シネマトグラフ覚書: 映画監督のノ-ト

  • 筑摩書房
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感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480871121

作品紹介・あらすじ

『抵抗』、『スリ』から『ラルジャン』まで、傑作の数々を監督し、現代フランス映画史上に屹立する巨匠ブレッソン。4半世紀にわたり、演出のかたわらで彼が綴りつづけた《映画=シネマトグラフ》への、叡知にみちた言葉たち。氾濫と囲繞が問われる映像の時代に、その意味と可能性を真摯に考えるすべての人々へむけ、若き詩人の繊細な訳をとおして贈られる断想集。

感想・レビュー・書評

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  • 残された長篇13作品のうち、スクリーンで観る機会はないと思っていた『白夜』が 35mmニュープリントで上映と聞き 映画館に駆け込んだ2012年12月。至福。ブレッソンの映像は詩でした。(詩という文字に ウカウカした印象を持つ人がもしいるのなら 哲学とか掟とか律法とかに言い換えてもいい。けれど、詩。詩です。)自己の判断において 普遍的な規準となる言葉が記されたこの本は、道標かもしれません。

    『鉄のごとき掟を鋳造して自分に課すこと。たとえそれに従うためであれ、あるいはどうにか苦労してそれに背くためであれ。』

  • そういえばこれも読んでた

    これはもう聖書

    ブレッソンがどう映画と向き合ったのか

    ゴダールに通ずるものは少なからずある

  • 映画に生かされたと思ってきた人たちは是非読んで下さい。

  • 1999年12月18日、映画監督ロベール・ブレッソンは98歳でパリで死去。

    今ではほとんど誰も知る人がいないといっても過言じゃない映画監督ですが、私にとっては、ジャン・リュック・ゴダールの『中国女』より以前に大好きなアンヌ・ビアゼムスキーが出演している、数少ない映画である『バルタザールどこへ行く』を撮った監督として忘れられない人です。

    プロの俳優を一人も使わないで、芝居じみた演技を嫌って、感情を抑えたかたちで行われる彼の映画術は賛否両論あるでしょうが、時として音楽も何もない静寂の世界は、逆にものすごい迫力で身震いするほどすばらしい感動を与えてくれます。

    映画から感じるその繊細さやひたむきさは、おそらくロベール・ブレッソンその人の人間性そのものなのだと思います。

    あっ、それから、書名のシネマトグラフというのは、かの有名なリュミエール兄弟が1895年に発明した撮影機・映写機のことで、映画のことをシネマというのはこれが由来。
    残念ながら、発明王エジソンの開発したキネトスコープなるものは、映画の元祖となるには幼稚すぎて覗きからくり程度の代物でした。

    それはともかく、ロベール・ブレッソンは自らの造形物を、映画とは呼ばずにシネマトグラフと称していたらしくて、それは多分あのリュミエール兄弟が、世界で最初に映像に撮ったのが、走って来る蒸気機関車であり自動車だったこと、そして動くそれらを生まれて初めて目にした人たちが驚愕の目で見た、そういう人間の根源的な原初の感動を呼び起こすものを、自分の手で作りたかったのではないかと思います。

  • 記録

  • 自主映画の為に読んで見た、元々は坂本龍一さんの
    坂本図書を読んで居たので、是非読んでみたく
    買った、本当に素晴らしい。
    監督作品は見た事無いから、見てる。

  • 宝箱みたいな本でした。

  • 映画製作者は一度読んでおいて損はないかと思います。
    しかしシネマトグラフと称される表現以外の芸術を否定しているようにも思えるのですが。
    「そこに在るものを在るがままに」は分かりますが、人間の不自然さもまた自然だと思います。

  • -一つのヴァイオリンで用が足りるならば、二つは使用しないこと-

    90年ころにかなりいけてると思って買った本。友人に貸して帰ってこず、廃本になり、悲しかったのだが、復活してた。よかった。改めて手に取ると、序文がノーベル文学賞を受賞したル・クレジオで、この紹介文が素晴らしい。芸術においては、徹底的に正確で、倹約であることを追求すべし、との志が短い一文一文に込められていて、まるで禅の本を読んでいるよう。

  • 映画に携わるものにとっての必読書

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著者プロフィール

(Robert Bresson)
1901年、ピュイ゠ド゠ドーム県ブロモン゠ラモットに生まれる。画家として活動を始めるも映画監督へ転身。1934年に短編『公共問題』を監督。第二次世界大戦に従軍し捕虜となった後、1943年に『罪の天使たち』で長編デビュー。『ブローニュの森の貴婦人たち』(1945年)を経て、3作目となる『田舎司祭の日記』(1951年)以降、徐々に職業俳優を排除し、「モデル」と呼ばれる素人を起用、他の諸芸術に依存しない自律した芸術としての「シネマトグラフ」を探求していった。『抵抗』(1956年)、『スリ』(1959年)、『ジャンヌ・ダルク裁判』(1962年)、『バルタザールどこへ行く』(1966年)、『少女ムシェット』(1967年)、『やさしい女』(1969年)、『白夜』(1972年)、『湖のランスロ』(1974年)、『たぶん悪魔が』(1977年)を監督。1983年の『ラルジャン』が遺作となった。著書に『シネマトグラフ覚書―映画監督のノート』(松浦寿輝訳、筑摩書房、1987年)がある。1999年、パリにて死去。

「2019年 『彼自身によるロベール・ブレッソン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

ロベール・ブレッソンの作品

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