それからの僕にはマラソンがあった (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 121
レビュー : 26
  • Amazon.co.jp ・本 (164ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480815415

感想・レビュー・書評

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  • 【市立図書館】

    速さや記録以外のところに走る意味を見出しているところは、共感ができた。
    マラソン大会をお祭りのように捉えているところも、私と同じ感覚だと思った。

    今やっていることをベストではなくベターだととらえる、ということにも、大いに賛成する。
    他の考え方ややり方のための空白を残しておく、ということだ。
    私も、そのことは常に意識している。
    これが全てではないのだろう。
    他の考え方ややり方ももあるのだろう。
    自分と違ったものに、必ず真実や良い点や魅力があるはずだ。
    いきなり否定することはやめよう。
    そういった姿勢を大切にしていきたいと、改めて思った。

    美しさを追及しているところは、へえ、こんな考え方もあるのだな、と思った。
    私は、速さや記録を追求することが美しさに繋がるのだと思っている。
    速く走れるということは、無駄がなく、必要なものがそろっている、ということなのだろう。と。
    それは、自然と美しい走りとなっていくのだろう、と。
    松浦さんとは反対側からのアプローチ、といった感じかな。
    結局、ひっくり返しているだけで、同じことなのだろうけれど。

    腹筋の重要性は、わかっているけれど、苦手だから見てみぬふりをしようとしていたことなので、ああ、やはり逃れられないか、と直面させられた。
    はい。
    なまけず、腹筋、します。

  • 自分も走るからわかる
    走るのは生活のオリを流してくれること

    分かるけど

    向上心があるないってことや
    走らない人を否定するとこは
    いただけないな

    筆者の
    新しい一面を見た気がする

    走りに出かけよう

  • 「暮らしの手帖」編集長を務めていた松浦弥太郎さんが、走る人だったとは知らなかった。この人ならではのアプローチのランニング論であり、啓蒙書っぽくもあり、読み始め直後から自分もどんどん走りたい気持ちになってくる。

    例えば、特に強調されてるのが、マラソンは体力つけたいとか、痩せたいとか以上に、メンタル面に絶大な効果があるということ。冒頭で紹介されている仕事でぎりぎりまで追い詰められる中で走り始めた頃の話は、心が動かされた。

    そして、走りが日常に欠かせない習慣になり、自分の走力がある程度の水準に達してタイムや距離が伸びなくなってからは、ひたすら美しい走りを追求してるという。

    同年代の人間として、身につまされる部分も多く、何歳になっても挑戦しなきゃ、と勇気付けられる良い読書だった。

    ただ、故障など自分の失敗についての釈明、記録を目指さないことへの正当化ともとれる文章も目立ち、全体的に何か言い訳めいた印象を受けてしまったのがちょっと残念だった。

  • 読了20190815

  • 走ることは挑戦である。

    その目指すところは、ひとりひとり違う。

    自分のゴールに向かって、自分と対話し、学ぶこと。


    3年後に向けて、もういちど走ってみよう。

  • 自分がランニングを始めた頃の動機や、その後の試行錯誤を思い出させてくれて、共感した。美しく走る、良いキーワードだなあ。

  • ・準備しておく、仮説を立てる
    「ぼくらの仮説が世界をつくる」や「すいません、ほぼ日の経営」のなかでも仮説をたてることからスタートする大切さが書いてあった。予測する、とかスケジュールをたてる、とか、未来を想像するっていう意味では全部同じ。でも私には欠けていた。
    ・走ることで、いろいろなものがふるいにかけられ落ちていく感じっていうのがすごくよくわかる。
    私は週に1回~2回、気が向けば走るっていうのを10年くらい続けてきたので、走力は全然ないし、走るからだにもなっていない。
    でも、とくにネガティブな気持ちで心が埋め尽くされているとき、余計なものが落ちていく感じをよく味わえる。
    ・向上心をあきらめない。自分への好奇心
    諦めない。あきらめたくない。あきらめられない。自分のことだから。

  • 走り始めた当時、自分が思っているよりもはるかに走れない自分に気づいた時のショック。
    走ることが気持ちの良いものだとわかっているのに、家を出るときに億劫さを感じる。

    そんな文章を読み、あ、同じ!!とちょっと嬉しくなった(笑)

    自分は、フルマラソンを走ることが決まってから、走ることを始めた人だ。
    そして、完走は自分の力以外のものに左右されていない、つまり、「自分だけで完遂できるもの」だと思った。
    著者のいうように、「自分ってできるじゃん!」という感覚。
    それが、気持ちよかったのを覚えている。

    著者じゃないが、10キロは、もう当たり前の感覚になっている。
    しばらく、走れていないが、そろそろ、その先を見据えて、2時間(自分はキロ8分台で走るので、20キロ行かないが)、走ろうかね。

  • 「暮らしの手帳」の編集長だった著者が、多忙な仕事とプレッシャーで体調を崩す。しかし、医者からもらった薬は飲まず、思い立って走り始める。それから徐々に、生活にランニングが根付き、リズムのある充実した生活を送れるようになった。
    ランニングはどうしてもタイムを追い求めがちだけど、著者のように、タイムは気にせず、自分のリズムで生活の一部として走り続けることが、本当は大切なんだろうなと思う。とかく多忙な40代、50代にとって、ランニングは人間関係から離れて、自分に向き合える貴重な時間。そういう捉え方を私もずっと忘れずにいたいと思います。

  • 走るためには、まず歩くことから。

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著者プロフィール

「くらしのきほん」編集主幹、COW BOOKS主宰

「2020年 『おとなのまんなか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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