- Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488070724
作品紹介・あらすじ
ユダヤ人の父を強制収容所に送られた著者による、アイロニーと叙情に彩られた、この上なく美しい自伝的連作短編集。犬と哀しい別れをする少年はあなた自身でもあるのです。
感想・レビュー・書評
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戦火の中で過酷に変わる日常が、無垢な少年の視線で静かに語られる。
温かかった家、強制収容所から戻ることのない父、父の生の証を抱えての疎開、この世に正義はないという言葉、大切な犬との別れ。
読後、戦時の記憶を街並みから辿る冒頭場面を振り返り無常を感じた。
時々語り手の変わる小さな物語が積み重なってひとつになるのですが、表現が綺麗で、戦争の無情さが直接的に読み手に刺さるというより、心の中の柔らかな所の感情に訴えるというか…
後から付け加えられたという"風神の竪琴"が優しい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
第二次大戦中に、ユダヤ人である父親が強制収容所に送られ帰らなかったという、著者自身の少年期の体験に基づいた小説。
(著者の母方はユダヤ人でないため、家族の中で父親だけが収容所に送られたのだ)
その、恐ろしく歴史的な大きな出来事を、決して直接的な表現で描かないという点は、ダニロ・キシュの作品全てに渡って貫かれている。
物語はあくまで、繰り広げられる慎ましい日常に焦点を当てる。
だからこそ、ふとしたときに滲み出すような哀しみの描写に、少年の人生の至る所隅々にまで、歴史のもたらす悲劇が染み込んでいる、ということを読み手にはっと痛感させる。
叫ぶような哀しみの訴えとは違う、著者独特の技法であり、幼い少年が苦しみにじっと耐えて生きる様子に心を打たれる。
最後に少年に届く手紙に、この物語が「『若き日の』哀しみ」というタイトルである理由を教えられた。
若き日の哀しみは、成長とともに消えるのではない。
身体の器官のようにその人の一部となり、人生を共に生きるものとなる。
ダニロ・キシュの詩的で美しい描写を日本語で届けてくださる、訳者で詩人の山崎佳代子さんに、心から感謝する一冊です。 -
文、言葉が美しい。言葉の裏にあるものから一層人間の深みや悩みを味わいもするが、何であろうと美しさの価値は美しさ自身にあり、悲惨を潜めた構造自体が美しい。だから美しさが苦しくもある。折に触れて読み返すと思う。
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昨年、単行本で読んだので再読。
今回は文庫本で読みました。
少年アンディの日常を描いた物語。
美しい文章でつづられた珠玉の短編集です。
ああ、そうですか。
そうなりますわね。
でも、これを知ると、どうでしょう。
ダニロ・キシュはユーゴスラビアの作家。
第二次大戦中にユダヤ人の父を強制収容所に送られ、自身は母と姉とハンガリーの田舎で過ごしました。
この少年アンディには、作者自身が投影されています。
それを知ったうえで読むと、作品の印象ががらりと変わります。
たとえば、「婚約者」という短篇。
アンディはかくれんぼをしていて、好きな女の子と隠れているところを友達に見つかってしまいます。
アンディに殴られた友達は、アンディの姉に訴えます。
姉から母に伝わるのを恐れたアンディは家に帰らないと決めます。
夏は川で魚を釣って暮らし、冬は村から村を回って百姓の手伝いをして暮らすと決心します。
ところが夜になって冷えて来て、寒さと恐ろしさ、それに母を悲しませたくないという思いで、「旅をあと回し」にして家のある村まで戻ってきます。
ああ、自分の子供時代にも似たようなことがあったな、と思わず吹き出してしまいます。
たしかに他愛のない話です。
他愛のない話ですが、上記のような背景を知ったうえで読むと、かくれんぼをしたり、好きな子といるところを見つかったり、家出をしたりする、その一つひとつの場面が一層愛おしくなります。
それから何と言っても「少年と犬」ね。
前回のレビューで書いたからもう書かないですが、この「少年と犬」は、読まないと人生の大きな損失です。
なお、本作は明日、私ともう一人の新聞記者がプロデュースして初めて行う読書会の課題図書になっています。
とーても楽しみです。 -
海外文学は独特の翻訳文が合わないことが多く、読まず嫌いをする傾向にありましたが、小川洋子さん推薦、という帯の言葉に惹かれ、読み始めると、冒頭、一行目から文章の美しさに感動しました。
翻訳者の山崎佳代子さんが詩人であることも理由のひとつかもしれません。抒情性が高く、一文一文が丁寧に紡がれていました。
第二次世界大戦渦、ホロコースト、という歴史を踏まえて読むと、幻想的な雰囲気や不穏さが漂う描写にぐっと暗い背景が迫ってきます。
残酷にならざるを得ない、捨てて行かなければならない、引き裂かれてもう二度と会えない。
表題作は嗚咽しました。
こんなに、悲しいことが、あってはいけない、と思います。
人語を解する犬、というのはファンタジーです。ですが、この哀しみを少しでも癒すために、少年に必要だった、切実なファンタジーです。
同じ時代、アンディと似た境遇に心も体も引き裂かれた少年少女が、どれほどいたのかと思うと、苦しくてたまりません。
海外文学への印象が大きく変わり、心を深く大きく揺さぶられた一冊です。 -
作者の第二次世界大戦中の体験などを自伝的に扱った作品。
一見美しい文章ですが、文章の背景には第二次世界大戦中の悲惨な出来事や時代背景が垣間見えて、それがより一層文章をどこか儚く美しくしています。
どこか哀愁漂う作品。当時のことなどをもっと学んでから読むと、より味わい深い作品になりそうです。 -
確か、これが初めての五つ星評価のはずだ。友人のいる旧ユーゴスラビアの作家による短編集だということもあるのだろう。だが、その要因を除いても、深く心に残る佳作である。まるで詩のような短編の連なりであり、子供を題材にした美しくも、愛おしくも、そして、その裏には悲しみが潜んでいる。あまり詳細にわたって書くと、その印象が壊れてしまう気がするので、多くは語るまい。
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読みはじめてしばらく難しいなあと思い、先に解説を読んでようやく少し状況が理解できるようになった。
背景がわかると、美しい景色や些細な会話のやりとりにも物悲しさが感じられて、短い物語がぐっと深くなる。 -
ふむ
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ダニロ・キシュを日本語で読む……なんと甘美な体験だろう(もちろん山崎佳代子の訳業がなければ成り立たなかったことだ)。激動の時代を生きたこの作家の書いたものを、わざわざ政治性を切り離して読むことは端的に無意味かつ無礼な振る舞いというものだ。でも、それを踏まえてもなおキシュのこの繊細さは「大文字の言葉」「イデオロギー」が塗りつぶしてしまうものをこそすくい取っていると評価したい。子どもはその幼心に、大人たちやこの世界の愚かしさと崇高さを見抜く目をすでに持ち合わせている。そんな唯物論的な目線と詩心が幸福に融合する