- Amazon.co.jp ・本 (189ページ)
- / ISBN・EAN: 9784484952321
感想・レビュー・書評
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清潔な店内は薄暗闇に包まれ、
木目美しいカウンターが浮かび上がる。
その上には磨き抜かれたグラス。
グラスの中には黄金色や琥珀色の液体、
カクテルがひっそりと佇む。
喧騒から離れた静かな空間、至福の時。
13人のバーテンダーの物語。
虚構ではない。
実在するバーテンダーに話を聞いたもの。
バーテンダーになった経緯、
これまで辿ってきた道筋を
静かに描き出す。
営業中のお店の描写はほとんどない。
それでも冒頭のようなイメージが
自然と浮かび上がってくる。
いいなあ。
僕は行きつけの店を持たない。
鯨統一郎が描く虚構上のバーには、
時々訪れるけれど・・・
こんなバーテンダーがいる店が、
近くにあったらぜひ行きたい。
一日の疲れや成果を、
一・二杯のお酒でじっくりと噛み締める。
静かに一日を終える。
大人の嗜みだなあ。
いつか身に着けたい習慣。
それを描く海老沢泰久の言葉は、
ベテラン・バーテンダーの
無駄のない所作に似ている。
淡々(と感じさせる)と紡がれる言葉は、
お酒にも似た魔力がある。
抑制のきいた言葉が
熱く静かに胃に落ちる。
この人の文章好きだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
自分からはあまり手を出さないジャンルであるが、廣瀬が貸してくれたので読んでみた。沢木光太郎の「彼らの流儀」を読んだときにも感じたことだが、世の中には本当に色々な人生を歩んでいる人がいるなあというのが第一印象。こういったルポルタージュっぽいものもこれからは読んでいきたい。
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老舗のバーテンダーにインタビューして彼らの生き様を描写した本。
登場人物が高齢の方が多く、しかも出版されてから年数も経っているので現在では店自体が無い場合もある。行きたいと思ったら下調べすることが必要かな。 -
老舗BARのバーテンダーの回顧録
バーテンダーだけでなく人生の指南書です。
何度読んでも「深いなー」と感じます。
内容(「BOOK」データベースより)
カウンターをへだてて、われわれは、バーテンダーから酒を受け取り、その香りを嗅ぎ、味わい、余韻に酔いしれる。そこには、彼らの生きた時間が漂っている。直木賞作家海老沢 泰久が13人のバーテンダーたちの横顔を浮き彫りにし、その奥様へと迫る人物列伝。
目次
1 バーテンダーはファーザーたれ
2 客が磨いたマティーニの味
3 酒以外のサービスは無用
4 技術とともに人間も磨く
5 戦争だろうと不況だろうと飲む人は飲む
6 身につけた技は後継者に託す
7 バーテンダー受難の時代を生きる
8 店の香りが客を集める
9 バーテンダーを殺すキープボトル
10 男だけのサービスに徹する
11 カウンター越しの出会いの喜び
12 臨機応変なオリジナルカクテル
13 状況に合わせた飲み物をつくる -
1950年1月22日茨城県で生まれてもうすぐ還暦、のはずだったのが、8月13日に十二指腸癌で逝ってしまいました。
ええーっ、と叫んだのか、キャーッ、とわめいたのか、自分でもよくわかりませんが、顔面蒼白になって、あわてふためき、うろたえたのは確かです。
我が愛する海老沢泰久が、8月13日に身罷ったなんて全然信じられません。
何を書かしても、そつがなく、上手い人でした。
ご存知のように、スポーツとりわけ野球、あるいはF1が大好きな人でした。
スポーツをすることは大好きですが、その分野のものを読むことはそれほど好んでいない私が、どうして彼を好きになったのかは、未だに謎ですが、たぶんこの本もそうですが、彼の一連の「熟練=匠(たくみ)」に関する思い入れが、ビビビーンと私の琴線にも触れるものがあったのでしょう、このセンのものばかりが私のお気に入りでした。
高校生の頃のレストランのバイトで、たまたま真似ごとをしたら、筋がいいとおだてられて、似非バーテンダーだった時が数か月ありましたが、シェーカーをふる姿もりりしく、カクテルを30種類位も覚え、スナックやクラブやキャバレーしか行ったことがないおじさまたちを、煙に巻くための方法を学んだのは、この本でした。
13人の名うてのバーテンダーの人物列伝。私は、ひとりひとりに面と向かって、お客としてではなく弟子の気持ちで、指の一振りも見逃すまいぞとばかりに、食い入るようにその所作を目に焼きつけ胸に刻んでいきました。
お酒のうんちくを語るのではなく、人生のうんちくを語ろうとするのには、ちょっとばかし若すぎましたが、少し震えながら、生意気な言葉を発する、まだ少女っぽさが抜けない化粧気のないバーテンダーは、思いのほか大受けで、けっこうチップをもらったりしたことがありました。
そんなことはともかく、59歳は、あまりにも早すぎます。たしかに40歳代で、すでに老練といってもいいくらいのものを書いた人ですが、だからこそ、もっともっと年を重ねた時の、珠玉の一編を、書かせたかったし、読みたかった。
まったく残念で仕方ありません。