資本主義の中で生きるということ (単行本)

  • 筑摩書房 (2024年9月21日発売)
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本 ・本 (384ページ) / ISBN・EAN: 9784480864857

作品紹介・あらすじ

貨幣とは何か、資本主義とは何かを鋭く問い続け、従来の経済学の枠組みを超える新しい理論を構築してきた第一人者による、知的魅力あふれるエッセイの集大成。

感想・レビュー・書評

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  • 資本主義に限らず、人間の経済活動というのは自由な交換が可能ならば、「他者に何かを認めて貰い対価を得なければ」生きていけない(実際には生活保護などはあるとして)。つまり、毎日が自分たちを査定されるような暮らしである。これは狩猟採集の時代から変わらず、原始においても「自身の能力により対価を得られるか否か」という自己査定はあった。分業により互いに互いを査定して、交換がはじまる。

    こうした考えに通じるようなことを言語化してくれているのが岩井克人のエッセイである本書。上記は私の考えであるが、いずれにせよ、読書暮らしの中で岩井克人の影響を大きく受けているのは間違いない。そう考えると岩井克人が言語化してくれているという表現は必ずしも正しくなくて、私が岩井克人の恩恵を受けて断片的に述べただけかも知れない。最近、引用なのか影響によるものなのか、思想における彼我の区別さえ難しいと思うようになった。人は思索においても他者を査定して取り入れていて、決して独善では生きられはしない。

    ー 「売れなければならない」ーそれが資本主義の「論理」です。「売れればよいというものではない」ーそれが資本主義の倫理です。

    ー 人間の価値の数量化ーそれは同時に、人間の価値の過酷な序列化でもあります。インドの子供とビル・ゲイツの映像を前にした人々は、三〇ドルと六〇〇億ドルという数字を比べて、同じ人間なのにこんなにも価値が違うといって憤慨するでしょう。同じ人間として、何かしなければならないと考えるでしょう。だが、まさにその瞬間こそ「人間」という理念が世界化する瞬間です。「人権」という概念が普通化する瞬間です。

    ー しかしながら、それがもたらす人間の価値の過酷な序列化のなかにこそ、すべての人間が他の何ぴととも交換しえない絶対的な尊厳をもつという理念ー普遍的な人権概念の可能性が埋め込まれているのです。そうです。労働者の人権も、女性の人権も、マイノリティーの人権も、まさにそのような過酷な序列化のなかから歴史的に生まれてきたものなのです。

    利潤は差異性からしか生まれない。企業は横並びを止め、新製品の開発や新技術の発明や新市場の開拓などによって、意識的に差異性を創らなければ生きていけなくなったというのが岩井の主張であり、それが、今進行しつつあるポスト産業資本主義にほかならないという。

    差異性を創り出せるのは、モノ(機械)ではなく、ヒト。オリジナリティは、感情を喚起するストーリー性に宿ると考えれば、そこには「生身の実存」にしか出せない領域がある。

    私たちはこれを知っている。同じ味の野菜でも「無農薬で顔の見える日本の農家」と「よく分からない中国品」とを私たちは区別する。相手がAIだと分かると、オンライン越しの対人ゲームよりも緊張感がなくなる。「同じものだが、違う認知」それこそが感情を持つ人間にしか出せない差異性であり、これからの交換活動で意識すべきことだと思う。

  • 「貨幣論」や「ヴェニスの商人の資本論」の著者として有名な岩井克人氏のエッセイ集。岩井氏の書く文章はユーモアに富んでいて、ついつい夢中になって読んでしまう。この手のユーモアは、明治・大正期の学者である寺田寅彦や中谷宇吉郎のエッセイを読んでいる時に感じるものと同じである。科学者としての鋭い指摘を絶妙なユーモアを交えて論じる技法は、まさに職人技と言えるだろう。

    内容についてだが、本書には資本主義について主に倫理的視点から論じたエッセイが多く取り上げられている。特に筆者がいくつかのエッセイで繰り返し述べているのは、「法人(legal person)」という言葉が持つニ面性からの「株主主権主義」の批判だ。「株主主権主義」では、「会社は全て株主のモノ」と捉え、それゆえに企業は「株主のリターンを最大化するべく活動すべき」と考える。自由主義思想の先駆者であるミルトン・フリードマンは、1962年の出版した『資本主義と自由』の中で、「会社はその所有者である株主の道具でしかない」と述べているという(初耳でビックリした)。だが筆者は、「株主主権主義」を理論的な誤謬であると批判する。なぜなら、会社は「法人」だからだ。先述の「法人」の二面性を踏まえると、株主が保有しているのは抽象的な"モノ"としての会社=株式にすぎず、その他の資産である設備やオフィスを所有したり、従業員と契約を結んでいるのは"ヒト"としての会社にほかならない。したがって、株主が会社の所有者であると考えることは傲慢ですらあると筆者は指摘する。
    我々が生きる21世紀経済は、岐路に立たされている。著者は、それを産業資本主義→ポスト産業資本主義への転換と表現している。なぜなら、1930年以降広く信仰された新自由主義思想にしばしば綻びが見られるからだ。綻びたものを修復するためには、「法人」の議論と同じように、思想の背景にある抽象的な概念の意味をもう一度捉え直す哲学的思考が必要ではないかと思う。

  • 岩井克人さんの本に出会って、経済というものの原理原則が理解出来るようになった。
    ヴェニスの商人の資本論、貨幣論、21世紀の資本主義論、資本主義から市民主義へなど。
    水村美苗さんの旦那と言うことも彼女の書いた「日本語が滅びるとき」で知った(笑)。
    この本で、岩井さんの生い立ち、なぜ、経済学を選んだのか。
    そして、私も読んで感動を受けた網野善彦さんの「古文書返却の旅」を読んでおられて、触発されたとのこと。
    また、加藤周一氏との出会いのお話。
    最後の方で、夏目漱石の文学論のお話も出てきたが、なぜ、水村美苗さんが「日本語が滅びるとき」を書いたのか、そのヒントがあったような気がします。
    経済学のお話は、貨幣論、法人論、信任論、『言語・法・貨幣』の自己循環論法のお話とか、学問的な進化を感じられる中身でした。
    いずれにしても、博覧強記な岩井さんのことを改めて感じさせてもらった本でした。

  • 著者の軽重入り混じったエッセイ・論考集。著者は貨幣論でも有名だが、企業についての議論で、株主至上主義が論理的に成り立たない、という議論も展開しており、納得させられた経験があり、本書も手に取ってみた。夏目漱石やシェイクスピアの話から、法学論文まで硬軟いろいろな文章が収められているが、爽やかな読後感の良書。

  • 内容はエッセイ集で各々で重複する話もあるが、それゆえ著者が長年積み上げてきた理論をよく理解することができる。
    枝葉も含めるといろいろあるが、法人、貨幣、信任関係…。このあたりがキーワードになるだろう。
    文学にも精通していて、特に瓶の悪魔からの貨幣の話は物語が示唆深いという点もあり、貨幣の実体とはどのようなものか改めて考える機会にもなった。

  • 貨幣と法人の発見を中心とした著者のエッセイ集。
    アカデミックながら固くなりすぎないのは著者の腕かと思う

  • 東2法経図・6F指定:332.06A/I93s/Ishii

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著者プロフィール

岩井 克人(いわい・かつひと):1947年生まれ。東京大学経済学部卒業。マサチューセッツ工科大学Ph.D.取得。イェール大学助教授、東京大学経済学部教授等を経て、現在、神奈川大学特別招聘教授、東京大学名誉教授、東京財団名誉研究員。2023年文化勲章受章。著書に、Disequilibrium Dynamics(日経・経済図書文化賞特賞)、『ヴェニスの商人の資本論』、『貨幣論』(サントリー学芸賞)、『会社はこれからどうなるのか』(小林秀雄賞)ほか。

「2024年 『資本主義の中で生きるということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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