先生はえらい (ちくまプリマー新書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.82
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本棚登録 : 1436
レビュー : 211
  • Amazon.co.jp ・本 (175ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480687029

感想・レビュー・書評

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  • この本から私が勝手に学んだことによると、レビューなんて果たして微妙なものなのだけれど、いつかの他我のために書きます。
    先生と生徒の関係は、買物のようにお金を払ったらその決まった対価がでてくるものではない。だから先生も、いい教師というのが事前にいて、そこで生徒が学ぶということではない。寧ろ結果と手段は逆転しているのだ。つまり生徒の学びは無限であるのだ、そう「先生は偉い」と一言信じれば!
    中学生高校生向けだそうだが、筆者は中学生高校生の知識をちょいちょい馬鹿にし過ぎじゃないだろうか。面白いからいいけど。しかしたぶん実際に高校生のときに読んだらイラっとすると思うのでそれ以上の人に勧めたい。

  • 学ぶということは、わからないことをわかろうとすること。その問いを持ち続ける限り、学ぶことができる。
    て、ことなんやろうなぁ。
    そして、人とのコミュニケーションも、相手の言葉から触発され、自分の中の発見があるときに、充実した!と思うのだろうね。

    これも私が勝手にくみ取り学んだってことか(笑)

    面白い!!

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「充実した!と思うのだろうね。」
      内田センセの本は、小難しい時も「あっ!」と思わせて呉れるコトがあって、いつも驚きに満ちている。そんな訳で...
      「充実した!と思うのだろうね。」
      内田センセの本は、小難しい時も「あっ!」と思わせて呉れるコトがあって、いつも驚きに満ちている。そんな訳で生でお話が聞けそうな時は、なるべく足を運んでいます。8月の終わりにも釈徹宗との対談があるので楽しみにしています。。。
      2014/07/14
  • 学びについて。
    内容はいつもと同じです。
    対象が子供なので、分かりやすい表現で書かれています。
    僕にはこれくらいでちょうどいいです。

    ちょっと、子供には分かりにくいんじゃないかと思われる内容もありました…
    あ、分からなくていいんだった(笑)。

  • 学校の先生がどうこう、って話じゃなくて、
    自分の先生をどう設定できるかによって違ってくるぜ、みたいなお話。

    誰にとってもいい先生なんて存在しない。
    だから学校にもいろんな先生がいた方がいい。
    一定の基準はないんだなぁ。教わる方だってバラバラなんですものね。

    私にとってのいい先生って誰だったんだろうなぁ、とか考える。
    あと、今、私が先生にしたい人って誰なんだろう、とも。
    目標じゃないけど、その思考や行動に近づきたくて理解したいような人。
    そういう人がいるとぐいぐいその方面への力は身につく。
    漠然とした感じじゃなくて、具体性を持った人が目的にいるというのがいいのかなぁ。

  • 「正確に何かを伝える」
    「自分には伝えたいことが明確にある」
    などの考えが間違っていることに気付かされた。

    特に、オチのない話=まだ自分の中でどんな価値があるのかわからない話 をしてしまう相手こそ親友であり、恋人である、という話には大変驚いた。
    この感覚を現代の子ども達はどれくらい持つことができるのだろう。

  • 心に響くフレーズ
    ① 漱石が先生の条件として挙げているのは、二つだけです。一つは、なんだかよくわからない人であること。一つは、ある種の満たされなさに取り憑かれた人であること、この二つです。

  • 無煙

  • 師を得るというのはどういうことか?ということが分かる本。先生礼賛の本かと思って読んだが全く違った。
    師と出会うというのは、本人の勘違いであり、恋と似たようなもの。そうでなければならないとこの本は主張する。夏目漱石の著書も例に引き、どんな人でも、自分の師になる可能性があり、他人を師として学べるかどうかは、まったく自分次第であるということを説明してくれている。すばらしい師に巡りあえなくて、自分の不運を呪っているそこのあなた、その原因は自分自身にあるかもしれないことをこの本を読んで確認してみませんか?

    以下注目点
    ・オチのない話は、恋人と親友にしかしない。
    ・謎の価格設定
    ・貨幣は商品

  • やはり、この方のお話はおもしろいですね。気持ちが良いくらい、決定的なことを断言してくれます。また、昔あこがれて訳がわからなかったラカンを引用したりしていて、書いていらっしゃる通り謎めいていて、余計に引き込まれてしまいます。
    「街場の教育論」で書かれていた、知のある立場で立つ限り、決して知の無さを指摘されることはないという指摘は、ラカンの引用だったのですね。
    では、「大切なことは大抵、原因と結果が入れ替わって認識されている」という指摘は誰の物でしょう。マルクスの貨幣の概念化を含めて興味深いです。たまたま、昔、英米文学のゼミでディケンズのGreat Expectationのレポートで交換をキーワードにして書いたことを思い出しました。
    交換という契機を元にした経済活動や言語活動という論の展開は、物語にように楽しく読めます。また、娘のプレゼント交換を思い起こしました。中身が何であれ、交換自体が楽しいのですね。自分が用意したものが誰に行くのか、誰からもらうのかも偶然で決まるにしても、それでも楽しい。交換せずにはいられない人間が面白いです。
    また、他のも読みます。

  • 面白かった。先生を先生たらしめるのは,「先生が何を伝えたいのかを考える」学ぶ側の主体性というのは,納得。

著者プロフィール

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。道場兼能舞台兼私塾「凱風館」館長。神戸女学院大学名誉教授。翻訳家。専門はフランス現代思想史。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ブログ『内田樹の研究室』。



「2019年 『そのうちなんとかなるだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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