こちらあみ子

著者 :
  • 筑摩書房
3.58
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本棚登録 : 1118
レビュー : 258
  • Amazon.co.jp ・本 (199ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480804303

作品紹介・あらすじ

少女の目に映る世界を鮮やかに描いた第26回太宰治賞受賞作。書き下ろし作品『ピクニック』を収録。

感想・レビュー・書評

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  • 勝手にホラー系なのかと思っていたけど違った。

    「こちらあみ子」…あみ子の空気感、透明感が痛々しいような愛おしいような…。タイトルの「こちらあみ子」っていうところで、泣きそうになってしまった。トランシーバーの片割れを持っていた兄、「好きじゃ」「殺す」の、のり君。みんな空気で交わらない(交われない)思いに胸がきりきりした。

    ねじれているけど清々しく、あみ子の純粋さがまぶしい。帯の「あみ子はわたしだ、そう思うかもしれません」という文句に納得した。みんなの中に健気なあみ子が存在している。後からじわ~っとくる。

    あと写ルンですカメラとトランシーバーが懐かしい~。携帯と違って便利でない。伝えたい時に伝えられない、すれ違ってしまう、運や想いの強さがつながりを強める…みたいな雰囲気が、高校生頃の自分らの世界を思い出して、最後は泣きそうになった。


    「ピクニック」…同じく高校時代…こういう七瀬みたいな子がいたので、すごく痛く懐かしい思いで読み終えた。こっちの作品は流して読んでしまった。「あみ子」の方は二度読みした。

  • 初めての今村夏子さんの本、う〜ん面白い! 読む手が止まらないほど癖になる訴求力がある。「こちらあみ子」は発達障害らしきあみ子が知らず知らずのうちに自分の言動が周囲に及ぼしている事象さえ気付かずに歩んでいく様が淡々と語られる不思議な感覚で 読む側にあみ子へのいとおしささえ覚えさせる。「ピクニック」もローラースケートで接客するのが売りの施設に応募してきた冴えない七瀬さんと同僚の若い娘達との関係がだんだん強くなっていく様が淡々と進んで、なんだか虚言癖が強いけど憎めない七瀬さん像が読む側に結ばれる感覚が生ずる。ほかの本も読んでみたくなった。

  • 表題作は、「あみ子」という変わった子ども
    (「弱者」や「障がい者」と片付けられる可能性の多い子)によって、
    彼女の家族や「のり君」なるあみ子の初恋相手が傷つけられ、
    崩壊していく様を描いた作品です。
    もちろんあみ子自身も深く傷つくのですが、彼女にはそれを「傷」と
    認知できる知能がない。知覚もない。そこが一番の悲しさでした。

    タナダユキ監督あたりが脚色・映画化してくれるとハマりそうな
    悲惨さと仄白い明るさ加減といったらイメージしてもらえるでしょうか。


    個人的には同時収録の書き下ろし「ピクニック」に戦慄を覚えました。

    あみ子のように、やっぱり周囲から浮き上がってしまいがちな
    価値基準・考え方・行動をする「七瀬さん」という30代後半の女性が出てきます。
    「こちらあみ子」では浮き上がるあみ子が普通(一見)の家族や友達を
    迷わせ、苦しめる図式でしたが、「ピクニック」では変わった七瀬さんを
    批判したり笑ったりする存在は出て来ません。そこが逆に怖いのです。

    「ルミたち」なる三人称で巧妙かつ秀逸に描いた、
    匿名にまぎれた普通の人間達のゆがみ、残酷さ・・・マジで怖いです!
    息をつくのも忘れて一気読み。見事な作品でした。

  • 発達障害をもった人は沢山いますが、実際に自分の近くで世話をしたり、一緒に行動をした事はありません。あみ子は恐らく発達障害があり、思ったままを言動に表わし、本人は何の悪意も無いままに本人も周囲も次第に傷ついていってしまいます。
    父も継母も幼馴染の男の子も、あみ子の存在を受け入れる事が出来ず、人間関係が崩壊していきます。誰が悪い訳でもない、誰かが正しい訳でも無い。悲しくも真っ当な人々の心の動きなんだと思います。あみ子のような子を、一つの個性として受け入れて楽しく生きていくのは一つの理想ですが、実際にはあみ子はこの後も生きにくい世の中を渡って行かなければならないんです。ひたすら悲しい。
    継母もきっとあみ子を受け入れようと最初は頑張っていたんだと思うんですよ。でも頭で思っている事って必ずしも心が言う事聞いてくれるとは限らないんですよね。受け入れようとする心と拒否する心。分かってあげられず遠ざける事により、自分が冷たい人間だと思って落ち込む。悪循環ですね・・・。
    細かいことは書いてありませんが色々と想起させる奥行きを感じさせる本でした。

  • 「十五歳で引っ越しをする日まで、あみ子は田中家の長女として育てられた。父と母、それと不良の兄がひとりいた。」 なんということもない導入だけど、段々あみ子という女の子を知るようになると切なくてたまらない。.



    あみ子はたぶん、ある種の発達障害を持っている女の子なんでしょうね。
    (幻聴もあるみたいだから、それに加えてメンタルな病気も。)
    一学年に数人はいる、と言われているくらいポピュラーな障害ではあるけれど、
    目の前のことしかわからない、言葉を文字通りにしか受け取れない、というハンデは、
    本人には生き辛さ、家族にとっては大きな心痛をもたらすことが多いという…。

    あみ子はいつでも一所懸命で、悪気なんかみじんもないイイ子なのだけど、人の気持ちを想像して慮るということができないものだから、あれこれのトラブルを引き起こす。

    給食のカレーを手づかみで食べたり(あみ子にとってはインド人の真似、なので、全くリーズナブルな行動なのだけど)授業中に大きな声で歌いだしたり(頭の中で常に歌が鳴っているんだもの、それに合わせて歌いたくもなるよね)、女の赤ちゃんを死産した母親に『弟の墓標』をプレゼントしたり(だって、前に金魚やカブトムシのお墓を作ってあげたらお母さんが喜んでくれたんだもの)。

    あみ子が“悪さ”をしないように学校の行きかえりに見張るのは兄の役目で、
    一度その役目を少しの時間、兄から頼まれた のり君のことをあみ子は好きになり、そのまま何年も彼にその気持ちをストレートに伝え続ける・・・。

    以前は障害とは認識されていなかったハンデであるために、ここのところ、いろんな作家さんが小説にしている。
    そうだよね、自分の目線から物語を作り上げたい、という人には新しい分野として、変な言い方だけど“宝の山”ともいえる題材なんだと思うし、一般的には知的障害を伴わないハンデだから、作家さん本人が自分の中にある発達障害を意識して書いているのはでは、と思うこともある。
    そして、そんなハンデを持つ子(大人にももちろんいるわけなんだけど)に優しい人間関係を用意してくれるお話もあれば、どんどん追いつめていくものもあって、その都度、嬉しい気持ちになったり、それはないでしょう、と思ったり。

    森見登美彦「ペンギンハイウェイ」、西加奈子「円卓」の主人公は、きっとそんな障害を持つ子たちなんだろう、と思わせて、でも、ギリギリの線で温かい日常を送れているのが嬉しかったんですが…。



    15歳での“引っ越し”はどんな状況でなされたのか、今現在、あみ子はどう過ごしているのか、
    そっか、そうなんですね、と、ある意味、すとんと納得できる展開で、今村夏子さんという作家さんはたぶんお若いのだろうに、こんな落ち着いた筆致であみ子とあみ子の家族を描いてくれ、悲しいお話ではあるのだけど、うん、とてもよかったです。

    あみ子の中学の隣の席の男の子もよかったなぁ。
    たぶん何か月もお風呂に入ってないあみ子のことを
    くさい、と言い、ちゃんと風呂に入れ、しっかりごはんを食べて太れ、裸足で歩いてないで靴下を履け、と、そんな普通のことを言ってくれる彼が好きでした。

    また、決していい状況ではないあみ子なのに、彼女自身はそこにピンときていない、だから心底辛い思いはしていない、という話の流れが今村さんの優しさなのかなぁ、と。




    ネタばれです。








    あみ子のために兄は不良になり、二度目の母は心の病に。
    長い間、人に頭を下げ続けたり、恥ずかしさでいたたまれない思いをしたり、の家族から、あみ子が排除されてしまうのは、それまでの辛い年月を思えば許されること・・・??

    もちろん、それがベストですよね、とは言えないのだけど、人はとにかく生きていかなければならないのだから、と。

    • vilureefさん
      こんにちは。

      以前から気になっている本です。
      じゅんさんのレビューを読んで胸が締め付けられる思いです。
      読みたいような、読みたくないような...
      こんにちは。

      以前から気になっている本です。
      じゅんさんのレビューを読んで胸が締め付けられる思いです。
      読みたいような、読みたくないような・・・。

      素敵なレビューでした。
      2013/08/10
    • じゅんさん
      viureef様
      コメント、ありがとうございます。(#^.^#)
      自分のせいではないもののために辛い思いをする子どもの話、と思うと切なくてた...
      viureef様
      コメント、ありがとうございます。(#^.^#)
      自分のせいではないもののために辛い思いをする子どもの話、と思うと切なくてたまらないけど、その中に込められた優しさや同時に悲しさには読み応えがありました。
      今村さんという作家さんはきっと温かいものをお持ちの人なんだと思います。
      2013/08/10
  • な、なんだろう、この不思議な迫力は。
    ストーリーの力で読ませる小説ではない。心にまっすぐはいってくる文章そのものに、たじろがされ、時に泣きたいような気もちにさせられる。暴力的なまでに心ゆさぶられる、不穏な小説なのだ。
     あみ子には、いろんなことが理解できない。子どもの死産を、なんとか乗り越えようとしていた母の気持ちも、妹という重荷をぶんなげて荒れた兄の気持ちも、じっと耐えていた父の気もちも。大好きな「のりくん」が、なぜ、チョコレートをなめとったあとのクッキーを食べさせられて激怒したのかも。いわゆる「アスペルガー症候群」ということになるのかもしれないが、この小説がじっと視線をそそぐのは、ただ自分を中心に生きている、あみ子の内面なのである。おもしろいから笑う。気になるから聞く。そんなあみ子の容赦ない言動は、周囲の人々を容赦なく傷つけ、怒らせ、あみ子自身の前歯2本を失わせることになる。しかし、あみ子の世界の外で意味を共有するひとたちの言葉やふりあげられた拳は、あみ子の世界では力をもたない。強烈な破壊力を放つのは、あみ子の言葉だけなのだ。
    たとえば、「弟の墓」を作って母に見せたあみ子に届く言葉を兄はもたない。

    「あみ子」
    「なに」
    「あみ子」
    「なんなん」

    そして、

    「殺す」は全然だめだった。どこにも命中しなかった。破壊力をもつのはあみ子の言葉だけだった。あみ子の言葉がのり君をうち、同じようにあみ子の言葉だけがあみ子をうった。

    ほかにも、「田中先輩」になった兄があみ子を救いに現れる場面、あみ子の気持ち悪いところを「俺だけの秘密じゃ」とひきしまった顔でいう同級生との場面など、いくつもの忘れがたい断片がある。
    ことばが通じていても同じ世界に暮らしていないようなあみ子、その言葉が放つ暴力的な力は、同時に、なぜこれほど私たちの根源をゆるがすのか。そこに文学の意味をひらいてみせたこの作家もまた、底知れぬ力を秘めていそうな気がする。


    ところで表紙デザインが「人質の朗読会」とクリソツなのは、いただけませんね。作風もぜんぜん違うのに。

  • こう、読み手側にはどうしようもない破滅みたいな小説は、本当に読みながらドキドキはらはらしてしまう。
    クライマックスには号泣してしまった。
    私にも歳が近い兄がいるから。

    サキちゃんは、亡くなった妹なのだろうか。
    「ミサキ信仰」が思い浮かんだ。
    あみ子の元に辿りついたとき、彼女はあみ子を連れて行くような気がしてならない。

  • 太宰治&三島由紀夫賞、受賞作品。

    あみ子は発達障害なのだと思う。本人にまるで自覚がなくても、その言葉や行動で周りの人たちを深く傷つけてしまう。
    あみ子の両親や兄、のり君…。皆、いい人達なのだが、あみ子は無意識に感じたままの素直な心で、深く深く相手の心を抉ってしまうのだ。それ故、邪険にされても理由が分からず、あみ子と周囲の人々のズレはどんどん大きくなって、大好きな人々と離れて暮らさざるをえなくなる。
    あみ子とのり君の、「好きじゃ」「殺す」で、胸がつまった。分かり合えることはないんだ…と。
    なんというか、読んでいて苦しくなる話だった。

  • あみ子、と呼んでそっと抱きしめたくなる。
    あの子と遊ぶための色褪せたトランシーバーをあみ子はまだ大切にしているだろうか。
    「こちらあみ子。おーとーせよ」と発する言葉に誰かが応えてくれているだろうか。
    悪気はない、わかってはいても人を苛立たせ、家族の輪も壊してしまうあみ子の言動は、ただのお話とは割り切れないぼんやりした痛みを伴う。
    改題される前の「あたらしい娘」のタイトルが知らせてくれるように、母の気持ちが痛いほど伝わって、でもどうしようもなくてただただきゅっと胸が締め付けられる。
    あみ子の世界。全てが愛おしい。

    もう一編「ピクニック」も不思議な七瀬の雰囲気が不思議であわあわしていて周りがいつの間にか取り込まれるさまが良かった。好感。
    装丁の土屋仁応さんの作品の儚い美しさが、あみ子の純真で透明なイメージにぴったりでとても素敵。
    見返しのデザインも綺麗です。
    (2011年11月読了)

  • 「こちらあみ子」
    残酷なまでの現実を突きつけられた感のある作品だった。
    あと、謎がほんと多い。

    「ピクニック」
    こちらあみ子で残酷なまでの現実を突きつけられたあとだったので、ほのぼのっていう感じが率直に伝わってきた。

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著者プロフィール

今村夏子(いまむら なつこ)
1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で第26回太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に第24回三島由紀夫賞受賞。2016年、文芸誌『たべるのがおそい』で2年ぶりの作品「あひる」を発表、同作が第155回芥川龍之介賞候補にノミネート。同作を収録した短篇集『あひる』で、第5回河合隼雄物語賞受賞。2017年、「星の子」で第157回芥川龍之介賞候補ノミネート、第39回野間文芸新人賞受賞。 2019年、「むらさきのスカートの女」が第161回芥川龍之介賞を受賞した。

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