- 筑摩書房 (2024年11月9日発売)
本棚登録 : 1323人
感想 : 81件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (368ページ) / ISBN・EAN: 9784480439840
作品紹介・あらすじ
路地裏で、基地のネオンの道の片隅で、暗いコンビニの駐車場で、
バイクを止めて、彼らの言葉を拾う。
それは暴力以前にあったお話、掟を生きる前の傷みの話でもある。
掟がなぜ作られたのか、掟の外部はあるのか、
夜の街で拾われた言葉から考えたい。
――上間陽子(教育学者)
バイクのうなり、工事現場の音、キャバクラの笑い、深夜のコンビニ前のささやき。
本書を満たす音をどう聞き取るのが「正しい」のかは、まだ決まっていない。
――千葉雅也(哲学者)
暴走族のパシリから始まった沖縄のフィールドワーク、10年超の記録。
第6回沖縄書店大賞沖縄部門大賞受賞、各紙書評で絶賛の話題書、待望の増補文庫化!
解説 岸政彦
生まれ故郷が嫌いだと吐き捨てるように言った、一人の若者。その出会いを原点に、沖縄の若者たちをめぐる調査は始まった。暴走族のパシリとなり、建設現場で一緒に働き、キャバクラに行く。建設業や性風俗業、ヤミ仕事で働く若者たちの話を聞き、ときに聞いてもらう。彼らとつき合う10年超の調査から、苛酷な社会の姿が見えてくる──。補論を付した、増補文庫版。
「沖縄で出会ったヤンキーの拓哉は、「仕事ないし、沖縄嫌い、人も嫌い」と、吐き捨てるように言った。沖縄の若者が生まれ故郷を嫌いだとはっきり言うのを初めて聞いたので、私は驚いた。彼が嫌いな沖縄とはなんなのか。そもそも、彼はどんな仕事をし、どんな毎日を過ごしているのか。そうしたことを理解したいと私は思った。10年以上にわたる沖縄での調査の原点は、そこにあった。」(「はじめに」より)
みんなの感想まとめ
社会の中で孤立し、独自の規範を持つ若者たちの姿を描いた本作は、沖縄の暴走族やヤンキー文化を深く掘り下げています。著者は10年以上にわたり、彼らとの関わりを通じて、彼らが抱える苦悩や閉塞感をリアルに伝え...
感想・レビュー・書評
-
打越正行『ヤンキーと地元 解体屋、風俗営業者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』ちくま文庫。
2019年に筑摩書房より刊行された本の文庫化。文庫化にあたり、若干の加筆訂正を行ない、補論と解説を追加。
当時、大学院生の著者が2007年から10年超に亘り沖縄の暴走族やヤンキーたちと付き合いながら、沖縄の若者たちの現実を浮き彫りにしたフィールドワークの記録である。
それにしても、余りにも中身は薄い。ペラペラに薄過ぎる。果たして、これをフィールドワークと言って良いのだろうか。沖縄の暴走族やヤンキーたちの仲間になり切れない本土出身の頭でっかちのオッサンが、彼らの声を拾い集め、ただ並べただけの内容だった。
もう少し深く斬り込んで、沖縄社会の特異性と若者たちが特異な社会の中で生きていくことの過酷さが述べられることを期待していたのだが。
本体価格900円
★★詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
特定の地域あるいは社会的集団の文化や行動あるいは内部の構造を明らかにするため、潜入、同化、並走して、できるだけナマの姿を取材・記述する。これを参与観察というそうだが、まずもって熱意と胆力がないとできないし、参与の過程で自分自身の本音の価値観や思考様式が色濃く立ってしまうような人には無理だろう。意味のあるコミュニケーションを行うためには、同じ場の空気を呼吸し、黙って隣にいても気にならないくらいの薄い共感が芽生えるくらいに距離を近めないといけないと思う。
というわけで、一般の人には近寄りがたい、暴走族やヤンキーの世界を対象としたエスノグラフィーは、「すげえ」という一般の読者の興味本位を刺激するセンセーショナルな色合いを帯びてしまう。
だが、本作を読むと、覗き見の好奇心を満たされるというようりも、何か、しんとした静謐さを感じてしまう。
閉塞感のただよう地域社会の中で幼い時から環境や周囲の条件に苦しめられた人は、一般の社会とは別に彼らだけの集団をつくり、独自の規範や価値観、そしてヒエラルキーの中で過ごすことを選んでしまうが、当然ながら彼ら彼女らは当たり前の人間であり、幸福を追求したい、という心理においてなんら一般の人と変わるところはない。それなのに、なぜ孤立した集団や組織を形成して閉じこもってしまうのか。
区別や排除を生みだすのは優者必勝の社会原理なのか、個人の資質や能力の分布が広いことに遠因があるのか、とにかく考えられさせる。それが社会学の役割ということであろうか。 -
参与観察(質的調査の一部)による研究のまとめ。
本で繰り返し出てくる視点。
ただし沖縄の一部の面だけであると思うけど。
・地元から出られない/出ない
・学歴・資格・移動資本が乏しい
・仕事も人間関係も地元依存
・先輩後輩の絶対的地位
・暴力 建設現場、学校、恋人間でも
・地元ネットワーク
「ヤンキー=地元密着型」
「外に出られない/出ない若者文化」
沖縄は特に
• 島嶼性(物理的に出にくい)
• 低賃金構造
• 本土進学=経済的ハードルが高い
-
全体的な構成は散漫だけど、ウシジマ的というかアングラなジャップ社会のエスノグラフィー。
いろいろな壮絶ライフは沖縄だけの問題ではないはず!
ジェンダーバイアスのつもりはないが、男は一様にクズ。女子は逞しく誠実に生きていく感じ。
パシリ剛さんにラスボスを感じた。階級社会ジャップの縮図。 -
沖縄のヤンキー達の中に自ら飛び込んで調査を行ったエスノグラフィー。最初は潜入ルポかなと思って読み始めたんだけど、「参与観察」と呼ばれる、調査だと明かした上で集団の一員として生活する、といった大変意欲的なフィールドワークから書かれた一冊だった。
暴走族、型枠解体、セクキャバ経営など、沖縄地元のヤンキー達の人生を10年にわたって調査したのはすごい。調査対象との関係も長期的に築いていて、自らをパシリとして位置づけきちんと仲間として扱われているのが凄い。内容も沖縄のいわば周辺的な人々の姿を描いていて、DVや離婚の多さにびっくりする。
ただ、調査内容は面白いんだけど、レポートとしての分析結果や調査結果に対する著者の意見といったものがあまり感じられず、で?なんなの?と言うのが読み終わってからの印象。客観的なレポートとしてはこれでいいのかもしれないけど、書籍として読むならもう少し著者の感情というか、その場で何を感じたのかが知りたかった。せっかくそこまで飛び込んで時間や生活を費やして調査をしたのに、その本人の声があまり聞こえてこないのがもったいない。そこが聞きたかったなあ。物足りない。 -
中学受験して私立中高から有名大学に進学した自分にとって、ヤンキーという存在は遠かった。たまに地元で同じ小学校だった同級生とすれ違うことはあったかもしれないが、とくに人の出入りの激しい都内では人間関係が固定化されるといった状況は認識しづらいものだ。
この本は、その対極にあるような沖縄のローカルな人間関係や先輩後輩の上下関係が40-50代になっても継続する、ヤンキーの地元社会に参与観察した内容となっている。研究者の著者はヤンキーのパシリになることで信頼を得て様々なインタビューを実施しつつ、その日暮らしで表裏一体な稼業を送る若者たちの実像を追っている。
中学で暴走族に入り、10代での結婚・妊娠・離婚はセットであり、賃金上昇の望めない肉体労働に明け暮れ、飲む打つ買うに浪費して借金が膨らむと本土に期間工として出稼ぎに行く。沖縄の若者たちにとって人生の選択肢はあまりにも少なく、顔見知りの衆人環視の下に鬱屈とした毎日を送ることを強いられる。たまに暴力に訴えるが、それにキレてしまうとさらに選択肢は狭まっていく。
それは沖縄という米軍基地の需要が建設業やサービス業に偏った経済において、多重下請けの構造と変化を望まない保守的な価値観から来るのだろう。仕事は人間関係によって融通され、自動車や家といった大きな買い物ですら知り合いから購入するのが当たり前となっている。競争原理はあまり働かないため、最低限の品質のものが納期を守って供給されるだけで喜ばれる。誰かが突出することは好まれない、社会主義のような体制が米軍基地の周辺で起こっているのはアイロニカルである。 -
単行本は読んでいないが、文庫本の巻末岸政彦さんの解説を読んで「この本やばい」と思わされた。
著者本人が「自分はすごいことをしている」というナルシズムを微塵も感じさせず、丁寧に具に沖縄のヤンキーたちの生活を描くものだから、読者は「パシリとして参与観察する」ことの凄まじさを感じにくいだろう。
相変わらず歴史には疎いけれど、陸上戦が日本で唯一行われ、米軍基地の負担を一手に背負っている沖縄という場所は、地理的な関係、すなわち日本の最南端に位置する都道府県だからというだけでなく、歴史的に周縁に追いやられてきた地域であり、だからこそ文章の中でも何度も「うちなー」という言葉が頻発する。それだけ、沖縄と本土との違いを沖縄に住む若者は感じているのだろう。そして、本土に住む私がその違いを感じられていないということが、沖縄への責任転嫁をしてきた私たちの許されない暴力を表している。権力がどこにあり、どのように働き、罪の意識のない無垢で愚かなマジョリティを生成しているのか。想像と現実の限界に苦しみながらも考え続けていく必要があると思う。 -
沖縄の、男性の若者たちが置かれている状況について、内側から描かれています。
「パシリ」として内部観察者となる筆者の調査は圧倒的で、読みながら、ヒリヒリしました。
若者たちの行動が、言葉が、突き刺さるように読んでいる私に食い込んできて、苦しくなるほどの臨場感がありました。
読み進めるのが苦しくて、けれどその先を見たくて、たどり着いたあとがき、補講、解説を読み、さらに深く、鮮明に、本書の内容が浮かび上がってきました。
暴力、支配、抑圧、その向こう側にある大きな強い力。
社会構造の影響を受けた闇の深さを知るには十分すぎるほどでした。 -
沖縄関係の社会学の話題には必ずといっていいほど登場する人で、数年前から対談を読んだりしてはいた。文庫に入ったから「そのうち読もう、」とマークしていたら突然の訃報を聞き、急いで買ってきた。追悼読書になってしまうとは⋯自分より若い前途ある学者の早逝は切ない。
ひとまず巻末の岸政彦の解説を読むだけでもやるせない。こんなにもこの先を期待されていたのに⋯ -
-
沖縄出身ということもあってか、知っている言葉・地名で想像ができる暴力の描写も多く、読み終えるまでにどっと疲れてしまった。
ただ、それだけ読み応えもあったし、また時間をあけて読み直したいと思える本だった。
沖縄の子供の貧困の解像度が上がった気がする。
暴力を伴う上下関係や違法行為が当たり前の世界にたじろいでしまったものの、その世界にいる人たちに同情はしなかった。
彼らの人生における選択肢は少ないが、彼らは彼ら自身でヤンキーのコミュニティに入る選択をして、青春して、仕事をして、家庭を築いて、幸せな生き方をしているという見方もあるはず。部外者が部外者の幸せを押し付ける(同情)のはある意味失礼に当たるんじゃないかと思う。(美化している訳ではない)
とはいえ、貧困はどうにか改善できないものか…
お金の貧困は心の貧困になる -
地元のつながりや先輩後輩というコミュニティは、貧困から守ってくれ、自分たちに青春を謳歌させてくれるものの、抜け出すことがとても難しい。抜け出したところでその先の世界も厳しい。武器になる学問や先立つお金がない。もっと産業があれば良いのだろうけど、沖縄はそれがない。
いまはどんな状況だろうか。 -
徹底した参与観察。
「沖縄のヤンキー」達の視点を的確にとらえてノートに記す。時には警察を敵に回すことも厭わない。
ナイチャー(沖縄県外)のおじさんが一回り以上も年下のヤンキー達にパシリとして使われ、語り合った記録が瑞々しい。
社会学者として天才的に稀有な方だった。
早逝が心から悔やまれる。 -
いやあ、やってることはすごいんだけど、対象の生き方のなんというか内容が気分が滅入る感じで、読んでて気持ちの良いものではなかった。
-
沖縄の若者を参与観察という方法で、つまり友達になりながら調査した内容。ほぼ口語であって読みにくさはあるけどリアリティしかなくて面白さがあった。他の地域だとどうなのかな?
-
いやぁ、すごい。こんなこと、真似できるはずがない。
本当に若者たちの現状を知りたい、その思いがあるからできたこと。
だからこそ、聞けた話があるのだと思う。
私は、普通の家庭で生まれ、今まで過ごしてこれた。当たり前に学校に行き、当たり前に将来を考え、今に至る。
でもこの著書に出てきた若者にとっては、そうでない。
沖縄は、非正規雇用が多く、賃金も安い。離島であり、物流のコストも高く物価高につながっている。米軍基地の使用もあり、経済発展が自由にしづらい状況。そのような中で生活をしていくことで、学校にも行かず、若年での結婚妊娠出産、そして離婚という経験を多くの人がしているため、教育を受けることもできず、労働につながらない。
この本で本当に生の声を届けてくれた。考えさせられる1冊であった。 -
私は沖縄で生まれ育ちました。ただ、ヤンキーとは程遠い生活環境や社会で生きたので、著者に登場する青年達とは全く違う世界でした。
同じ沖縄でも、環境や人間関係で大きく異なる世界になる事を改めて痛感しました。
ただ、沖縄についての共通認識はヤンキーと同じです。
地元の先輩やコミュニティの先輩は、想像以上に敬わやないといけない、沖縄で仕事するのは金銭面で厳しいから、稼ぐには内地に行かないといけない。
私は、大学で沖縄を離れ内地で就職しました。しかし、ヤンキーに走った子らはそういった道に行けず、内地に行けないです。
そうした中で、ヤンキー達が沖縄でどのような家庭で大人になっていくのかを、10年の月日をかけてインタビューした著者の気概に脱帽しました。
沖縄の人でもなかなか直視したくない、ヤンキーや暴力、お金、先輩と後輩の関係。
観光では分からない、裏側且つリアルな沖縄の一面を見られます。 -
ゴリゴリの社会学。
沖縄ヤンキーへの参与観察をしている。
この本が好きな人におすすめの本
著者プロフィール
打越正行の作品
