睦家四姉妹図 (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
3.36
  • (5)
  • (28)
  • (29)
  • (8)
  • (2)
本棚登録 : 251
感想 : 33
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480805003

作品紹介・あらすじ

横浜は戸塚区の原宿の家で、睦家の四姉妹、貞子・夏子・陽子・恵美理はそれぞれの人生模様を生きていく――。平成の日本を浮き彫りにする傑作ホームドラマ。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  横浜市の原宿で一軒家に暮らす6人家族の睦家。夫婦の子どもはみな娘。大らかな両親のもとで育った、性格も外見も異なる四姉妹の人生を、平成という時代とともに描くヒューマンドラマ。

     全8章で、7章までは「第〜図」と記され、終章のみ「終景図」と名付けられている。なお「図」とは家族写真に象徴されているライフスケッチを指す。
     例年、母親の誕生日である1月2日に家族写真を撮ることになっていて、各章ともその年の家族写真の描写で始まっている。
             ◇
    1988年1月2日。横浜市戸塚区原宿の睦家を訪れた長女の貞子(24)は呆然としていた。正月早々、家は無人だったからだ。
     テーブルにはおせちの重箱や食器が出しっ放しになっている。両親と3人の妹たち全員ででかけてしまったらしい。なのに玄関の鍵は開いていた。不用心この上ない。

     ため息をついたあと、貞子は応接間に置かれたアプライトピアノの蓋を開けた。何か弾こうとして楽譜を探していると、やっと全員が帰ってきた。
     正月恒例の『フーテンの寅さん』を観に行っていたという話を聞き流しながら夕飯の準備を手伝う貞子に、次女の夏子(22)が顔を寄せ小声で話しかけてきた。貞子に相談したいことがあるというのだが……。(第1図「揺れる貞子と昭和の終わり」)

         * * * * *

     ホームドラマだけれど、描かれるのは共感しやすい等身大の家族です。そのへんはハイスペックな人間揃いの『東京バンドワゴン』とは違っています。

     物語の中心となるのは、貞子・夏子・陽子・恵美里という四姉妹で、それぞれ長所短所ともにあり、微笑ましかったり歯がゆかったりと親近感を感じる描写が多く、読んでいて退屈しませんでした。

     魅力的に感じたのは両親の方です。
     飄々として見えて意外と懐が深い父親の昭。豪放磊落でありながら意外と目配り上手な母親の八重子。
     2人は仲がよく夫婦で完結しているようなところがあるため、子どもに対して愛情過多にならないし過度の期待もかけない。
     だからこそ、特に出来がいいわけでもない娘たちがなかなか逞しく育ったのだと思います。理想的な両親像ではないでしょうか。

    「お母さんはあんたたちが誘拐されても、お金を払わない。 警察にも言わない。 何にもしない。それであんたたちが殺されたら、運命だと諦める!
     だからあんたたち、誘拐されたら、何とかして自分で逃げなさい。逃げて帰ってきなさい。」

     これは、身代金目的の児童誘拐事件がたびたび起きていた頃に、まだ小学生だった貞子と夏子が「自分が誘拐されたらどうする?」と尋ねたときに八重子が返した言葉ですが、自分の身は自分で守るという意識を子どもたちに植えつけるに十分な名答だと思います。


     さて本作は、各章の背景となる設定時期に特徴があります。

     毎年正月2日に撮影される家族写真のうち物語でピックアップされる1枚は、必ず大きな出来事が起きた年の翌年のものになっています。

    例えば第1図は1988年のものですが、その前年に昭和天皇が病に倒れられたと報じられ、国民が昭和の終わりというものを明確に意識することになった年です。
     ちなみにこの1枚は、間もなく平成がスタートし、娘たちの時代になることを示唆する滑り出しになっていて、生まれてから壮年期までを昭和時代で過ごした父親の名が「昭」というのと合わせて、うまい設定でした。
     
    第2図の1枚は1992年で、湾岸戦争終結の翌年にあたり、国内ではバブル経済崩壊直前。物語ではディスコで遊ぶ中学生の恵美里が描かれています。

    第3図の1996年は、阪神淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件の翌年で、国民はその衝撃から立ち直っておらず不穏さや悲愴感に囚われていたのを思い出します。

    第4図の1999年は、長引く不況に耐えきれなくなった大手企業や銀行が次々と経営破綻し、働き盛り世代の人たちの自殺が相次いだ年の翌年です。閉塞感が充満する社会に厭世的になる若者も多かったのを覚えています。
    物語でも「ノストラダムスの予言」について貞子が思いを巡らす場面が描かれているほか、夫に愛想をつかした夏子が Every Little Thing の Time goes by を聴きながら離婚を決意する大晦日のひと幕も印象的でした。

    第5図の2002年は、アメリカ同時多発テロ事件の翌年で、さらに1年後にイラク戦争に突き進む年になります。日本もその戦争に否応なく巻き込まれ、憲法解釈が取り沙汰されました。

    第6図の2008年はリーマンショックによる大不況が日本を襲った年で、その引き金となるサブプライムローン危機がアメリカで起きたのが前年のことです。

    第7図の2012年は、東日本大震災の翌年に当たります。その傷跡はあまりにも大きく、自然の脅威の前では人間は為す術もないということを思い知らされた年でもあります。

    そして終景図の2020年。コロナウイルスが世界中を襲い、日本も警戒態勢の整備を急いでいた翌年です。間もなくパンデミックが始まり日本もパニック状態になりますが、物語はその直前で終わっています。( ただしスカイプが睦家の話題に上っているのが象徴的でした。)

     平成の時代、日本は何度も困難に見舞われ、程度の差はあれ、多くの人が打ちのめされました。けれどそんな中にあっても、睦家の人々は逞しく生きてきました。
     1月2日の睦家家族写真には、昭・八重子とともに4人の娘たちの姿が必ずあります。
     パートナーや子どもともども写真に収まっている時もあれば、離婚して子ども連れだけの時もあるし、新しいパートナーを伴っているときもあります。その時どきで自分にできる精一杯の生き方をしていることがわかる1枚です。
     
     終景図の家族写真では、もとの6人に戻っています。( 撮影したのは貞子の永年のパートナーである梶本紀一氏なのでこの場に来ているのだけれど、一緒に写るのは遠慮したようです。)
     写真には添え書きがあり、氏名と年齢も書かれています。
     睦昭(83)、睦八重子(82)、睦貞子(56)、久保田夏子(54)、青木陽子(52)、睦恵美里(45)。

     姉妹はそれぞれ紆余曲折があったものの正月には両親に顔を見せ、母親の誕生日を祝うという年中行事を嬉嬉として続けています。
     平凡でいることこそ永く逞しく在ることのできる秘訣なのではないか。そんなことを感じさせてくれる作品でした。

  • 睦家の四姉妹は、性格もそれぞれ違って個性豊か。
    毎年正月2日は、母の誕生日もあり、家族写真を撮る。
    大人になり、結婚しても変わらずに2日は集まる。
    時代は、昭和から平成に変わり震災も経験し、それぞれ子どもも大きくなり離婚もあり…。
    長女だけは、同居人はいるが子どもはいない。
    だが皆仲良しである。

    姉妹ってずっと変わらずに仲良くいられるんじゃないかと思ってしまう。
    結婚しても子どもがいても仲良くできるって憧れでもあり、羨ましい。

    私の母も四姉妹で四国に2人近畿に2人と離れていても仲良くて、3ヶ月に一度くらいはみんなで旅行に出かけている。
    それぞれ2人は、近くなので週に一回は会っているようだ。
    いいことだと思う。
    みんなが同じくらいの経済力じゃないと難しいよと母は、言っていたが…。なるほどとも思う。


  • 普通に居そうな四姉妹家族の話。

    隣の家の話をじっくりと読んだ感じ。
    何年か毎に分かれてて読みやすかった。

    性格もバラバラな四姉妹がそれぞれの人生をいき
    母の誕生日に集まるのが恒例。
    なんか素敵な家族。

    ドラマでありそうた題材だけど面白かった。

  • 四人姉妹の約30年を描いた物語。
    歳を重ねていく本は初めて読んだが、意外にも続きが気になっている自分がいた。
    あんなに子供だった四女がもう40代かぁ〜〜〜、と、親戚のオバチャン感覚で読んでたなぁ。笑笑
    え、ってか、あたかも続きがあるかのような終わり方で、どうなっちゃうの!?と、思ってしまった!

  • 筑摩書房のPR誌「ちくま」に連載されていたそうで、読もうとしてテーブルに積んでいると、横から「それ知ってるわよ!」とか言われて、気をそがれている間に「知っている」はずの人が先に読んでいました。
     「面白かった?」と聞くと、「まあ、読んでみなさいよ」とか何とかケムに巻かれて、読みました。「三人姉妹」はチェーホフで、「四人姉妹」は谷崎でしよ、なんていう世代の読者はきょとんとなさるかもしれませんが、「平成四人姉妹物語」で、毎年のお正月の(実はお母さんの誕生日の)記念写真小説でした。
     作の構成のアイデアがいいんでしょうね。あっという間に読み終えることができました。20数年の歳月をいかにダイジェストして見せるか、なんか、そういう「うまさ」を感じましたが、なんだかなぞっただけのような気もします。良くも悪くも「今風」なんでしょうね。
     ブログにも感想書きました。読んでいただけると嬉しいです。
     https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/?ctgy=21
     

  • 姉妹のお話大好きで、こちらもとても好き。
    自分も生きてきた時の中で描かれているストーリーは、自分の人生も振り返りつつ読むことになって物語と現実をクロスして生きている感じになって面白かった!縁のある場所が舞台なこともあり、忘れられないお話になりそう。睦家の歴史のダイジェストを見せてもらった感覚で、楽しくも、もう少し深く皆んなに関わらせて!という気持ちに。姉妹のエピソードの掘り下げたものも読んでみたいなぁ。

  • こういった兄弟姉妹のあれこれある物語は大好きです。
    睦家四姉妹もご両親の大きな愛情に包まれて育っていることがわかる気持ちのいい話でした。

  • 八重子さんイイなぁ。

  • 睦家 両親+四姉妹を主人公にしたホームドラマ。
    各章ごとに家族写真の並び順記載があり、あ〜何年後か、結婚したんだ〜 というのがわかって面白い。

  • 4姉妹の家族のお話。1月2日のお正月とお母さんの誕生日で離れて暮らす4姉妹が集まる。大体4年に1回ぐらいの章。その月日は、バブル絶頂期の昭和の終わりから阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件、同時多発テロや東日本大震災。さまざまなことが起こり、そしてそれと同時に4姉妹が結婚したり子供が出来たり離婚したり新しい彼氏が出来たりとなかなか忙しい。


    私も3姉妹だからか、なんだか親近感湧いたし、女兄弟ってこんなかんじよねって思ったり、たしかに女ばかりの兄弟は結婚した家を出て行くだろうがなんやかんやで実家に顔を出して、意外に賑やかだったりする。寂しくなるなんて意外に一瞬であとは娘時代よりもうるさかったりするよね。



    親が老いるということを少し考えさせられる物語でもあった。


    2021.8.7 読了

全33件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

1963年、東京都生まれ。2003年、『アンダンテ・モッツァレラ・チーズ』(小学館)でデビュー。2014年、『世界でいちばん美しい』(小学館)で織田作之助賞を受賞。主な作品に『おがたQ、という女』(小学館)、『下北沢』(リトルモア/ポプラ文庫)、『いつか棺桶はやってくる』(小学館)、『船に乗れ!』(ジャイブ/ポプラ文庫)、『我が異邦』(新潮社)、『燃えよ、あんず』(小学館)など多数。エッセイ集に『小説は君のためにある』(ちくまプリマ―新書)など。

「2021年 『睦家四姉妹図』 で使われていた紹介文から引用しています。」

藤谷治の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×