- Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480438164
作品紹介・あらすじ
どれほど医療が進んでも、傷ついた心を癒す薬はない。悲痛に満ちた被害者の回復には何が必要か。臨床医による深く沁みとおるエッセイ。解説 天童荒太たとえ癒しがたい哀しみを抱えていても、傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷の周りをそっとなぞること。過去の傷から逃れられないとしても、好奇の目からは隠し、それでも恥じずに、傷とともにその後を生きつづけること──。バリ島の寺院で、ブエノスアイレスの郊外で、冬の金沢で。旅のなかで思索をめぐらせた、トラウマ研究の第一人者による深く沁みとおるエッセイ。解説 天童荒太【目次】Ⅰ 内なる海、内なる空なにもできなくても 〇(エン)=縁なるもの モレノの教会 水の中 内なる海 泡盛の瓶 だれかが自分のために祈ってくれるということ 予言・約束・夢 Ⅱ クロスする感性――米国滞在記+α 二〇〇七―二〇〇八開くこと、閉じること 競争と幸せ ブルーオーシャンと寒村の海 冬の受難と楽しみ 宿命論と因果論 ホスピタリティと感情労働 右も左もわからない人たち 弱さを抱えたままの強さ女らしさと男らしさ 動物と人間 見えるものと見えないもの 捨てるものと残すもの ソウル・ファミリー、魂の家族 人生の軌跡 Ⅲ 記憶の淵から父と蛇母が人質になったこと 母を見送る 溺れそうな気持ち 本当の非日常の話 張りつく薄い寂しさⅣ 傷のある風景傷を愛せるか あとがき 文庫版あとがき 解説 切実な告白と祈り 天童荒太 初出一覧 エピグラフ・出典
感想・レビュー・書評
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たとえば体に傷があれば、この傷は何歳のとき、どんな原因で血を流し、いま、この体に残っているのか、思い出せることは多いだろう。
では、心の傷はどうだろうか。心は見えない。範囲だってわからない。いつのまにか、ささくれ立ったみたいにチクチク痛むことも、古傷が生傷のようなままずっと存在することもあるだろう。
そして、見えない痛みを抱えたまま、生きていかなきゃならない。とても辛いけれど。
「傷を愛せるか」
著者・宮地尚子さんは、精神科医なのだそう。努力され高いキャリアを築かれ、それでもなお、読み手にわかりやすく、語り掛けるような文章で綴られている本書。
優しくて、寄り添ってくれるような本だった。
自分について、堂々巡りに悩んでしまうことがある。いまだに、小さい頃言われた「悪いことをしたら、バチが当たる」という言葉にとらわれているのだと思う。病気になったら、事故にあったら、怪我をしたら、、、人生には、そんな「因果応報」で納得できる場面ばかりではないのに、つい自分を責めてしまう。自分が悪かったのではないか、と。
そんなとき、「宿命論と因果論」という項を読んで楽になれた気がする。
宿命も因果も、上手に使い分けて生きることが大事なこと。努力でも叶わないことを認めて、納得しながら、生きやすい方に考えることも許されること。自分の力で変えられることもあれば、運に任せるしかできないこともあること。
答えはないのだから。
心の隙間に染みてきたこの本の言葉たち。すぐに自分のことは変えられないけれど、他にも、新しく物事をとらえられるヒントが、本書にはたくさん散りばめられている。
同時に、他人の痛みを、色々な国に残る争いの歴史やその跡を、たくさんの傷跡を、作者のように、優しく見ることができる人でありたい、そう思った。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
『傷を愛せるか』宮地尚子氏
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<本書より>※一部、内容を省略をしているものもあります。
「弱さを克服するのではなく、弱さを抱えたまま強くある可能性を求めつづける必要がある。」
「エンパワメント」は人がもっている力をよみがえらせること。外から与えるものではない。
「傷ある風景から逃れることも、傷ある風景を抹消することもできる。でも、傷を負った、傷を負わせた自分からは逃れることはできない。」
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【A;購読動機】
自分自身の状態を定期的にスクリーニングしています。そんな折に「タイトル」と「装丁」をみて購読を決めました。装丁が「淡い。でも深い。」」印象を受けたため。そう、一言では言い表せない心の状態と近しかったため。
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【B;本書】
トラウマ、ジェンダー論を研究しながら、精神科医も務める著者のエッセーです。医師としての「こうしなさい」というメッセージがないのが良いです。著者自身の留学、医師としての日常、ご両親のことなどを記述しています。
読者側で、著者の暮らしや考え方を通じて、自由に考える余地に出会える書です。
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【C;読み終えて】
肉体の傷と心の傷。同じ傷でも処方の仕方は違います。前者は時間軸とともに治る傾向が強いに対して、後者は時間軸とともに改善するとは限りません。
タイトルの「傷」は、後者の「こころの傷」を指します。
自分の傷を愛せるか?の前に、「自分の傷を恐れずに見ていますか?受け入れていますか?そのうえで、無理をしなくてもいい。ただ、見ているだけで、待つだけでもいい。」というメッセージに出会いました。 -
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「悲しむこと」に私が厳しいのはなぜなのか?喜怒哀楽の中の苦手科目を考える|コンサバ会社員、本を片手に越境する|梅津奏 - 幻冬舎plus
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「悲しむこと」に私が厳しいのはなぜなのか?喜怒哀楽の中の苦手科目を考える|コンサバ会社員、本を片手に越境する|梅津奏 - 幻冬舎plus
https://www.gentosha.jp/article/22937/2023/03/10
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よかった。「とまる、はずす、きえる」に続き読了。
宮地さんの本はいろんなところに胸打つフレーズが織り込まれているので、前回の反省を生かしスマホで染みたフレーズをメモりながら一気に読む。
厳しい世界で人の気持ちに思いを馳せ続けた宮地さんだからこその、読む人の思いも掬い取ってくれる本。
あー、自分は何をなせたのかを確認したくて本を読みあさっているんだなとか。
「感情労働」の話とか「人の痛みへの共感は、自分をも傷つけかねない」とか。本当にその通り。と思いながら読み終わる。
ただなぜか、読後なんともいえない疲労感も味わう。
宮地さんの仕事のしんどさも少なからず共感してしまったからだろうか。 -
誰かの言葉だったかも知れないけど… 本当の知性というのは優しさを纏うものなのかも知れない、本当にそう感じた。心が癒され、前向きになれた読書時間だった。
精神科の医師でトラウマの研究者、心の傷に向き合う専門家である著者によるエッセイ。 -
オビにある「弱いまま強くあるということ」に惹かれて購入。
現代では、メンタルが弱いことを、病の一つとして定着させ、医療によって支えている。
けれど、そろそろ、より強く、より高くという理想の立て方自体に限界が来ていると、気付いているのではないだろうか。
古語「かなし」は、弱い者、幼い者への愛しさを意味に含んでいる。
かつて人が自然と持っていた、愛おしむ心、今でいうなら「尊い」という感情に、光が当たればいいなと思う。
「『なにもできなくても、見ていなければいけない』という命題が、『なにもできなくても、見ているだけでいい。なにもできなくても、そこにいるだけでいい』というメッセージに、変わった」
「どこで読んだか忘れたが、だれかに非常に腹が立つときは、自分がやりたいのにできないでいることをその人がしているからだという。確かにそうかもしれない。怒りとは、相手に対する羨望でもありうる。自分が我慢していることを、我慢せずやっている人に、人は羨みつつ腹を立てる。」 -
精神科医でもあり研究者でもある著者のエッセイ。とても読みやすく色んなエピソードを交えながら書かれている。精神科医や研究者の視点もさることながら、そこからちょっと違った視点でも物事を見ているのが印象的だった。
例えば、アメリカのPTSD研究の講演を聞きながら、「この研究はPTSDを増やさないためのものになってしまったのか?戦争さえなければPTSD減るんじゃないの?」「頭いい人いっぱいいるのに世の中なんでよくならないの?」など。
また、あたりまえに聞こえるような言葉一つ一つが温かい。これは日々たくさんの傷を抱えた人を診てる人にしか紡げないものかもしれない。
個人的に好きなエッセイは
・だれかが自分のために祈ってくれるということ
・宿命論と因果論
・人生の軌跡
・張り付く薄い寂しさ
・原点に戻る(傷を愛せるか) -
傷を見ない様に生きる事も知っている。でも出来た傷をない事には出来ないのも知っている。
直視するのは辛い。でも放っておく事がとても危険な事も。
まずは受け入れて認める事から。愛する事が出来れば未来も広がる。 -
『傷を愛せるか』 読了。
昨年からゆっくり読んでいました。トラウマ研究をしている精神科医のエッセイ。タイトル通りに「傷を愛せるか」と問われているのだと思った。様々な傷があり、私たち人間は傷を抱えて生きていることを改めて再確認する。精神科医である作者も難しいと感じていることも知る。
様々なエピソードを交えて“傷”がもたらす話は興味深いものでした。
疑問に思うことがいくつかあった。そのうちのひとつで何故、傷を好奇の目に晒してはいけないのだろうか?助けを求めるためには事実(傷となる出来事)を晒さなきゃいけない場面が出てくると思う…んだよね…(個人的な感想)
会話ネタになるような“好奇の目に晒す”ことで助けを求めづらくしているのか?と。トラウマ治療を難しくさせてしまっているのかもしれないと思ったりした。表に出にくいからこそ、計り知れない傷の深さが存在するのかもしれない。治癒いく過程のうちに“風景”、“景観”が関わることも知る。
幼少の頃から今日に至るまでに受けてきた私の傷はどうなるんだろうと振り返ってしまう。なんで?どうして?と、問い続けても答えは出ない。だが、沢山の傷をつけられ、痛みを知っている。忘れることは出来ないが、小さくすることは出来るはずだ。傷を携え生きていく覚悟をしたい。
2024.1.8(1回目) -
心の時代とも言われる現代。一言で人は傷つき、心の中で葛藤や孤独を抱えている。
文章は一つ一つ丁寧で、弱きものに対象を向けたものになっている。
全体を通して、雑になっている人間関係や、なかなか人には打ち明けられない、というよりも深層心理の深いところにある心の傷をどう癒せるか、またそれを愛することができるのかという、深いテーマになっている。