犯罪

制作 : 酒寄 進一 
  • 東京創元社
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本棚登録 : 1669
レビュー : 352
  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488013363

感想・レビュー・書評

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  • これは聖書か。

    アダムが智恵の実を盗り、エデンを逐われた。
    カインが弟のアベルを殺した。

    まるでそのようなことが語られているかのような十一の犯罪。
    血腥い事件なのに荘厳さすら感じさせる抑制された文章。
    そこに描かれているのはまぎれもなく「人間」

    オーケストラの指揮棒が振られる前の無音を感じさせる
    『フェーナー氏』

    かと思えば、一気に指揮棒が振り下ろされシンバルの音からテンションが加速していく
    『タナタ氏の茶椀』
    タイトルからは想像もつかないが、タランティーノかガイ・リッチーの映画の様なノワール。
    床屋のポコルを始めとする悪党たちが恐ろし過ぎる。でも抜群に面白かった。

    ドイツ版、歪んだ「ゴッドファーザー」
    『チェロ』

    馬鹿なふりして兄を救う、犯罪者一家の末弟の計略。
    『ハリネズミ』
    「スラムドッグ・ミリオネア」の様な映像で観てみたい。

    血みどろの「小さな恋のメロディ」
    『幸運』

    中盤の『サマータイム』からサスペンス色がアップしていき、

    「ユージュアル・サスペクツ」の様な取調室から法廷劇へと畳み込む
    『正当防衛』

    薄暗い深淵を覗き込むかの様な
    『緑』『棘』『愛情』

    そして最後の『エチオピアの男』で泣いた。

    指揮棒をキュッと止め静かにお辞儀をする名コンダクター、フェルディナント・フォン・シーラッハ氏。
    見事な構成、全十一編ハズレなし。
    コンサートマスターの訳者、酒寄進一氏と固く握手をする姿に万雷の拍手が鳴り響く。
    僕も心でスタンディングオベーション。

    この本は買って良かった。
    読んでいる最中は常に頭のなかで景色が見え、街のざわめきや波の音を聞き、土埃や太陽の照り返し、駅のホームの冷たさや風の匂いを感じた。
    芸術的な装幀と紙の手触りも相まって、いつまでも手元で愛でたくなる不思議な魅力。

    最後のページにフランス語の一文。
    「ceci n'est pas une pomme.(これはリンゴではない)」

  • 面白すぎる…!

    高名な刑事弁護士が、自らの体験を元に描いた小説。
    短編連作のような形です。
    犯罪なのだから、明るい話ではありませんが。
    犯罪をするに至った育ち方や運命の連鎖を、淡々と冷静に。
    適確な話の運びで、すいすい読めてしまいます。

    「フェーナー氏」は開業医。
    美人のイングリットと結婚し、新婚旅行先で、決して棄てないと誓う。
    だが、この妻はきつい性格だった…

    「ハリネズミ」はレバノンから移住した一家の話。
    カリムには8人の兄がいたが、皆犯罪者だった。
    学校は多民族モデル学校で、80%が外国人だったので、いじめられることはなかった。
    だが一人だけ頭の良いカリムはそのことを隠さなければならず、二重生活を送るようになる。
    そして、兄の一人が犯罪を犯したとき、カリムは一計を案じ…?

    「幸運」は戦争ですべてを失い、祖国を逃れてベルリンへやって来た若い娘イリーナ。
    身体を売るしかなく、次第に生きている実感もなくなっていった。
    だが通りで暮らしていた若者カレと出会い、心を通わせる。
    ある日、イリーナの客が急死し、大変なことになるのだったが。

    「棘」は博物館の警備員の話。
    本来は6週間ごとに配置転換になるのだが、書類のファイルミスで、23年間も同じ展示室に居続けだった。
    一番奥にあって訪問者も少ない、だだっ広い部屋に一人で。
    そのために、だんだんおかしくなってしまい、ある時…

    人への暖かい思いが、真実を追究し、犯罪の性質を見極めようとするまなざしの奥底にこめられています。
    さりげなく書かれていますが、名弁護により無罪を勝ち取ってあげたケースに、しみじみと満足感がわき起こります。

    ドイツの法律は日本とはやや違っていて、検察官は弁護士と正反対の立場ではなく、中立の立場なんだそうです。
    参審制という裁判員制度のような物もあり、事件ごとに選出されるのではなく任期制。
    これらは読む上ではそんなに問題にはなりませんが、知らなかったことなので興味を惹かれました。

    悲惨というよりも数奇な運命に驚嘆。
    あっという間に虐げられてしまう人の心の弱さと、時には回復も出来うる弾力の強さ。
    短編小説の名手を何人も思い浮かべました。
    モームやチェホフまで。

    著者は1964年、ドイツのミュンヘン生まれ。
    1994年からベルリンで刑事事件弁護士に。
    2009年の本作でデビュー、ベストセラーに。多数の文学賞を受賞した。
    日本でも「ミステリが読みたい!2012年」海外部門第2位。
    週刊文春の「2011ミステリーベスト10」海外部門で第2位。
    「このミステリーがすごい!2012年版」海外編2位。
    2位が多いのはある意味、実録物と思われたからでは。
    2012年4月、本屋大賞の翻訳小説部門、第1位。

  • ふと、グリム童話を連想してしまった。ドイツだから、という短絡ではなく、そうとは思わせずに人間の深いところを突いてくるようなところが似ている。
    文体も内容も異国の地。日本にはない色と匂いがたちこめている、というのが第一印象だけれど、中を開けてみると、決して他人事では済ませられないものが詰まっている。

    小説家であり、弁護士でもある筆者が記した11の短編は、どれも大変にインパクトが強い“犯罪”についての物語。それを、あたかもコンピューターの合成音アナウンスを聞いているような感情を排除した語り口で淡々と綴る。冷淡とも言えるほど簡潔な文体が、かえって登場人物の様子を、より鮮やかに描き出す。

    「これは本当に犯罪?」「罰せられるべきは何か?」
    読み手はつい、人を裁くことの難しさや罪の定義、法のあり方について等々、思いをめぐらせてしまうが、そうした説教くさい記述は皆無で、ただ事実が語られるだけで、時にはフェイドアウトし、時には唐突に終わる。

    数々の賞を受賞し、欧米でベストセラーになったというこの本、筆者が実際に弁護した事件を基に記されているという。「人間とは?」という問いに国境は関係ないのだろう。33カ国語に翻訳されているそうだ。

    決して読後感の良いものばかりではないし、「面白い」という言葉を使うのは気が引けるような内容ではあるが、しかし面白い。
    思わず他の著作も購入してしまった。こんな本を、今のところ他に知らない。

  • 「犯罪はいかなる理由があろうとも
     決して許される行為では無い。」

    自分で自分の不安定な精神を、不幸を、運命を受け入る事が出来ず、
    他人の生活を、時には命まで破壊し、
    労せずして快楽を得ようなんて、

    例え、どんな事情があったとしても
    決して許されるわけなんか…

    ない。と、信じて疑わなかったのは、
    罪を犯す者の心の闇などに関心を持てなかったから。
    その根源にあるものが(弱さ)以外の何者でもない、と信じて疑わなかったから。

    が、現役弁護士が実際に関わった事件、その裏側。
    その実情を知ると、そのあまりにも複雑な事情に
    「罪は憎んでもやはり人は憎めない…」と、しみじみ感じ入ってしまった。

    生きる為に他者の命を奪って食す動物の行為は正しいが、
    人にはそれが許されない。

    >生活は実際に人を殺す事が出来る、とはある詩人が語った言葉であるが、
    生活に追い込まれた人間は(生)を諦めなければならないのか。

    例え、どんなに生きたい!と願っても…

    最後の章
    『エチオピアの男』
    が、銀行強盗にはいった先で行員を脅しながら
    「お金がいるんです、申し訳ない、本当に必要なんです」
    と、懇願している。

    (私はもうその事情を知っている。)

    「本当にすみません、どうか許して下さい。」

    その言葉を聴いた時、

    (どうかお金を出してあげてください)と、犯罪の片棒を担いでしまった。

    人は人の情に心動かされる。

    犯してしまった罪は罪だが、
    そこへ至るまでの経緯に耳を傾ける事はとても大事なんだな、と感じた。

    世の中で増加しつつある『犯罪』

    それはあまりにも多種多様、身に降りかかるトラブルいかんで左右される人の心理もまた複雑かつ深遠で。

    守る側も攻める側も裁く人も、良く身が持つなぁ~…なんて、思ってしまった。

  • 短く端正な文には、ハードボイルドな香りがする。
    さまざまな形の犯罪の底流にある、さまざまな人の営み。
    罪に刑を科すだけでは解決したとはいえない、不思議な人間の営み。
    それを見事にあぶり出している。

    著者は刑事事件の弁護士というだけあって、犯罪とそれに対する司法制度への考察も的確だ。
    不思議な味わいのある犯罪小説の誕生だ。
    文句なしの☆5

    ラストが「エチオピアの男」で締められている点も、気持ちよい余韻のまま
    読み終えることができ、秀逸。

    次作の「罪悪」?も楽しみ

    個々の短編
    ☆ 愛そのものより、愛を誓ったことを重視した医師の犯した罪
    (フェーナー氏)

    ☆愚鈍な弟と思われていた男が、兄を救うためにとった意外な策とは
    (ハリネズミ)

    ☆正当防衛で人を殺した、素性を一切言わない男の真実は(正当防衛)

    ☆強迫観念に取りつかれて、精神に異常をきたした博物館の守衛は、最後の勤務日に何をした(刺)

    ☆愛とカニバリズムとは(愛情)

    ☆異国で善意を花咲かせた優しき銀行強盗(エチオピアの男)

    その他の物語も含め、意外性に満ちている。

  • 小説を超えている実話の、とても素敵な短編集。
    「このミス」2位に偽りなし。

    みなさん書かれてますがラストの「エチオピアの男」は人も誰も死なないけども、ミステリーの味わいと感動が味わえる傑作です。
    「犯罪」というタイトルと、怪しい表紙に嫌悪感ある人でも、この話は大丈夫。お勧めです。

    個人的なベストは「サマータイム」
    これは、殺人不倫版のOヘンリだと思いました。
    これも、現実かぁぁ。すごいな。

  • 様々な「犯罪」に走った人々の「人生」を綴った短編集。

    弁護士でもある著者が、実際に遭遇した事件を元手に紡ぎだされただけあって、「犯罪」者であり忌避されるべき人物であるはずなのに、ひとつひとつの物語に異様なほど吸い込まれてしまう。

    あるものには嘲笑を、あるものには同情を、あるものには嫌悪を、あるものには応援を送りたくなる。

    「犯罪」という題材によって、この短い一篇一篇にこれほど「人生」を凝縮できるなんてただものじゃない。
    淡々とした語り口で、第三者的視点から描かれているので余計な「色」がつくことなく、感想は読者の手に委ねられている。

    近年稀にみる優れた連作短編小説。
    個人的には「正当防衛」「棘」「エチオピアの男」がお気に入り。

  • 短編集。
    良かった。特に 「チェロ」と「エチオピアの男」
    ミステリーなのに泣けた、美しい物語。

  • 徹底した客観性で書かれていて面白かったー!!余計なドラマ性を加味せずに被害者にも加害者にも同情せずに書く、って難しいと思うんだけども。どの話も人の営みの中で起こっていて、起承転結で決着の着くものではなく、前(過去)にも後(未来)にも続いて行くんだなぁ。
    父親に抑圧された姉と弟の話がかなり痛かった…姉と弟なんだけど、何故かBL臭を感じたよ、シーラッハの『犯罪』の「チェロ」。父親の庇護かから抜け出したいと願いつつ、願った二人以外の世界を手に入れる事が出来なかった結末がBL臭いのかな。

  • 淡々とした語り口の犯罪の記録。
    短編集で弁護士側から見ている形式なので読みやすかった。
    これは実際の事件に材をえているらしい。
    ということは、犯罪の主なるものは心の病か・・・

    金、愛情、憎しみ、嫉妬・・・一歩間違えれば、狂気ですね。

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