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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480689078
みんなの感想まとめ
自然と人との関わりを深く考察する本書は、流域の重要性とその理解を促す内容です。流域とは、降水が特定の川に集まる範囲を指し、地形や水の流れがどのように人々の生活や文化に影響を与えているかを探ります。特に...
感想・レビュー・書評
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流域地図の作り方という表題で、どんな内容なのか興味がありました。読み進めるとなるほどと共感する部分が多くあります。最初はフィールドワークの本かと思いましたが、内容は人と自然の係り方、川の水源から下流域全体までひとつの繋がった、流域、水圏としてとらえる視点が大変面白い。
水と人との繋がりは、そもそも生活圏として大変深いかかわりがあり、農業治水、生活の基盤を水に求めてた。現在はその関わり合いが薄れ、中流域で舗装された地上からは水は浸透せずにそのまま川に流入し、時に大きな洪水をもたらしている。
水源付近の森林が荒れ、森林の保水力が落ちれば、上流で降った雨水は川に勢いよく流れ込むことになります。東京都でも水源林である奥多摩の様子を下流の多摩川水系の皆さんに知っておらうというプログラムがあったかと思います。
都会では川を中心とした文化圏という考えは薄く、東京では中心から放射状にのびる私鉄沿線を中心に街づくりが進んできました。川を越え、丘陵を横切り街を作る。川の流域文化とは大きくかけ離れた都市デザインがそこにはある。
多摩川の支流、浅川の日野あたりには、用水路も多く街中を豊かな水が流れます。古多摩川が形成した崖線(はけ)に沿っては、今でも伏流水が湧き、国分寺崖線、野川、豊田のはけにも清水が湧く、豊かな流域が残されています。
サイクリングロードをゆっくりと川に沿って走っていくといろいろな風景に出合います。この川の上流に何があるのだろう、子供の頃の小さな冒険。
そんな気持ちからもう一度流域の文化圏を考え直してみたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
去年の台風を筆頭に、最近豪雨が多い気がする。そんな自然災害に適応するためには、行政区分に基づいて作られた地図ではダメで、大地の凸凹が分かる自然の地図、つまり流域地図に基づいて対策する必要がある。
たしかに、水源地や上流の宅地開発が原因で下流域の洪水が起こるのに、下流域だけが行政的に区分されていたらできる対策は限られる。地図を変えることは世界の見方を変えることだ。今こそそんな転換が求められていると強く思った。
しかしそもそも、流域というのが、そこに降った雨水がその川に流れ込む窪地の範囲というのを理解していなかった。手の甲で考える流域の概念が分かりやすかった。 -
鶴見川の近くを散歩していると「鶴見川流域はバクの形」というキャッチコピーの啓蒙的な看板をよく見かける。「○○川流域」とは、なんとなく「その川のほとり」くらいのことかなあと思っていたので、「流域の形」とはどういうことなのか謎だった。本書を読み、流域とは「降水がその川に集まる領域」のことを指すのだと知った。つまり境界線は尾根ということになる。それがわかっただけでもひとつ賢くなった。
そのバク看板は、鶴見川流域センターというところが出しているもので、まさにこの本の著者の岸由二氏が中心?的な役割を果たして立ち上げたセンターだった。そうとは知らずに読み始めたのだが、鶴見川流域センターの存在は前から気になっていた。というのも、縁あって今は鶴見川流域住民なので、
"かつては「暴れ川」と呼ばれ豪雨の度に猛威を奮っていたという鶴見川だが、近年は治水施策がうまくいっていてここ数十年は大規模水害は起きていない"
という話は知っていたからだ。素直に、ありがたいことだと思っている。去年(2019年)の台風のときも、鶴見川の浸水被害はなかったとか(正確なところは私はわからない)。
鶴見川の治水のキモはとにかく「流域思考」ということ。洪水は、流域で起こる。行政区域の枠を越えて流域全体で対策を講じなければ意味がない。鶴見川はそれをいち早く実行できた河川であるということだが、全国的に見ると他にそういう例はほとんどないとかどうとか(正確なところは私はわからない)。
災害対策に限らず、環境保全の観点でも、ちょっと私たち、自分たちの立っている足元である地球のでこぼこのことを、無視していすぎやしませんかと。そういう本でした。 -
関東平野の西、武蔵野台地の東端、本郷台地。本郷キャンパスの位置をこんな「流域思考」で説明するのはちょっと見慣れない?でも「東京メトロ丸の内線本郷三丁目駅徒歩10分」という東京の路線図と地図案内も、よく考えたらここ数十年ちょっとで培われた習慣にすぎません。鉄道や自動車の利用が路線図や道路地図とともに普及したように、小さな1つの専門分野としてとらえられがちな地理学・水文学の「流域」の考え方を、流域地図とともに一般的な日常に浸透させたい。そんな著者の思いが伝わる一般向けの易しい一冊。(都市工学専攻)
配架場所:工14号館図書室
請求記号:EC:K
◆東京大学附属図書館の所蔵情報はこちら
https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=2003193848&opkey=B147995561031093&start=1&totalnum=1&listnum=0&place=&list_disp=20&list_sort=6&cmode=0&chk_st=0&check=0 -
道路でも人工的な境でもない、川の流域を再優先させた地図。そうして作られた地図を通して自然を眺めると今までと違った風景がそこに広がってる。入間と羽村の真ん中あたりに佇み、そこに降る雨はやがて多摩川を通じて東京湾に注ぐのか、荒川を経て東京湾に通じるのか、そんなことをぼうっと想像するようなぼくにとってもってこいの本。じゃっかん子ども向き。でもそれはそれで大切。
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都道府県・市町村といった行政地図ではなく、河川流域を基準にした「流域地図」という考え方についてまとめた本。利水、治水、さらには自然環境や生物多様性といった生活の身の回りの環境を理解する上で、非常に合理的であり参考になった。
日本を含む世界の大都市は、大きな河川の河口付近に造られていることが多い。そこに気候変動の影響による洪水や海水面上昇といった水害が顕在化しており、これまで経済発展一辺倒で拡大してきた都市構想は曲がり角を迎えている。
この都市の防災を考える上で、政治的・歴史的経緯によって定まった行政地図で仕切ることはナンセンスである。河川で水害が起こる原因とは、上流域における集中豪雨と宅地整備等による涵養機能の低下であり、下流域の都市部だけで対応できる課題ではない。
つまり、流域地図を用いて上流域と下流域の繋がりを可視化し、住民同士の交流を通じて流域圏の包括的な災害対策をつくっていくことが、環境的な視点を含めて全体最適な考えとなるであろう。 -
当然のことだけど改めて原理原則を知れた。
環境保全は上流下流セットで本質的な改善につながる。
あらゆる自然環境は連鎖している。 -
中身がかなり重複しているため、後述の著作「生き残るための流域地図」を読めば特にこちらは読まなくても良いと思う。
なんにせよ、環境省が流域を元にした生物多様性計画をやめてしまったことは残念… -
市区町村などの行政区分で分けず、「流域」で災害を考えることが大切と説かれています。現状では神奈川の鶴見川だけが、行政区を越えて治水できているそうです。遊水地と多くの調整池を使って氾濫に備えるとのこと。理論や構想だけに止まらず、利害の調整を行ない、お金と時間をかけて実現していくことの重要性を感じました。
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【由来】
・図書館の新書アラートとhonz
【期待したもの】
・漂着プロジェクト
【要約】
・流域地図というのは河川を中心に区分けをした地図のこと。産業革命以降、デカルト座標の地図で構成され、行政区画割の地図に慣れすぎてしまった我々の感覚は、そのまま「大地」「地球」に住んでいるという実感からの乖離につながっている。現行地図を否定はしないが、流域地図も併用し、そこを実際に歩いて自然を体験することによって、自然との関係を再構築できる。
【ノート】
・流域地図とは河川を中心に区分けをした地図のこと。水系が分かり、つまり土地や生物の生息状況と結びついた地図。Yahooでも背景図として水系図を選択できるようになっているが、まだまだ馴染みがない概念ではある。
・知り合いの研究者から、今、我々が馴染んで使っている地図は、たくさんある地図概念の一つでしかないということを教えられたことがあった。これは哲学的な意味からも歴史的な意味からもそうなので、例えば曼荼羅も地図の一つ。何をどう認識して表現、マッピングするかというのが地図の本質であり、今、我々が地図帳やGoogleマップなどで慣れている地図というのは、あくまでも特定の科学的コンセプトに基づいて構築された世界観に過ぎない。子どもが適当に書いて見せる居住区近辺の地図を、我々は縮尺も方角もでたらめだと言って笑うけど、書いた子の興味や行動規範を出発点にすれば、それは立派な地図なのである。 -
浅めの本だが、「流域思考」を一般向けにわかりやすく説いた本として貴重。
また、鶴見川での取り組みはやはり先進的であり、河川整備基本方針・整備計画より先んじて水マスタープランが作られていたこと、そしてそこにシンプルに5箇条がまとめられていたことの功績は大。
それゆえにまさに「流域思考」が鶴見川流域には根付いており、
だからこそ鶴見川の整備計画が各河川管理者"連名で"作られていたり、
件の5箇条が整備計画にもいきていたり、
あるいはその目標流量に流域貯留の概念が組み込まれていたりするのだろう! -
都市は流域に作られやすいというのは世界史は古代文明の時代に一度聞いたきりで、基本的に生活の中で意識されることはない。
流域は今でも防災や水の提供で生活の基盤になっているし、人間に及ばず地域の生態系全体を形作っている。都会に暮らしていると自然との接点がすくないし、意識もしなくなるよねと思ったら流域の把握から始めればいいのですよ!というのが本書の要旨。
代表的な流域として三崎の小網代が挙げられている。意外と身近にダイナミックなエコシステムは生きているのだ。
当たり前だが環境保全は自然を自然のまま放置することではない。結構な昔から世界のいたるところにホモサピエンスはいるので、人の手が入ることを含めて成立している自然環境はある。小網代の蛍の例などは興味深かった。 -
面白かった……!「流域的発想」て知らなかったけれど、そういえば子供の頃から、「津波」「洪水」といった災害の時どう逃げたらいいかな…みたいな、想像をいつもしてたっけ。思えばその時に脳裏に地形が浮かんでいた。地震の時は地盤を考え、土砂崩れの時は山の状態を考え…それらが一つにまとまったような気持ちになりました。
自分の住んでる流域もチェックしたくなっちゃったな~。
(多分、町内のつくりが、山が沿岸部のすぐそばまで迫ってる地形なので、「流域」的にはいくつか別れるとは思うんだよね。暗渠排水なんかにも最近なっちゃったけど、何本か河川があるから。…我が家はその中でもかなり大きな水系の傍なんだけど) -
流域地図で考えると水害の被害も少なくなる。内容が少し散漫かもしれない。
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なかなか読めずにいたけれど、今週の栃木・茨木での洪水被害を案じながら手にとった。読み始めてみたら、わかりやすくおもしろい。「流域地図」を知り、自分の「自然の住所」を知るとたしかに周りを見る目がちょっと変わる。そして見慣れた行政区分による地図ではなく、これからは「流域地図」でものごとをとらえ、治水事業などを考えるようにしなければ、これからの環境危機などに対応しきれない、という主張は説得力があり、今後の気候変化も見越して「50年に一度」レベルの災害への対策を考えなおさなければならないのでは?というかねての疑問にも応えるものだった。
著者が流域保全に関わった具体例としてくわしく紹介されている鶴見川流域、三浦半島小網代が地元に近い身近な地だったのもよかった。流域の考えをベースにした自然保全活動は細心の神経を使う複雑な事業だと思うがその価値のある魅力的な事業でもあると感じた。
地元はめずらしくコンパクトな水系流域なので、せっかくだから小中学校の総合学習などでこうした流域地図を元にした地域研究活動をするといいのにと思う。 -
行政区分での災害対策が現状であるが、より効果的なのが流域ベースでの対策だ。災害は行政区分ではなく流域単位で起こるからだ。
まずは自然と触れ合う機会を増やして大地のデコボコを肌で感じることが大切だ。
そうすることで生態系の一員として、また限られた資源の中で生きているということに気づくことができるようになる。
そうした人間を増やすことが環境問題を解決する力となる。 -
日本には81の1級水系があり、流域面積の大きな順に利根川、石狩川、信濃川、北上川、木曽川、十勝川、淀川などがありそれぞれ多くの支流が流れ込み流域を形作っている。流域面積とは川面の面積ではなくその川に雨水が流れ込む範囲なので尾根と分水嶺で隣の流域と分けられるため日本中必ずどこかの流域に属することになる。つまり住所を流域で表すことも可能で、多摩三浦丘陵群、鶴見側流域・矢上川支流域・松の川小流域・まむし谷流域・一の谷北の肩、調べてみてもたどりつかないが慶応の日吉キャンパスだ。武蔵小杉のあたりに降った雨の一部は多摩川に流れ込み、また一部は支流を通じて鶴見側に流れ込むのだが、水はけのいい昔からの住宅地は少し高い場所に建っていて場所によっては水が二方向に別れて流れる。まあなかなか気がつかないのだが。
開発が進み土地がコンクリートで覆われると、保水力がなくなり雨は一気に川に流れ込む。水田も保水機能を持っていたのでこれがなくなったのも大きい。東京都などは地下に大規模な貯水池を作っているし鶴見側の場合は大規模な遊水池を作っている。それが新横浜公園で日産スタジアムは高床式になっていて洪水時にはスタジアムの下を水が流れる。この本の舞台は鶴見側流域という大きな水系と、三浦半島の先油壺の小網代湾に流れ込む浦の川水系。鶴見側で取り上げるのは治水や洪水対策には上流から下流までを一体の視点で見る必要が有るという話であり、浦の川では里山思想に対して流域での自然保護の取り組みが取り上げられている。
浦の川には森で住み、干潟で幼生を生むアカテガニが住んでいて、自由に行き来できることが生態系を守っている。アカテガニはこの流域の生態系を守る指標のアンブレラ・スピーシーズになっていて、アカテガニを守ることがその傘の下で多くの生き物が住める環境を作ることになる。荒れ放題になっていた森では川が暗くなり藻が繁殖せずカワニナも住まなかった。ヤブを切り開くと3年目にカワニナが激増しホタルの幼虫も急増中だ。人の手の入った自然というと里山思想だが、里山では住み場所(ビオトーブ)の多様性が足りない。山から湿地や干潟を組み合わせた、つながりを持つ流域でなくてはいずれ限界にぶち当たると批判している。まあ里山の場合は田んぼがセットになっているのだろうが。
例えば最近あまり話題に上がらない八ッ場ダムは利根川支流の吾妻川流域で支流域と行っても利根川流域の8%にあたり浅間山の北面から嬬恋、白根山にかけてと広い面積の雨がここに流れ込む。個人的には本当にいるのか疑問に思うが利水権の問題で取水制限を受ける人からすれば必要だとなるのだろう。私をスキーに連れてってで言えば万座スキー場は吾妻川水系だが志賀高原は信濃川水系で渋峠から万座に降りてこなければ須坂から菅平を回り嬬恋周りで万座に入るしかない。古〜っ。
東京では昔の川は暗渠や緑道になっていて流域はわかりにくい。渋谷の再開発では春の小川を復活させるらしいので少し楽しみだ。著者も都市文明を拒否したり否定したりするというのではなく、自然環境の再生と都市文明にどう折り合いを付けるかを模索している。そのツールとして「流域で考える」というのがその主張だ。ホタルが舞う川だとか、鮎が泳ぐ川だとか、そう言うところからなんだろう。スーパー堤防じゃないだろうとは思う。
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