- Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
- / ISBN・EAN: 9784487816309
作品紹介・あらすじ
歴史的人物が見た風景を、その人が見た視点にこだわって撮影し、周辺雑学とともに紹介する写真集。
取り上げるのは、柿本人麻呂、紫式部、北条泰時など古代・中世の人物から、織田信長、徳川家康、小早川秀秋などの武将、そして、吉田松陰、吉田茂、三島由紀夫など現代史の人物まで、34名。
人物は、編年的に配列し、ページをたどりながら日本史のおおまかな流れを感じることもできる。雑学や周辺のコラムも充実。臨場感のある「日本史」への新しいアプローチとなる本。
感想・レビュー・書評
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目でみる日本史というと、これまで知らなかった、多くの知識を、異なる視点から得られるものとばかり、思っていたが、どうも本書は少し主旨が異なるようで、知識というよりは(知識も得られますが)、歴史上の人物の心情に思いを馳せることで、少しでも、彼らのことが身近になるというか、私がそこで見ているものを、彼らも見ていたことを想像することで、様々な感情が芽生えてくる・・それはきっと、何百年、いや何千年もの時を隔てた人々の、想いを知るための旅なのかもしれない、そんな新感覚な歴史探訪の楽しみを提供してくれます。
ということで、本書は、後年に作られた記念館や銅像、石碑よりも、その人が見た風景を主役にしようという試みにより、『歴史上の人物が見た風景を見に行くこと』をコンセプトにした写真集で、文字数も少なくて読みやすく、私みたいに、「文字やページ数の多い歴史本はちょっと・・」と言う人でも、興味深く読むことができると思います。
そして、どの風景も綺麗で美しく、見るだけで楽しいのですが、これは行きたくなりますよ。もう何年も旅行に行っていないけど、テーマを決めて計画を立てるだけでも、目的が明確なだけに、楽しめそうです。
印象的だったものは、いくつかあるのですが、まずは、歌から惹き付けられたものを、まとめてみました(枕草子は随筆でした。ごめんなさい)。
中大兄皇子×大和三山
「大和三山」は、奈良県橿原(かしはら)市の畝傍(うねび)山、耳成(みみなし)山(あるいは「耳梨山」)、香久(かぐ)山のことですが、後に天智天皇となる中大兄皇子が詠んだ、
『香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神世より かくにあるらし古も 然にあれこそ うつせみも 嬬を争ふらしき』
(香久山は、畝傍山を取られるのは惜しいと耳成山と争った。神代からそうであるらしい。そして昔もそうであったからこそ、今の世の人も妻を奪い合い争うのだろう)
という和歌に、山を見て、そのような思いを抱く、中大兄皇子って、なんてロマンチストなんだろうと、とても身近に感じられたのと、高い建物のない奈良県の、大パノラマの美しさ(甘樫丘展望台)が印象的。
清少納言×京都の山際
「枕草子」の始まりの一節、
『春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる雲のほそくたなびきたる』
の、「山ぎは」の朝の風景を撮った一枚が、ちょうど枕草子のような、『山際の辺りがすこし明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいている』様で、こんな風景を見たから、書きたくなったんだろうなと、思わずにはいられない美しさ。
紫式部×日野山
紫式部は、その生涯において一度だけ、生まれ故郷の京都を離れており、その場所が、現在の福井県越前市で、「越前富士」とも称えられる、この地の日野山を見たときの彼女の歌には、約千年もの隔たりを感じさせない共感めいたものがあった。
『ここにかく 日野の杉むら 埋む雪 小塩の松に けふやまがへる』
(この地の日野山の杉むらを埋める雪は、都で見た小塩山の松に今日は見間違えるほどです)
続いて、それ以外で印象的だったものを。
竹崎季長(すえなが)×元寇防塁
元寇防塁は、博多湾の海岸沿いにおよそ20メートルにもわたって築いた石垣のことで、竹崎季長は、この元寇に際して戦った武士の一人だが、司馬遼太郎の、
『たかがニメートルの変哲もない石塁を築いて世界帝国の侵略軍をふせごうとしたというのはまことに質朴というほかない』
という掲載されたことばを読んでから、改めて見てみると、なんとも言えない心細さがあり、いったい何を思っていたのだろうと、物思いに耽ってしまいそう。
朝倉義景×一条谷
目立った建物もない、『ただ広大な谷間だけにも見える、この手付かずな感じが、とてもいい』に、私も同感の思いを抱き、朝倉義景は金ヶ崎の戦いで、あわや織田信長を打ち取る戦いを繰り広げるも、最後は攻められ自害し、一条谷も信長軍によって火をつけられ滅亡したそうで、それを知ってから眺めると、また違う思いに駆られるのでしょうね。
織田信長×岐阜城
かたや、信長がこの地に居を移してからの、高く雄大な眺めには、天下統一という意識が芽生えたのかもと、確かに思えそうな、この金華山の山頂に建つ岐阜城は、日本でも屈指の高所にある城だそうです(金華山の標高が329m)。
東郷平八郎×記念艦「三笠」
この艦は、現存する世界最古の鋼鉄船で、艦上だけでなく東郷平八郎が使った「長官寝室」など、船内も見学できるそうです。
川端康成×湯本館
その入り口の階段は、ああ、伊豆の踊子の冒頭のシーンだと思い出し、川端康成自身が、この階段に座っている写真も残っているのだとか。
太宰治×三鷹跨線橋
私は知らなかったのですが、太宰治はここを気に入り、ときには友人を連れて行ったそうですが、老朽化の為、撤去されることが決定したらしく、彼と同じ風景を見たい方はご注意を。
源頼朝×しとどの窟
私は観てませんが、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と聞いて、ピンと来た方は必見です。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
歴史上の人物が見たであろう景色という、ありそうでなかった本です。
切り取った写真ではなく、バックに現代が写っていることで、本当に地続きな感じがします。
愛知県の明治村、広島の三高山堡塁跡は行ってみたいです。 -
日本史上の、その人物が見た、或いは見たかった
34ヵ所の場所の風景を、写真と文章で紹介する。
目次 年表風目次
Part.1 古代から中世の人 Part.2 戦国から幕末の人
Part.3 近現代の人
Column 1~9、撮影協力&主要参考文献有り。
4ページ構成で、左に人物と場所、右に写真。
続いて、左に見た風景の説明、右に情報や雑学。
『目でみることば』シリーズ、今回は日本史。
その人物が見た、或いは見たかった風景はどのようなものか。
持統天皇が和歌を詠んだ、香久山。
平清盛が開いた、音戸の瀬戸。
石田三成と小早川秀秋が布陣した、それぞれの山からの関ケ原。
平田靱負が見たかったであろう、千本松原。
勝海舟が愛し、死しても見つめている、洗足池。
正岡子規が過ごした、子規庵からの景色。
将来撤去される予定の、太宰治が見た、三鷹跨線橋・・・など。
実際に歩いて訪れて見てみる景色は、その人物の視線と重なり、
遥か過去への追体験に導いてくれます。
Columnも多くのエピソードが語られていて、思わぬ情報も。
実際に笹尾山に登ってみないと分からない、三成と家康の距離。
「博物館 明治村」での広さと「帝国ホテル中央玄関」の
優美さは本当に圧倒されるものです。確かに一日では全部
見られないよな~と、過去を思い出し、しみじみしました。 -
歴史的記述に補足として写真がある、というのの逆で、まずは歴史的場所に立ってみましょう、という姿勢。歴史事象を体で感じる。紹介場所の順序は時代順。
これは見出しの文がいいのかもしれない。 ・清少納言が見た東山の「山ぎは」 ・源頼朝が見た「しとどの窟」 ・織田信長が見た「岐阜城」からの眺め など文章がにくい。
表紙は「石田三成が見た風景」/笹尾山(岐阜県不破郡関ケ原町) この高みに石田三成は立った・・ 本文にはさらに引いた写真もあり、そこは現在は木製のテーブルとイスがあり、遠足で来ておにぎりを食べられそうだ。
本文次のページは、小早川秀秋が「松尾山」から見た風景、となっている。ここからは関ケ原の街が小さく見える。山頂には歩いて40分かかるとある。が、こちらも黄色い秀秋の旗が立っている。
2022.7.20第1刷 図書館 -
大好きな見比べシリーズが
新しい着眼点で攻めてきたぞ!
持統天皇が見た天の香具山の姿。
平清盛が見下ろした音戸の瀬戸の海峡。
関ヶ原の合戦で両軍の雄が見た風景。
川端康成が小説をねっていた湯本館の階段。
この写真と同じような景色を
歴史上の人物も見ていたのかしら。
正岡子規目線で撮った
子規庵の一枚に心揺さぶられます。 -
歴史とつながる、過去から現在に一本の線ができる、不思議な体験ができた。
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とても楽しく観て、読んだ。
文字だけで知っていた歴史の一コマを
写真で見ることで、
その時代、その人の気分で
眺めることができる。
紹介されている場所へ、
実際に訪れて、自分はどう感じるか
どんな思いが生まれるのか。
そんな想像することも楽しいひとときになった。 -
単なる歴史上のスポットの写真ではなく、歴史上の人物が見たのと同じ位置や角度からの景色というコンセプトがなかなか面白い。
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面白い着眼点の写真集。
掲載されている諸々も楽しめるんだけど、それらを参考に自分の興味ある人物の見た風景を見に行くのも面白そうだ。 -
平田靫負さんの功績をこの本を通して初めて知りました。
岐阜県の海津市、油島千本松締切堤行ってみたい。