多読術 (ちくまプリマー新書)

著者 :
  • 筑摩書房
3.61
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本棚登録 : 2604
レビュー : 427
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480688071

作品紹介・あらすじ

読書の楽しみを知れば、自然と本はたくさん読めます。著者の読書遍歴を振り返り、日頃の読書の方法を紹介。本書を読めば自分に適した読書スタイルがきっと見つかります。読書の達人による多読のコツを伝授。

感想・レビュー・書評

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  •  ウェブ上の「千夜千冊」でも知られる読書の達人・セイゴオが、読書の悦楽とセイゴオ流読書術を語った本。

     ちくまプリマー新書は基本的に中高生対象だが、本書は中高生にはちとムズカシイのではないか。担当編集者がセイゴオにインタビューする形でまとめられたものなので語り口は平明だが、中身はかなりハイブラウな、ある程度の読書遍歴を経た人でなければわかりにくい読書論になっているのだ。

     『多読術』というタイトルは誤解を招きやすいと思う。このタイトルだと、巷にあふれる速読術の本のように、「いかに効率よく読書をするか?」を説いたビジネス書だと思われかねない。セイゴオがそんな本を書くはずがないのであって、本書はむしろ、ビジネス書的な「効率重視の読書論」の対極にある内容となっている。

     たとえば、セイゴオは次のように言う。

    《ぼくはときどき読書シンポジウムのようなところへ引っ張りだされたり、「ビジネスマンに役立つ読書特集」といった雑誌企画につきあわされるんですが、これにはいつも困るだけです。「役に立つ読書」について聞かれるのがつまらない。それって、「役に立つ人生って何か」と聞くようなものですよ。そんなこと、人それぞれですよ。
     むしろ「読書は毒でもある」ということを認めていったほうが、かえって読書は面白くなると思います。これはとても大事なことで、本はウィルスでもあるし、劇薬でもあるんです。その一方で漢方薬でも抗生物質でもあるけれど、だからといってすべての読書において対症療法のように本を読もうとするのは、いささかおかしい。そんなことはムリです。そのことも勘定に入れておいたほうがいいですね。
     読書とはそもそもリスクを伴うものなんです。それが読書です。ですから、本を読めばその本が自分を応援してくれると思いすぎないことです。背信もする。裏切りもする。負担を負わせもする。それが読書です。だから、おもしろい。》

     「何かの役に立てるための読書」ではなく、読書という行為そのものの愉しさと深みを、書物の大海原に漕ぎ出してさまざまな本と出合うスリルを、セイゴウはさまざまな角度から語る。
     読書好きなら「あー、わかるなあ、その感じ」とうなずきたくなる一節が随所にある、含蓄深い読書論。

  • 松岡正則氏による読書論・多読論。読書遍歴や日頃の読書の仕方について、インタビュアーの方との対話形式で進行していく。後半にはメディア論も少々。
    自分に合わないと感じた本は「合わない」という気持ちで済ませてしまっていた。何故自分に合わないと思うかを一層掘り下げて考える癖を付けてみようと思う。また、読書に多様性を持たせつつ、同様分野の本を横断的に読むというバランスが今後の課題になりそう。
    読書に関して色々な考えに触れられて興味深かった。

    ~memo~
    ・好みを一辺倒とせず、読書に多様性を持たせる
    ・「分かったつもり」で本を読み始めない
    ・読書はリスク(背信、裏切り、負担など)も伴う。つまり薬にも毒にもなる
    ・本は3R(リスク、リスペクト、リコメンデーション)
    ・横断的に同様分野の本を読み進めることで見えてくる“キーブック”の存在
    ・読書する仕組みをリズム化する。その時の調子や好みに応じて本を選ぶ。するとそのうち何を読めば調子が戻るか分かってくる
    ・良書or悪書の2択で分けることはできない
    ・合わないと感じた本のなかからも気付きを見つける

  • 【納得・反省・盲点】
    「人が何を読んでいるかわかっても、人がどのように読んでいるかはわからない」
    冒頭の一文。

    『どのように読んでいるか』←これ、私がいちばん知りたいところです。

    《多読術 松岡正剛 著》

    酒豪ならぬ本豪ともいえる著者の『読みかた』が記された珠玉の一冊。

    読了後、納得と反省、そして盲点の3つを知ることができました。

    まずは『納得』。
    「読書の醍醐味は『無知から未知へ』である」と著者
    何も知らない状態(無知)から、知らないことを知る状態(未知)になったときが、読書していてもっともテンションが上がることに、反論の余地はありません。

    次に『反省』。
    「読書は、ラーメンを食べるとかオシャレをするといったように自由でカジュアルなもの。
    わからないときは、わかったふりをするよりも、降参する方がのちのち読書力に結びつく」との言葉。理解不能をなんとか理解した風にしようとしていた自分にとっては耳が痛い。

    最後に『盲点』。
    読書を読前・読中・読後に分けて考えるということ。
    読中に本にマーキングする、読後に感想を書くといったことは意識していましたが、読前(前戯ともいう)は意識していなかったです。
    ちなみに読前は目次読書を推奨しています。
    そういえば、井上ひさしさんが、「本を買ったら、そのあと本といっしょに散歩をしたり、喫茶店でところどころ読んだりと、本と新婚旅行をする」と言っていたことを思い出す。

    今度、妻に「本を探して新婚旅行いってくるわ」と言ってみようかなと。

    たぶん彼女は、こうこたえそう。
    「書店じゃなくて、図書館にいってください。結婚(購入)すると家に本妻が増えて困ります」と。

  • 「読書することは編集すること」「読むことと書くことはつながっている」などの考え方が、何冊もの本を並行読みしたり、本にたくさん書き込みしたり、本のマッピングを作成したり…という正剛スタイルを形作っているのですね。
    文系・理系に関わらず、いろいろな分野の本を自分の中に取りこんで、咀嚼して、編集する。
    その繰り返しで積み重なってきた地層が、今の正剛さんなのだということがよくわかりました。
    その根っこの部分にあるのが『ノンちゃん雲に乗る』というのもすてき。

    ただただ物語を楽しむ読書もよいですが、知の体系の広がりを感じながら読み進めるアカデミックな刺激も味わってみたくなりました。
    …無論、正剛さんレベルには到底手が届きませんが、私は私なりにいろいろな分野をつまみ食いするところから始めてみよう。

  • この本で松岡正剛さんを知りました。そして、読書する楽しみを改めて教えてもらいました。
    知らない人もたくさん出てきて、読破した今はその人物たちを調べるところから、私の多読が始まります。
    運河を作るように、読書していく。松岡さんとは比較もできないけど、知らず知らずに自分もそうやって読書を進めていたなぁと思いました。
    読書する本によって、着るものを変える、というところでは深く共感。そういう読書の時の雰囲気作りは大切だと思っています。
    とにかく、本が読みたくなる一冊でした。

  • 編集工学研究所の「本稽古」に参加してきました。その時の課題読書。
    本の読み方について大変参考になりました。

    長くなるのでブログでレビューを書いてます。

    読書とは編集すること。読んだ本を身につける「本稽古」
    http://rucca-lusikka.com/blog/archives/4034


    ”本は、「本」と「自分」の関係だけで終わらせるのではなく、

    「本」と「自分(経験・感情)」のつながりをたくさん見つける。

    「本」と「自分」と「場(読んでいる場所・姿勢・着ている服)」をつなげる。

    「本」と「前に読んだ本」のつながりを探す。「これから読む本」へのつながりを作る。

    この「つながり」が編集するということであって、そこにおもしろさがある。ということ”

  • 松岡さんの知の脳内ネットワークは一体どうなってるんだろう、どんな読書をしているんだろうと気になっていましたが、うーん、尊敬。
    でも純粋に読んでて面白かったです。読むレベル自体は遠く及ばないけれど、わかるわかる、というところもあり。読書活動に刺激される本でした。

  •  多読術という題名から、多読の方法をひたすら伝授する作品を想像していた。確かに、そういう面もあったけれど、実際はこの本には著者にとって本を読むとはどういう事なのかが書かれていた。松岡さんにとって、読書は「柔らかく」、「他者との交際」であり、いつでも攫われてしまうかもしれない、という危機感と魅了が伴うものだそうである。独自の読書観が面白い。


     最後の章には、不意を突かれた。「多読術」でそんな事は期待していなかったのに、いたく感動させられる。終わりのためだけでも、読んで良かったと思う。


     唯一気になったのは、読者が多読になれる方法を探るインタビューの質問の姿勢だったかもしれない。松岡正剛さんは、多読の方法を伝授するというよりは、読書についての考え方を伝えようとしていたから。それでも、彼の答えにはとても満足できたから、あまり気にはならなかったとも思う。

  • 題名から想像していた内容と違っていたけど興味深く読めた。内容を心から理解しているとは言い難いけど、読書について真剣に語られるというのはなかなか見られない光景である上に、終始大好きな読書について色んな角度から語られるのに目を通しているのはすごく心地よい時間だった。私にとってのキーブックを探す旅に出かけたい。ちょうど読んだばかりの宮本常一さんの本の話が出てきて興奮した。読書のプロっていうのが存在するとしたら著者のような人のことを指すんだろう。

  • 「本を読むということは、知識や情報を記憶構造に入れるのではなく、編集構造に入れることである」
    セイゴオさんのお話を自分なりにおおざっぱに一言でくくるとこんな感じだと思う。

    「松岡正剛の書棚」を知人に紹介したら、本屋に行ったその知人が逆に紹介してくれたのが、本書。

    自分の読書体験では、読んでいる最中に、どうにも思考がジグザグと蛇行してしまって進めないことが多い。
    それに対して、時にもやもやとした感情も抱いていた。もちろん、それが心地よい時も多かったが。

    そうして、読書の迷宮(自分は勝手にこう名付けていた)に迷い込んでしまい、元に戻れないほどに道を外してしまうこともあったのだが、実はそれこそが、氏の言う多読だった。

    なんか、目の前の霧がすっと晴れていく気分だった。

    飛び石のように、本から本へ、ぽんぽんぽんと飛び移って行きたくなるような、これから先のワクワクする読書体験をかき立てられる。

    本を読みたくてたまらなくなる本、です。

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著者プロフィール

編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。80年代に情報文化と情報技術をつなぐ方法論を体系化し「編集工学」を確立し様々なプロジェクトに応用。2000年「千夜千冊」の連載を開始。同年、eラーニングの先駆けともなる「イシス編集学校」を創立。近年はBOOKWAREという考えのもと膨大な知識情報を相互編集する知の実験的空間を手掛ける。また日本文化研究の第一人者として「日本という方法」を提唱し独自の日本論を展開。著書に『知の編集工学』『擬』『世界と日本の見方』『国家と「私」の行方』ほか。

「2019年 『千夜千冊エディション 神と理性 西の世界観I』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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