何のための「教養」か (ちくまプリマー新書)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 185
感想 : 22
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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480683557

作品紹介・あらすじ

単なる“飾り”か、それとも“命綱”か。教養の力で人びとの合意形成を図る「地を這う哲学者」が斬り込む。すぐれた選択を導く知、思慮深さとはどういうもの?

感想・レビュー・書評

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  • 「教養とは幸運なときは飾りであるが、不運のなかにあっては命綱となる」
    古代ギリシャの哲学者アリストテレスの言葉です。

    筆者は東京工業大学リベラルアーツセンターの初代センター長。ジャーナリストの池上彰さんを東工大に誘われた方でもあります。

    東工大の多くの教員は、リベラルアーツセンターを、学生たちが将来海外で働くにあたって恥をかかないための「教養」を身につけるところと考えていましたが、桑子さんはこうした「教養」は飾り物でしかないといいます。

    再びアリストテレスを引きます。
    人類が直面する危機的な課題に立ち向かおうとしているとき、人は専門家として対応できても、一人の人間として対応できるとは限らない。
    科学技術を発展させることが、じつは社会に対して本当に利益になることをしているのだろうかと考えることが、困難な課題への対応力になるというのです。
    いわば、科学技術を「枝」とすれば、その根底にあるのは、「人間としての根っこ」です。

    アリストテレスは人間が備えるべき「知的能力」には二つあると考えていました。
    一つは科学的探究、学問的論証能力である「ソフィア」。
    そしてもう一つは行為の選択を行う際に発揮される思慮深さ「フロネーシス」です。

    2011年3月、日本を未曽有の大震災が襲い、その後の津波によって深刻な原発事故が発生しました。
    その際、最先端の科学技術に携わっていた関係者はみな一様に「想定外」という言葉を乱発します。
    しかし、桑子さんは言います。
    彼ら「専門家」は、「自らの行為選択の帰趨のすべてを視野に入れることができない。そうした事態へのそなえを視野の外に置いていた」ことを認めてしまったのだと。

    一人の人間として、自らが直面する課題に適切に当たれているか。知識だけでなく、思慮深さをもって当たれているか。
    自問するためのきっかけになる著作だと思います。

  • 内容について深く理解するには至らなかったっていうかほとんどわかんなかったし、そもそもこれ教養についての本なのかってレベルで何が書いてあったんだっけ…
    ともかく教養は身につけておいて損はない、時にそれは命綱になるから。

    その時その時で深く物を考えられる?
    物事を正しい目線で見ることができる?

    大切なのは真実に向かおうとする意思だと考えている…それさえあればたとえ今日はダメでもいつかはたどり着く…向かっているわけだからな…違うかい?という。

    なんかそれっぽいなって思って手に取った本だったけど、確かにそれっぽい内容だったしそれっぽいものが身についたような気もする。

    すぐれた選択ができる人…自分磨きの旅路は長いのであった。

  • 400円購入2020-06-15

  • 何のために教養・基盤科目を学ぶのか、ちゃんと考える助けになる。(三木久美子


    日本大学図書館生産工学部分館OPAC
    https://citlib.nihon-u.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=1000288128&opkey=B169881855451515&start=1&totalnum=2&listnum=0&place=&list_disp=20&list_sort=0&cmode=0&chk_st=0&check=00

  • 背ラベル:002.7-ク

  • 002-K
    閲覧新書

  • 知的対話でこそ教養が築かれる。問題解決に向けた対話が大切。教養は平時は飾りだが、選択を迫られたときや危機の時は命綱となる。

  • 言わんてとしてることはわからないでもない。いざという時に教養があるとなしとでは人間として色々な捉え方などに違いがでますねと。大学の時教養をつけておけば良かったなぁ。。

  • 2019I233 002/Ku
    配架場所:C3

  • 何のために教養を身につけるのか。著者の言わんとすることはよく解る。あとは自分がどう解釈するか。
    以下、印象的な二文。
    『教養は幸運なときには飾りであるが、不運の中にあっては命綱となる』
    『真の教養は、内面から学びたいという意欲のもとで身についていく。』

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著者プロフィール

桑子 敏雄(くわこ・としお):一九五一年群馬県生まれ。哲学者。東京工業大学名誉教授、一般社団法人コンセンサス・コーディネーターズ代表理事。一九七五年東京大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程修了。南山大学助教授などを経て東工大へ。一九九九年に上梓した『環境の哲学』が建設省官僚の目に留まり、政策提言を求められ、公共事業(ダム建設など)の地元住民の合意形成にかかわるようになる。「ふるさと見分け」「市民普請」を提唱。東京工業大学リベラルアーツセンター長もつとめた。著書に、『環境の哲学――日本の思想を現代に活かす』(講談社学術文庫) 、『感性の哲学』『西行の風景』(日本放送出版協会一九九九、二〇〇一年)、『日本文化の空間学』(東信堂、二〇〇八年)『生命と風景の哲学――「空間の履歴」から読み解く』(岩波書店、二〇一三年)、『わがまち再生プロジェクト』(角川書店、二〇一六年)、『何のための「教養」か』(ちくまプリマー新書、二〇一九年)など多数。

「2023年 『風土のなかの神々』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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