荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫)

  • 東京創元社
3.88
  • (125)
  • (121)
  • (137)
  • (11)
  • (4)
本棚登録 : 1156
感想 : 102
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (434ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488254032

作品紹介・あらすじ

19世紀半ばのロンドン。17歳になる少女スウは、下町で掏摸を生業として暮らしていた。そんな彼女に顔見知りの詐欺師がある計画を持ちかける。とある令嬢をたぶらかして結婚し、その財産をそっくり奪い取ろうというのだ。スウの役割は令嬢の新しい侍女。スウは迷いながらも、話にのることにするのだが…。CWAのヒストリカル・ダガーを受賞した、ウォーターズ待望の第2弾。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 19世紀半ばのロンドンの下町。17歳になる少女スウは掏摸を生業として、育ての親イッブス親方とサクスビー夫人、そして同居人のジョンとデインティらと暮らしていた。
    そんなスウたちの前に顔見知りの詐欺師〈紳士〉が現れ、ある計画を持ちかける。

    俗世間とは隔離した辺鄙な地に建つブライア城、そこで学者の伯父クリストファー・リリーと暮らす、世間知らずの令嬢モードを〈紳士〉がたぶらかして結婚し、彼女の莫大な財産を奪い取るというものだ。
    モードと伯父の暮らすブライア城は数人の使用人がいるのみで、訪ねてくる者も伯父の年老いた友人たちだけ。伯父は大きな書庫を持ち、ある分野の辞書の編纂をしていた。モードはその仕事を手伝いながら、彼の書物を友人らが訪ねてくるたびに朗読させられる。
    そこに〈紳士〉が伯父の仕事(蒐集した版画の装丁)を手伝う青年として城に入り込みモードに近づいていたのだ。〈紳士〉はスウに彼女の侍女となり、自分との仲が深まるようモードをそそのかす役割を与える。
    最初の頃はモードを「ねんねの鳩ぽっぽちゃん」と〈紳士〉のカモとして見ていたスウ。けれども外界から遮断された仄暗い城のなかで、モードと二人っきりの時間を過ごすうち少しずつ気持ちに変化が生じ、それはモードも同じで、二人は自然と親しくなっていく……

    舞台はヴィクトリア朝のロンドン。
    当時は圧倒的な男性優位社会。そのなかで女性たちはなすすべもなく男性の言いなりになって生きるしかなかった。
    モードもそうだ。奸悪な伯父から自由になろうとすれば、それはまた邪悪な〈紳士〉の言いなりになるしかない。

    私は『大学教授のように小説を読む方法』(著:トーマス・C・フォスター)も読んでいる途中なのだけれど、そこにはヴィクトリア朝の作家たちはあからさまに書けないこと、おもに性行為や性欲について、知恵をしぼり、かたちを変えて、作品のなかに禁じられた話題を忍び込ませたというくだりがある。そのかたちを変えたものの1つに「吸血鬼」があげられていた。

    吸血鬼はいつも美しい未婚の女性(19世紀のイングランド社会では、未婚の女性は処女を意味している)を狙う。処女の生き血を吸うと若返り、一方血を吸われた女性たちは自分も吸血鬼となって、つぎの犠牲者を探しはじめる。
    それは私の知っている吸血鬼像でもあるのだけれど、吸血鬼が意味するものはたんに読者を怖がらせるというだけではない。たとえばセックスに関係がありそうなこと、身体的な恥辱、不健全な性欲、たぶらかし、誘惑、危険などなどの意味合いを持っていることは、なんとなく窺えるだろう。
    吸血鬼伝説の本質は「堕落した時代遅れの価値観を体現する年長の人物と、若い娘──望ましくは処女。娘の若さ、活力、美徳などが強引に奪われる。年長の男は生命力を保つ。若い娘の死、または破滅。」(P47)だ。

    さらに著者は吸血鬼は実際に血を吸う行為だけでなく、たとえば利己主義、搾取、個人の自主性を踏みにじるなどの意味もあるのだという。
    そこでは吸血鬼は、吸血鬼の姿で現れずにふつうの人間として登場する。
    そう、人は牙とマントがなくても吸血鬼になれるというわけだ。

    話が逸れてしまったが、読みはじめは荊(茨)の城のなかで100年の眠りにつくお姫様、それがモードだと思っていたのだけど、上巻を読み終える頃には、私にとってモードは吸血鬼に血を吸われた娘に重なっていた。
    モードの周囲の男たち、伯父、〈紳士〉、伯父の友人らが、モードの若さや知性、感情、財産などを奪っていく。彼らが人間の姿を纏った吸血鬼にみえてしかたがない。
    そんな吸血鬼(あえてそう呼ぼう)たちの巣窟に太陽のように明るく生命力に溢れたスウが現れる。だからといってまだ物語の森を覆う濃い霧は晴れることなく、ますます深く立ち込める。森にはまだ陽は射さない。何も見えてこない。

    上巻にはスウの視点からの1部とモードの視点からの2部(の途中)までが収録されているのだけれど、1部のラストには驚愕する。久しぶりの感覚。雷に打たれたかのような衝撃。
    あぁ、これは……、サイコスリラーだ。

    韓国では『荊の城』の舞台設定をヴィクトリア朝から日本統治時代の朝鮮に変更して、映画『お嬢さん』として公開。〈成人指定〉で全世界で大ヒット。私もキム・ミニさんのお嬢さんとキム・テリさんの侍女スッキを観てみたい。

  • 上巻読了。

    時は19世紀半ば。ロンドンの下町で掏摸を生業として暮らしていた少女・スウ。
    ある晩、知り合いの詐欺師〈紳士〉から、田舎の城に住む令嬢をたぶらかして巨額の財産を奪い取る計画を持ち掛けられます。
    その話に乗る事になったスウは、件の令嬢・モードの新しい侍女としてブライア城へ向かいますが・・・。

    第一部はスウの視点、第二部はモードの視点で物語は展開するのですが・・・いや、もう、第一部のラストが驚愕すぎて、思わず“お口あんぐり”になってしまいました。完全にやられましたね~。
    そして、第一部では見えなかった裏側が、モード視点の第二部で明かされていくのですが、その事情がそれはもう残酷かつ淫靡で、読んでいて酸欠になりそうなほどでした。
    スウやモードの心情の変化や心の揺れ動く様が手に取るように伝わってくるような、緻密な心理描写も見事ですね。
    さて、これからどのように展開するのか、先を読むのが楽しみなような怖いような複雑な気持ちで、下巻に進もうと思います。

  • 映画『お嬢さん』が面白かったので原作も。映画は韓国と日本のちゃんぽんでしたが、原作の舞台はもちろんイギリス。小悪党一家の養われ子スーザン(スウ)が、詐欺師の<紳士>の策略で、莫大な遺産を持つモードお嬢様の侍女としてお城のような邸宅に潜入する。騙すために近づいたのに次第にモードお嬢様に惹かれてしまうスウ。ついに計画通りお嬢様と紳士は駆け落ちするが・・・。

    映画は場所こそ違えど基本設定と展開は原作にほぼ忠実だったので、すでにドンデン返しを知っていながら読み進めましたが、それでも十分ハラハラドキドキ、実はこのとき裏側では・・・という、映画の2回目を楽しむような感覚で読めました。上巻は、スウ視点の第一部で驚愕のラスト、そしてお嬢様視点の第二部の途中まで。

    余談ですが小説の原題は「FINGERSMITH(フィンガースミス)」=日本でいう「スリ」のこと。日本語タイトル「荊の城」は全く別ものだけど、作品のおもな舞台になるブライア城のブライア(brier)は茨のことらしく、童話の眠り姫=茨姫(Briar Rose)も彷彿とさせてこれは良い改題例かも。映画は韓国語の原題「아가씨(アガシ)」は邦題の「お嬢さん」と同じ意味。英語タイトルの「THE HANDMAIDEN」は真逆の「女中さん」つまりスウ=スッキのほうの立場のタイトルになってる感じなのかな?

  • 顔見知りの詐欺師「紳士」から、貴族令嬢であるモードを騙して結婚する計画の協力を求められたスウは、報酬に惹かれて引き受ける。19世紀半ばのイギリスの生活の描写が丁寧で、陰鬱な貴族の館の情景が目に浮かぶよう。スウと紳士が城館に入ってからは物語が動き出し、目が離せなくなりました。スウとモードの2人の間に友情とは言えない感情が芽生えてからの文章が、なまめかしく、色っぽい。そして、驚きの展開で……下巻に続く。

  • ペテン紳士と元掏摸の侍女とお嬢さま。
    この三人の間で陰謀が渦巻き、ふたりの揺れる感情が迷いを生む。

    一部と二部で視点が変わり、スウとモードのお互いの心境の変化が見れて良かった。
    愛ゆえに欺く決心って切ない。

    長いけどあっという間だったので下巻も期待。

  • 『半身』もそうだったけど、この人の作品は前ふりが長い。途中で盛大などんでん返しがありそうな気配に、それまでのじわじわとしか進まない展開を読者は辛抱強く待たなければいけない。その辛抱がつまりスリルであり、サスペンスであり、ミステリーなのだけれども。
    舞台は英国。ロンドンっ娘の気性がなんとも愛らしくて惹かれる。登場人物の誰もが一癖二癖ありそうで、一気に読んでしまう。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「この人の作品は前ふりが長い」
      その所為で評価が分かれますね。私は好きです。
      「この人の作品は前ふりが長い」
      その所為で評価が分かれますね。私は好きです。
      2012/08/28
  • 素晴らしい!の一言です。
    独特の文体には、多少慣れが必要ですが、後からそれほど気にならなくなります。この巻の最後は、久々「やられた!」と感じました。それが何かは、読んでからのお楽しみです。

  • 小説ならではのドキドキがある……
    この本自体が秘密の読書会めいてますわね。

    そして、もしや、モードが秘密を打ち明けられたifの世界線が映画「お嬢さん」ってこと!?!?!?

  • 怒涛の展開にお手上げ
    物理的にお手上げした

  • 徹夜本
    1章の終わりでえ!?ってなってあとはずっと引き込まれました
    私が百合好きなのもあると思うけどおもろかったです

全102件中 1 - 10件を表示

サラ・ウォーターズの作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×