増補新版 いま、地方で生きるということ (ちくま文庫 に-8-4)
- 筑摩書房 (2019年12月9日発売)
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感想 : 16件
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Amazon.co.jp ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784480436405
作品紹介・あらすじ
どこで生きてゆくか、何をして生きてゆくか? 都市とは違う、自然を感じられる場所で練りあげられた幸福論。8年後の再インタビューを加えた決定版。
みんなの感想まとめ
テーマは、震災を経て地方での生き方を見つめ直すことで、真の幸福を追求することです。著者は、自然を感じられる地域での多様な生き方を通して、価値観の再構築を提案しています。インタビューを通じて出会った人々...
感想・レビュー・書評
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一カ月後に移住を控え、移住後の仕事のイメージを膨らませるために本書を手に取った。ここでのインタビュー時期が東日本大震災直後だったこともあり、「都内から地方で何か」というよりは「震災を経てこれから」の意識を持って活動している印象を受けた。しかし、震災で生活基盤や価値観がリセットされた上で暮らし方を考えることは、既存の価値観からある種解放されて最も自分自身に向き合った解を得られるのではないだろうか。
個人的には増補分の最後のインタビュー内容が最もしっくり来た。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「東京で与えられた仕事や生活を選ぶだけじゃなく、自分たちで仕事や暮らしそのものをつくれないか?」という問いをもとに地方で働く人へのインタビューをした本。
地方では、仕事の選択肢は少ないが、その分、自分で何かを始められたり、関わったりすることで、その街を変えたという実感を得やすい。それを各人にインタビュー。
●成長とは、自分が安心していられる領域が広がること。それは、いわゆるコンフォートゾーン(Cゾーン)外での動きが重要。
●あえて専門性を持たないという生き方。コンサルなりファシリテーターにせよ、専門性やスキルが全面に出てしまい、ニーズを満たすことが逆に難しくなるのではという提案。これはもちろん、東京と地方という隔たりによる難しさはあると思うが、働き方の起点を自分の専門性ではなく、相手にすることも必要なのでは。
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東日本大震災時に現地ボランティアに駆けつけた自然学校の人々や街で写真館を営む人、建築を学び鄙びた温泉地に住んで地域創生に取り組む人、ULデザインと自然とビーガンとを一体化させて九州に住む人。しなやかに生きる人々の思いや価値観を取材した本。
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地方での生活について詳しくなりたいと思って手に取った。面白かったが、全体的には物足りなさを感じた。
インタビュー集のような本で「地方に移り住んでみて、こういうところがよかった」という語りがベースになっている。ただそれだけだと実際にどんな生活をしているのか、という具体的な実態があまり見えてこない。
また出てくる人々が専門的な仕事(写真家、アートスペース運営、翻訳家)をしている人が多くて、ちょっと偏りがある。ある意味で、都会っぽい仕事ばかりで、たとえば普通に地方の中小企業に勤めてる人は皆無。
地方が首都圏だったりとは違う魅力があるのはわかるのだけど、地方から出ていく人はどういった不満を持っているのかということも読めたら、より参考になったのだけど、と思った。
あとがきで、同じ人たちと八年後にした短いインタビューが載っていて、それを読むと、インタビューを受けた人たちの、自分をどう見せたいか、というところの先にあるものが少し垣間見れて面白かった。
個人メモ:
地方で生まれ育って、出自、子供の頃の属性等々で関係性が出来上がってしまっていて、一度移動しないと抜けられない、というようなことはある?
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成長とは、自分が安心していられる領域が広がること。
そこを広げるには、馴染みのあら普段の快適な領域から少し外に出てみなければならない。冒険が必要になる。
自立→食べるもの、着るもの、住むところを自分でコントロールできること
何もないことがつまらないのではなく
同じようになろうと均質化していっていることがつまらない
生きていくために必要なお金は地方によって異なる
東京で許されているのは
お金を使う自由
欲望の全てがお金で買える訳でなく、恐怖を克服するためにお金を使っている
いい家、いい学校、いい車、、などなど
本当に自分が幸せだと思う必要なものってどれだけあるのだろうか
東京だと消費に踊らさせてしまうけれど、それが山に入ると無意味なものになる
今日、行った京田辺のお家は
駅前にコンビニもないし市内まで1時間はかかるけれど、自分たちの身の丈に合う幸せを知っていて、劣等感なんて感じずに伸び伸びと幸せに暮らしていた
何が本当の幸せなのか?
便利さだけに身を委ねるのは恐怖をお金で買っているだけなのかもしれない -
塚原さん
RQの活動の際はお世話になりました。
リオグランデの活動も収束した事をこの本知り、長い間お疲れ様でした。
多拠点で面白いことできていますか?
いつかどこかで暮らしぶりを目にする事が出来れば、と思います。
LVDBbooksにて購入。 -
(東京に対比しての)地方ぐらし、という側面ばかり打ち出して持て囃していては、都会(東京)と地方の分断は進むばかりで埋まらないと思う。
なのでお話しされている方の一部の発想(やたらとニヒルに政権批判に結びつけるとか)には相容れないどころか反感に近いところもありつつ、
何かしなければならないという情動に突き動かされた、それがたまたまその場所だった、というスタイルで生きる人には強く惹かれる。そしてそれは、東京でも地方でも、本来どこでもいいはず。 -
西村さんの本は働き方研究の3冊が大好きなんですが、それ以来ひさびさに読みました。「地方で生きること」について東北や九州で暮らす方々へインタビューをしていきつつ、西村さん自身が少しずつ思考していく心地よいスタイルは健在。東日本大震災後のタイミングで語られたものが中心ですが、コロナという震災とはまた違った形で都市と地方での暮らしを考えた方も多いと思うので、アフターコロナの生活作りが進んでいる今読むのもなかなか面白いと思います。
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地方で生きたいと思って読んだ。震災を機に地方移住した人々に著者がインタビューしてまわる話。想像と違ったが、不思議で今までに読んだことないタイプの本だった。
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3月11日、東日本大震災直後「どこで生きる?」いろいろ思いあぐねて、気持ちが定まらない。
それを確かめるため、東北と九州、屋久島へ11名を訪ねて回る。
8年後のメールインタビューも掲載。
震災直後にも関わらず、みなさん素早く動いている。
福岡 「アルバス写真ラボ」酒井咲帆さんのインタビュー記事が好き。
旅の途中で偶然出会った子どもたちと酒井さんの10年にわたる交流の話。
読み終えて、コロナ禍のいま、皆さんはどうしていらっしゃるのかSNSで調べてみた。
私はきっと人恋しいのだ。 -
岐阜聖徳学園大学図書館OPACへ→
carin.shotoku.ac.jp/scripts/mgwms32.dll?MGWLPN=CARIN&wlapp=CARIN&WEBOPAC=LINK&ID=BB00602455
与えられた範囲内の自由でなく、仕事や暮らしを、自分たちでつくり出してゆく自由。社会変革のような大きな物語でなく、身近で具体的なことに時間とエネルギーを注いでいる人々のあり方。どこで、だれと、なにをして生きてゆく?「いま、地方で…」というテーマを片手に、東京を離れ11名を訪ねて回ったロードムービーのような幸福論。8年後のインタビューを大幅に加えた決定版。
(出版社HPより) -
☆☆☆2020年1月☆☆☆
「いま地方で生きるということ」
今、もっとも興味のあるテーマ。
ミシマ社という出版社にも興味を持った。
生きる場所を決めてから仕事を決めるべきなのだろうか?
仕事がない!は言い訳にならないのか?
直感で動くべきなのか?
色々と考えさせられる本だった。 -
p30 「田舎には仕事がない」というけどそんなことはない〜それは勤め先〜だけの話で、そこに暮らす人々と出会いながら、〜便利屋のように働いてみればいい。
p78 自分は「機会」に身を置いて、そこで暮らしている感じがする。
p91 何かに依存しているかぎり当然そこでリスクが上がる。
p92 「いつここを去っても大丈夫」な状態〜本当にポータブルに。地球の裏側に行っても成り立つような仕事やスキルを持ちえてないと自由になれない〜そういう人間同士が集まった時、はじめてなにかできるんじゃないか。
p106 「幸せになりたい」というアイデアを手放しさえすれば、どこでも十分に生きてゆけるんじゃないか。むしろそのアイデアによって、がんじがらめに不自由になっているんじゃないかな。
p138 欧米では公(〜)・共(〜)・私(〜)の三つは別々の概念として捉えられている。
p148 常連さんが多いです。県外や市外からも来てほしいとか思っていなくて。地元の人にとってあたり前の「市」になってほしい。
p165 「俺は墓石屋だけど、百杯会に行くと偉い先生とかいろんな人が来てて、俺みたいな学のないのにもいろんなことを教えてくれて、ほんとに面白かった」
p228 どういう仕事でもいいんですよ。〜「来て働いてくれないか?」と言われたら僕は行く。で、その中で役割を見出せばいいと思っていて、僕自身には「こういうことをやりたい」というのは本当にない〜。
p237 〜どんなに能力の高いデザイナーもクライアントの器以上の働きをすることはできない。
p292 僕は「自由」と「誇らしい気持ち」と、あと「やすらぎ」が欲しいんだな、と思う。
p293 与えられる側ではなく“つくる”側にいたい。そんな自由を求めて、そんな風に存在できそうな場所へ感覚的に動いた〜。大事なのはむろん“移住”でも“地方”でもなく、「自分たちが生きてゆく社会を自分たちでつくってゆくこと」だ。
p306 高齢化率40%前後の地で「地方だからこその可能性」とか「地方の時代」なんて、口が裂けても言えません。〜もし可能性が残されているとすれば、〜自分の資本で、自分の責任で、やれるとこまでやるっていう、かなり強烈な個人が乱立することではないかと思います。
p374 なんかね、売りつけられている幸せが高すぎる。
著者プロフィール
西村佳哲の作品
