責任と判断

制作 : ジェローム コーン  Hannah Arendt  Jerome Kohn  中山 元 
  • 筑摩書房
4.00
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本棚登録 : 109
レビュー : 8
  • Amazon.co.jp ・本 (392ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480842732

作品紹介・あらすじ

"凡庸な悪"という恐怖。思考を停止してしまった世界で倫理は可能か?!アレント未公刊の遺稿、待望の刊行。

感想・レビュー・書評

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  • どのような問いにも、それぞれの状況に応じた異なる答えが必要なのです。この二十世紀が始まってからわたしたちが経験してきたさまざまな危機が教えてくれるのは、もはやある決まった一般的な基準に基づいて、正しい判断を下すことはできなくなっているということだと思います。どのような問いにも確実に適用できる一般的な規則というものは、もうないのです。

  • 原著は2003年に出版されたアーレントの遺稿集。

    なんだけど、全く、落ち穂拾い的ではなくて、主に「イェルサレムのアイヒマン」から死の直前までのアーレントの思考、アーレントが最終的に到達した思想をまとめた貴重なものとなっている。

    つまり、新たな展開が期待されつつ未完に終わった「精神の生活」のコアの議論がどんなものだったかを想像させるものとなっている。

    もしかすると、アーレント本人の本を読むときの最初の1冊としていいかも。(この前に「アイヒマン」を読んでいたほうが面白いとは思うが)

    おさめられているのも、講演や講義、書評や雑誌掲載のエッセイなどで、他のアーレントの本にくらべると、圧倒的に読み易い。

    また、もともと生前に本として出版されたものは、難解なうえに、皮肉ぽかったり、縦横無尽の引用などなどで、なんか気難しい人なのかな、という印象なのだが、講演などは、なんだかやさしい語り口で、「いい人」というか、「愛」を感じてしまった。

    それにしても、「アイヒマン」でナチのユダヤ人問題の「最終解決」にユダヤ人のリーダーたちが協力していたことに言及して、ユダヤ人コミュニティから絶縁されてしまったあとも、ローマ法王がユダヤ人を見捨てたことの不作為の罪、アウシュビッツの実行者レベルの裁判をめぐる「もういいじゃないか」というドイツの雰囲気の問題などなど、大騒ぎになりそうなエッセイを発表しつづけていて、ただただスゴいな、と。

    あと、アメリカの公民権運動の大きなポイントである「リトルロック」のエッセイも大騒ぎになったものらしい。

    いや〜、本当に、他の人がどう思おうが、言いたいことを言うという覚悟はすごいですね。

    そういうなかで、圧巻なのは、前半の「責任」に関する論考群。「独裁体制のもとでの個人の責任」「道徳哲学のいくつかの問題」「集団責任」「思考と道徳の問題」。

    タイトルを見ただけで、ゾクゾクしますね。基本的には、同じテーマを扱っていて、かなり重複しているのだけど、ちょっとづつ違う角度から説明しているので、ニュアンスがよく伝わってくる。

    ここでの議論の要約は難しいけど、帯に書いてある文章を紹介しとく。

    「思考とは数少ない人々の特権ではなく、すべての人に存在する能力なのです。同じ理由から、思考する能力に欠如していることは、どんな人にもつねに存在する可能性なのです。問われているのは、大悪人とその罪ではありません。邪悪でないごくふつうの人のうちに、特別な動機がなくても、無限の悪を為す能力があることが重要なのです。何が『善であるか』を見失い、道徳が崩壊する瞬間において、人々が考えもせずに流されるとき、思考する人々が姿を現します。そして別の人間的な能力、すなわち判断の能力を解放するのです」

  • ハンナ・アーレントの1960年代から没年1975年までの遺稿を集めた本。
    『イェルサレムのアイヒマン』という彼女の著書が巻き起こした論争についてのコメントがメインになっている。私はその本をまだ読んでいないが、これを読むとだいたい内容は見当がつく。
    ヒトラーや側近幹部ら「机上の殺人者」に対して、アウシュヴィッツにおいて直接無数の惨殺を繰り広げた看守や役人達の「凡庸な悪」が問題になっている。彼らは浅はかではあるが「普通の人間」であり、悪人ではない。彼らは「機械の歯車のように」上からの命令に従い、黙々と仕事を遂行した公務員だったと言っていいだろう。
    では、「命令・状況に従っただけ」の彼らを、犯罪者として告発するのは可能なのだろうか?
    アーレントの指摘は明快で、選択をおこなった個人を裁き、その責任を追及し、相応の罰を与えるのが裁判所なのである。凡庸な彼らの戦時における犯罪的行為は、たとえ背後の「指示システム」があろうとも、それを拒否し得た事実さえあれば、完全に有罪なのだ。
    いいや、彼らは時代の、社会の犠牲者だ、悪いのはそのようになってしまった「社会(国家)」なのだ、という議論を真っ向からアーレントは批判する。
    これは現在でも日常的によくある論争だ。日本でも80年代以降、心を病んだような未成年が犯した殺人について、「悪いのは社会だ」と叫ぶヒューマニズムが横行している。このおおざっぱな理論は、やはりアーレントの言うように精確なものではないだろう。
    日本人的ヒューマニズムは、このようにして「個人」をひたすら犠牲者とし、責任を「社会」だの「体制」だのという、明確には中心的責任者を指摘し得ないような漠然とした概念に追いやってしまう癖がある。
    日本で1958年TVドラマとして放映された「私は貝になりたい」というのが当時評判だったらしい。これは戦時日本軍において、上官の命令に従って捕虜を殺害〔未遂)した平凡な人物が、戦後犯罪者として裁かれるというストーリーだが、ドラマは常に主人公は「だって命令だったから、しかたがなかったんだ」というスタンスを共感を持ってえがき、一種不条理な悲劇として主題を提出している。
    これこそアーレントが批判した、個人を責任から逃れさせようという詭弁である。日本人は、アーレント的な鋭い「責任」概念からひたすら逃げているのかもしれない。戦時も、戦後も、今も。
    オリンピック問題にしろ福島原発事故の問題にしろ、とにかくこの国では、政治・行政・産業のすべてが官僚的であって、誰も責任を取ろうとしない。
    そんな日本の心の弱さをも、アーレントのこの本は照射してくれた。

  • アレントはやっぱり「自分の納得」を絶対手放さないひとだ。
    ソクラテス(『ゴルギアス』)から彼女がひっぱってきているのは、そのあたりのこと。

    自分の内側でもうひとりの自分と対話して、そこで納得が得られるということが、大事なのだと彼女は言う。

  • ヨーロッパの知の歴史を感じさせる本。平凡な人間が歯車となって、思考停止、判断停止を行い結果的に悪を働くことになった場合、後の当事者でない人間が高みから人をさばくことができるのか?こうしたことを深い思索とソクラテス〈プラトン)カント、ニーチェを混じえながら論を進めていく。行き着くところは個人、それは多くのヨーロッパ人の知識人の結論につながる。体制の問題として簡単には片付けられないが、この手の時間をかけて身につけた知識や思想は日本人の苦手とするところ。手っ取り早く要点を掴みたい人には手に負えない書籍。だが今の日本人が読むべき本。

  • 何となく図書館で手にとって読んだ本。
    新しい発見が沢山あった。中でもWW2後のドイツで、ナチスドイツの戦争犯罪について、国民全体が自分たちにも罪があると思えば、真の罪人の罪までもなくなる。つまり、全体が罪の意識をもてば、全ての人の罪がなくなる。という考えが非常に説得力があり、かつ新鮮だった。
    ぜひ一読を薦める。

  • 問い) ナチス政権下で最終解決に従事した兵士にはどのような責任があるか。
    問い) 善という概念はどこから生まれてくるのか。

    最近いずこも内部統制だとかコンプライアンスだとかかまびすしいけれど、そんな時にいつでも沸いてくるのは誰か良いか悪いかを決めるのかという疑問、あるいは、守れといわれたから守らせようとする人々への違和感である。

    ナチスによるユダヤ人虐殺はその根源に全くの「悪」を誰もが感じると思うが、それ故にその命令に従った人々が行ったことが悪なのではなく、その悪質性を感じている自分の中のもう一人の自分の意思に反することを行ったことに責任が生じる根源があると著者は説く。

    ならば、よしんばその発想の原点は一般的な道徳観念から「善」とされることであっても、ただ単に言われたからそれを守るということも同じ位罪深い行為なのではないかというところへふらふらと自分の思考は流れる。

    要所要所にソクラテスとカントの倫理感が登場する。特にソクラテスの、悪をなすよりはなされる方がまし、という一見受け身な、そこから先へは進みようがないような理屈が、読み進む内にその意味が個人の中で変化してくる。それはまるで一皮一皮何かを剥いていった先から芯となるものが透けて見えてくるような、そうかと言って芯そのものがむき出しには提示されないような、多分にまどろっこしい過程ではあるものの、深深と迫ってくるものがある読書となる。

    ともすれば絶望感に満ちた閉塞感に満ちた心境に陥りそうになるのだが、読後不思議と勇気付けられたような気になったのは不思議。

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