死者だけが血を流す/淋しがりやのキング 日本ハードボイルド全集1 (創元推理文庫)

  • 東京創元社 (2021年4月21日発売)
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  • 本 ・本 (592ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488400217

作品紹介・あらすじ

第二次世界大戦後、独自に発展した日本のハードボイルド/私立探偵小説。その歴史の草創期に、大きな足跡を残した作家たちの作品を全七巻に集成する。第一巻は生島治郎の巻。地方都市の腐敗した選挙戦を冷徹に描ききる長編『死者だけが血を流す』に加え、港町にうごめく人々の悲哀を海のブローカー久須見健三の視点で切り取った「チャイナタウン・ブルース」「淋しがりやのキング」など珠玉の六短編を収録。巻末エッセイ=大沢在昌

感想・レビュー・書評

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  • 題名:死者だけが血を流す/淋しがり屋のキング(日本ハードボイルド全集 1 生島治郎)
    著者:生島治郎
    編者:北上次郎・日下三蔵・杉江松恋
    発行:創元推理文庫 2021/4/23 初刷
    価格:¥1,500


     かつてのパソコン通信Nifty-Serveで冒険小説とハードボイルドフォーラム(FADV)を主宰していたくせに、日本のハードボイルドには明るくない。大藪晴彦は沢山読んだけれど、ぼくのリアルタイムハードボイルドと言えば、矢作俊彦、船戸与一、志水辰夫、大沢在昌、逢坂剛、佐々木譲などのどちらかと言えば冒険小説にかぶる人たち、少し遅れて和製チャンドラー・原夌などである。

     この日本ハードボイルド全集はそれに先立つ戦後復興期の時代を担う作家たちを紹介する全集と言える。この巻末解説によれば日本ハードボイルドの嚆矢は高城高であると言う。ぼくは北海道繋がりということで、釧路を舞台にした作品の多い高城高はほとんど読んでいるのだが、本全集には彼の作品は含まれていない。

     さて、本書は生島治郎の巻である。未だ実家に住んでいた十代の頃、読書家であった母が読み終えた『汗血流るる果てに』の文庫本を楽しんだ記憶はけっこうはっきと残っている。しかし、それとて既に朧ろ。

     今日になってこの時代のこの作家の作品を読んでみて、まず驚くのは文章力である。そして今ではあまり書かれなくなったように思う独りの男の生き様であったり、気位であったり、洒落た会話であったり、に驚かされる。もはや現代に存在しないのではないかと思われるハードボイルドの世界は、実は戦後昭和のこの小暗い時代にこそ似合っていたのではないかとすら思われる。

     暗闇が未だ恐ろしかった時代。金銭の価値が極度に重宝された時代。戦後復興とともに目立って行く人間の堕落。そのなかで足掻き抵抗する誇り高き生き方をまさぐるような主人公たち。中でも大陸生まれ、大陸帰りの主人公のよるべなさから響き渡る、悲しくも雄々しい心の悲鳴。そういったいくつものかえって新鮮にさえ思わせる味わいが、微熱のような高ぶりとともに感じられる本書は、長短編集である。

     本書唯一の長編『死者だけが血を流す』は、現代に通じるような選挙の裏側で暗闘する日本っぽい悪、そして勝負の世界。理想に燃える候補者もいれば、彼を追い払おうとする暗い力学も存在する。今も昔も変わらない汚らしい政治を背景に、ちっぽけな男たちや女たちが打つ一発勝負の博打の行方を、素晴らしいストーリーテリングで描いている。

     短編小説では『チャイナタウン・ブルース』と『淋しがり屋のキング』で船舶専門のブローカーである主人公、久須見健三は相当に印象的だ。ヨコハマを舞台に怪しげな海外の船を相手取って食糧や雑貨を調達する仕事であるが、個性的な人物を物語の都度配置し、闇に傾斜した事件を解決に持って行く片足の主人公は、シリーズ化された生島治郎お気に入りの人物らしく、魅力的である。

     他にこれがハードボイルド? と思われる不可思議で軽妙な作品も含め、この作家のストーリーテリングが冴える作品集となっている。今となってはなかなか触れることもなさそうな日本娯楽小説史に眠る作品たち。是非、今こそ、良い機会として、彼らを知らぬ現代の読者たちにお勧めしたい確かな作品集である。

  • 「死者だけが血を流す」「チャイナタウン・ブルース」「淋しがりやのキング」「甘い汁」「血が足りない」「夜も昼も」「浪漫渡世」収録。ハードボイルドというと私立探偵もの、という印象がありましたが。そうとは限らないのだな、と再認識させられる多彩なラインナップです。そうかこういうのもハードボイルドなのか。
    長編「死者だけが血を流す」はやはり読みごたえずっしり。地方都市の選挙戦を描く物語で、予想はしたけれどどろどろ。いつの時代も政治の世界ってこういうのは変わらないんだ……という印象です。そしてその中で起こってしまった悲劇。なんともいえない物悲しさが後を引きました。
    「夜も昼も」がお気に入りです。夢をあきらめかけた女性歌手と彼女の才能を見出したマネージャー。一転してその夢が目前のものとなった時に下された決断。不幸のはじまりを決意した彼女にいつか幸せが訪れることを願うばかりです。

  •  この作家は「黄土の奔流」しか読んでないし感想も忘れてしまった。相当前の話。だから特に読みたいとは思わなかったが、日本ハードボイルド全集、お値段も高い、なのに、だからか、読んでしまった。魔がさした。中編と短編数作。中にはそれっぽいのもあるが、これって「ホントに」全部ハードボイルド?例えば原尞を読もうと思えば、精神的肉体的平穏安定フラットが絶対条件なのに、この寝転がって読める生島治郎ハードボイルドって、ハッキリぬるい。

  • たまらん。かっこいい。文章がいい。これぞ大人の文章。

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著者プロフィール

生島 治郎(いくしま・じろう):1933?2003年。上海生まれ。終戦間近、長崎に引き揚げ、長崎から金沢、横浜へと移る。早稲田大学英文科を卒業し、デザイン事務所勤務を経て、1956年早川書房に入社。日本版「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」創刊に携わり、第二代編集長を務める。退社後の1964年に『傷痕の街』を刊行し作家デビュー。1965年『黄土の奔流』が直木賞候補となり、1967年『追いつめる』で第57回直木賞受賞。日本の正統派ハードボイルドの第一人者として、ミステリを中心に多数の作品を発表する。1989年から1993年まで日本推理作家協会理事長を務めた。

「2024年 『悪意のきれっぱし 増補版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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