本は読めないものだから心配するな (ちくま文庫 す-28-1)

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  • 筑摩書房 (2021年9月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (304ページ) / ISBN・EAN: 9784480437662

作品紹介・あらすじ

この世界に存在する膨大な本をめぐる読書論であり、ブックガイドであり、世界を知るための案内書。読めば、心の天気が変わる。解説 柴崎友香読めなくてもいい、忘れても。読書の実用論解説 柴崎友香本を読む。忘れる。それは当たり前。内容を覚えてなくても、「読めた」と言えなくても、心配しなくていい。よろこびをもって前に進もう。本書は読書をめぐる思索の書であり、古今東西あらゆる本をめぐるブックガイドであり、世界中の土地や文化について学ぶ手引きである。読めば、心のお天気が変わる。また本を読みたくなる。読む人に勇気を与える「読書の実用論」。

感想・レビュー・書評

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  • タイトルに惹かれてレビューを読んでみると
    内容は良いけど難しそう。
    でも一つだけ
    「タイトルから想像する内容は、最初と最後を読めば良くて」
    というレビューを見つけました。
    ありがとうございます。
    そこだけ読みました。
    すっきりしました。

    〈読書とは、一種の時間の循環装置だともいえるだろう。それは過去のために現在を投資し、未来へと関係づけるための行為だ。過去の痕跡をたどりその秘密をあばき、見いだされた謎により変容を強いられた世界の密林に、新たな未来の道を切り拓いてゆくための行為。時間はこうしてぐるぐるまわり、自分はどんどん自分ではなくなってゆく。そこでもっともあからさまに問われる能力は、結局、記憶力だということになる。記憶力とは、流れをひきおこす力だ。過去が呼び出され、その場に現在するテクストを通過して、ものすごい速さで予測される未来のどこかへと送りこまれてゆく。この加速力こそ読書の内実であり、読書の戦略とはさまざまな異質の過去を、自分だけではなく無数の人々が体験しその痕跡を言語によってなぞってきた過去を、どのようにこの加速の機構をつうじてひとつに合流させてゆくかということにほかならない。そしてこの流れだけが想念に力を与え、自分だけでなく「われわれ」の集合的な未来を、実際にデザインしてゆく。
    ところが、ああ、われわれの記憶力ほどあてにならないものもない。読書という、記憶がすべてである領域でさえ、その土台は鯰(なまず)の背に乗ったようにぐらぐらと揺れてやまない〉

    だからいつか満月の夜、
    不眠と焦燥に苦しむ私が
    本を読めないこと
    読んでも何も残らないことを
    嘆くはめになったら、
    この言葉を思い出します。
    「本は読めないものだから心配するな」

  • 読書を趣味にする人間にとって、なんと心強いタイトルだろう。

    「ぼくらが読みうるものはテクストだけであり、テクストとは一定の流れであり、流れからは泡が現れては消え、さまざまな夾雑物が沈んでゆく。本を読んで忘れるのはあたりまえなのだ」

    多和田葉子の孫引き。

    「年をとるに従って読書のスピードが落ちるのは、本に書かれていることが、もともと頭の中に入っている考えにぶつかって、簡単には入れないからなのだろう。それはそれでいい。ぶつかって、再検討され、読み直され、吸収されたり、跳ね返されたりする」

    翻訳という、誰かの言葉をなぞる行為。
    理解とは自分勝手な暴力であること。
    『落穂拾い』に見る、拾うことの倫理。

    流れに沿って読みながら、突然大きな落とし穴に落ちるような衝撃が幾度か。

  • なんだか予想以上にとても読みづらく、読めないかな。と諦めパラパラと流し見した。
    そしたらあとがきに「左側の上部にページごとに違う言葉が書かれている」とあり「あ、たしかに」と何の気なしに最初のページから左上の言葉だけを読んでみる。

    すると気になる言葉がとても多い。
    そのページからその言葉が使われている文章を探して読んでみる。
    すると、なんだかとても美しい文章で、とても刺さる言葉にたくさん出会えた。
    最初読んだ時は全然読めなかったのに、気になる一文からその前後を読むことでとても刺さる。
    結局そのままその日のうちにその読み方で2回も読んでしまった。

    「一行が、心を捕らえることもある。
     一行が、きみを変えることもある。」

    本書にあった言葉だが、まさしくである。

    この著者のように絶対的平等である「言葉」を自分の頭でしっかりと組み立て、美しい日本語を使える人になりたいと思えた。

    また何年か後に手に取りパラパラとめくったら、その時に栄養になりそうな言葉に出会えそうで、意外にも手元に残したい本になった。

  • 本書にしても「読んでいない本について堂々と語る方法」にしても、読書論を書くような人は「本を読んでいる」(しかもものすごく)ので、タイトルに騙されてはいけない。一般人としては、アカデミックな文学界にいる人にそう美しく表現されてもね、と思うところがあったのでこの点数。
    とはいえ、本好きな人には温かいエールである。詩人としての表現に満ちている。「本を買うことは、たとえばタンポポの綿毛を吹いて風に飛ばすことにも似ている。この行為には陽光があり、遠い青空や地平線がある。心を外に連れ出してくれる動きがある。(略)本とは一種のタイムマシンにして空飛ぶ絨毯でもある。」話の流れが捉えどころがないようでいて、ページの左上に文中のフレーズが指針になるという本の作りは初めて見た。面白い。

  • どこを切り取っても文章が美しい。紹介される本が全て読みたくなる。おかげで、寄り道しまくりで、立ち止まったり、戻ったりして、なかなか読み進まない。略歴に詩人とあり、さもありなんと納得した。

    例えば142-143ページの理解とはつねに自分勝手な暴力 のくだり。

    ある話が出てくるのは風に果実が落ちるような僥倖にすぎない。あるひとつの共同体でなく、たったひとりの人間を相手にしたときでさえ、その記憶は途方もない広がりをもっている。その中のごくいくつかの細部が、あるとき特定の誰かを相手にぽろりと話に出て、聞き手の記憶に転送される。聞き手は聞き手でその話を整理し、そんなつもりがなくても自分の理解に合わせて切り取り、文字に記す。こうして降り積もるアーカイヴが、さらなる編集を経て本にまとめられる。その本を読んだ人間は、ふたたび勝手に自分の趣味・志向・問題意識などにしたがって、本を再断片化し、理解にひきこむ。

  • うわあ、読み切れなかった。教養不足ですね。また読みます。
    「本はつねに流れの中にあり、すべての本はこの机に一時滞在するにすぎず」から

  • 本は読めないものだから心配するな、って言っても菅さんめちゃくちゃ本読んでるじゃないですか、何言ってるんですか、と、読んでる途中までは思ってたんだけど、だんだん自分なりにその意味がわかってきた。
    菅さんは色んな事象の言語化がえげつなく上手く、浅い人間の私にとっては非常に難解な所も多かった。でもこの、自分なりにわかった、わかったつもりいう事でも良いんじゃないか?って事かなあ。 とりあえず、もっと本を読まなきゃだな。

  • 「入学してすぐに立志プロジェクトという授業があって、課題の一つが「書評」か、でもそもそも本なんて読んだことないんだよな」と思って不安になっている学生さんが、課題図書のリストにこんなタイトルの本を見つけたらちょっとほっとするかも、と思って選びました。とはいえ内容は本当に真摯な読書論、あるいは読書と旅を通じて世界を知ろうとする試みです。著者の言うとおり、書かれていることがわからなくてもあまり心配せずに読む過程で、いろんなことを学び、次の読書につなげてほしい、そして旅に出てほしい、と思います。そして、読み終わっても手元に置いて、気が向いたときにぱっとランダムに開いてほしい本です。
    (選定年度:2024~)

  • 自分も本を読んだ後に、なんとなく面白かったみたいな感覚はぼんやりと残っているのに、内容を全く思い出せないことが良くあり、それは自分の欠損のようなものだとずっと思っていました。

    それだけに本書の序盤の方で語られること、またこの「本は読めないものだから心配するな」というタイトルには勇気をもらえました。

    特に好きな一節は終盤の以下のところです。

    『読書の目的は内容の記憶ではない。そのときその場で本との接合面に生じた一回きりのよろこびを、これからやってくる未来の別のよろこび(読書によるものとはかぎらない、生のいろいろな局面でのよろこび)へとつなげてゆくことだ。』

  • 本を読める人が書いた本なので結構難しかった。
    本を読めない人のための本と言うよりは筆者がどんな風に本を読みたいか読んでいるか、が書いてある印象だった。
    もっと賢くなってから読みたいな…
    引用が沢山あり、色々な人の言葉を読めて面白かった。

  • 本、読書にまつわる思索。
    ちょっと合わなかった。

  • 本は読めないものだから心配するな。管 啓次郎先生の著書。本は読めないもの。本は読めなくてもいいし本を読めたと言えなくてもいい。本は読めないものだから本が読めなくても他人から批判されることも馬鹿にされることもないし自信満々でいい。本は読めないものだから本を読めない人を高飛車に批判したり馬鹿にするのもおかしなこと。本は気軽に読めばそれでいい。読書好き人間、読書中毒人間、読書依存症人間への応援歌みたい。

  • 書店でタイトルに惹かれて買った本
    読み終わった感覚としては、良かった。

    タイトルから想像する内容は、最初と最後を読めば良くて
    あとは、著者の読書記録か、日記的なものか、
    「これだけ書けるんだから、本を読めてるやん」とツッコミを入れたくなりました

    評価はよくわからない
    また読み返したら、星5かもしれない
    途中、自分の理解力がなくてダラっと流して読んでた
    文庫版あとがきに代えての著者の文章だけでも読む価値はあるかと、、

  • いわゆるエッセイ、であって紀行文でもある。著者は翻訳者で講師でもある。タイトル見て惹かれて、借りて読んだのだが、一旦読み進めたページをまた繰り返すと、あれこんなこと書いてあったんだ?みたいな感じでまた真剣に読むみたいな不思議な感覚を覚える本だった。自分もこの人のように、よせば良いのに、読み終わっていない本が、いや、読んでもいない本が数百冊本棚に収まっている状況にまた重ねるように、買ってきてしまう。後、多分読めても二十年から三十年だろうから、今のように年百冊ペースで読んで行ってもせいぜい数千冊なんだなあ。
    今ある本は、いずれ読んでも仕方ない状況に陥ってしまうだろうから、そうならないように一冊でも多く読まなきゃな。

  • 読書にまつわるエッセイのようなもの。はじめに、読んだ本の記憶が失われていくことについて書かれる。結局読んだ本の大部分が読まないのと同じことになっている。本は冊という単位ではなく、つながっていて、水のように流れ沈む。本は記憶ではなく、本を読んでどのように自分が反響、生に吸収されるかが重要、だから本は読めないものだから心配するな、と語りかける。そこからいろんな書物の断片が引用と経験とともに紹介される。気楽に読めた。

  • 読書讃歌であり、ブックガイドでもある本である。

    本を読むことが目的ではない。それによる、わたしたちの「流れ」が大事なのだ。
    忘れた本に動かされた自分もきっといる。タイトルも覚えてない上に、中身もうろ覚えとすら言えないほどの本たちに流されていまここにいる。

    いつかこの本の中身も忘れていくのかもしれない。
    でも確かに、自分の「流れ」の核にずっといてくれる本になった。

    読書を始めて、その楽しさと同時に寂しさを覚えはじめた人たちに読んで欲しい1冊。
    正直難しい話も多いけど、飛ばしとばしに読んで構わない。自然と頭に入ってくる文章が星のように散らばっている。

  • 読んでも忘れちゃうことが多々ある この時間が無駄だな〜って思ってた
    「当たり前」だって言われてホッとした一冊!笑

  • 読書の実用論というよりは「言葉好き教養人の日記(本以外の内容も多し)」。今は★3だが、これから何度も読み直すにつれて★5になりそうな本。しかし教養人がうらやましい。日常のどうでもいいアレコレでなく文化や歴史や自分の考えに思いを巡らせられる人生が…

  • 翻訳家、詩人、教授である著者による書評+エッセイのような書籍。古い本から2009年頃のまで様々な本について紹介というより主に著者の考えが述べられている。印象に残ったのは、「いま目にしている光景のすべてはヨーロッパが作ったのだ」ということ。侵略、植民地化、奴隷制度など多くの負の歴史を経て地球上の至るところに欧米文化が浸透している。それは改めて考えると怖いことなんだと思った。

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著者プロフィール

1958年生まれ。詩人、比較文学研究者。明治大学大学院理工学研究科〈総合芸術系〉教授。1980年代にリオタール『こどもたちに語るポストモダン』、マトゥラーナとバレーラ『知恵の樹』の翻訳を発表。以後、仏・西・英語からの翻訳者として活動すると同時に『コロンブスの犬』(1989)『狼が連れだって走る月』(1994) などにまとめられる批評的紀行文・エッセーを執筆する。本書のもととなった『トロピカル・ゴシップ』(1998)『コヨーテ読書』(2003)『オムニフォン<世界の響き>の詩学』(2005) はポストコロニアル多言語世界文学論の先駆として高く評価されている。2011年、『斜線の旅』にて読売文学賞受賞。2010年の第1詩集『Agend’Ars』以後、8冊の日本語詩集と1冊の英語詩集を刊行。20ヵ国以上の詩祭や大学で招待朗読をおこなってきた。2021年、多和田葉子ら14名による管啓次郎論を集めた論集Wild Lines and Poetic Travelsが出版された。

「2025年 『Agend’Ars(complete)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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