倚りかからず

  • 筑摩書房 (1999年10月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784480803504

みんなの感想まとめ

詩の力とその深いメッセージが感じられる作品で、読者に自分自身を見つめ直す機会を与えてくれます。詩は短い言葉の中に豊かな意味を含み、読む人それぞれの状況や年齢によって異なる印象を与えるため、何度も手に取...

感想・レビュー・書評

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  • 茨木のり子さんの最後の詩集。
    先日『詩のこころを読む』という本を読んで、茨木のり子さんの詩を読んでみたくなった。

    大地に根を張る木、群れを成す鶴が旅立つ日を想う言葉の中に、自由を愛する気持ちが浮かび上がる「木は旅が好き」。
    身近な人を好きになっていけばおのずと国境は越えられることを実感する「あの人の棲む国」。

    そして「倚りかからず」。

    もはや
    できあいの思想には倚りかかりたくない
    もはや
    できあいの宗教には倚りかかりたくない
    もはや
    できあいの学問には倚りかかりたくない
    もはや
    いかなる権威にも倚りかかりたくない
    ながく生きて
    心底学んだのはそれぐらい
    じぶんの耳目
    じぶんの二本足のみで立っていて
    なに不都合のことやある
    倚りかかるとすれば
    それは
    椅子の背もたれだけ

    詩は、書いた本人の生き様があらわれる、ということを実感する。簡潔だからこそ、一つ一つの言葉の純度が高まるのかもしれない。
    倚りかかるとすれば椅子の背もたれだけ、なんて、この詩を書いた茨城のり子さんの年齢になった時、自分に言えるだろうか。

    本書からは、厳しい時代を潜り抜けてきた茨木のり子さんの、背を伸ばしてすっくと立つ姿が浮かび上がってくるようだ。

  • 詩ってあんまり読んだことがなかったけど、小説みたいに文字が多くないからこそ、1番自分なりに考えながら読めるものだな。
    今のわたしは、言葉は多くなくてもいい、自分の頭で考える、何も考えていない人間にはなるな、そういったメッセージを感じた。
    きっと自分の置かれている環境によって感じ方が変わるのだろうな。

  • 10代の頃から思い出しては手に取り読み返す詩集。
    歳ごとに受ける印象は変化してきたけれど、これからも手元にあるだろう大切な本。

    最近響いたのは
    「そんなに情報集めてどうするの
     そんなに急いで何をするの
     頭はからっぽのまま」 時代おくれより

  • 「倚りかからず」「苦しみの日々 哀しみの日々」
    「ある一行」が印象に残った。詩から読み取れる彼女の姿勢が凛々しく格好いい。
    小さなことで悩み、苦しむ我々を鼓舞してくれるような詩が多く、このような詩の力強さは在学中に戦時を体験したことが一つの要因であり、人々を魅了していると思う。
    凛とした眼差しで世界を見つめ、自分を確立している彼女からは学べることが多いと思った。

  • ##

    茨木のり子さんの詩はどれも難しい言葉は少ないが、しかし深いことを表している。

    この本の中では特に題名にもなっている『倚りかからず』が好きだ。

    何にも倚りかかりたくないという茨木さん。

    それは拒否というよりは、自戒の意味を込めているような気もする。

    何にも頼らず、自分の感受性や精神を大切にして生きること。

    実はそれはなかなか大変なことだ。

    人間、知らず知らずのうちに誰かに影響されて生きている。

    何かに頼り、寄りかかって生きている。

    それをやらないというのは大変なことだが、だからこそそうしている人を見て憧れたりするんだろう。

    特に茨木さんはこの中で「できあいの」と言っている。

    信念がなく薄っぺらいのに世の中に蔓延っているような何かに巻き込まれずに、自分の頭で考えて、自分の脚で立ちたいという決意というような感じだろうか。

    現代は特に情報が洪水のように溢れて流れているから、よりこんな意識を大切にして生きなければ流されてしまうだろう。

  • 詩集
    背中を思いっきり叩いてくれる.

  • 約20年ぶりの再読。表題作「倚りかからず」は目にする機会があるのでよく覚えていた。
    毅然とした、でもユーモアがある方という印象。辛辣。

    あとがきの「振りかえってみると、すべてを含めて、自分の意志ではっきりと一歩前に踏み出したという経験は、指折り数えて、たったの五回しかなかった。」に驚いた。こんなに毅然とした方でも五回。少ないように感じたが、果たして自分はどうだろうか。

  • 言葉の直球の威力は鋭く心に刺さる。
    素晴らしいなあ。

  • 未発表12編を含む15編の詩集。

    久々の詩集。飾らない茨木さんの詩が好き。

    〈はるばる屋〉という店がある
    という一文から始まる「店の名」が好みかな〜表題作の「倚りかからず」も装画と相まって良い。

  • お気に入りは「倚りかからず」「笑う能力」「苦しみの日々 悲しみの日々」「水の星」。「自分の感受性くらい」でも思ったが、歳を取って飛び上がるほどうれしいことや大爆笑することがなくなってしまうんだとしたら、かなり寂しい。だからこそ、嬉しいことを嬉しく、面白いことを面白く捉えられるようにしておくことが大切なのだろうと思う。
    最後の詩集であり作者自身もご高齢だったからか、現代を嘆くような詩もあった。やはりピシャリと叱られるような印象。
    更に目まぐるしくなった今を見たら、作者はなんと言うんだろうか。

  • 「倚りかからず」茨木のり子著、筑摩書房、1999.10.07
    84p ¥1,890 C0092 (2018.12.16読了)(2018.12.13借入)(1999.11.20/4刷)
    茨木のり子さんの八番目の詩集です。15篇の詩が収録されています。
    1926年、大阪生まれ
    1955年、第1詩集「対話」(不知火社)を刊行
    1958年、第2詩集「見えない配達夫」(飯塚書店)を刊行
    1965年、第3詩集「鎮魂歌」(思潮社)を刊行
    1971年、第4詩集「人名詩集」(山梨シルクセンター出版部)を刊行
    1977年、第5詩集「自分の感受性くらい」(花神社)を刊行
    1982年、第6詩集「寸志」(花神社)を刊行
    1992年、第7詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」(花神社)を刊行
    1999年、第8詩集「倚りかからず」(筑摩書房)を刊行
    2006年、79歳で死去
    2007年、第9詩集「歳月」(花神社)を刊行

    読売新聞・日曜版、読書欄の「平成時代名著50」の一冊として紹介されていたので、読んでみることにしました。73歳のときに出版された詩集です。
    年齢のせいか、肩の力が抜けてそこはかとないユーモアが漂っているという印象です。
    「店の名」は、「ある町の/<おいてけぼり>という喫茶店も/気に入っていたのだが/店じしんおいてけぼりをくわなかったが/どうか」と終わります。
    「時代おくれ」には、「電話ひとつだって/おそるべき文明の利器で/ありがたがっているうちに/盗聴も自由とか/便利なものはたいてい不快な副作用をともなう/川のまんなかに小船を浮かべ/江戸時代のように密談しなければならない日がくるのかも」という一節が入っています。そんなことがあったんですかね。
    「倚りかからず」は、「できあいの思想」「できあいの宗教」「できあいの学問」「いかなる権威」にも「倚りかかりたくない」と宣言し、「倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ」と結びます。
    「笑う能力」では、「言葉の脱臼 骨折 捻挫のさま」の事例をいくつか挙げて笑わせて、「気がつけば いつのまにか/我が膝までが笑うようになっていた」と結んでいます。
    割と楽しく読ませてもらいました。

    【目次】
    木は旅が好き

    あのひとの棲む国
    鄙ぶりの唄
    疎開児童も
    お休みどころ
    店の名
    時代おくれ
    倚りかからず
    笑う能力
    ピカソのぎょろ目
    苦しみの日々 哀しみの日々
    マザー・テレサの瞳
    水の星
    ある一行
    あとがき

    ☆関連図書(既読)
    「おんなのことば」茨木のり子著、童話屋、1994.08.17
    「特別授業『自分の感受性くらい』」若松英輔著、NHK出版、2018.12.30
    (「MARC」データベースより)amazon
    もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい…。 静かに激しく紡ぐ、7年ぶりの詩集。書き下ろしを含む15篇を収録。

  • 詩人は常に孤高でなければならないのだろう。表題作「倚りかからず」はまさにそうだ。そして、孤独であることに誇りを伴っている。詩人の眼は、また限りなく優しい。そして郷愁を運んでくる。詩人の心は時に空間を、あるいは時間を遥かに超えてゆく(「木は旅が好き」、「鶴」)。また、ある時には詩人の着想は突飛だ。ピカソのぎょろ目がバセドウ病だなんて。詩人は人の生き方に崇高なものを見つめる(「マザー・テレサの瞳」)。そして、詩人の眼はいつも驚きに見開かれている(「水の星」)。ほんとうにいい詩集だった。

  • こういった、まっすぐなことばこそ、いま、必要なんじゃあないかなあ。
    そうして、いま、必要だ、ということは、きっと、いつでも、必要なんだろう。

  • 長く生きてきて寄りかかるものは椅子の背もたれくらいだ…という茨木さんの詩集。孤独なように感じるが、孤独に近い場所に大切なものってあるんじゃないかと感じた。意や志を貫く、自分を確立するというのは時として孤独を覚悟する作業にもなる。
    折り合いをその中でうまく混ぜていくのも必要なのだろうが、時代に対しては折り合いというものが通用しにくいのだろうという事も感じた。

  • 茨木のり子さん、初読み。
    「詩集」というのを気軽に感じてましたごめんなさい。

    しなやかにはっきりと語る
    さわやかな日本語の
    芯の強さを感じました。
    うーん、きもちいい。

  • ずっとそばに置きたい本

  • 何が起ころうと生き残れるのはあなたたち
    まっとうとも思わずに
    まっとうに生きているひとびと

  • 鶴の生き方の美しさに感動した。
    「清純の美をかなぐり捨て 踏み抜き」という表現がかっこいい。
    マザー・テレサの瞳
    二つの異なるものが溶け合って妖しい光を湛えていた
    静かなる狂
    水の星
    どこかさびしげな水の星
    極小の一分子である人間が ゆえなくさびしことあたりまえで

  • 1999年、73歳の時に出版された生前最後の詩集。

    凛とした虚飾のない文体で、自然への郷愁や、過ぎ去りし時代への思いなどがユーモアを交えて語られています。

    反権力的な性格も垣間見れて、しっかりと地に足をつけた気高い女性像が想像出来ました。

    「マザーテレサの瞳」が特に良かった。

  • 1999年刊行の生前最後の詩集となりました。「倚かからず」、「鶴」、「お休みどころ」、「時代おくれ」と好きな詩がたくさん含まれています。

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著者プロフィール

1926年、大阪生まれ。詩人、エッセイスト。1950年代より詩作を始め、53年に川崎洋とともに同人雑誌「櫂」を創刊。日本を代表する現代詩人として活躍。76年から韓国語を学び始め、韓国現代詩の紹介に尽力した。90年に本書『韓国現代詩選』を発表し、読売文学賞を受賞。2006年死去。著書として『対話』『見えない配達夫』『鎮魂歌』『倚りかからず』『歳月』などの詩集、『詩のこころを読む』『ハングルへの旅』などのエッセイ集がある。

「2022年 『韓国現代詩選〈新版〉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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