百年と一日

  • 筑摩書房 (2020年7月15日発売)
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  • 本 ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480815569

作品紹介・あらすじ

代々「正」の字を名に継ぐ銭湯の男たち、大根のない町で大根の物語を考える人、解体する建物で発見された謎の手記……時間と人と場所を新しい感覚で描く物語集。

感想・レビュー・書評

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  • 柴崎友香さんの短編集。タイトルは2~3行にも及び、小説の内容の事実関係を抜き出したような形式になっているのが特徴だ。
    例えば、最初の短編のタイトルは『一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話』。
    読んでみると、確かにタイトル通りの内容、なんだが、ちゃんと小説なのである。
    キーになるのは、二人が学校で偶然きのこを見つける、という出来事。その後二人が仲良くなることもなく、数年後の再会時も連絡先を交換するわけでもない。そのまま二人の人生は交錯することなく時は過ぎる。でも、あの時二人で見た光景は、自分の人生のある時代の印象として心の中に残っている。そんな感じだ。

    読んでいて、以前に読んだ二冊の本を思い出した。
    一冊は小川洋子さんの『人質の朗読会』。中東のバスツアー中にテロに遭い、人質となった人たちが、人生の中でふと思い出すようなたわいもない出来事を発表し合うというもの。ただ、この小説は、話し手の思い出補正のような不思議な世界観で描かれていたのに対し、柴崎さんの小説は本当にたわいもない出来事のままである。それなのに小説として成立しているのがすごい。
    もう一冊は岸政彦さんの『断片的なものの社会学』。この本は小説ではないのだが、社会学者である岸さんが、聞き取り調査やSNSで拾い上げた研究対象にならないような断片的な情報に対して思うことを述べたエッセイで、一見断片的な出来事を寄せ集めたような本書と共通している部分があるように感じた。
    柴崎友香さんと岸政彦さんは、大阪をテーマにした往復エッセイ『大阪』を発表している。小説とどちらが先に発表されたのかはわからないが、お二人は感じるところが似ているのかもしれない。

    本書を読むと、なにげない出来事の中に、自分のこれまでの人生経験やそのときの思いが重なり、芳醇なストーリーが形成されていく。もしかすると、ある程度年を重ねた人の方がぐっとくるものがあるのかもしれない。
    柴崎さんはデビュー作『きょうのできごと』と本書で二冊目。まだ若かりし頃に読んだ『きょうのできごと』は正直ぴんとこなかった。今読むとまた違った思いを抱くのかもしれない。自分の中で再注目の作家さんである。

  • 読み進むうちに じんわり しみてきた。全く繋がりのない短編なのに 読む自分には なんとなく 覚えがあるような こんなことあったな とか そんな気持ちになった。どれも 時の流れ方が歪み 混ざり合う 不思議な感覚だけど 嫌いじゃなかった。静かなところで 大きめのカップにいれたコーヒーを横に置いて 読むのがいい。

  • 様々な人や場所の、時の流れを描いた数ページの物語が多数収録された短編集。
    時の流れで変わるもの、変わらないものが淡々と描かれている。

    読み終えて少し時間が経ってから作品の魅力がだんだん感じられる、不思議な感覚の作品だった。
    一つ一つの物語は短く、ページ数も200ページに満たなかったけれど、読み終えるのにかなり時間がかかった。
    独特の文体で、事実を喋るように淡々と説明している感じ。自分にはあまり合わなかったようで、寝る前に読むとすぐに眠くなってしまった。
    気に入った話もあるが、何が気に入ったかはっきりせずなんとなく好きかも?という感じで、読み終えた直後は結局楽しみ方が最後までよく分からなかったなという印象だった。
    しかし読み終えてから自分が日常的に利用する場所や久しぶりに行った場所で、この場所も変わったものもあるし変わらないものもあるなと思ったり、ここにも様々な人のドラマがあるんだろうな、と考えることが増えたように感じる。
    自分がこの小説から確かに何か受け取ったものがあるように感じられて、嬉しい気持ちになった。
    自分にはあまり合わなかったが、不思議な魅力を感じた一冊だった。

  • そんな形もあるのだろうなという、どこかの誰かの時間に静かに触れる33の物語。

    こうやって誰かの人生や歴史を窺うと、何となく癒やされるのは何故だろう。
    もしかすると見方においては僕のも成立しているのかも知れないな、と受け入れられる気がするからか…

  • 名もない人、なんでもない場所にも、物語がある。
    周りの人達、周りの景色が愛おしくなる。
    そんな短編集。

  • 私が読書に求めるものは、実際に体験できないこと、大きな変化、スリル、ドキドキ。だからミステリが一番好きだ。この本はそれとは対極にある、「日常系」。早く次が読みたい!と時間を忘れて没頭するのではなく、通勤中電車の中で、昼休みご飯を食べた後で、など少しずつ読み進め、時間がかかった。ただ、飽きなかった。
    内容は、短編集。一つ一つのタイトルがやたらと長く、タイトルを読んだだけではどんな話なのかが掴めない。でも一編を読み終えた後にタイトルを見返すと、ああ確かに、としっくり来るのだった。
    「百年と一日」という本のタイトル通り、どれも話の中で時間が経過する。一瞬では物語にならないようなことも、何年も時間が経過することで物語になるのだなと思った。どれもドラマチックな物語ではない。正直、え?これで終わり?って話もある。その辺でありそうな、でも普段の自分の生活をしていると見過ごしてしまいそうなこと。フィクションなのか、ノンフィクションなのか。そんな曖昧な物語を作る作者さんの能力、高杉。
    いつもと違う読書体験ができた、ちょっと忘れられない一冊になりそうだなあ。

  • +++
    学校、島、家、映画館、喫茶店、地下街の噴水広場、空港…… さまざまな場所で、人と人は人生のひとコマを共有し、別れ、別々の時間を生きる。 大根のない町で大根を育て大根の物語を考える人、屋上にある部屋ばかり探して住む男、 周囲の開発がつづいても残り続ける「未来軒」というラーメン屋、 大型フェリーの発着がなくなり打ち捨てられた後リゾートホテルが建った埠頭で宇宙へ行く新型航空機を眺める人々…… この星にあった、だれも知らない、だれかの物語33篇。作家生活20周年の新境地物語集。
    +++

    まず注目するのは目次である。ここだけで、すでに物語感満載で、ほとんどどんな物語なのか見当がつく。そして本編。見当をつけたとおりだったり、ちょっと予想を裏切られたりしながらも、そこでは人々が暮らし、出会い、別れ、再開したり、噂を耳にしたりしながら、時間が経過していく。ひとつずつは短い物語なのだが、その場所の歴史が濃密に詰まっているような充実感を味わえる。厳密にいえば違うのだが、ある意味定点観測のような、変わらなさと、変化の激しさのどちらもが、見事に両立している印象でもある。ただの記録のようでもあり、風景の写生のようでもあり、奥深い告白のようでもある。とても興味深い一冊である。

  • 【オンラインイベント】柴崎友香×小川さやか「人間と時間の不思議」:柴崎友香『百年と一日』(筑摩書房)刊行記念 | イベント | 梅田 蔦屋書店 | 蔦屋書店を中核とした生活提案型商業施設
    https://store.tsite.jp/umeda/event/shop/15218-1220360804.html

    筑摩書房 百年と一日 柴崎友香
    http://www.chikumashobo.co.jp/special/hyakunen_to_ichinichi/

    筑摩書房 百年と一日 / 柴崎 友香 著
    http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480815569/

  •  著者の芥川賞作品『春の庭』はちょっと気になっていたけど、海外にいた頃で手に取るタイミングを逸した。
    その『春の庭』でも、かつてその場所に生きた人たちの時間が積み重なった街と、今そこに生きる人間の関係を描いてきた著者。
    「人は自分の記憶や経験だけでなく、他者の記憶や経験をも生きているものだと思います」と、とあるインタビューで語っている。

     そもそも、読書というのも、文字を通して他人の人生を生きるモノでもあり、作品の登場人物と時を過ごす楽しみがある。

     本書はそうした他人の人生の何十年もの営みが、サラリと手短に33篇も収録されていて面白い。面白いといっても、個々の人生が面白いわけでなく、実になんてことない、ごくありふれた日常が多い。なんでもない時間の積み重ねこそ人生だと言わんばかりに。

     200頁に満たない中に33篇だ。長いもので数ページ、短いものは3ページほど。その中に、10年単位の物語・・・ というか、時の流れが記されている。
     さらにご丁寧に、各作品に、その要約とでもいうようなタイトルが付けられている。

    「一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下の植え込みできのこを発見し、卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話」

    「商店街のメニュー図解を並べた古びた喫茶店は、店主が学生時代に通ったジャズ喫茶を理想として開店し、三十年近く営業して閉店した」

     タイトルで書かれているとおりに物語は展開し、とくに大きな展開も、予想外の結末も待ってはいない。ただそこに過ぎ去った時間の記憶だけが記されている。

     最初の数作を読んでいるうちは、なんだか味気ない話ばかりだなと思ってページを繰っていた。あるいは、それぞれのお話がどこかで有機的にリンクしている、昨今ありがちなギミックでも凝らしているタイプかとも思ったがそうでもない。
     徐々に気づくが、淡々とした物語こそ人生なんだな、と思わされる。というか、目を見張るような起承転結がなくても、人の一生は形作られていくものだと、思わされる。

     こんなタイトルの作品もある。

    「二人は毎月名画座に通い、映画館に行く前には必ず近くのラーメン屋でラーメンと餃子とチャーハンを食べ、あるとき映画の中に一人とそっくりな人物が映っているのを観た」

     うちの夫婦だって
    「二人は毎週地元の映画館に通い、映画を観た後は必ず作品の舞台にちなんだ料理を食べ、・・・・」
     と、この作品のような一遍が出来上がるかもしれない。いや、出来上がるのだろう。

     人生って、そんなもの。
     いや、そんな人生も、どれもが尊い、ということなのかもしれない。

     著者は大阪生まれだ。地下街の噴水の話が二篇あった。どちらも梅田の地下街のことだろう。既視感のある風景、行きかう人の様子が懐かしい。
     また、
    「言うたらあかんで、って言われるから、言うたらあかんで」
     という関西弁あるあるの表現もクスリとさせられる。

  • 100年と1日。
    タイトルからどんな内容なのか想像していたものとは少し違っていて、短編がつらつらと。

    それぞれ繋がっているわけでもなく、時代も場所も人も異なる短い(けれど、時間軸の長い)お話。読んでいるうちになんだか不思議と惹き込まれ一気読みでした。

    いいなぁと。人の暮らしとか営みとか街の歴史とか、続いてるのが、良いなって。

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著者プロフィール

柴崎 友香(しばさき・ともか):1973年大阪生まれ。2000年に第一作『きょうのできごと』を上梓(2004年に映画化)。2007年に『その街の今は』で藝術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞、2010年に『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞(2018年に映画化)、2014年『春の庭』で芥川賞を受賞。他の小説作品に『続きと始まり』『待ち遠しい』『千の扉』『パノララ』『わたしがいなかった街で』『ビリジアン』『虹色と幸運』、エッセイに『大阪』(岸政彦との共著)『よう知らんけど日記』など著書多数。

「2024年 『百年と一日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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