消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ (単行本)

著者 :
  • 筑摩書房
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本棚登録 : 219
感想 : 28
  • Amazon.co.jp ・本 (277ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480864284

感想・レビュー・書評

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  • 泣いた、うぉーと
    私にとっては 最近読んだ本の中でダントツ

    特に【虐待】系の本と言うことではなく
    (そういう意味ではあまり期待せず←すいません)

    以前からこの先生の本は5,6冊読んでいて
    そうだよねとか、視点を変えるヒントになるものが多く
    新刊だという事で読んだ

    著者が大人になった【被虐待者】と接する、あるいは子供と接するうちに
    精神科の普通の診断と治療の指針が適用しないことが分かりとまどうところが、発端

    どうやら、普通の人の世界とは違う世界を生きて物事を見ているのではないか、と気づくようになる

    普通の人と被虐待者の世界の違いの説明、
    何故そうなるか・・・独自の説明

    前に虐待されていたと言うカウンセラーさんの言葉を
    聞いて
    えーそう思うのかな・・・?というザラッとした違和感

    話す言葉で背景言わなくても通じる人、

    私的には世界が違うとか越えられない壁とか言ってたけど

    日頃、私自身が思っていたこと、あるいはいつも疑問に思っていたコトなど
    より一層整理された形で載っていた

    色々なケースが載っている

    そういう世界に居る人へ通常の投薬やいわゆる認知行動療法や内観療法のむずかしさ、は何故か

    被虐待児のいわゆる「試し行動」は解釈が違うのではないか・・・などなど

    この世を醒めた目で見ている当事者や
    当事者の身近にいて
    なんで、そうなるんだ?と思う方には、なるほどと思うかも

    あと母親をママと言えない 社会的に使われている「ママ」との差異、被虐は意味のちがいに混乱する。
    幼稚園で転んで泣いてしまった。
    そんな時に先生が慰める。
    「大丈夫よ、もうすぐ、ほら、ママが迎えに来るよ」
    それはあなたが一番大好きで、一番安心できるままが来るから痛くないよ、怖くないよ、
    それが、社会で共通に使う日本語の「ママ」と言う意味である
    そんな言葉で慰められて時には、被虐児は安心でなく、恐怖を感じる
    先生が「ママ」と呼ぶ「あの人に」見られたら・・・

    それからは「ママ」と言う言葉は自分の家のママではないことを知り「あの人」となる

    その方たちが発する言葉に同じ感じだー

    ガックリ来る方もいるかもしれないけど


    やはり・・・住んでいた世界が違うから、
    あれ・・・?と思うのかも
    おかしい訳ではなく、こっちの世界では普通かも

    私は気持ち的にラクになりました

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「ー知らなかった、ということを知るー」
      私も、自分の思い込みを払拭するために、色々と読みたく思っています。
      色々予約している中で、この本...
      「ー知らなかった、ということを知るー」
      私も、自分の思い込みを払拭するために、色々と読みたく思っています。
      色々予約している中で、この本が先に届いたので、土曜日に引き取りに行く予定。。。
      2014/07/07
    • silenciosaさん
      猫丸(nyancomaru)さん へ
      予約している中でこの本が先に届いたんですね^^
      私も思い込みを払しょくするために
      いろいろ読みた...
      猫丸(nyancomaru)さん へ
      予約している中でこの本が先に届いたんですね^^
      私も思い込みを払しょくするために
      いろいろ読みたいです
      そんな思いで読んだ本が何冊かあるのですが
      まだ感想をかけていない(汗)
      そして積読本になっているのも(滝汗)
      2014/07/09
    • 猫丸(nyancomaru)さん

      深く理解した訳ではありませんが、そうか。納得。と言う感じで読みました。
      辛い思いを抱えている中でも、カウンセリングに掛かれる人は、幸せ...

      深く理解した訳ではありませんが、そうか。納得。と言う感じで読みました。
      辛い思いを抱えている中でも、カウンセリングに掛かれる人は、幸せな方なんだろうな、と思うと遣り切れない思いに、、、
      「そして積読本になっているのも(滝汗)」
      私も、、、でも、急いで詰め込む必要もないと。開き直って、気の向くままに、少しずつ読んでいます。。。
      2014/07/14
  • 人生の幸せは、三つのことが実現できていればいい。
     ①美味しく食べることができる
     ②ぐっすり眠ることができる
     ③誰かと気持ちが通じあうことができる
    最初のこのくだりでもうすでに泣けてくる。
    この3つが完全に破綻したボロボロの状態を私は知っているし、この3つが叶えられていて純粋に幸せだと感じれる今がある。

    どんなに裕福で、環境に恵まれ、地位や名誉を手に入れようと、この3つが実現していなかったら、人の心は満たされない。
    逆にそれらが何一つ無くても、美味しく食べられ、ぐっすり眠れ、気持ちを共有できる誰かがいるだけで、人は充分なほどに満たされる。
    この基本の幸せを、幼少時代に母親から子に与えられたか。それが、その子の人生を大きく揺るがす。

    普通の人と被虐待者。同じ世界にいながらも、見えている景色は全く違うし、そこから感じる感覚は更に全く異なってくる。
    今まで感じてきた、生き辛さや、自分の居場所がない感覚、疎外感。
    人と感覚が違うことを「心がない」とか「協調性の無さ」だと自分を否定してずっと責め続けていた。

    また、「死にたい」という自殺願望ではなく、「消えたい」「終わりたい」という切願を常に抱えてきた意味もようやく理解できた。

    「死にたい」と思うには、その前提に本当はこう生きたいという希望が理想がある。あるいは、人生のある時期、楽しく生きてきたという経験があり、でも、何かの事情で自分が望んできた人生が実現できないと分かり、その時に人は死にたいと思う。生きる希望や目的、理想、楽しく過ごした体験があっての「死にたい」なのだ。

    被虐待者がもらす「消えたい」には前提となる「生きたい、生きてみたい、生きてきた」がない。生きる目的とか意味とかを持ったことがなく、楽しみとか、幸せを一度も味わったことのない人から発せられる言葉だ。今まで生きてきたけど、何もいいことがなかった、何の意味もなかった。そうして生きていることに疲れた。だから、「消えたい」

    「死にたい」の中には、無念さや力不足だった自分への怒り、それを許してくれなかった他人への恨みがある。一方、「消えたい」の中には、怒りはないが、あっても微かだ。そして、淡い悲しみだけが広がっている。

    被虐待者は、常に我慢をすることや耐えることが当たり前で、それを疑わない。
    しかし、頑張りと楽しみのつながりがないと、義務感が一人歩きする。
    目的のない義務、こなすだけの義務、それらを続けていないと恐怖が襲ってくる。こなせないと焦る。そして、大人になり、パニック障害やうつ病の症状を引き起こす。

    心が常に緊張していると、記憶に残らない。スピーチの前の食事のような感覚。緊張状態が四六時中続いてて、安心して食事を味わうことができない。

    「知る」ことが症状を解除して、存在を取り戻す。
    心にとって「知る」ということは「離れる」ことである。

    うつ病の認知行動療法は、それまで自分が当たり前だと思っていた生き方=認知の仕方から離れて、自分の生き方を客観視し、認知の歪み(古い認知)を知ることである。

    被虐待者の治療は、母子葛藤を知ることでもなく、誤った人間関係の認知を知ることでもなく、自分のあやふやな存在(社会的存在の不安定性)を知ることである。
    「ただ知る」ことが生き方を変える。存在を立て直す。

    私の母は暴力は振るわなかった。食事や洗濯などの世話もしてくれた。母なりに私への愛情は持っていたと思う。他人からみれば、裕福で家庭的な家で育ったことになるのだろう。

    何が欠けていたのか。それは感情の共有。
    我が家には、「おはよう」「おやすみ」「おかえり」「ただいま」「ありがとう」「ごめんなさい」「いただきます」「ごちそうさま」そういう会話は一切無かった。
    私はその場に留まったり、通過するだけの、風のような存在だった。

    「○○ちゃん、おはよう」「○○ちゃん、おやすみなさい」という挨拶がなかった。
    ご飯の時は、「美味しい?」と聞かれたり、「美味しいね」って話して、確認してもらえなかった。
    服を着せて「○○ちゃん可愛いね」「よく似合うね」と繰り返し褒められなかった。
    抱き上げたら「ほら、いい子」と頭を撫でてもらえなかった。
    泣いていても、抱きしめてヨシヨシとしてもらえなかった。
    私は子どもの頃から母に「○○さん」と呼ばれてた。呼び捨てやちゃん付けで呼ばれたことがない。
    常に腫れものに触るような、隔たりがあった。
    プレゼントしても喜んでもらえなかったし、包みはいつまでも開けられることはなかった。
    誉められたことも、一緒に泣いたこともない。笑いあうこともない。話をしても無関心で反応がない。
    義務で育てられて、そこに愛着関係は無かった。

    人から誉められたり優しさをかけられると、思考が停止してしまう。
    「ありがとう」という言葉が咄嗟に出てこない。
    逆に反射的に、善意を跳ねつけるような態度を取ってしまうこともある。

    試し行動じゃない。何かに希望を持ったり期待したくないのだ。これ以上傷つきたくないのだ。諦めることで自分を保っていたから、そのゾーンに踏み入られなくないのだ。

    私にとって母は、いつまでも「あの人」で、一番遠い人で、一生理解し合うことができない人。

    私には子どもがいない。望んだけれど子宝に恵まれなかった。
    1代目の愛犬を育てて思ったこと、私は母と同じような育て方しか知らないということ。
    愛情もあるし、世話もできるけれど、何かが決定的に欠けている。褒めるタイミングが分からない。自分がママと呼ばれることや、自分のことをママと呼ぶこと、そう躊躇なく呼べる人に対して、強い違和感を感じた。

    そんな私も少しずつ変わってきて、4代目5代目の愛犬には、愛着関係が築けるようになってきた。
    とにかく話しかける。その時感じているだろう気持ちを代弁してあげる。そこにいることだけで無条件に誉めて撫でることができる。
    気付くと、あんなに違和感を感じていた「ママ」という言葉を無意識で使うようになってた。「ママを見て!」「ママの言うことちゃんと聞いて!」と言った具合に。
    愛犬は全身全霊で、私を見てくれているし、求めてくれているし、必要としてくれて、止め処なく愛してくれる。私もそれにちゃんと応えられる。
    子どもがいなくても、徐々に何かがほぐれてきている。

    生き物としては生きたいという本能がある。それが満たされていれば幸福だ。しかし、社会的に生きていこうとすると、「死にたい」とか「消えたい」が出てくる。

  • 「死にたい」と「消えたい」は違う。
    涙がでました。

    虐待、もしくは虐待ではなくても、虐待のように本人が受け取ってしまうような状況に置かれた子どもの世界観を描いている。

    読んでいて、苦しくなった。
    こうした世界もあるのだと思った。
    苦しかったけど、知ってよかった。
    知ることも大事だから。

  • 自分の感情が揺れ動いた本の1冊です。

    この本は理論書とは違い、実際に虐待を受けてきた人の体験や回復までの過程が書かれています。
    そのため、被虐待者がどのように過ごしてきたのかをイメージしやすいかと思います。

    「虐待を受けてきた人と受けていない人が別の世界に生きている」ということを、虐待を受けてきていない人はなかなか感じにくい感覚なのかなと感じました。
    ただ、虐待を受けてきた方にとっては別の世界に生きている感覚は強く持っていて、だからこそ生きづらさを感じる部分もあるのかなと思いました。

    この本を読んで、虐待を受けてきた人たちとのかかわり方だけでなく、すべての人とのかかわりにおいて「自分の当り前が他の人にとっての当り前とは限らない」ということを再認識させられました。


    「死にたい」は、生きたい、生きている、を前提としている。
    「消えたい」は、生きたい、生きている、と一度も思ったことのない人が使う。
    この言葉がとても印象的でした。

  • ☆5(付箋21枚/P277→割合7.58%)

    すごい本です。

    友達から感想を聞きたいと勧めて頂きました(^^
    逆に「その後の不自由」という本をお勧めしたのですが、扱われている事例としては
    「消えたい」の方が(当人の辛さ、感じ方は別として)状況は重篤だと思います。
    「その後の不自由」は社会の殻が作れなくて自と他の二つだけになってしまった辛さ、でしたけれど
    「消えたい」はもう自分がいないのですから。

    ずっと緊張して、または自分を透明にして生きているから眠ることが分からない。
    それで、過去が残っていなかったり、日が変わる感覚が分からなかったりする。
    だから、3日前と言うより、60時間前と言う方がしっくりくる。こんなに壮絶な人生があるとは思いもしませんでした。

    悲哀性のうつ病と同じように抗うつ薬はほとんど効かない。
    けれど自分の辛さの理由が分かって解けた時の感覚の自由さ、透明感というか純粋さ。

    ・その頃、新聞やテレビでは、3歳の男の子が虐待を受けて死亡していたとの報道がされていた。
    「先生、虐待のニュース知っていますか?」と彼が聞くので、私は、「ええ知っていますよ」と答えた。
    それから、彼はうつむいてしばらく黙り、押し殺したような重い声で話しだした。
    「先生…、僕は3歳のあの子が死んでよかったと思います…。
    えっ?と、私は声には出さなかったが、驚いて彼の方を見た。
    しばらく沈黙があった。彼は涙をこらえているようだった。
    「僕もあの時、消えていればよかったんです。そうすれば、こんな苦しい人生はなかったはずです。生き残ったばっかりに…」

    ・彼らの話にじっくりと耳を傾けているうちに、語られる言葉のひとつひとつが、私の生きている世界とは違う意味をもっているのが分かった。同じ日本語を話しながら言葉の意味が微妙に異なっている。その違いはバラバラではなく、正確にある一つの方向を指し示し、その方向にすべての言葉の意味がずれていた。言語体系がずれるということは、それによって築き上げられている心理システムそのものがずれているはずである。

    ・それから約一年後、母子の「再統合」が実施されて、彼女は実母のもとに戻った。
    しかし、母親からの暴力も、家事労働も以前とまったく変わらなかった。それどころか、母親からは、「おまえが余計なことを言うから、こんなことになった」と責められた。
    でも、亜矢ちゃんにとってうれしかったことがある。それは妹が大きくなって二人で話ができるようになったことだった。

    ・当初、私は元「被虐待児」の「消えたい」という訴えを聞いた時に、うつ病と同じように「希死念慮あり」とカルテに記載していた。つまり、抑うつ感の中で「自殺したい」と思っていると解釈していたのだ。
    しかし、その後、「死にたい」と「消えたい」とは、その前提がまったく異なっているのが分かってきた。
    「死にたい」は、生きたい、生きている、を前提としている。
    「消えたい」は、生きたい、生きている、と一度も思ったことのない人が使う。

    ・「先生、私は四年生の時に、自分がある年齢の『ある日』までは生きている、と決めたんです。…」
    彼女の話を聞きながら、私は、彼女がそれまでは生きていると決めた「ある日」がそれほど遠い将来ではないだろうということを感じた。もしかして今度の誕生日だろうかと、電子カルテの生年月日の欄を眺めた。それまでに治療が間に合うだろうかとも、ぼんやりと考えた。
    その「ある日」がきて、彼女の人生が今までと同じならば、彼女は消えるのだろうか。彼女は話し続けている。
    「(小学校四年生の時に)その日を決めてからは、『もう生きていなくてもいいんだ』、『終わってもいいんだ』と思えました。少し楽になりました。私はそれを支えに生きてきました」

    ・最初に私は、抗うつ薬を減らした。それだけで、わずかだが亜矢さんの体が楽になった。それから、本格的な心の治療の目に、「生活の治療」を始めた。
    亜矢さんは異常な家庭で育ったから、普通の生活を知らない。だからまず生活の土台である睡眠と食事を改善する必要があった。いや、正確に言うと、それらを生まれて初めて体験する必要があった。

    ・小さい頃から、家では食事にありつければそれだけで幸運だったし、唯一、確実に食べられた学校の給食は、出されたものが全部美味しかった。だから、彼女の中には食べ物の「好き嫌い」、「美味しい、まずい」、何かを「食べたい」という概念はもともとなかった。

    ・お金がなくなったら、今度は生きることができないから、「消える」ではなくて「死ぬ」ことになるのだが、私はもう「あの日」が来ても大丈夫のような気がした。お金だけの問題ならば、何か手があるかもしれない、と彼女は感じているようだからである。
    これが、私が被虐待児(異邦人)から教えてもらった最初のことである。
    つまり、普通の生活ができて、一に、美味しく食べて、二に、ぐっすり眠れて、三に、誰かと気持ちが通じあうことができれば、人は幸せである、と。

    ・例えば、「ああ、美味しかった」と感じた時に、このくらいは誰でも味わっていると思ったり、もっと美味しいものを食べている人もたくさんいるはずだと評価したら、受け止め方は変わるだろう。そういった比較がいつも美味しさの中に入りこんでいるのだ。
    一方、亜矢さんは人と離れた荒野の中で、生まれて初めて人生の喜び、楽しさを知った。彼女は自分の満足と幸せが、周りと比べてどれほどのものなのかを知らなかったので、誰とも比較しなかったし、どれほどの幸せなのかを評価しなかった。ただそれを味わい、感じたのだ。
    この意味で、亜矢さんは幸せに対してまったく自由だった。

    ・「時間の感覚が人と違うから、『三日前』がなくて、代わりに『60時間くらい前』と言わないと、分からないのでしょうね」と私が説明を終える。
    すると、うつむき加減だった金沢さんが、驚いたように視線をあげた。
    「そうなんです!私、日にちの感覚よりも時間の感覚なんです。でも、先生はなんでそれが分かるんですか?」

    ・「二年前に、一人娘が結婚して出産しました。娘が大切に持っていた母子手帳を見ていて、自分の母子手帳はどうだったんだろう、もしかしたら何か過去がつながるかもしれないと思って母親に電話したら、
    『そんあものあったけ。覚えていない』と、サラリと言われました。
    ああ、この軽さなんだ、私の存在感…。どこを探っても、自分のことが分からないのです」

    ・「母がどういう気持ちでいきなり怒り出すか分からない。機嫌がいい時もあるけれど、いきなりパーンとひっぱたかれることもある。だから、どのあたりに距離をおいて暮らしていたらいいのか分からなかった。呼ばれたらすぐ行かないといけない、でも、あまり近くにいると何かの拍子に『餌食』にされる。だから、私は幼稚園の頃に『透明人間』になることに決めた。家の中で、私はいるけど、いない。

    ・あなたが生まれてからずっと、富士山の麓に住んでいるとする。小さい頃からあなたは毎朝起きて富士山を見る。いつも変わらぬ富士山がそこにあることで、自己の一貫性が確認できる。
    もし、ある朝起きてカーテンを開けると富士山が消えていたとしたらどうなるだろう。
    まずあなたは、自分の目を疑う。まじまじと目をこらして見る。間違いない。次いで、自分の記憶を疑う。もしかして昨晩は自宅と違うところで寝たのかと考えるのだ。部屋を見回して窓の位置を確認して、自宅であることを確認する。間違いない。すると、これは夢だろうかと、現実そのものを疑う。それらすべてが疑問に答えてくれないと、最後はあなたは自分自身を疑う。自分は自分なのか、と。
    ここで分かることは、変わらぬ存在である富士山によって、あなたは毎朝自分の存在を確認し、自分が保障されてきたということだ。その富士山がないことで、あなたは自分の存在に疑問を感じ、とまどっている。
    そこに母親が現れて、「おはよう」と声をかけてくれる。
    「そうなんだよ、昨日の夜かららしいけど、急に富士山が消えてしまって日本中が大騒ぎだよ」と、母親が言う。
    …それを聞いて、あなたはほっとして自己の存在を取り戻す。ああ、自分は間違いなく、「いたんだ、いるんだ」、「消えたのは私じゃなくて、富士山だ」と。
    この時点であきらかになるのは、自己の存在を“信じ込ませていたもの”は、実は富士山ではなく、家族や人、社会とのつながりだったということだ。たとえ富士山が消えても、社会とのつながりがあれば、あなたの存在は保障される。こうして、私たちは社会的存在であることを日々確認して自己の存在の一貫性を保っているのである。

    ・「小さい時からずっと、私を上から見ている子がいる。私が殴られている時、泣いている時、苦しんでいる時、その私をずっと見ている。何人もその子がいた。そして、その子が何人も死んだ。
    …その子を頼りにして、私は生きてきたような気がする」
    彼女はまた、こうも話した。
    「今までは、人生はテレビを見ているみたいで、コントロールできた。見たくないものはスイッチを切るか、切れなければボリュームを下げた。そうすれば、目の前に動画が流れ、私はただ眺めているだけですんだ。親の望んでいない自分は『処分される』と思ってきた。自分がいなかったので、私と家族と家の周りの風景はすべて客観的だった。
    だから、私は周りに興味がなかった。興味がある振りはできるけど、根本的に興味がない。
    『なんでそんなに冷静に淡々と話せるのか』と、よく人から言われる。
    私は逆に、なんでみんなそんなに熱心に人生を語れるのかと思っていた」

    ・二つの世界の境界は、鮮明である。しかし、私を含めたほとんどの人は、生まれてからずっとその内側だけに生きてきたので、境界は見えない。外側に見えるのは宇宙だけである。一方、生まれた時から普通の世界からはじきだされて、辺縁の世界に生きてきた彼らは、その境界が見えている。彼らにとっては、内側に多くの人が生きている安全な世界があり、孤立した彼らの世界の背後には宇宙がある。

    ・カウンセラーさんから、『親に怒りをきちんと向けなさい』と言われた時、それは私には『母を愛しなさい』と聞こえて辛かった。ここに来て先生に、『それは虐待だったですね』と言われて、それが、『もう母親を愛そうとしないでいいんですよ』と聞こえた。楽になった。

    ・被虐待者のうつ病には、抗うつ薬があまり効かない。
    一般には「うつ」には薬が効くと思われているが、専門家からみれば、薬が効かない「うつ」がある。例えば、若者の軽症「うつ」には薬は効きにくいし、さらに分かりやすい例を挙げれば、悲哀性のうつには薬はほとんど効かない。

    ・日曜日、一人で外を散歩していたら、近所だったけど知らない路地に迷い込んだ。坂を上っていくと視界が開け、小さな公園があった。あれ、こんなところに公園があったのか、と思って、ベンチに座った。
    小さな緑があって青空が広がっていた。ぼーっと過ごしていたら、ふーっと軽く意識が遠ざかるような、時間が止まったような、静かな気持ちになっていた。自分がいて、小さな緑と青空と、下には住宅の屋根が連なっていた。同じ世界だけど、いつもとは違う方向から見ている気がした。
    何も変わっていない。自分はもとのまま、周りも昨日と同じはずだった。でも、慣れ親しんだところが、それまで目で見て、耳で聴き、肌で感じてきた世界と違っていた。自分の感じ方が変わったに違いないと思った。今は自分と世界とが分かれている気がする。つながっていない。『それぞれなんだ』と思った。だからだろうか、『きれいだな』と思った。自分の中の緊張が解けていた。
    きれいだな、と感じたままにしていいんだ、と思った。

    ・星を見上げていた自分が宿に帰ろうと思い、自分の位置と帰り道、宿の方向に思いを巡らした瞬間に、時空は再び元に戻り、生命的存在は「地」に退いて意識から消える。同じ様に、雨だれの音から意識が離れ、ああ、今日は日曜日だと思った時に、私たちは社会的存在の心理カプセルの中に戻る。
    こうして「地」が意識されず、安心して人生の「図」を描いていられるのが、「普通の世界」=心理カプセルの内側の世界である。
    一方、異邦人(被虐待者)が生きている「辺縁の世界」では、社会的存在はいつも不安定である。彼らはその確信を持てない。それ故に、「普通の世界」では「地」に退いている生命的存在が、「辺縁の世界」では顔を出している。

    ・以前は、妻が娘を叱っているのを聞くと怖かった。聞きたくなかった。でも、その朝はそうではなかった。ああ、怒っているな、ああ、反抗しているな、と安心して、微笑ましく感じて、二人の言い合いを聞いていた。
    それから、夕方。朝のけんかが嘘だったように、妻と娘が楽しそうに会話している。『ママね、今日ね、幼稚園でね…』と娘が報告している。何かを自慢しているようだ。妻が、『ええっ、そうなんだ。すごいね』とほめている。ああ、これって称賛だ。うらやましいな、かわいいなと思った。
    …私の頭の中に言葉が浮かんだ。
    『幼稚園で何かいいことあったのか、パパにも教えてくれよ』
    思わず浮かんだその言葉に自分でびっくりした。でも、それを口には出さなかった。そして、いつかはそれを口に出してみようと思った。それは楽しそうだと思った。

    ・『がんばって人に合わせないと生きていけない』、そう思った時に恐怖が湧いてきた。生まれてからずっと感じてきた恐怖だけど、今まで気づかなかった。ついで、『自分はダメな人間だ。もっと頑張らなければ』と、いつもの思考が動き出した。
    ああ、これだ、とはっきり分かった。小さい頃からずっとかかえてきた恐怖と、それに反応する加害者の自分だった。自分が潰される恐怖を前にして、自動的に自分を責め始めていた。
    …結局、自分で自分のことを痛めつけている。自分で自分を優しくしていない。自分で自分を敵にしてきた。そうさせているのは、もうあの人(母)でもなく、あいつ(父)でもなく、自分なんだと思った。
    そうだ、この世が地獄だったのではない。自分の心が地獄だったんだ。

  • 被虐待体験の中を生きてきた人が、どんな世界に生きているのかに想いを馳せられる一冊だった。

    いわゆる当たり前の社会常識や生活スタイル、「普通の人」の間で共有される感情や暗黙の了解、物事へのよくある反応の仕方・感じ方は、ある程度差はあっても養育者の愛情を受けて安心・安全を土台にして生きてきた人たちの世界の物差しでの基準なのかなと感じた。

    「当たり前」なんて実際はあってないようなもの。被虐待児・者に関わらず、それぞれの人がそれぞれの世界に生きている(重なる部分・つながる領域は個人差ある)ということに改めて立ち返らされたように思う。

  • 例えがとっても分かりやすく、文章全体読みやすかったです。

    被虐者はうつ病と診察されることが多いが、ほとんどの場合薬物療法は効かない。認知行動療法さえ効かない。
    著者のクリニックでは、患者のうつの原因になっている家族との関係を思い返させながら、医師(著者)とのカウンセリングを通して症状が改善していくかんじ。

    発達障害と被虐児は、行動や仕草が似ている場合があり、時に混同される。
    被虐児に、親とのつながりの大事さを意識させるのは負担になる。
    被虐であっても必然的に親の愛を求める。年月が経ち親元を離れ、親からの愛など存在しなかったと自覚するのが生きづらさから解放される方法。

    そのうち読み返すとおもう。

  • 私もふとしたときに、「消えたい」と思うことがある。死にたい、じゃない。消えたい。このまま消えられたらなと。検索したらこの本を見つけた。
    私は親から虐待というものは受けていないと思うのだが、、、、どうなんだろう。

  • 虐待を受けて育った人はそもそもの心理的メカニズムが違うことを取り上げた本。例えば、普通のひとは「死にたい」というが、虐待を受けてきたひとは「消えたい」という。どちらも医学的には希死念慮の一言でまとめられるが、その意味する文脈は全然違う。死にたいというのは、こうありたいとかこうしてみたいなど自分の人生を生きてきた人がうまくいかなくなってしまったときにいう言葉。それに対して、消えたいというのは、そもそもの「生きている」という前提がない。生きられなかった人生を歩んできて、今までに生きてきたという実感を感じたことがない人が疲れたときにいうのが「消えたい」。
    よくよく考えてみれば、虐待を受けてない人と受けた人では心理的機構が全然違うのは当たり前だが、いままでの心理学やカウンセリングの本でそれを明確に指摘している本を読んだ記憶がないような気がする。著者自身も数ある理論は正常に育ってきている人を前提に構築されているので、被虐待者の治療にはこれらの治療理論や治療のアプローチがまったく効かないと語っている。
    非常に興味深い本だった。

  • 死にたいと消えたいがどう違うか……序盤にそんな話が出てきて、それがまたわかりやすく、そしてそのことを前提に数々の被虐者のケースを見ていくと当事者の気持ちにわずかですが踏み込めるような思いにもなりまして。しかし自分でも思いますが、小さいころの体験・経験というのは実は客観視が難しいことが多く、カウンセリングによって気付くこともあり、生きているうちにそういう話がある機会って重要だと思いますね。

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著者プロフィール

1931年生まれ。1971年に39歳で早逝。短期間に膨大な名作を遺した天才的小説家。中国文学者。『悲の器』で第1回文藝賞受賞。著書に『憂鬱なる党派』『邪宗門』『日本の悪霊』『わが解体』ほか多数。

「2017年 『我が心は石にあらず』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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