アメリカ短編小説興亡史

著者 :
  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480839022

作品紹介・あらすじ

短編小説はアメリカの名産品です。なぜでしょう。アメリカ小説のしくみがわかります。本書では、つぎつぎとあらわれるアメリカの短編の底力について整理しています。

感想・レビュー・書評

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  • <短編小説はアメリカの国技>
    最近、アメリカの新聞をじっくりと読むようになって、米国のジャーナリズムの深さを感じる。「基礎がしっかりとしている」という米国的な特色がその底には流れている。メジャーリーグの野球を見ていて、感動を覚えるのは、内野の守備だ。日本の解説者などもよく言うことだが、基礎ができているのだ。この基礎ができているというところがアメリカ的ものごとの組立の特色のようだ。


    翻訳家の青山南が、アメリカで大量な短編小説が生みだされる仕組みを大量かつ面白いエピソード満載で説明している。アメリカの国技(A national art form)である短編小説というアイルランドの短編小説家フランク・オコーナーの言葉をキーノートに話はすすむ。


    短編小説も一つの商品であるという視点に立てば、需給分析は手ごろな出発点になる。先ず需要の方。アメリカ人の娯楽で重要な役割を占めてきた雑誌の中で、読者をひきつける主要商品として位置づけられた短編小説。1910年代には、まだ映画もラジオも、国民の娯楽の中心にはいなかった。グリフィスの「国民の創生」が、もう一つの国技であるアメリカ映画の時代の先駆けとなるのは1915年。面白い読み物は作者に多額の報酬を提供するめぐまれた存在だった。長編小説は気をいれて書いても、さっぱりお金にならないので、生活のために短編小説を売るというのが当時の作家の現実だったらしい。スコット・フィッツジェラルドの自己嫌悪まるだしの手紙はそんな作家の気分をみごとにあらわしている。


    「目下、この老いぼれの淫売はショートで一発やるたびに『ポスト』から四千ドルもらいます。いまや四十八手を知りつくしたベテランだからです。若いときは一手だけでこと足りたのですが。」


    こういった短編小説文化を支えるニューヨーカーという雑誌や、大学の創作科という仕組みの説明も、そこに生きる現実の作家たちの本音が表れていて、画期的に面白い。フラナリー・オコーナーもアイオワ大学の創作科の出身だとか、カート・ボネガットが、ジョン・アーヴィング(ガープの世界)の創作科時代の先生で、他人に意見を言われるのが大嫌いなアーヴィングには、ほとんど指導をしないボネガットは最高の教師だったとか、おいしいエピソードも豊富だ。

    なかでも筆者が繰り返し引用するフランク・オコーナーの短編小説論が刺激的だった。オコーナー曰く、長編とは


    「読者が主人公にじぶんを重ね合わせていく小説。だから長編の主人公は、たいがい、自分のいる社会を極度に意識していて、社会となんらかのかたちで折り合いをつけようとしている。社会にたいする態度がどんなものであれ、主人公はノーマルな社会の存在をはっきりとかんじている。」


    これに対して短編では


    「登場する人物は、たいてい、じぶんのいる社会を意識していない。じぶんはそんなものからはずれている。短編ではいつも、社会からはぐれた者が社会の端っこをとぼとぼ歩いている。」


    短編小説がアメリカの国技になるのは、社会からはぐれたという意識の強い移民たちの作り上げた国だからという指摘。


    「アメリカにはたくさんsubmerged population groupsが住んでいる。アメリカ人特有の他人へのやさしさは(アメリカ人の横暴さと隣り合わせなのだが)不親切な社会で途方に暮れ、親切な社会など標準どころか例外であると思い知らされてきた先祖をもつひとびとのやさしさなのである。(フランク・オコーナー)」


    アメリカの映画、小説、ジャーナリズムが魅力的なのは、こういった移民的やさしさと横暴さの中で視点が振動しつづけているからなんだろう。

    2001-07-29 / ASH

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著者プロフィール

青山 南(あおやま・みなみ):1949年、福島県生まれ。翻訳家、エッセイスト。早稲田大学卒業。著書に『小説はゴシップが楽しい』(晶文社)、『60歳からの外国語修行』(岩波新書)、『ピーターとペーターの狭間で』(ちくま文庫)、『南の話』(毎日新聞出版)、『短編小説のアメリカ52講』(平凡社ライブラリー)ほか。訳書にカルヴィン・トムキンズ『優雅な生活が最高の復讐である』(田畑書店)、ジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』(河出文庫)、阿部真理子のイラスト満載のアメリカ現代短編傑作選『世界は何回も消滅する』(筑摩書房)ほかがある。

「2024年 『本は眺めたり触ったりが楽しい』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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