- Amazon.co.jp ・本 (222ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480843005
作品紹介・あらすじ
吉本隆明。戦後最大の思想家?本当だろうか?「学生反乱の時代」には、多くの熱狂的な読者を獲得し、少なからぬ言論人や小説家が多大な影響を受けた。だが、その文章は「正しく」読み取れていたのだろうか。その思想は「正しく」理解されていたのだろうか。難解な吉本思想とその特異な読まれ方について、明快な筆致でずばりと論じ切った書き下ろし評論。
感想・レビュー・書評
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f.2024/1/26
p.2012/12/13詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
サービス精神からか、登場する固有名に関して詳しい説明が一々付されるのでその度に論が逸れる。さらに単なる呉センセーの思い出話もたびたび挿入されるのも辛い。今さら吉本の言葉遣いのやばさを批判することに意味があるとも思わないし、批判の矛先が仔細に過ぎると思われることもしばしば。もう少し体系的な記述が読みたかった。
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うむ
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哲学
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吉本読む気なくなってきた
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かつて中国思想が専門の加治伸行が、「戦後最大の思想家」と称される丸山真男の儒教理解の浅薄さを批判したことがありました。本書も、在野の思想家であり東洋思想に造詣の深い著者が、やはり「戦後最大の思想家」と呼ばれることのある吉本隆明を批判するという内容なので、かなり期待して読んだのですが、少し期待していた内容とは違っていたようです。
丸山真男に代表される近代主義者に対して、吉本は「大衆の原像を思想に繰り込む」ことの必要性を主張していました。しかし、吉本のいう「大衆の原像」も、吉本隆明という思想家の夢想にすぎなかったということが、本書では明らかにされています。「王様は裸だ」というわけですが、サルトルや吉本のような、あらゆる問題について発言することを求められる「知識人」がすっかり過去のものになった今、そうした指摘をおこなうことに何か意味があるのだろうかと、疑問に感じました。
『共同幻想論』や『言語にとって美とは何か』の内容を、刊行当時の時代背景を解説しながら噛み砕いて説明しているところなど、多くのことを学ぶことができたのですが、本書の中心的な主張には、あまり興味を感じませんでした。 -
吉本隆明の著作を一冊も読んじゃいない(正確には共著を持っているが)し、吉本ばななのお父さんという認識くらいしかないが、何故かタイトルに惹かれ購入。で、結論から言うとこの本を読んで得たのは批評ってもしかすっと結構楽しいものなのかもと言うこでした。そして著者の文章はユーモアもあり大変読みやすく好感を持ったのでした。でも批評するにはそれ相応の知識が必要なんだと言うこともわかり人生まだまだ勉強だなと思った次第です。
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新着図書コーナー展示は、2週間です。通常の配架場所は、2階開架 請求記号:910.268//Y91
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吉本隆明は何を言っているかよくわからん、と言うのが憚られる時代があって、だけどやっぱりよくわからんじゃないか、という本。わかりにくい言葉を使って、難しいだろ、と、そして、それを読んで君吉本読んでいないのか、という「共同幻想」に浸ってたんじゃないか、という本、だと思う。僕は70年代の生まれで、吉本幻想世代ではないし、だからお前にはわからなくても当然だぜ、と言ってもらえたようで、まあ安心したけど、呉智英さんのいうことだから、油断ならねえな。結局のところ、自分の読み込み不足です(読み込みませんが)。