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Amazon.co.jp ・本 (208ページ) / ISBN・EAN: 9784480689399
みんなの感想まとめ
本に対する情熱と地域とのつながりを大切にした古本屋の物語が描かれています。沖縄の商店街で一人で古本屋を営む女性が、地域の特性を活かしながら独自の本の世界を築いていく姿が魅力的です。新刊書店とは異なるア...
感想・レビュー・書評
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沖縄でひとり古本屋を開かれた方のお話。お客さんと距離が近く、本に携わることのできる本屋さんという仕事に対して、魅了されている今日この頃。沖縄という土地柄も面白い要素だなと思った。町の本屋さんの必要性を感じる。
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沖縄で古本屋を一人で営んでいる女性のそのお店にまつわる本。
沖縄の商店街の古本屋が閉店するのを聞き、新刊書店に勤めていた筆者が会社を辞め、その古本屋を引き継ぐ。
客観的に聞くと、筆者は決断力、行動力も非常にあるように見えるが、この本からは、淡々と、自分がやりたいことに素直に実直に従っていたら、このような結果となったというようなニュアンスで。この安定感のあるスタンスが、芯が感じられ安心できる。
これは本屋さんのスタンスとしても同様なのだろう、色々な古本屋仲間が助けてくれているようだ。
また、商店街の中の小さな古本屋なのにもかかわらず、自分の生活を成り立たせている利益をあげている。これは商店街という立地(観光客がたくさん来る)と、沖縄ならではの沖縄本の収集(強み、ニッチ産業的なアプローチ)が合致して、ここでしか買えない沖縄本を観光客が買えるというところにあるのでしょう。
また、本文内にあるように本を売ってくれる70代世代の沖縄の方々との交流もあるように、地元の人との交流も確かにあることが大きい。
出版不況、電子書店の台頭という中で、新刊販売のリアル書店(特に小さい書店)は苦境に立たされている。
自ら本を買い取り、自分で値付けして売る、売れなくても本は返品できない、いつでも自分が売りたい本が揃えられる訳ではない、と一見新刊書店と比べると不利な古本屋も、その本屋なりの特色を出すということは、新刊書店よりも勝った部分である。
大きく状況が変わり、苦境にたっているからこそ、その生き残りの戦略の中に新しい価値がうまれるのだと思った。
この作者は自分の実施いしてることをビジネス本のように高らかに講釈するのではなく、自分のやっていることを実直に報告している形式なので、非常に読みやすい。 -
読んだ後、自分の街の本屋さんに行き、本を買いに行こうと、思った。
元じゅんく堂書店員が沖縄で狭小の古本屋を開いた。沖縄の本を専門に扱う古本屋。
なぜ沖縄で、沖縄の本専門の古本屋なのか。
沖縄の歴史的な背景からも独自の出発文化がつくられてきた。地域にあるもの、地域に生きる人が多様であるならば、本、本と人が会う場も多様。
沖縄の本を沖縄の人、沖縄に来る人に届けていきたいと開いた古本屋さん。
図書館、新刊書店も本のある世界をつくる機能として大切だと考えてるところが素敵でした。
全国一律の超大型書店の対極にある世界で、本と人が出会う場をつくっている。
応援したい!
自分が本屋、図書館、古本屋になりたい、そこでプロになりたいのではなく、それらの本と人が出会う機能、
担う人を応援してたい、中間支援の立場をとっていたいのだなぁと思った。 -
沖縄の市場で小さな古本屋を営む著者のエッセイ。
以前ボーダーインクから出版された本は古本屋になるまでのことを多く語っていたけれど、こちらはおもに古本屋として板についてきた日々が描かれていて、より落ち着いたやさしい語り口で、本を大切にしている気持ちが伝わってくる。
「沖縄の人には、自分たちのために書かれた本がこんなにある」
沖縄で本屋をする、ということがとてもうらやましく思える言葉だと思う。 -
「本屋になりたい」宇田智子。
ジュンク堂書店の社員だった著者が、那覇支店に勤めて、そのまま沖縄で退社して小さな古本屋を始める。
そんな著者の日常、愚痴、考えること、古本屋の仕組み、新刊本屋の仕組み、などなどが綴られます。宇田さんという方が徹底して非常に謙虚で文章にもそれが現れ、僕は好感を持ちました。
「ドーダ」感や、「結局自慢かよ」感が、ほぼありません。(この自意識コントロールはなかなかなものです。意外と難しい)
ご自分で本を出したときの感慨や、イラストを高野文子さんにダメ元で依頼した気持ちなど、謙虚なのに文章は活き活きしています。素敵な作家さんだな、と。その後どうされてるのか分かりませんが。 -
大型新刊書店から、「日本一狭い」古書店に転身。
沖縄で生まれた本を沖縄で売る。
日本中、世界中の人を対象に書かれた本もあれば、沖縄の人に読まれるための本もまたたくさんある。
沖縄には個性的な出版社が多いこと、独特の売り方があることも歴史を通じて知れば興味深い。
一人店主の書店だけど、みんなに支えられて。
新刊書店や図書館、ほかの古書店はライバルではなくて、互いに必要な部分を補完し合う存在。
店をオープンしたての頃、商店街の方々に助けてもらった経験や、古書店組合の場でほかの店主に教えてもらいながらの仕入れなど。
買い取りに行って、品揃えが変わる。
並べ方を変えたばかりの本が、売れる。
売れたらまた、棚の並べ方が変わる。
本を通じていろんな人と対話する、何かに関わり続ける、素敵な本だなーと思いました。 -
文体が柔らかくて優しい。
個人的には、本との関わり方における著者のスタンスにとても共感できる。 -
古本屋に行くのが、ルーティンになっている僕には
とても興味深く読めた。
でも、この本は、近所の図書館で借りて読みました。
本との出会いは、いつ訪れるかわからない。
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著者は、沖縄の第一牧志公設市場前で小さな古本屋を営む方。
書かれているのは、なぜ古本屋を始めたのか、どういう店づくりをしたいと思っているのか、本をとりまく環境のことなど。
大きな野望や、強烈な主張があるわけではないが、静かに、でも熱く「本を通じて自分ができることは何か」を語っている。
自信満々ではない。たぶん、(色々な意味で)まだ迷いの只中にあるのだろう。
でも、この人は、やっぱり本とのかかわりの中で生きていく人なんだろうな、と思う。 -
著者の本屋さん、一度行ってみたいのです。
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僕は「古本屋」がとても好きで、ちょっぴり苦手だ。やはり本好き(これは、「読書好き」とはまた異なる。どちらかというと、本という「物体」が好きである)であるから、こぢんまりした空間に無数の本が並べられているのにはものすごくわくわくする。古本屋に並べられたそれらは当然、「誰かが売ったもの」である。そして、それらはわざわざ「古本屋に売りにくる」ようなちょっと変わった人が所有していたものであったり、めぐりめぐって「古本屋にやってくる」ことになったような風変わりなものであったりするわけで、そう考えると古本屋に並べられた本たちというのはなんだか不憫で愛おしい。日陰者たちが集められた空間が、日陰者にとって居心地いいというのは真っ当であろうと思う。しかも、これは本書の古本屋の性質とは異なるが、古本屋というのは多くは「本好き」が集まる空間であり、当然そこにいる人間の大半は「本好き」なのである。だから、同じ時にお店にいるのは知らない人たちなわけなのに、まるでどこかで一度会ったことのあるような親しみを感じやすい。別に言葉を交わすようなことはないわけだが、そんなことも必要ないのだ。以上のことから、僕は古本屋が好きである。
では、そんな古本屋のどこがちょっぴり苦手かというと、これまた「古本屋」の性質に起因する。つまり、古本屋というのは店主の店主による店主のための「城」なのである。どこにどの本が置かれていて、どの本とどの本は隣合わせで、というかそもそもどのような本たちが集められていて。そのすべてが店主の理想にもとづいてた「理想郷」、それこそが「古本屋」なのである。しかも、多くはその本はその一冊限りしかない。すなわち、かけがえのないものであるわけだ。そう思うと、その本を棚から取り出し、レジまで持っていくというのは、なんだか店主とその友人の仲を引き裂いているような気さえしてしまって気後れしてしまう。最後のページに書かれた値段を見て、店主はどんな気持ちでこの値段をつけたのだろう、この本とはどのくらい一緒にいたのだろうなどと、「思い出」を邪推してしまう。そのせいか、自分の場合は、その本を取り出そうと本に指をかけるときに、「店主から睨まれているじゃないか」とびくびくしてしまう。そんなこんなで、少しだけ古本屋が苦手でもあるのだ。でも、宇多氏の本を読んで、すこしだけ心が軽くなったような気もする。古本屋で本を買ってこそ、その本の生涯を続かせうる。そんな気がした。もう必要のないところにとどまるのでなく、もっと必要としている人のところへ行く。特別なことではないけれど、そうした方が本がより長くいきいきとしていられることもあるよな、と感じた。し、あの完璧な布陣は「壊されないため」にあるのでなく、むしろ「壊されるため」=売れるためにあるのだということを考えれば、自分がその本を手に取ることは、店主にとっても喜ばしいことなのではないかとも思った。僕が、値段を消しさえしなければ、そこのお店で買ったのだと忘れなければ、別にそんなことさえしなくたって、古本たちと店主はいつまでも「友人」なのかもしれない。 -
沖縄で古書店を開いた店主さんが書いた、すてきな本。
大手の新刊書店に勤務し、沖縄の支店で働いた後、独立。
牧志公設市場の側で、沖縄の本(県産本)を目玉にした古書店を開業したのだ。
沖縄に限らず、古書店は横のつながりがつよいこと。
沖縄の商店街のつながりの中で、小さな古書店ならではの営業ができていくことも知った。
棚作りの面白さ、値付けの難しさ。
このあたりは聞いたことはあったが、かなり具体的に説明されていて、読んでいて面白かった。
考えたこともなかったが、沖縄の離島では書店がないところも多いのだとか。
移動書店など、イベントとして、店舗を離れた営業なども試みているそうだ。
本に対する捉え方に共感を覚えた。
本は天下の回りもの。
捨てられたり、断裁されるより、必要とする次の読者の手に渡った方がいい。
図書館も、新刊書店も、敵ではなく、本を多くの人に送り届ける存在として見ればいい。
町の書店がどんどん減り続ける今、こういう柔軟な考え方が必要だと思った。 -
これまでに読んだ宇田さんの本はエッセイで、必ずしも古本屋が話題とは限らなかったが、本作は古本屋を主にしている。こういうのが読みたかった。
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沖縄の古本屋ウララの店主が綴る古本屋としての暮らし。読んだからと言って古本屋を始められるわけじゃない。ビジネス本じゃない。街に溶け込む古本屋の生業をやさしく描いている。今度那覇に行ったら是非覗いてみたい。もちろん、ぶらっといつも古本屋を覗くようにね。
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感想
本を売る。書いた人がいて、運んだ人がいて、買ってくれる人がいる。当たり前だけどみんなに支えられないと本屋はできない。感謝を忘れず。 -
(借.新宿区立図書館)
大型書店の書店員を辞め、那覇の市場(商店街)で小さな古本屋を開いた話。以前から気にはなっていたので文庫で増補版が出たのを機会に読んでみた。(と思ったら、新宿区立のは以前のプリマー新書版だった)
著者が比較的若い女性であること、開店した場所が人通りの多いところ、沖縄本メインというあたりが特徴。プリマー新書が若い人向けということもあり新刊書店と古書店や本の流通などわかりやすく書いてある。
新刊の文庫版はその後の様子なども書かれているようなので読んでみたいが、買うべきかもう少し落ち着くのを待って他図書館経由で借りるか迷っているところ。 -
出会いはブックオフ。
背表紙を見て、「小さい頃本屋さんになりたかったんだよなぁ」と懐かしいことを思い出して手に取ってみた。
沖縄の小さなを経営している女性のエッセイ。
文章が優しくて、自然と、あぁ子どもに読ませたい本だなぁと思った。 -
誰かを傷つけるのではなく
誰かを支えになることをしたいと思える。
本屋が好きだと改めて思った。 -
沖縄で本屋、ちょっと憧れてしまう。新刊書店と古本屋の違いや、業界話もふむふむと。
著者プロフィール
宇田智子の作品
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