孤独なバッタが群れるとき: サバクトビバッタの相変異と大発生 (フィールドの生物学 9)

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  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784486018483

作品紹介・あらすじ

その者、群れると黒い悪魔と化し、破滅をもたらす。愛する者の暴走を止めるため、一人の男がアフリカに旅立った。

感想・レビュー・書評

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  • 虫系の本と読むと、それまでに自分が抱いていたイメージが音を立てて崩れていくことも多いのだが、本書はその中でも群を抜いている。

    サバクトビバッタ。その名の通り、サハラ砂漠などの砂漠や半砂漠地帯に生息しているバッタで、西アフリカから中東、東南アジアにかけて広く分布している。見た目は馴染みのあるトノサマバッタに似ているのだが、しばしば大発生して次々と農作物に破壊的な被害を及ぼす恐ろしい害虫なのだ。

    そもそもバッタとは、ラテン語の「焼野原」を意味する言葉に語源を持つそうだ。バッタの卵は「時限爆弾」、農薬は「ケミカルウェポン」と呼ばれるくらい物々しい世界なのである。

    人類とは長い付き合いがあり、聖書にも記述が残されているこの「黒い悪魔」。その最大の謎は、大発生の時に遅いかかってくる黒いバッタが、普段どこにいるのかということである。平和な時には忽然と姿を消しており、いっこうに見つからないのだ。

    だがある日、ロシアの昆虫学者が衝撃の発見をする。複数のトノサマバッタの幼虫を一つの容器に押し込めて飼育すると、あの黒い悪魔に豹変するというのだ。そして、その変身は「混み合い」すなわちバッタ同士が互い一緒にいることが引き金になっていることまで明らかになる。

    姿形のみならず動きまでも違う2種のバッタを、一体誰が同種だと想像できただろうか。これが相変異と呼ばれる現象であり、低密度で育った個体は孤独相、高密度化で育った個体は群生相と名付けられているそうだ。

    ここまでで充分に面白いのだが、本書はここからが出発点である。著者は、このメカニズムを解明しようとする若き研究者、前野ウルド浩太郎氏。

    「混みあい」とは大きく3つの刺激情報に分けられる。1つ目は視覚的な情報、2つ目は匂いの情報、3つ目は接触による情報、つまりぶつかり合いだ。この3つのうち、バッタはどれを混み合いの情報として認識しているのか?

    これを数々の実験を通して明らかにしていくのだが、実験手法や向き合う姿勢に、研究者の人となりがオーバーラップして、ぐいぐい引きこまれていく。若さゆえの勢い、不安やとまどい、「誰にでもできることを、誰にもできないくらいやろう。」という強い熱意。とにかく読み出したら止まらない一冊。

  • 『バッタを倒しにアフリカへ』で作者のキャラをつかんだので、力みかえった(ところどころ「校正しろ!」とつっこみたくなる)日本語遣いに気をそがれることもなく、バッタ研究の面白さを堪能できた。最初のうちは、うん、なるほどなるほど、と読んでいたのだけれど、半分も読んだあたりから、この人は何をしているんだ?この研究は何を目指しているのか?とわからなくなって、理解できない昆虫愛と探求心に研究者の凄み・マッドネスを感じられてそれもまたよかった。

    それにしても何かが大好きでそのために頑張っている人はなんと輝いていることか。休みの日に寝転がって本を読みながら寝落ちするのが何よりもしあわせな者には、遠くから拝むしかない煌き。拝めてありがたい。

  • サバクトビバッタの研究者の、学生時代から現在に至るまでの記録。生物学の知識がまったくなくても楽しめる。研究者がどのように研究するのか、どのように物を考えるのかがなんとなくわかった。この著者はなぜこんなにバッタに熱中できるんだろう?ひとつのものに集中し、長く継続して取り込めるのは、純粋にすごいと思う。この本は、そんなちょっと変態的なバッタ愛が面白い。

    修士の頃の試行錯誤やアフリカに行くあたりのエピソードが面白かった。後半になると、更に熱くなる。

    バッタが混み合いによって孤独相・群生相へと相変化し、見た目もまったく別の物になることはこの本で知った。昔テレビでバッタ大量発生の映像を見たが、そのバッタは茶色だった。外国のバッタは日本のものと色が違うんだなと思っていたことを思い出した。あれは群生相のバッタだったのかもしれない。

  •  モーリタニア国立研究所でバッタ研究に勤しむ前野ウルド浩太郎さんの、研究の記録。フィールドの生物学シリーズの一冊。

     前野さんのブログでも書かれていたが、少年の頃に、バッタ大発生の記事で、女性が緑色の服を着ていたばかりに、バッタの群れに服を食べられてしまったという話を知り、いつか自分もバッタに服を食べられたいと願い、そのまま大きくなってバッタ研究員になった。初志貫徹というか、すごい人である。

     サバクトビバッタは、主にアフリカで、しばしば大発生し、バッタの群れがやってくると、草という草が食べ尽くされる被害が起こる。
     サバクトビバッタは孤独であるときは緑色、群生しているときは黒い姿をし、知らない人は種が違うのではないかと思うくらいの差がある。

     孤独な環境で生育したものを孤独相、密集した環境で生育したものを群生相という。
     その孤独相、群生相が、どのような条件で移り変わるのかを、メスのバッタが産んだ個体を調査している。
     その調査したバッタの数が半端ない。ひとつの論文を書くのに、相当数のバッタを調査しているのである。
     また、すぐに使う当てがなくても、孤独相、群生相のバッタを多めに飼育して、研究のアイデアが出たときに即座に研究に取り組めるようにしている。凡人にはできないと感じた。

     研究内容もすごいが、バッタ博士の文体も面白く分かりやすかった。
     サバクトビバッタ研究に人生を捧げた前野さんの生き様が、絶対に真似できないが、すごい。
     ミドルネームのウルドは、モーリタニア国立研究所所長さんにいただいたものである。それを論文のオーサーネーム(著者名)にも入れて使うようになったのだから、その心意気が素晴らしいと感じる。

     クマムシ博士の堀川さんの著書やブログでバッタ博士の前野さんのことを知ったのだが、博士になる人はやっぱりすごい。

  • 節足動物や甲殻類など手足系の生き物が苦手で、中でも1,2を争う苦手度の生物、バッタ。
    なのに本書を手にしてしまったのは、新聞の書評で川端裕人氏がおススメ本として挙げていたこと、また著者が新聞欄で紹介されていたこと、そして生き物の生態のなぞ解きに滅法弱い(いい意味で)私が、ついタイトルにひきつけられてしまったからである。

    冒頭の口絵写真や、途中に挟まれるその他もろもろの研究写真に、手にしたことを後悔したのは言うまでもない。
    データの解析など、著者が丁寧に説明してくれているものの、それなりに専門的な箇所はちょっとナナメ読みだったことも白状しよう。
    それでも、著者のテンポの良い、研究者然としていないフランクな語り口に乗せられて、いつしかバッタが苦手だったことも忘れ(本当は忘れてないが)時にぷっと吹き出しながら、楽しく読了。

    著者は小さいころから虫が大好きで、ファーブルにあこがれ、「虫に食べられたい!」という思いを胸に昆虫学者を目指したという。
    頓挫しそうになりながらも思いがけない出会いに救われ、この道に進むことができたそうだが、著者だけでなく、たとえばこの前読んだ星野道夫氏とか、小さいころからの夢をかなえて何かをやっている人は、ほとんど例外なく、どこかで自分の人生を転換してくれる人や物に出会っている気がする。
    でもそれは運が良かったと片づけるよりは、夢をあきらめずに常にその方向へ向かい続ける、自分自身でそのアンテナをいつも張り続けている、発信し続けている、その結果に他ならないのではないか。
    自分にそんな情熱を傾け続けられる何かがあるだろうか。

    情熱に突き動かされ、研究生活に没頭する著者を応援したくなる一冊。

    余談ですが。
    ・研究室で雇われているパートのおばさん、彼女の仕事として飼育しているバッタ群のエサ換えというのがあるそうで写真が載っていた。
    うーむ、恐ろしい。想像だにしたくない、そんな仕事を与えられる自分。研究室のパートって怖いとこなのね…。

    ・以前読んだ『邪悪な虫』で取り上げられていた3.5兆匹発生したというロッキートビバッタではなく、サバクトビバッタという種類だった。
    トビバッタの仲間はみな似たような生態なのかな…?

    ・初めて知るバッタとイナゴの違い。相変異するのがバッタ(Locust)、しないのがイナゴ(Grasshopper)。ショウリョウバッタやオンブバッタも本当はイナゴの仲間なのだそう。へ~、グラスホッパーは日本語ではバッタだけど、分類上はイナゴなんだね。

    ・著者は研究成果をサバクトビバッタの撲滅には使いたくない、数をコントロールする方策に利用したいと言っている。バッタの大量発生に悩まされる農家の方々はそれこそ死活問題なのかもしれないが、彼らも自然の生態系をつくりあげている生き物の一つ。うまく折り合いをつけながらバランスを取りながら、守っていけるのが一番なのだろう。
    昆虫学者の桐谷圭司氏の言葉として著者が挙げている。
    「害虫も数を減らせば、ただの虫」
    そうなんだろうな~。うう、でも苦手だよ~。

  • バッタを倒しにアフリカへ、から遡って読みました。本当にこの人の文章が大好きです。一番のツボはポスドクになり少し余裕をかましてクラブにハマり、夜のアゲハを追い求め研究が疎かになりそうになったくだり。しかもこの後オールでクラブで踊り狂った経験を活かし、砂漠でのフィールドワークで朝までバッタを追いかける体力を培ったあたりも転んでもタダでは起きない研究者魂を感じられ好感度大。好きな事に向かって全力投球の熱を注げるパッションがある人生は見てる(読んでる)だけで元気が出るのだ。

  • おもろい。この表紙と中身のアンバランス(笑)

  • サバクトビバッタの研究について。そして著者の学者としての成長物語にもなっている。
    言動にちょっと驚きながらも感動した。
    何をやるにしても、「本人の熱意」と「自然から学ぶこと」「人とのつながり」の大切さを再確認。
    著者は大発生するバッタを絶滅させるのが目的ではないという。
    確かに。地球上のどんなものにも役割はあるはず。
    ところで大発生したバッタを捕獲して食用には出来ないのだろうか?

  • 20130615読了
    バッタ愛が炸裂している。理系で生き物を相手にする研究がどんなものか、その一端に触れられる本。幼い頃はバッタを捕まえて遊んでいたけれど、今となってはもう無理かもしれない・・・リアルなバッタの写真が突然出てくると本を取り落とす危険もあったが、おそるおそるでもページをめくるのを止められなかった。おもしろいから。●専門的な論文を読みなれていないせいか、私が文系だからなのか、分かりやすく書いてくれているであろう研究内容に関する記述をちょっと難しく感じることもあった。でも、小さな疑問をとらえてそれを解明できるような研究計画を練りバッタを育ててデータを取り解析しまとめる、そのおもしろさにはまっている著者のわくわく感にのせられて読み通せた。●聞きかじったことのあるカマキリの積雪量予想(カマキリは雪が積もらない高さに卵を産む)。これは夢物語である(卵はほとんどが雪に埋もれている、4か月雪に埋まっても羽化する)ことが、昆虫学者によって論理的に証明されていると知れてよかった。●著者のブログによれば2013年4月現在は帰国して無収入だそう。バッタの研究が継続できるよう、そしてまたモーリタニアへ行ってサバクトビバッタを愛でることができるよう、ひそかに応援しています。

  • 前から気になっていたものの、手を出していなかった本。香君のあとがきで紹介されていたのをきっかけに読んでみた。

    なんとも不思議、精巧なバッタの生態。大学を卒業してから10数年間、謎の解明に挑戦する筆者の記録。師匠の指導で成長する姿、先行する研究の検証や反証、自らのアイディアで新たな謎に取り組む姿など、興味深い。著者のミドルネームの秘密も明らかに!

    筆者が研究するのはサバクトビバッタ。大移動しながら農作物に壊滅的な被害を及ぼす害虫として知られている。なお、バッタの語源はラテン語の「焼け野原」!大発生のときに襲ってくる黒いバッタは、普段は緑色で、複数のバッタを一つの容器に閉じ込めて飼育すると、黒くなるという研究が1921年に発表された。

    隔離されて育った孤独相のバッタは周囲の環境に似た体色を発現するが、多数のバッタとともに育てられた群生相は黒い体色。そして、同じバッタが、環境などの変化により、孤独相と群生相の変化を起こす。顕著な相変化を示すのが、サバクトビバッタとトノサマバッタ。筆者は、この仕組みと謎に取組み続けている。

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著者プロフィール

1980年生まれ。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。農学博士。
日本学術振興会海外特別研究員としてモーリタニア国立サバクトビバッタ研究所に赴任。

「2012年 『孤独なバッタが群れるとき』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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