世にも美しい日本語入門 (ちくまプリマー新書 27)

  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (137ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480687272

作品紹介・あらすじ

七五調のリズムから高度なユーモアまで、古典と呼ばれる文学作品には、美しく豊かな日本語があふれている。若い頃から名文に親しむ事の大切さを、熱く語りあう。

感想・レビュー・書評

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  • 安野光雅さんと藤原正彦さんの「美しい日本語」についての対談集。
    かつての師弟関係であったという事実もさることながら、画家と数学者という接点の少なそうなお二人の基底として流れるものが酷似しているというのが奇跡的だ。
    読んでいて非常に興味深いのはその点。
    対話形式なので深い部分まではなかなか触れられないが、読み物として楽しい。
    日ごろから名文にふれることと、国語教育の大切さ。
    文語体や童謡・唱歌の美しさ。
    日本語の峻厳な世界を広め、伝えようという姿勢が貫かれていて気持ちよい。
    時折現れる南伸坊さんのほのぼのした挿絵がユーモラスで、心が和む。
    前書きが藤原正彦さんで、後書きは安野光雅さん。これだけでも贅沢というものだ。

    思わず笑ってしまったのは、第三章の「日本人特有のリズム」の中で、安野さんが語る「片想い百人一首」の話。
    私たちは五七五七七のリズムの中で生きてきて、百人一首で遊んだ覚えもある。
    すると、でたらめにつないでも不思議と意味のありそうなものになるのでは、と試験的に作ったのが「古池や 犬が西向きゃ水のおと われもて末に 蟹とたわむる」というもの。
    以下、似た歌が並んでいる。実は私も友人とこれで遊んだことがある。
    荒唐無稽なだけではつまらないので、色々くっつけては出来るだけ意味のありそうな歌にしていくという作業だ。
    「立ちつくす 青田に君のにじむまで 人しれずこそ 思ひそめしか」
    これは藤原さんの歌。元の歌が何と何か、分かります?

    安野さんの「大志の歌」という歌集が手元にあるのだが、深遠な哲学でもあるのかと懸命に読んできた。でも、三章の流れで「悪のりで作った」と分かり、ぐっと気が楽になった。そういうことは「早く言ってよ」だ・笑
    そんな楽しい安野さんの推薦図書は「即興詩人」なのだそうだ。

    ところで大きな疑問がひとつ。
    前書きに「美しい日本語にふれないと、美しく繊細な情緒が育たない」とあるが、その「情緒」はどこから来るのかを知りたい。
    同じものに同じくらいの頻度で触れていても、何も感じない人というのは存在する。
    いわば心のセンサーのようなものは、育てられるのかどうか、今はそれを考えている。

    • だいさん
      nejidonさん

      オヤジは説明へたでしょ ごめんなさい
      情緒という感覚 = 心のセンサーですが 気づいている者同士では お互い ...
      nejidonさん

      オヤジは説明へたでしょ ごめんなさい
      情緒という感覚 = 心のセンサーですが 気づいている者同士では お互い 難なく伝わるという意味です
      ただ 気付くのには 時間がかかるし きっかけが必要なのかなと思います
      例えば「ふるさと」って言ったらあのイメージが 伝わるでしょ
      nejidonさんは妙齢の人だと言っても
      言葉を知らなければ何のことかわからない
      2019/09/19
    • nejidonさん
      だいさん、こんにちは(^^♪
      再訪してくださり、ありがとうございます。
      だいさんは「オヤジ」ではありませんよ。「オジサマ」です!

      ...
      だいさん、こんにちは(^^♪
      再訪してくださり、ありがとうございます。
      だいさんは「オヤジ」ではありませんよ。「オジサマ」です!

      ところで、大変分かり易くなりました。
      まさに気付く「きっかけ」が大切ですね。
      言われてみれば私自身もそうでした。
      あの時のあの出来事が・・とか、あの人との
      出会いが・・とかね。
      センサーが著しくズレている人と仕事をする機会が増えてなかなか大変です。
      レビュー最後の数行には、そんな気持ちも込められています。
      2019/09/19
    • だいさん
      センサーが著しくズレている人

      御意(*^-^)
      いますね
      センサーが著しくズレている人

      御意(*^-^)
      いますね
      2019/09/21
  • 安野光雅と藤原正彦
    この2人の対談というだけで、
    読む価値があるような気がしてくる。

    個人的には安野光雅さんの絵も見れたら
    嬉しいなあと思っていたけど、
    そこは違った 笑

    藤原正彦さんの小学校の先生が安野光雅さん
    だったなんて、知らなかった。

    【引用】
    先生の人気は、類い稀なユーモアによるものだった。
    得意中の得意である二等兵物語に、
    生徒たちは皆、授業中ずっと笑い転げ、
    時々シュンとした。シュンとしたのは、
    先生の笑い話に抒情や悲哀が時折含まれて
    いたからだった。

    いい先生だったんだろうなあ。
    うーん。

    藤原さんは、大学で読書ゼミをやっているらしい。
    いいなあ。今更ながら、学生時代に
    こういうゼミに入っておきたかったと
    強く思う。
    遊んだ経験も本当にありがたいことだし、
    あの学生時代がなかったらカチコチの人間になっていた
    んだろうけど、
    人間の幅を広げるための時間も
    もっとほしかったなあ。
    いや、いまからでも遅くはないか。

    新渡戸稲造『武士道』
    内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』
    『代表的日本人』
    岡倉天心『茶の本』
    鈴木大拙『日本的霊性』
    山川菊栄『武家の女性』
    『きけ わだつみのこえ』
    宮本常一『忘れられた日本人』
    無着成恭『山び学校』
    福沢諭吉『学問のすすめ』『福翁自伝』
    少しずつ読んでいきたい。

    【引用】
    国語教育の目的は、いかにして「自ら本に手を伸ばす子」を育てるか、がすべてだと思っています。
    小学校で習う漢字を、学年別配当表などで制限しているのは、ほんとに信じられないことです。
    しかも画数の多いものは高学年という非科学的基準だkら、「目、耳、口」は1年で教えるのに「鼻」は3年です。「夕」は1年で「朝」は2年、という具合です。だから、2年生の教科書に「近じょ」「かん字」「人ぶつ」など、ぶざまなまぜ書きが登場するんです。どしどしルビを打ち、読ませてよいと思います。

    少々引用が長くなりましたが、ここは激しく同意。
    頭を悪くしようとしているのかしらと思ってしまうほど。難しい漢字も読み先行でいいのだ。
    書くのは後で教えたっていい。
    読めたらどんなに自己肯定感も上がると思うなあ。
    あと、もっと国語の時間を増やすことね。
    独断だが、英語はいらない。

    【引用】
    ある調査によると、英語とかフランス語とかスペイン語は、千語覚えていれば80%分かる。ところが日本語の場合、同じ80%分かるために五千語知らないとわからないらしい。(中略)なぜ、言語量が多いのかというと、車に関してだけで、「空車」「駐車」「停車」「対向車」とか、いろいろあります。これに対応する英単語はない。

    造語。これは日本語の強みだ。
    明治時代にたくさんの造語をつくった福沢諭吉さんたちは本当に天才だし、今の日本を作ってくれたんだなあと思う。
    もちろんいろいろな見方があるだろうが。
    日本語を大切にしなければならない。
    その為に読書。
    古典といわれる文章も読む。
    簡単にすることでバカになる。

    【引用】
    英米露などは、武力で日本を植民地化しようと思えばできたかもしれない。でも、江戸の町で本の立ち読みをしている庶民がいるのを見て、「この国はとても植民地にはできない」と思ったという話があります。当時の江戸識字率は50%と言われ、最先進国の首都ロンドンの20%に比べても圧倒的でした。文化の高さは防衛力にもなるということですね。

    だから、学び続けなければいけないのだ。
    侵略されないために、
    文化を守る
    学び続ける
    賢い民族であり続ける

  • 藤原さんのエッセイ、日本語に対する考え方が好きで、文藝春秋の巻頭や、エッセイ集は読んでいます。今回は恩師との対談形式でまた別の楽しみ方が出来ました。語彙力が思考の深さ、広さを支えているのだと、日本語の特別な特性、可能性を改めて認識させていただきました。もっと古典に触れ未熟なジジイから大人のジジイになれればと思っております。

  • 藤原さんの国語教育重視の考え方に賛同しているワタシ。今回は久しぶりにその流れの一冊を。
    藤原さんの小学校の恩師(!)である安野さんとの対談形式で進むこの本のいいところは、「今の若いもんは…」的な嘆き調になっていないこと。だから、読んでいて反発を覚えるどころか、やっぱり日本人としては日本語を誇り、日本語、しかも文語を読まなきゃ、という気にさせてくれる。
    内田樹さんも指摘している通り、母語のほかに英語をマスターしないと職につけないなどという状況もなく、日本語さえ使えれば何とかなってしまう。この環境に感謝しつつ、文語にも目を向けることにしよう。

  • 藤原センセイの小学生時代の恩師が、安野光雅先生だそうで。
    正彦君は相変わらず奔放に、いつも通りの持論を展開し、安野先生がやわらかく包んでくれたという感じの会話が続く。

    いろんな本を読みたくなる。

  • 藤原正彦の小学校の時の先生が、安野光雄だったとは、つい一月前に知ったばかりでした。
    まえがきを藤原正彦が、あとがきを安野光雄が書いているだけでも贅沢だ。
    二人について興味がない人が読んでも、面白くないかもしれない。
    絵と数学というそれぞれの専門家の二人が、絵本、小説などの作者として日本語について語っているのは貴重だ。読書、教育、歌、日本語がかかわるさまざまな視点の話題が満載。
    挿絵は南伸坊で、すこしほっとする感じです。

  • 2023/7/4

    ・七五調は出しても全て素数

    ・言葉の美しさはその言語によって書かれた書物がどれだけあるか

  • 安野光雅(1926~2020年)氏は、島根県津和野町生まれ、山口師範学校(現・山口大学教育学部)卒の画家・絵本作家。芸術選奨新人賞、講談社出版文化賞、小学館絵画賞、(英)ケイト・グリーナウェイ賞特別賞、(米)最も美しい50冊の本賞、(チェコスロバキア)BIBゴールデンアップル賞、(伊)ボローニャ国際児童図書展グラフィック大賞、国際アンデルセン賞、菊池寛賞等、内外の数多くの児童書・美術の賞を受賞。紫綬褒章、勲四等旭日小綬章受章。文化功労者。
    藤原正彦(1943年~)氏は、満州国新京(現・中国吉林省長春市)生まれ、東大理学部数学科卒、東大大学院理学系研究科修士課程修了、ミシガン大学研究員、コロラド大学助教授、お茶の水女子大学理学部数学科教授等を経て、同大学名誉教授。新田次郎とベストセラー『流れる星は生きている』の著者・藤原てい夫妻の次男。米国留学記『若き数学者のアメリカ』(1977年)で日本エッセイスト・クラブ賞受賞。「情緒」、「国語」、「愛国心(パトリオティズム)」、「武士道」等の大切さを説いた『国家の品格』(2005年)は200万部を超えるベストセラーとなり、その後も様々な講演活動、雑誌連載・本の執筆等を行っている。
    本書は、安野氏と、安野氏が小学校の図画工作の教師だった時に生徒だった藤原氏が、日本語の美しさについて、数々の文学作品や唱歌・童謡等を引用しつつ語り合ったもので、2006年に出版された。
    目次は以下の通り。まえがき(藤原正彦)、第一章:読書ゼミのこと、第二章:国語教育の見直しを!、第三章:日本人特有のリズム、第四章:日本語は豊かな言語、第五章:小学唱歌と童謡のこと、第六章:文語体の力、第七章:ユーモアと空想、あとがき(安野光雅)
    本書の大前提となっている「美しい日本語の大切さ」については、藤原氏は、同時期に出版した『国家の品格』はじめ様々なところで説いているが、本書のまえがきにも次のように書いている。「美しい日本語に触れないと、美しく繊細な情緒が育たない。恋愛さえままならない。文学に一切触れず、「好き」と「大好き」くらいの語彙しかない人間は、ケダモノの恋しかできそうにない。・・・様々な語彙を手に入れはじめて恋愛のひだも深くなるのである。・・・祖国に対する誇りや自信も身につかない。祖国がいかに経済的繁栄を続けても、いかに強力な軍隊を持っても、深い誇りとか自信はそこから生まれはしない。世界もそんな国や国民には、嫉妬や恐れを抱いても決して尊敬はしない。深い誇りや自信は、祖国の生んだ文化や伝統、すなわち普遍的価値から生まれる。」
    私は、これまで藤原氏の多数の本を読み、その主張には大いに共感しているので、本書についても頷きながら読み進めたが、最近短歌を詠み始めたこともあり、特に、日本人特有の「五七」のリズム、文語体の力と美しさ(尤も、私が詠むのは俵万智の『サラダ記念日』のような口語短歌だが)についてのやり取り、及び、「ユーモアと独創性」とは非常に近いもので、その真髄は二つの離れたものを結びつけるという「意外性」にあるというくだりは、興味深く読んだ。
    安野氏と藤原氏という、かつての教師と生徒、かつ、共に専門外ながら日本語(文学)に強い思いを抱く二人ならではの、日本語愛に溢れた対談本と言えるだろう。(作家や日本語の専門家同士の対談であったら、(良いか悪いかはともかく)随分違ったものになっていたに違いない)
    (2022年10月了)

  • 2021.08.22 読了
    この本を読み、日本語の美しさを改めて見つめ直してみたいということと、また日本語の表現の豊かを認識し、大切にしたいと思った。
    ただ闇雲に昔の古典を暗唱することに、その時は価値や意味が見い出せなくとも、何年もの時間を経て深く感じられるものがあるという点は、分からなくもないと思った。
    そして、この本に出て来る歌や文学を殆ど知らず、自分の教養の無さを感じた。
    本書は自分の読む時期によっても捉え方が変わる気がする。また暫くして読み直してみたいと思う。

  • 数学者と画家が日本語について語り合うちょっとめずらしい趣向の対談。

    この本のいいところは、「日本語」本によくある「若者のあの言葉づかいがだめだ」「最近のこういう言い回しに腹が立つ」といったうっぷん晴らしではなく、失われつつある文語体や童謡などをなつかしみつつ、本を読むこと、日頃から名文に触れることの楽しさ大切さをどうにかして多くの人に知らせたいという気持ちがあふれた対談である点で、この本を読み終えたときには、音楽の時間に習った唱歌を思い出したり、落語でも聞きに行ってみたくなったり、対談で話題に上った本を手に取ってみたくなるはずです。

    わたしとしては、セットで読みたい一冊として、同じ筑摩書房刊の
    安野光雅「青春の文語体」(文語文のアンソロジー)
    をぜひおすすめしたいと思います。

    (ブクログ開始前の蔵書登録&レビュー転記)

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著者プロフィール

安野光雅(あんの みつまさ):1926年島根県津和野生まれ。画家・絵本作家として、国際アンデルセン賞、ケイト・グリーナウェイ賞、紫綬褒章など多数受賞し、世界的に高い評価を得ている。主な著作に『ふしぎなえ』『ABCの本』『繪本平家物語』『繪本三國志』『片想い百人一首』などがある。2020年、逝去。

「2023年 『文庫手帳2024』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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