かかわり方のまなび方

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 520
レビュー : 58
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480864093

作品紹介・あらすじ

力を引き出すのがうまいとか、あの人といると伸びると言わせる人たちは何が違うんだろう。働き方研究家の著者がワークショップやファシリテーションの世界を訪ね歩いた、「かかわり方」の探険報告書。

感想・レビュー・書評

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  • そっか、コミュニケーションって、出会った人と探検することなんだ。

  • ファシリテーターへのインタビュー本です。
    その中の、伊勢達郎さんの言葉が、私のchangeのきっかけで、とても大好きな考え方です。「引き出す」より「あふれだす」

    きりちゃん

  • 最近の「学ぶ」とか「教える」とかの関連本の中でももっとも、ぐっときた本です。
    実用にそくした本ではないかもしれませんが、なぜ人は学ぶのか?どのようにして人を学びへと導くのか?・・・ということについてたくさんのヒントを得られるはずです。

    答えを想定したワークショップはレクチャーであって「ほんとうの」ワークショップではないのではないか?・・・など、自分にとってもたくさんの問題提起を与えてくれた本でした。

    世阿弥の「風姿花伝」が、ふと読みたくなります。そして、なぜ秘本であったのか?・・・その理由を改めて再考したくなる本です。

  • ”『自分の仕事をつくる』の西村佳哲さんの新著。ファシリテーションを今後本格的に学ぶための方向性として、カール・ロジャース氏のパーソン・センタード・アプローチをまずとっかかりにしようと決めた。

    <目的>
     今後の自身の成長のためにファシリテーションをどう学ぶかを決める

    <質問>
    ・ファシリテーションは師につくことで学べるのか?どんな師につく?
     →カール・ロジャース氏、西村佳哲さん、これからかかわる全ての人
    ・「きっかけとなる」触媒としての生き方にそぐうファシリテーションとはどんなもの?
     →「場」の立ち上げ、デザイン、ホールド、プロセス
      かかわり合い(双方、与え合う、有機的)

    <マインドマップ>(関連リンク参照)

    (キーワード抜粋)
    ・パーソン・センタード・アプローチ
     カール・ロジャースのあり方(共感、無条件の信頼、自己一致)クライアント中心
    ・中野民夫さんのファシリテーター10箇条
    ・西村佳哲さんの感知する力(眼差し、感受性の質)
    ・西原由記子さんの befriending (横並び、近づく、一緒にいる)
    ・関口怜子さんの「教えなくていい」
    ・野村誠さんの「どうしましょうかね?」
    ・木村秋則さんの「知りつづけてゆく」(not 知っている)
    ・西田真哉さんの「自己同一性」”

  • 目次メモ&読書メモ

    途中で読書メモをつけるのをやめた。
    たくさんのひとの話をあげるから、それぞれを中途半端にしてしまった印象。だが、その先を考えるのは読者自身、というのをもくろんでいる可能性は否まないし、そもそも著者のいうファシリテートの態度、「そのひとがなにを感じるかを商品化しない」ということなのかもしれない。

    メモ取ってないから文章を正確に引用できないけど、刺さったこと。
    「得た情報をすぐに使ってみたくなる、小学生のような」
    「必然性に欠けるいのちの授業」
    「気付くことは、自分で気づくことに価値と意味がある」


    まえがきの前に

     西原由記子さんに自殺防止活動の話をきく【2008年夏・東京】 人は応答する存在として生きている
     ┗人はひとりでポツンといるのではなくて、何かと応答する、そんな存在として生きている。

      本当に聴くということ
      ┗聴く、正直に伝える、待つ。befriending、近づいて一緒にいる。自分を安心させるための質問はしない。

      死ぬという決断を、なぜ尊重するのか
      ┗私には私の価値観があり、相手には相手の価値観がある。お互いがどれだけ認め合えるかというところからしか、何も始まらない。
       
      

    まえがき
    ┗美大の非常勤講師として教える立場に就いた筆者。「どうかかわればいいか?」最終的な答えが各学生の中にある。自分の考え方や価値観が、授業の支えにもなれば障害にもなる。
     教えられること・教えられないこと
     ┗成果<技術や知識<考え方や価値観<あり方や存在
      上の方は教えやすく、下の方は外から与えるべきでない。
      底辺が脆弱だと他人の道具になりやすい。
     ”働き方”と”かかわり方”
     ┗
    1.ファシリテーターは何をしているのか?

     難波克己さんにアドベンチャー教育の話をきく【2002年夏・赤城】 お互いの価値観や存在を、最大限に尊重する

     青木将幸さんに良い会議の話をきく【2003年秋・東京】 その場に集まった人たち次第で決まる

     伊勢達郎さんに“あり方“の話をきく【2002年夏・東京】 ファシリテーターの存在が場に影響を与えている

     “あり方“のまなび方は?

     菅靖彦さんに「師」について話をきく【2004年秋・伊豆】 自分を揺らし、拓いてくれるもの

     岸英光さんにコーチングの話をきく【2003年夏・東京】 コンテンツよりコンテクスト

     川島直さんに環境教育の話をきく【2003年秋・東京】 "depends on"要するに「今・ここ」の話

     コミュニケーションがとれる、とは?

     関口怜子さんに子どもと過ごすことについてきく【2002年夏・仙台】 私は私で自分の世界を広げているのが大事

     野村誠さんに一緒に遊び・つくることについてきく【2004年秋・東京】 出発点からは見えないところへ

     ワークショップの主役は?

     益田文和さんにデザインワークショップの話をきく【2004年秋・東京】 計画段階で一人1万円ずつ集めて始めました

     苅宿俊文さんに学校教育の話をきく【2003年秋・東京】 学ぶ「意味」を扱う

     桜井高志さんに地球市民教育の話をきく【2004年秋・東京】 可能性をつぶさないこと

     橋本久仁彦さんにプレイバックシアターの話をきく【2004年秋・東京】 人がその尊厳を回復するには

     中野民夫さんはそこで何をしているのか?【2008年夏・東京】 場をホールドする責任はあると思います

     いのちに敏感な人たち

    2 ワークショップとは何か?

     「ファクトリーではない」ということ

     創造的である・生産的である

     ワークショップの歴史と潮流

     持つ・持たない

     西田真哉さんにとってワークショップとは何か?【2008年夏・東京】 自分に素直に動ける人が、少しでも増える手助けをしたい


    3 人の見え方

     「I」メッセージ

     わたしはあなたではない

     スパゲッティで構造体を作ること

     気づきは誰のもの?

     知るとはどういうことだろう?

     時間虫めがね

     必然性に欠ける体験

     パーソン・センタード・アプローチ

     人の見え方


     あとがき

     謝辞

  • アメリカ 犯罪
    少年院か冒険学校のプログラムか二択
    洞窟の中で一週間、落ちたら死にそうな岩壁を直登など。生死を感じるような初めて体験する恐怖への直面とその克服を通じた自信の回復。他人に対する敬意をプログラムを通じて育まれる。レクリエーションセラピーを選択した子供達の方が再犯率は低い。かかる費用も少ない。基盤には心理学のバックボーンが横たわっている。

  • まるで 小学生の教科書を思わせる優しいタイトルに惹かれた。

    自身の今迄の他人との関り方に疑問符?が付いたとき ブックオフでたまたま見つけて手に取った本。

    コミュニケーションの技術上達法や上手な人の考え方を学ぶ本は星の数ほどあるが、この本は それらとは別次元だと思っている。

    現在、2往復目に入っているが とってもわかりづらい。
    いや、文章自体はとってもシンプルで かつ対話形式で取り上げているため めちゃくちゃ読みやすい。

    なのに、どーしてわかりづらいかと言えば 筆者が対話するファシリテーターの言葉の一つ一つがとても心が籠もっていて言葉が浅くないからだと思う。
    魂が乗っている言霊 とは言い過ぎだろうか?

    自身が そこまで相手の事を考えず 自分への満足のために言葉を出していたんだなぁと思ったから、そこまで思えるのだろうか

    いずれにせよ、筆者の観察力や言葉の選び方には感動する。
    筆者は読者に 理解は求めていないと思う。「自分で考える」を求めているように感じられる。

    この本を読んだあと、月焼き場の技術を 偶然にも巡り会えた他人に それも貴重な時間に披露するのは 礼儀がよろしくないと思った。

    コミュニケーションの技術を一気に覚えるのではなく、まず この本を読んで 上手な人の「まなび方」から一度 考え直すのも悪くないと思う。遠回りのように見えるけど、、、。

  • おおむね、「枠」というか、ある「空間」を用意して、あとは参加者の自発性にゆだねるということを、自分はやっていきたいのかなと思った。

    教育という言葉がここに適切かはわからないけれど、おおむね「教育的効果」なるものは、「状況への埋没」によって、自発的に獲得されるものなのではないかなと思った。状況にうめこまれたことで、主体は「環境(状況)」と「自己」との間の調整を迫られる。つまり「自己」は新たな「環境」や慣れない「状況」においては、従来の「存在様式」では、立脚することができず、「自己解体」と「変成」を迫られる。そのことをして、おそらく「学び」と言うのだろう。かつての生活においては、そうしなければ生きていけない(例えば人と一緒に何かしないととか)「環境」というものが、世界中のどこにでも存在しており、その環境で普通に営んでいることが(=埋没)、そのまま「自己解体」と「変成」を含む、「学び」として成立していたのだと思う。他方で、現在の資本主義下においては、最低限の「生存」は、社会保障の充実、医療の発展などの面から国家的に保障されており、「生存」=「状況への埋没」という図式は崩壊しているということなのだろう。

    例えば参加者が既成の、自分の価値観に固執して、ある種の攻撃性をもちながら話し合いに参加している場合、それによって他の参加者が委縮するような状況がある場合には、それをさせないような条件設定を施せばよい。「状況」を作るということ。それが出来ないのは、ファシリの力量不足としてまとめられてしまう。

    そう考えていくと、やはり自分は会議でうまく言葉が引っ張り出せないとか、祝祭的な空間を状況として導き出せないだとか、そういうことに大きな関心と言うか、問題関心があるのだなと改めて感じた。

    ●以下引用

    正直じゃないと、本当の会話は出来ない。構えがあったらできません。いつも気持ちに正直で、自分の心がどうなっているかわかっていることが大切なのね。自分に対しる感性は磨いていなければならないと思っています。

    聴く、正直に伝える。その他にどんなかかわりをなさるんでしょう。-待つことですね。話をしていて、相手がフッと黙ることがありますが、本当に言いたくなった時、ご本人からお話しになる時まで待ちますね。やっぱり、時があると思います。

    「(自殺に関しての)あなたの決心をご尊重申し上げます」とお伝えしたんですね。-その途端、今まで噛みつくように話していた人が、「わかってくれはりますか」とおっしゃって、態度ががらっと変わったんですよ

    めいめいのこたえの実現を助けるのが、どうやら傍らにいる教師の役目であるということは、ソクラテスの三馬術のように常に問い続けていればいいのだろうか

    他人との関わり合いの傘の大きさは、その人の経験や幅や深さによる。経験の幅が狭いと、他人の気持ちをあまり察することができません。同じ気持ちを共有するための経験値が足りない

    場に対する参加の姿勢はおのずと違いますよね。責任のある主体的なかかわりをする習慣があるかないか、この背景の有無によってファシリテーションの求められ方は違います。

    集まってきたみんながそのテーマについてどんな想いを抱いていて、どうしたいかが大事なんだと思う。参加者はそれぞれの実体験を持っているのだから、そこから始めればいいんだと。

    手法と、態度の二つは掛け算のようなものだと思います

    小手先の技法よりも、ファシリテーターの存在そのものが、場に対して決定的な影響を与えていると思いません?

    そもそも今、第一線で活躍しているファシリテーターの先駆者たちも、どこかで養成講座を受けてプロになったわけじゃなくて、自分自身で試行錯誤してきたわけでしょ?

    概念化は大事だと思いますよ。複雑な体験を言語化して、他の人と共有できる形にするのは大事なことだと僕も思います。でもねえ、なにかこう「学んだような気」にさせちゃうのはどうかなあと思うんですよ。

    ファシリテーターはね、場に決定的な影響を与える存在です。とはいえ、場に何か与えているわけでも、その場を進めているわけでもない。彼がコトを起こしているわけじゃなくて、起こしているのはプロセスであり、その「場」なんだよ

    ある存在感を持つ人が一緒にいることで、場の空気や質感、気持ちの集まり具合が変わる

    コミュニケーションというのは器なんです。器が出来れば、中身は自然に満たされてゆく。コーチングにせよ、カウンセリングにせよ、プレゼンテーションにせよ、メンタルヘルスでも、リーダーシップでも。どれも要は、「コミュニケーション」です。

    ●話し方や身の振るまい方なんて、一番最後でいいんですよ。まずは自分たちがお互いにどんな枠組みの中にいるのか。どのような立場や関係をとっているのか。あるいは囚われているのか。そこが認識できないまま発生が出来るようになったところで、相手の眼を見て頷いたところで、意味ないです。

    予定調和的な意味合いで言う「落としどころ」は軽いけど、状況を十分によく見て、落とす直前に判断するようなそれには、まるで違う重さがありますよね。

    僕の方では、みんなが僕のことばを待ってしまったんだよね。

    次はどんな言葉が聞けるだろうって。ただすらすらやればいいってもんじゃない。

    僕には彼に対する信頼感がある、それは彼が語る言葉や態度の中に、自前の結論を固定的に持たず、いつも寸止めのところで留保しながら、揺れて、その場の最新の自分をもってかかわってゆく姿勢を感じているからだ。その在り方はこちらを自由にしてくれる

    「ハンバーグ」にまとまっても、「何がいるんだっけ」という感じで、スタッフは作り方を教えようとしない。むしろリードの手綱を少しずつ話してゆく

    教えなくてもいい、学ぶ主体はあっちだし

    従来の絵画教室だと教えちゃうわけよ。子どもたちが自分の中から、何を描くか、どう描くかということを取り出してくる、その支援をするほうが大事なこと

    昔のお母さんにして、くっついて一緒にやっているうちに大事な部分を体得して、ものにしてきたわけで。教えることより、どう共感するか、エールを送ったか、どんなフォローのやり取りをしたか、どう肯定されたか、、、

    自由だっていうけれど、決して自由じゃないですよ。「何をしようか」というテーマは、こちらからしっかり提示しています。

    テーマを具体的に示しつつ、「あなたはどうしたいの?」ということを、手を替え品を換えながら何度も問い直していく

    作曲行為どのものが楽しいのであって、曲を完成させて発表会を開くのは寧ろ苦痛のほうが多い

    学校の先生を対象にやる時には頼りない感じを少なくするようにしている

    すでに見えている場所へたどり着くのは面白くないです

    一人で引っ張るわけでもなく、参加者に預けきるわけでもなく、「一緒に」場をつくってゆくような関わり方をしている

    教えたり導くための空間でなく、めいめいが自分の「なにか」に取り組める場をつくりたいのなら、主役がどうのこうのといったヒエラルキーの入り込む余地は、そもそもハナからないはずだ

    知的な好奇心を作りだすこと、その支援が大事です

    人を名前で呼ぶのは大事なことです

    学習の場づくりは、その準備段階からプロセスが始まっています。集まったこどもたちをただ自由に野放しにするのではなく、彼らが自分で「意味」を見つけ出すための学習環境づくりに注力する

    ●教えることがまるで悪いことのように語られる時さえあるのだが、さまざまなファシリテーターの働きに触れてきて思うのは、どちらの方向性にせよ、「こういう関わり方をしてはいけない」といった行動規範を持つより、ファシエイテーターが本人の持ち味を殺さずに一致感の高い関わり方さえしていれば、

    一致というのは、自分が思っている自分と、現実的・客観的に周囲の人が判断している自分が一致しているということ。それがファシリの絶対条件

    歪みが生じて一致しないというのは、なんていうか、自分の中に欺瞞性を感じてゐる状態。客観的に見たらそうでもないことについて、「自分はこうだ」と思い込んでいる状態。その悪循環が進むと、ますますずれていく。

    自分のありようを受け止め、そこで自分を肯定している人、人が人にかかわるのは、ものすごく大事なこと

    自分の人となりに疑問を抱かず、素直に動ける人。自分のことを好きな人

    笑いをとりに「行く」は自分から離れている。Iメッセージではない。

  • ファシリテーターだけでなく、万人が読むべき書

    自身の発言だけでなく、存在自体が相手とのコミュニケーション、強いては相手にどのような影響を与えているか。そして一方で、相手に与えられる影響の限界についても考えさせられる本。

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著者プロフィール

1964年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。建築設計の分野を経て、つくること・書くこと・教えることなど、大きく3種類の仕事に携わる。デザインオフィス、リビングワールド代表。多摩美術大学、京都工芸繊維大学非常勤講師。働き方研究家としての著書に『自分の仕事をつくる』(晶文社/ちくま文庫)、『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)、『自分の仕事を考える3日間 Ⅰ』『みんな、どんなふうに働いて生きてゆくの?』(以上、弘文堂)、『かか
わり方のまなび方』(筑摩書房)など。

「2011年 『いま、地方で生きるということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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