先生はえらい (ちくまプリマー新書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.82
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本棚登録 : 1436
レビュー : 211
  • Amazon.co.jp ・本 (175ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480687029

作品紹介・あらすじ

「先生はえらい」のです。たとえ何ひとつ教えてくれなくても。「えらい」と思いさえすれば学びの道はひらかれる。だれもが幸福になれる、常識やぶりの教育論。

感想・レビュー・書評

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  • よかった。多くの人に向けて文章を書きたいと思っていたので、見事にささった。

    おもしろい、読みたいと思われる文や物語には、解釈がないのだと思った。今さらなのかもしれないけども。そこを混同していた。解釈は読む人がくわえるもの、書く人は描写をするか、誤解を生むような解釈の文章を書かなければいけない。

    文章だけでなく、ビジネスやマーケティングへの示唆にも富んでると感じた。買いたいと思ってもらえるものは、きっぱりと分かるものではなく「なんかよくわからないもの」である。

    そのわからなさに人は惹かれる。さらに話は広がって「経済」や「貨幣」についても言及。貨幣の価値や役割を学びたかったので勉強になった。物事のそのいちばん最初はどういう気持ちで始まったのか?を考えるという方法も面白い。

    先生や教育論という切り口だが、「わくわくする」ことについて書かれた本のように感じた。

    人によってまさに読みとることや胸にささるところのが違う本だと思う。

    なるべく多くの人がいろいろ学べるように、方向や角度を変えて語っている。それぞれの「引っかかりポイント」が具体的で学術的で面白い。

    子ども向けの語り口だけど、内容は大人向け。というか、内容が難しいのに無理に子ども向けに口当たりだけ直してるのがもったいない。そこだけ気持ち悪かった。最初は苦しかったが、我慢して読んでよかったと感じた。満点。

  • 「正確に何かを伝える」
    「自分には伝えたいことが明確にある」
    などの考えが間違っていることに気付かされた。

    特に、オチのない話=まだ自分の中でどんな価値があるのかわからない話 をしてしまう相手こそ親友であり、恋人である、という話には大変驚いた。
    この感覚を現代の子ども達はどれくらい持つことができるのだろう。

  • 心に響くフレーズ
    ① 漱石が先生の条件として挙げているのは、二つだけです。一つは、なんだかよくわからない人であること。一つは、ある種の満たされなさに取り憑かれた人であること、この二つです。

  • タイトルは好みじゃないけども←
    でも読んでみて良かった。

    学ぶということが
    どういうことか、
    筆者が隣にいて
    歩きながら講義してくれる、みたいな。

    そんな気軽な感じ。

    でも話してるのは
    興味深いこと。

    時間を置いてもっかい読みたい。

  • 石井ブログ

    本書はちょっと書名が変わっていますが、コミュニケーションの本質について様々な考察がされている本です。

    私がそうだったのですが、コミュニケーションって、「分かりあうこと」だと考えている人がいたら、目からウロコの内容です。



    本書を読んで思い出されたのは、オラクルのパッケージソフトです。多くの会社が導入しているのは、そこに「手がかかる」からです。



    この意味を私は、手が掛かることで「間に入る」IT会社が「儲ける」ことができることだと考えていました。



    だけど、この事実は少し業界をかじったことのある人間なら知り得る知識であり、この手間がかかって導入支援IT会社の人件費を稼ぐことだけが目的なのであれば、これだけ多くの会社が「流される」ことはないという思いが同時にありました。



    しかし、本書を読んで感じたのは、その「手が掛かる」部分を通じて、導入支援IT会社と、導入会社との間に、「コミュニケーション」が図られる場ができるということが、実は最も多く導入されている理由だと感じます。



    コミュニケーションの本質は、やりとりそのものであり、そのために「誤解の幅」がある方が面白いという論点は、私のような時に「完璧」を目指してしまいがちな人には、大きな救いになります。



    以下、抜き書きまとめです。



    何か感じてもらえる部分があれば是非ご一読をおすすめします。



    ■ほんとうに言いたいこと



    それを聴く用意のある人間に出会うまで、私たちは自分の「ほんとうに言いたいこと」をことばにすることができません



    未来への志向を含まない回想は存在しません



    ■「聴き手の欲望」だと思いこんだものの効果



    あなたが話したことは



    「この人はこんな話を聴きたがっているのではないかと思ったこと」



    ■深い達成感をもたらす対話



    「言いたいこと」や「聴きたいこと」が先にあって、それがことばになって二人の間を行き来したものというものではありません



    ことばが行き交った後になって、はじめて「言いたかったこと」と「聴きたかったこと」を二人が知った



    ■コミュニケーション



    何かと何かを交換すること



    何かと何かを取り替えたいという欲望がもっともコウ進するのは、そこで取り替えられつつあるものの意味や価値がよくわからないときだけ



    ■メッセージの正確な授受



    相手に「君の言いたいことはわかった」と言われると、人間は不愉快になる



    「キミのことをもっと理解したい」というのは愛の始まりを告げることば



    「あなたって人が、よーくわかったわ」というのはたいてい別れのときに言うことば



    ■コミュニケーションの目的



    メッセージをやりとりすることそれ自体ではないでしょうか?



    だからこそ、意思の疎通が簡単に成就しないように、いろいろと仕掛けがしてあるのではないでしょうか?



    そうすればコミュニケーションがどんどん延長されますから



    ■「誤解の幅」と「訂正」への道



    私たちがコミュニケーションを前に進めることができるのは、そこに「誤解の幅」と「訂正」への道が残されているから



    ■「扉が閉じられたことば」



    「あなたが私の話の内容を理解しようと理解しまいと、あなたがいようといまいと、私は今と同じことを言うだろう」と告げられて傷つかない人はいません



    ■太宰治



    「100%の理解」が成就することがないように、そんな風に太宰治は書いています。



    ■ジャック・ラカン



    たぶん20世紀でいちばん頭のいい人の一人



    彼の本は何を書いているのか、ぜんぜんわからないくらい難解



    「誰が読んでもすらすらと分かるように書く」という作業はそれほどむずかしいこととは思われないのに、どうしてそうしなかったんでしょうか



    ■誤解の余地



    コミュニケーションはつねに誤解の余地を確保するように構造化されている



    ■何ともいえない脱力感



    「ああ、そうかオレのアイデンティティというか、余人をもっては代替不能であるところの「かけがえのなさ」というのは、まさにオレの「バカさ加減」によって担保されていたわけだ・・・」という冷厳なる事実に粛然と襟を正しているうちに、青年客気でぶいぶい言わせていたころに比べると、なんとなく腑抜けたような「おじさん」ぽい顔つきになる



    ■「自分のバカさ加減を知ってしまったおじさん」



    この「自分のバカさ加減を知ってしまったおじさん」の、何ともいえない脱力感が、若者にはなんだか底知れぬ英知の余裕のように見える



    ■太公望秘伝の兵法の極意



    能楽「張良」



    黄石公というよぼよぼの老人
    奥義を伝授してあげよう
    そういっただけで何も教えてくれません
    張良の前まで来ると、ぽろりと左足のクツワを落とす
    「取って、履かせよ」
    別の日、
    今度は両足のクツワをぽろぽろと落として
    「取って、履かせよ」
    甘んじてクツワを拾って履かせます


    その瞬間に、張良すべてを察知して、たちまち太公望秘伝の兵法の奥義ことごとく体得して、無事に免許皆伝



    ■「居着き」



    「相手がどう出るかZ?」という「待ち」の状態に固着してしまうのは「居着き」の最悪の形態の一つ



    ■解釈者の立場



    解釈者の立場に身を固着させるということは、武道的に必敗の立場に身をおくということ



    相手に先手を譲って、それをどう解釈するかの作業に魅入られるというのは、構造的に負けるということ



    ■「読み筋」



    解釈者は必ず「読み筋」というものを設定して、その文脈に出現するシグナルだけに注視することになる



    ■学ぶ者の定義



    「自分には何ができないのか」、「自分は何をしらないのか」を適切に言うことができないもの



    師が師でありうるのは、師がいかなる機能を果たすものであるかを、師は知っているけれど、自分は知らないと弟子が考えているから



    ■先生



    先生とは本質的に機能的な存在であり、先生を教育的に機能させるのは学ぶ側の主体性



    【本日の紹介書籍】



    先生はえらい (ちくまプリマー新書)
    posted with amazlet at 10.04.05
    内田 樹
    筑摩書房
    売り上げランキング: 32780

    おすすめ度の平均:
    砕けに砕けた文体と拗くれた書名
    先生観が変わる
    だ・か・ら・先生はえらいんだよ!
    「えらい」とは何かを様々な例を出し説明
    「先生がえらい」のではなく「えらいと思った人が先生」

    Amazon.co.jp で詳細を見る

    今年度始まったばかりですが、今年度一押しの本になれる本だと思っています。



    後段の「脱力感」についてのくだりや、合気道をたしなむ内田さんらしい、兵法の奥義「居着き」についての解説も、活目すべき内容です。



    【関連エントリー】


    ■書評■「人間関係」藤原和博
    http://ameblo.jp/satokumi1718/entry-10377290393.html
    ■書評■「職場は感情で変わる」高橋克徳
    http://ameblo.jp/satokumi1718/entry-10418206742.html



    ■セミナーレポート■インプロワークショップ byどみんごさん
    http://ameblo.jp/satokumi1718/entry-10369788524.html
    ■セミナーレポート■NLPミニライブ by千葉英介さん
    http://ameblo.jp/satokumi1718/entry-10248189750.html



    【編集後記】
    4月からももちゃんの保育園入園、妻の職場復帰という大きなトピックが起きているにも関わらず

  • 新 書 S||370||Uch

  • 無煙

  • いわゆる、師匠について。弟子の誤解から生まれる師弟関係。師匠が教えるのではない、弟子が自ずから悟る。

    ラカン 夏目漱石の書籍から引用。

  • 本の題名に興味を持って読んでみた。
    教育論とはあるが想像していた以上の話で、中高生向けにしてはかなり奥の深い話。

    恋愛も師弟関係も誤解に基づくもの、自分だけが素晴らしさを知っているという誤解、先生が私の唯一無二性の保証人であるなどの思い込みで、学びが起動すると説明。
    学ぶと話し合うの違い、コミュニケーションの解説は、実際の場面でのあるある体験を思い出してすごい!と思った。

    面接官や学生指導の時の内田氏が困惑する場面とそこから解放されて愉しい救われるという場面は個人的には少し興味深い。

  • よくわからなかった
    結局なにが言いたいのだろう

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著者プロフィール

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。道場兼能舞台兼私塾「凱風館」館長。神戸女学院大学名誉教授。翻訳家。専門はフランス現代思想史。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ブログ『内田樹の研究室』。



「2019年 『そのうちなんとかなるだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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