高く孤独な道を行け (創元推理文庫 M ウ 7-3)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (453ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488288037

感想・レビュー・書評

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  • 浮浪児あがりの青年が、育ての親が見つけてくる簡単な仕事を引きうけては、いつのまにか大事件に巻き込まれる、というお馴染みのシリーズ第三作。第一作はイギリス、第二作は中国と世界を股にかけてきたが、今回はアメリカに戻る。だが、地元ニューヨークではなく、ネバダ州が舞台。英文学を専攻する活字中毒で、孤独を好む街っ子のニールにカウボーイがつとまるのだろうか、と心配になるが、冒頭で中国拳法を修行中とあり、刮目した。

    ニール・ケアリーは子どもの頃、ジョー・グレアムから財布を掏ろうとしたところを、つかまったのがきっかけで素質を見込まれ、探偵術を叩きこまれた。ジョーはニールの「父さん」になった。そして、自分の勤める「朋友会」に引きいれた。朋友会というのは銀行家のイーサン・キタリッジが、本業とは別に特別な顧客の抱えている難問を処理するために設けている部門である。その後ろ盾があって、資金面の不自由はない。

    ニールは三年間、中国は峨眉山の僧房に籠っていた。その前はヨークシャーでやはり隠棲中のところをジョーがニールを引っ張り出しにやってきた。ニールとしては引き籠って、トバイアス・スモレット研究に勤しむことに不満はないのだ。ジョーはちがう。仕事をしないでいて勘が鈍るのを恐れている。実はニールには余人をもって代えがたい能力がある。朋友会ニューヨーク支部長のレヴァインは、ニールには「自分がない」という。それは別人に成りすます潜入捜査にうってつけなのだ。

    ニールは父の顔を知らない。麻薬中毒者の母親は面倒を見てくれなかった。たった独りでニューヨークのストリートで生き抜いてきたのだ。食っていくのが精一杯で自己形成どころではない。人とのつきあいもなければ友人もいない。食うに困らなければ本を読んでいたい。だからジョーは仕事にかこつけてニールを世間に出そうとする。はじめは簡単な仕事のつもりだった。危険だと思ったら直ぐ手を引ける。問題はニールにある。人を好きになると、そのまま放っておけなくなるのだ。他人との間に適当な距離を保てないのは、その生い立ちに寄るのだろうか。

    今回は、二歳の赤ん坊を連れ去った元夫を見つけ、我が子を取り戻してほしいという母親からの依頼だ。簡単な仕事に見えるが、相手が悪かった。ハーレーは悪人ではなかったが、夫婦関係のもつれから身を持ち崩し、真正キリスト教徒同定教会というカルト集団の信徒になっていた。そこは教会とは名ばかりで、KKKやネオナチと連携する白人至上主義者の集まりで、FBIの情報によれば、似た者同士が集まって地下テロ組織を創り上げようとしている最中らしい。そこに逃げ込まれる前に捕まえようという計画だったが、一足遅かった。

    三年の休暇のせいで勘が鈍ったのか、隙を突かれたニールは車と金を奪われる。偶然通りかかった男に助けられ、車に乗せてもらう。男はスティーヴ・ミルズといってオースティンの牧場主だった。車はそこに向かうところだという。運のいいこともあるものだ。最後につかんだ情報では、ハーレーがいるのもオースティンだった。ニールはミルズの牧場で働きながら、ハーレーの行方を捜し始める。

    原題は<Way Down on the High Lonely>。<High Lonely>は地名で「孤独な高み」とルビが振られている。ミルズ牧場のある草原を囲む三千メートル級の山々の一峰だ。そこからは牧場のある渓谷が見渡せる。ニールは小さな小屋を借りて一人暮らしを始める。コヨーテがうろつく、この地は冬になれば深い雪に埋もれるという。ニールはここが気に入り、仕事が終わったら小屋を買って暮らそうかと考えている。おまけにカレンという女性ともつきあい始めるから成長著しい。

    ニールは隣のハンセン牧場がテロ組織のアジトであることを突き止める。舌先三寸で組織に潜り込み、昼はミルズ牧場で働きながら、夜は戦闘訓練に明け暮れる。少しずつ信用を得ていくものの、なかなか最後の壁を崩せない。そんな中、現金輸送車を襲う計画の責任者を命じられる。朋友会と連絡を取り、まんまと襲撃を成功させたことで信用を得たニールは幹部に昇格することになる。最終テストが輸送車の護衛に化けたジョーの処刑だった。ジョーは撃て、と合図するが、ニールには撃てない。二人は囚われ、レヴァインの救出作戦を待つ。

    ウェスタン調のストーリーは単純だ。流れ物がやってきて小さな牧場に雇われる。隣には大きな牧場があり、二つの牧場の対立が決闘という形で終焉を迎える。問題はユダヤ系のミルズの牧場で働くニールが、裏で反ユダヤ主義者と通じていた点である。無論、ハーレーと赤ん坊の居所を探るための偽装である。しかし、争いが表面化しては、いつまでも曖昧な態度を取ることは許されない。ミルズの小屋を出て、ハンセン牧場に移るニールは、地獄に堕ちろ、と罵られる。

    それより問題なのは、シリーズの主人公であるニールがすっかり変貌を遂げることだ。反ユダヤ主義者の群れに紛れ、戦闘訓練を受け、信用を得るためとはいえ強盗にまで手を染め、どっぷりと悪の世界に浸かってしまう。繊細で傷つきやすい心を憎まれ口で隠してきた好青年のイメージがごろっと変わってしまう変貌ぶりに驚く。まあ、そうはいっても、もともと人様の懐中をねらう悪ガキだったわけだから、素質はあったわけだ。今までそちらの世界に行ってしまわなかったのはジョーが目を配ってきたからだ。

    ニールはこれまで、孤独な闘いを強いられて来たが、その後ろにはいつもジョーがぴったり貼りついていた。いわば父の掌中にいたのだ。ところが、今回ともに仕事をすることで、二人は対等になり、子は父の掌から出てしまった。そして、ジョーが危惧していたことが起きる。ニールは、父の想いを知りながらも、ついに一線を超える。自分がどうしても許すことができない人間を撃ち殺してしまうのだ。

    ミルズの妻のペギーが以前警告したことがある。「ひげを剃らなくなったら、山のならず者。だから、ひげを剃りなさい」と。ニールはその言葉に従ってひげをきちんと剃っていた。ところが、末尾にちらっと顔を見せるニールは長い髪にひげを伸ばしている。つまり、ニールは「ならず者」であることを選んだのだ。しかも、今までは仕事が終わるたびに心の傷をいやすため、長い隠棲に入っていたニールが、酒場に顔を出している。カレンとの食事までの時間つぶしだというから恐れ入る。どうやら、このシリーズはピカレスク方面に舵を切ったようだ。

  • ニール・ケアリーシリーズ第3弾。前回の事件を経て、政治的な都合で自国へしばらく戻れなくなったニールは山の上で修行僧と共に伏虎拳の修行に励むこと3年、ようやく戻れることになり探偵業の師であり第2の父でもあるグレアムが迎えにくる。3年ものブランクはプロとして使い物になるかどうか疑わしい。そんな気持ちがありながらもグレアムは次の任務を告げる。

    任務は行方不明になった息子の奪還。映画プロデューサーであるアン・ケリーは仕事場で出会ったカウボーイ、ハーレー・マコールと意気投合し結婚、息子を授かる。当初は幸せな結婚生活を営んでいたのだが、映画の流行りと共に夫の仕事は激減、その後酒に溺れるようになり次にマリファナ...と転落の一途を辿る。荒れに荒れたのち離婚が成立し、ハーレーは姿を消す。半年後に電話がかかってきた時には人が変わったように落ち着いており、息子コーディに合わせて欲しいと頼まれる。これならもう大丈夫かなと息子にちょっとずつ会わせていき会わせるための条件も徐々に緩やかになってきたタイミングでハーレーはコーディを連れて姿を消してしまう。グレアム達はハーレーは怪しい宗教団体にのめり込んでいたらしいというところまで突き止める。ニールは危険な潜入捜査をすることになるのだが果たしてコーディを見つけることはできるのか?

    今作は探偵っぽさも復活、おまけに潜入捜査のドキドキ感がたまらない。そして人種差別問題も盛り込んであるので考えさせる要素もばっちり。またしても痛い描写があるのでそこは注意。今作はニール以外の活躍も見所。おすすめです。

  • 久しぶりの帰省で見つけた本を備忘録として登録。
    自分でも内容をよく覚えてないのでレビューが書けません。

  • ニール・ケアリーではこれが一番。
    静から動へ。
    溜めたものが大爆発する後半へのテンポの良さは正にエンタメ。
    そして揃いも揃ってカッコイイ男たち。
    何度読んでも身悶えするぐらい好きだ。

  • ニール少年・・・じゃなくなってる!
    というのが最初の衝撃。中国で三年も修行に励まされていたなんて。もう、すっかり青年じゃないですか。
    でもちゃんとグレアムが来てくれる、例によって。
    今回は西部劇さながらの舞台背景の中二ールの骨身を削る活躍がイタい。潜入捜査もここまで?と思わせるほどの深みにはまってあいも変わらず乱闘シーンあり、ハチャメチャシーンありの大活躍。
    これで三作目、残り二冊になったのでまた読み進めなくては・・・

  • 結果的にドンパチで終わるのは避け難いにしても、その部分が長い。内容がないし、その元になっているのが一人の子供を救うためと思うと命の重みに偏りがありすぎと感じてしまう(ありがちだけど)。

    ニールの減らず口、特に言葉にしない部分はニヤリとさせられるのだが、仕事っぷりが幹部たちの評価のわりに意外とどじばっかりなのがなんだかなぁ。もっと颯爽と任務をこなす姿も見てみたい。

  • 中国の僧坊で伏虎拳の修得に余念がなかったニールに、父親にさらわれた二歳の赤ん坊を無事連れ帰れ、という指令がくだった。捜索の道のりは、ニールを開拓者精神の気風をとどめるネヴァダの片隅へと連れ出す。不穏なカルト教団の影が見え隠れするなか、決死の潜入工作は成功するのか?悲嘆に暮れる母親の姿を心に刻んで、探偵ニール、みたびの奮闘の幕が上がる。好評第三弾。
    原題:Way down on the high lonely
    (1993年)

  • こういう物語で主人公を生存させるために動物とピュアな人間が犠牲になってしまうのがつらい。

  • いつものことながら前作の影響で今度は中国の僧坊で伏虎拳の修行中のニールのもとに舞い込んだ指令は誘拐された赤ん坊の奪回。今度は大西部ネヴァダへ。謎のキリスト教カルト教団と決死の潜入工作。内容も段々派手になってきた。今回は冒険小説の味がより濃くなっている。元ストリートキッズの探偵ニールケアリーシリーズ第三弾。

  • ニールは大人になりました。

    前二作は、若者の迷いゆえ読んでいて危なっかしいほど揺れていた。
    今回は任務遂行に揺るぎない信念があり、ハラハラドキドキの種類もバイオレンス的で大きなスケール感。
    キャスト総動員での派手な立ち回り、地雷や駆け巡る馬の群れ、人里離れた怪しげな集団の基地など、まるで、二十世紀の「007」…そうだった、同じ時代に作られた小説でした…。
    今回更に、前二作では叶わなかった恋にラストでは変化も…。まるで最終回?

    どちらかと言うと、前の方が好きかな。

    迷い多き青年ニールよ、そんなに急いで大人になって、どうする…。

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著者プロフィール

ニューヨークをはじめとする全米各地やロンドンで私立探偵として働き、法律事務所や保険会社のコンサルタントとして15年以上の経験を持つ。

「2016年 『ザ・カルテル 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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