水明社『植物の世界』編集者。背が低くショートカットでまん丸メガネの忘れられない風貌。なんか迫力がある。ミステリマニアで自分でもネットなんかに書いているらしい。
【二ノ池公園】風里が廃屋のようなような一軒家を見つけた。
【ノムさん】野村さん。テルミー不動産のあるじ。藤田さんは「ノムさん」と呼んでいる。風里を気に入ったようだ。応来大学の学生の頃『有隣』という雑誌を出していた。後に檜山照美と結婚した。
【野村佑介/のむら・ゆうすけ】→ノムさん
【のんびり】ノムさん《無理して手に入れたものなんて、どうせ手元には残らないんだから》上巻p.37
【檜山照美】鳥越理子の友人。たぶんテルミー不動産の名前の元になったと思われる人物。文才はあったが作家の道を断念、教員となり野村と結婚、若くして亡くなった。
【風里/ふうり】主人公の「わたし」。《そもそも、だれなんだ、わたし?》上巻p.19
【風里の弟】陽太。出番はほぼない。
【風里の父】ちょっとガンコなところもある。風里はなんとなく敬遠している。教師。
【風里の母】風里に刺繍を教えてくれた。家庭科の先生だったそうだ。
【俯瞰】日下《大島さんは地面を歩くタイプでしょ。僕は俯瞰しないと落ち着かない方だから》下巻p.26
【藤田源三】→ゲンさん
【古澤響/ふるさわ・きょう】中山時生の友人で同じく建築を学んでいる。天才と言われている。見とれるほどきれいな顔。友子の第一印象は「なんとなく怖い」だった。
【古澤響の架空建築】日下の部屋にあった本。おもしろそうやけど…残念ながら架空書籍。
【古澤奏/ふるさわ・そう】響の息子。中山飛生の大学時代の友人。建築を学んでいた。天才と呼ばれていた。天使とも。誰にも本当の姿を見せない。
【古澤明/ふるさわ・めい】響の父。有名な漆工芸家。登場機会はなかった。
【分子進化学】苫教授や小菊が専門にしている。小菊《わたしたちの仕事って、生きものをDNAっていう記号に変換することで成り立っているんです。記号にしてコンピューターに入力すれば、分析も操作もしやすくなりますから》上巻p.236
【変化朝顔】江戸時代に流行った変なタイプの朝顔。苫教授の祖母が育てていた。
【骨】日下《骨っておもしろいよね。身体を支える芯みたいなものだけど、持ち主が死んではじめて全体が外に現れる》上巻p.89
【円/まどか】最後に登場。風里の娘。
【マルテの手記】村上葉から古澤響宛のじつはあり得ない封筒が入っていた本。本自体は葉が響に貸したものらしい。
【水】水に沈むと隠れてしまう。この作品には水のイメージも流れている。
【宮田】古澤響の部下。
【三輪梢】鳥越理子の友人。
【村上薫子/むらこみ・かおるこ】葉の母。紀重の妻。華道の家元、遠田(おんだ)家の出身。書をやっていて紀重と出会って結婚した。
【村上紀重/むらかみ・のりしげ】書家。大きな紙に漢字一文字だけを書く。ヨーロッパの美術館にも収蔵されているらしく「沈黙の文字」と評されている。自分というものを出さず文字そのものの純粋な姿を描く。
【村上葉/むらかみ・よう】→葉
【弓月高原/ゆみづきこうげん】日下が陶芸をするときの窯元「弓月工房」がある。
【夢】《不思議な世界だね。大きな生きものの夢のなかにいるみたいだ。》上巻p.268。《夢のなかには時間がない。夢というのは、この世の時間と関係ないところに浮かんでいるから。》下巻p.249。《夢はほかの人の夢とつながっている。》下巻p.255
【夢見】風里の血筋にときどき出現する、他者の夢に入れる能力。手仕事に秀でるという特徴も持つ。
【葉】村上葉。村上紀重の娘。お嬢様学校「星明学園」に通う。生徒会副会長。中高一貫校で初の中学生副会長。幼い頃から書の英才教育を受けてきて、当人はそう思っていないが周囲は天才少女と目している。《なんだかね、自分があの線の塊のような気がするの。》下巻p.89 -
上巻で複雑になってた人間関係が下巻で明かされてすっきり。
風里の、生きてるものみんな奇跡みたいに綺麗だという言葉が胸に残る。