夜の蝉 (創元推理文庫)

  • 東京創元社 (1996年2月17日発売)
3.76
  • (318)
  • (413)
  • (557)
  • (29)
  • (5)
本棚登録 : 3397
感想 : 334
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784488413026

作品紹介・あらすじ

【第44回日本推理作家協会賞受賞】
『空飛ぶ馬』につづいて女子大生の〈私〉と噺家の春桜亭円紫師匠が活躍する。鮮やかに紡ぎ出された人間模様に綾なす巧妙な伏線と、主人公の魅力あふれる語りが読後の爽快感を誘う。第44回日本推理作家協会賞を受賞し、覆面作家だった著者が素顔を公開する契機となった第2作品集。

みんなの感想まとめ

人間関係の複雑さや心の奥底に潜む想いを探る物語が展開され、主人公の成長が鮮やかに描かれています。女子大生の「私」と噺家の春桜亭円紫の交流を通じて、日常に潜む謎や人間の厄介さが巧みに解き明かされ、読者は...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  •  探偵役の噺家「春桜亭円紫」と、文学部女子大生の「私」による、「円紫さんと私」シリーズの2作目となる本書は、前作から時系列順にずっと繋がった「私」の成長物語の印象がより強くなり、それは前作よりもページ数を増やした、三つの中編それぞれの内容の充実度が大きいのだと思う。

     世界の古典文学、和歌、茶碗、機関車、ジャムと、本書でも変わらぬ北村薫さんの博識ぶりに感嘆しつつも、それを若さならではの感性で吸収していく、「私」の専門性の高さにはやや引け目を感じるのだが、その一方で、季節を跨いで着ることのできる2wayジャンパーの機能性に心弾んだり、高野文子さんの表紙の絵からも分かるように、前作から髪が伸びて大人びた雰囲気となった「私」にも家ではずぼらな一面があったりしてと、庶民的な親しみやすさがあることも前作同様の魅力となっており、そんな専門性と庶民性の合わさった主人公の小説であるからこそ、読者層を選ばない間口の広さを感じさせつつも、本書に関しては大人と子どもの境目とも思われる20歳の女性が抱くような、繊細な痛みとも感じ取れるものに触れていることが、やはり印象に残る。

     それは、「私」と正ちゃん、江美ちゃんとの友人関係や、「私」の家族との関係といった、近い間柄だからこそ時に心の距離感を見誤ってしまいそうな、うっかりすると大きな傷を負ってしまいそうな大切な部分であり、それがまた日常の謎解きとも密接に関わっていることには、小説に於いて謎解きがあることの説得力としては充分なのではないかと思い、それについては吉田利子さんの解説の言葉、『解かれた謎の奥に人間が見えてくる』が、ものの見事に表している。

     更に本書の中の円紫の言葉、『人間というのは厄介なものですね。ただ生きているというだけでは満足出来ない』によって、ここで見えてくる人間という存在の奥深さというのが、必ずしも良い方向にばかり向かうわけではないことを、「私」は悉く痛感することになるのだが、それを円紫が解き明かすことによって、そうした人間の怖いほどに不可解な心の闇について、彼自身も分かる部分があるからこそ解き明かすことができる訳だけれども、彼自身は決してそうはならない。そうした人間も世の中には存在するのだということに、そっと背中を押されつつ、また「私」は成長していくのである。

  • 「円紫さんと私」シリーズ第2作目
    誰でも「あの人はどうしてあんなことを言ったのだろう?」「どうしてあんなことをしたのだろう?」と時に傷付き、落ち込んだり悩んだりしてしまう。
    そんな日常に潜む謎、ちょっとした違和感を円紫師匠が解き明かすのは単なる謎ではなく、心の奥底にある「本当の想い」の正体だからスゴイの一言。

    たくさんの文学や古典、落語が引用されているので、これは何かのメタファー?と考えながら読み進めた。ぶっちゃけ一度読んだだけでは良く分からん。それでも「想い」の裏にある正体にはぞくっとさせられた。

    特に表題作の『夜の蝉』が一番面白かった。「私」の姉の苦い恋。誰の心にもある妬み、僻み、嫉みが1話目の『朧夜の底』の朧月のようにぼんやりと見える。「良かれと思ってついた嘘」が、引用される古典落語『つるつる』と結び付き円紫師匠によって「無自覚な悪意」が浮かび上がってくる。『つるつる』の落ちのように「私」の「お化けが出た」という台詞が何ともユーモアと皮肉目いていて思わずうまい!と唸らされた。
    この真相は確かに「ひぇぇ……」となるよ。

    夜の蝉の声はどこか悲しいけれど、読み終わってみると、不思議と心が癒やされるような感覚もあった。
    読んだ後、
    「朧夜の 底を行くなり 雁の声」
    という句が、やけに心に深く残る……そんな一冊でした。

  •  前作『空飛ぶ馬』よりさらに繊細な物語になっている印象を受けた。国文学への造詣が深すぎてついていけないのは仕方なし。そこは雰囲気だけで良しとして、《私》やその友達や円紫さんの……(の、なんだろう。交流、成長、日常、佇まい、あり方、このなかでは「あり方」が比較的しっくりくるかな)、あり方を、とくと眺めて味わう。形としては中編三作だが、前作や(未読だが)後続作品も含めた、女子大生の《私》の人生の小説、解説吉田利子さんの言葉を借りればビルドゥングス・ロマンなのだと感じられた。
     円紫さんのような立ち位置の名探偵は稀有なのでは(知らんけど)。『中野のお父さん』シリーズも読んでみたいな。

    • たださん
      akikobbさん、お返事ありがとうございます♪
      まあ、そうですよね。
      私もいろいろ読んでいると記憶が曖昧になったりしますので(^_^;)
      ...
      akikobbさん、お返事ありがとうございます♪
      まあ、そうですよね。
      私もいろいろ読んでいると記憶が曖昧になったりしますので(^_^;)

      試しにちょっとだけ書いてみますと、『朧夜の底』は正ちゃんが書店でバイト、『六月の花嫁』が江美ちゃんと軽井沢に、『夜の蟬』は《私》のお姉さんが・・・って感じですかね。
      いずれもタイトルが思いの外、物語の核心に迫っていることが読後に分かる点が秀逸だなと思います。
      2025/06/11
    • akikobbさん
      あ、、ちょっと思い出して来ました。ありがとうございます。
      朧夜→人の“悪意”もちゃんと描くシリーズなんだな、と思ったような。
      六月、夜の蝉→...
      あ、、ちょっと思い出して来ました。ありがとうございます。
      朧夜→人の“悪意”もちゃんと描くシリーズなんだな、と思ったような。
      六月、夜の蝉→友達や姉など、身近な人の人生のある局面に、“私”が触れる話…というような記憶。
      優しいだけじゃない、でもドラマのためだきにシリアスさを演出することは決してない、そんな筆加減が、誠実で、良いですよね。
      2025/06/11
    • たださん
      お役に立てたようでよかったです(^^)
      優しさも悪意も人間ならば有り得るからこそ、下手に演出過多にしないのでしょうね。
      お役に立てたようでよかったです(^^)
      優しさも悪意も人間ならば有り得るからこそ、下手に演出過多にしないのでしょうね。
      2025/06/12
  • 日本推理作家協会賞受賞のこの短編集。しかし私は1作の『空飛ぶ馬』の方を推す。

    今回も主人公私が出くわすのは日常の謎だ。それもいつもとちょっとだけ違う違和感に似た現象だ。それらを円紫師匠と私が問答を行うように解き明かすと、人間の心の暗部が浮き上がる。

    今回収められた作品は3編。
    第1編「朧夜の底」では友人正ちゃんのバイト先の神田の大型書店で遭遇する国文学書に対して行われる些細な悪戯が、悪を悪と思わない都合主義な利己心に行きつく。

    2編目の「六月の花嫁」はもう1人の友人、江美ちゃんの誘いで軽井沢の別荘に行ったときに起きた、連鎖的消失事件について語った物。
    チェスのクイーンの駒→卵→脱衣室の鏡と続く消失劇は「私」の推理でその場は一応解決されるが、1年後、江美ちゃんの結婚へと結実する。しかしそこには江美ちゃんが「私」を利用したやましさがあった。

    最後は表題作「夜の蝉」。「私」の姉の交際相手、三木さんが新入社員の沢井さんと浮気しているという噂を聞いて、姉は歌舞伎のチケットを三木さんに渡し、待ち合わせをするとそこに現れたのは沢井さんだった。後日喫茶店で3人で話し合ったときに三木さんに「なぜあのような意地悪をするのだ」と叱責される。誰が姉の手紙を沢井さんへ送ったのか?女のしたたかさを感じさせる1編。

    それぞれ作品の真相は「本の中身の万引き」、「二人の情事からの目くらまし」、「郵便物を返還し、姉の相談相手が忠告のため行った事」である。

    今回特徴的なのは『空飛ぶ馬』よりも各編が長くなり、事件が起きるまでに「私」を取り巻く人々の知られていない部分について語ることにページが費やされている。1、2作目はそれぞれ「私」の友人の正ちゃんと江美ちゃんのサークル活動について。3作目は今までほとんど語られる事のなかった「私」の姉との関係について。
    そして各編で事件が起きるのは1作目では全91ページ中39ページ目、2作目では全80ページ中36ページ目、3作目では全91ページ中37ページ目で。つまり今回の謎は各登場人物を描き出す因子の1つとして添えられているようだ。

    純粋に推理だけに終始する物語は好きではないものの、このように謎そのものがメインでない物語も好きではない。逆にもどかしさを感じずにいられなかった。
    だから私は今作よりも前作の方が日本推理作家協会賞に相応しいと思うのだ。

    確かに各編で語られる人間模様、「私」の感性豊かな主張、落語や日本文学について語られる侘び寂び溢れる薀蓄、日本の良さを強く感じさせる品の良い自然描写などどれをとっても一級品でそれら「寄り道」は確かに面白い。

    しかし、それらをメインで語るならばミステリでなくて良いわけで、やはりミステリと謳うからには物語の主柱に謎があって欲しいのである。

    ところで1作目で「私」にも恋の訪れがあるのかと思わせたがその後の2編では全く出てこない。
    代わりに2作目では江美ちゃんの結婚、3作目では姉の失恋と続く。

    そうか、これはミステリの意匠を借りた恋愛短編集なのかもしれない。しかしそれらは惚れた、振られただのを声高に叫ぶど真ん中の恋愛ではなく、昔の日本人の美徳とされた慎み深く、他人に見せびらかすことない、忍ぶ恋愛だ。

    • moboyokohamaさん
      Tetchyさんの
      「ミステリーの意匠を借りた恋愛短編集」ほ言い得て妙ですね。
      私も自分の書いた感想を読み直したらば
      「文庫版解説では、まず...
      Tetchyさんの
      「ミステリーの意匠を借りた恋愛短編集」ほ言い得て妙ですね。
      私も自分の書いた感想を読み直したらば
      「文庫版解説では、まず本格推理小説と絶賛しているけれど、わたしには推理小説としてよりも心情小説(そんな言葉は無いだろうけれど)としての面白さに惹かれる。」
      と書いてありました。
      Tetchyさんと似たような思いだったようです。
      2022/11/23
    • Tetchyさん
      moboyokohamaさん、コメント有難うございます!同じような感想を抱く方がいらっしゃって嬉しいです。1作目よりも2作目は女性性が色濃く...
      moboyokohamaさん、コメント有難うございます!同じような感想を抱く方がいらっしゃって嬉しいです。1作目よりも2作目は女性性が色濃く出たような、謎よりも心情に深く切り込んだ作品が多かったように思いましたね。なので日本推理作家協会賞受賞はちょっと違和感を覚えました。
      2022/11/25
  • 円紫さんと私シリーズ第二弾。

    第1話 わたしと江美さんは正ちゃんの舞台を見にいく。正ちゃんのバイトしている本屋さんで7-8冊が逆向きに置かれていた。次に行ってみると、上下が逆さに置いてあった。賀茂先生の教え子の陶芸展にもいく。

    第2話 別荘の水道管が冬季に爆発してしまわないように、江美さんのお友達たちと5人で軽井沢に向かう。チェスの白のクイーンが消える。冷蔵庫の卵置きのところでみつかる。

    第3話 夏祭りの日、隣のおばあさんが入院した。わたしはトコちゃんを9時までの約束で夏祭りに連れて行く。姉には付き合っている人がいた。しかしその相手に新しい人ができた。

  • これは「円紫さんシリーズ」ではなく「円紫さんと『私』シリーズ」であることを再認識。
    ミステリであると同時に「私」の成長物語でもあるんだなぁ。
    『夜の蟬』以降も『秋の花』『六の宮の姫君』『朝霧』と、デビュー作の『空飛ぶ馬』を含めれば全五作ある。
    朝ドラのヒロインの成長を見守るように、いや大河ドラマを観るかのように、この「私」の行く末を父親のような気持ちでやきもきしながらこれからも追いかけていくんだなぁ。

    子供の頃は「おばけ」が怖くて怖くてしょうがなかったが、大人になってからある日を境にぱったりと怖くなくなった。
    特になにがあったというわけでもないが、人間はいずれ必ず死ぬものだと、急に「死」を悟った、受け入れたのだ。
    おばけや幽霊への恐怖、畏怖というものは、すなわち人間の「死」に対する不安や恐れであると僕は思っている。
    かくいう僕も、小学校低学年のときに人間は必ず死ぬとはたと気づいて毎晩泣いていた。そして「おばけ」が怖くてしょうがなかった。
    同じく「必ず死ぬ」とわかったのに、幼い頃は恐れおののき、大人になってからは「まあ、しょうがない」と諦念に至るのだから不思議だ。

    だがしかし、最近「おばけ」がまた少し怖くなってきた。
    おばけや幽霊の常套句といえば「うらめしや」である。
    死んでまで他人や現世に恨みや執着があるのだ。
    ましてや生きている人間のその感情は如何ばかりのものか。
    恐ろしいのは「死」ではなく、むしろこの世に生きる人間の負の感情だったのだと今更ながらに気づく。

    『朧夜の底』
    存在が不確定で見えないけれども、それでも「私」がエレベーターに乗れなくなる気持ちはわかる。
    ブクログユーザーのみなさんにも共感する方はきっといるはずだ。

    『六月の花嫁』
    ミステリの仕掛けに満ちた一品。
    「女王」の消失に端を発する連続殺人事件のような趣き。
    もちろん殺人事件が起こるはずもなく、誰一人として死んでいないが、種が明かされてみればその手のミステリに通ずるトリックと、青春のある季節の物語を融合させた構成に感嘆。
    しかも外枠にさらに円紫さんの謎解きが加わるという、入れ子構造の贅沢な作り。
    謎解きの面白さがあり、尚かつ読ませる。

    『夜の蟬』
    とても詩的なタイトル。
    そして、その意味するところの郷愁を誘うエピソード。
    ミステリの謎解きを通して垣間みる知られざる素顔と一つの成長。
    成長したのはけっして「私」だけではない。

    シリーズ二作目ではあるが、登場する個々のキャラクターがぐっと大人になった巻だった。
    それぞれが皆まっすぐで眩しくて、少し面映いような、それでもそっと見守りたくなるような、そんなエピソードの三篇だった。
    さあ、いよいよ『秋の花』だ。

    • まろんさん
      kwosaさん!

      大好きなこのシリーズを、ちゃんと続けて読んでくださってありがとうございます!
      そして、表題作『夜の蝉』の余韻をやわらかく...
      kwosaさん!

      大好きなこのシリーズを、ちゃんと続けて読んでくださってありがとうございます!
      そして、表題作『夜の蝉』の余韻をやわらかくとどめて
      「おばけ」の話題から始めるだなんて、なんと趣のあるレビューでしょう!

      他意はなかったとか、ちょっとした気まぐれで・・・
      なんて言い訳しながら振り撒かれる人間の負の感情。
      その背筋がヒヤリとするような恐ろしさを
      夜の蝉のエピソードで描き出される姉妹の理屈を超えた温かい結びつきで
      ふわりと包み込んでしまう北村さんの筆遣い、さすがですよね!

      この2作目では、清潔で、線の細い少年のようなイメージの「私」が
      華やかな姉に抱くコンプレックスが男性とは思えないリアルさで描かれていただけに
      最後に姉が打ち明ける夜の蝉のエピソードに、「私」と一緒に心がほどけて、救われる思いがしたものです。
      「私」、姉、正ちゃん、江美ちゃん、と、女性たちそれぞれが
      さらに魅力的に描かれていたのもうれしくて。

      そして、さあ、いよいよ『秋の花』。
      私がいちばん好きなこの3作目を、kwosaさんはどう読まれるのでしょう。
      大好きな真理子を、kwosaさんも好きになってくださるでしょうか。
      北村さんの新作を待ち構えているときと同じくらい、
      楽しみでドキドキワクワクしています。
      2013/08/12
    • kwosaさん
      まろんさん!

      花丸とコメントをありがとうございます。

      この「円紫さんと私シリーズ」
      本当に連続ドラマのようですね。
      「私」とそれを取り巻...
      まろんさん!

      花丸とコメントをありがとうございます。

      この「円紫さんと私シリーズ」
      本当に連続ドラマのようですね。
      「私」とそれを取り巻く人々の日々の暮しと事件、そして少しずつの成長がなんとも瑞々しく描かれていて。
      もちろんミステリ部分もしっかりとしているのですが、それ以上に彼女たちのこれからが気になって仕方ありません。

      北村さんは女性の方からみてもリアルに女性を描いているんですね。
      なかなか女心がわからない野暮天の僕としては、すごいの一言です。

      本筋からは外れますが、最近になってようやくルバーブを知りました。
      洋菓子店で「苺とルバーブのジャム」というものをみつけて、「こんなものがあるんだなぁ」と買ったところで、この『夜の蟬』
      文学はもちろん、落語を始めとする古典芸能、チェスや紅茶などの英国文化、その他さまざまな幅広い教養に裏打ちされた洒落た世界が垣間みられるのも、このシリーズの魅力ですね。

      次はいよいよ、まろんさんおすすめの『秋の花』
      とても楽しみです。
      いつも新しい世界に誘ってくださってありがとうございます。
      2013/08/13
  • ああ、なんとも温かな読後感
    これ、ほんとにミステリ小説なの?(笑)

    ミステリと聞くと、あっと驚くトリックや、快刀乱麻の名探偵の活躍、そして驚きのどんでん返しなど、いわゆる本格ものと呼ばれるのが『花形』だ。

    しかし、年とともに、正直それだけの小説ではつまらない…。
    単なるパズルゲームを解きたいのではなく、人間ドラマが見たい、と思うようになった。
    多分それは、歳を重ねて、単なる刺激的な熱狂だけでは、集中力を持続できない年齢になってしまったからか、あるいは人間の悲喜こもごもこそが、一番面白いと思うようになったからか

    北村薫さんのこの『円紫さんと私』シリーズは、とにかく人間ドラマがすばらしい。
    それは、本格ものにあるような、殺人の動機や、犯人と被害者の心理描写の面白さではない。

    なんせ、日常系ミステリなんだから。

    そうじゃない、この本の面白さは、とにかく『この世のおかしみ』だ。
    日常の中に潜む冷たい悪意や、爽やかな青春、じんわり伝わるような愛情、友人が結婚することへの喜び、姉妹の確執と氷解など、実に人間臭い話が、硬軟織り交ぜて展開される。
    それでいて、不可解な謎が提示され、それを円紫さんがいっそ早すぎて笑ってしまうような早さで解いてしまう部分も、鮮やかに、そして何より軽やかに披露され、読後感はすっきりとしていて、でもじんわり温かくというような、なんとも言えぬ、優しい文章だ。

    作中の言葉を借りれば、『くるむような優しい目』で見つめられているかのような語り口に、ほっと一息できる。

    特に、この物語を奥深くしているのは、探偵役の円紫さん、ではなく、語り手でいる『私』の成長物語だ。

    作中の私はまだ二十歳の女子大生

    大人になり始めたばかりの彼女の感性は瑞々しく、そして真っ直ぐで、恋の気配を感じたり、かと思えばいっそ潔癖とも思える初心さを見せたり、『姉』に対する頑なさと意固地を表したり、実に、『優しい目』で見つめたくなるようなキャラクターた。

    円紫さんが彼女を見つめる時の優しさ、温かさは、読者である私にもわかる。

    彼女がこの先どうなっていくのか、それを円紫さんと一緒にこれからも見守りたい、そう思えるような作品だった。
    今の自分の年齢でこの小説を読めたことは、幸せでしかないと思う。

  • 「円紫さんと私シリーズ」を読み終わった。二巻目は 「朧夜の底」、「六月の花嫁」、「夜の蝉」、が入っている。
    さて北村さんの第二巻「夜の蝉」、日本推理作家協会賞。テーマは「愛」かな、一巻と同じく特に変わりない暮らしの中からの不思議を解決してくれる、円紫さん。三人の友達に加え、お姉さんが出てくる。

    〇 朧夜の底

    「私」は二年生になった。フランス語で挫折した江美ちゃんと一緒に、正ちゃんのサークル「吟」の発表会に来ている。「吟」は漢詩、和歌、俳句を朗々と吟じる、集まりである。
    「観たいか」
    もともと言葉遣いの乱暴な正ちゃんだが、これは照れているのである。
    「見たい、見たい、顔がみたい」
    「こいつめ」 という次第。
    サークルが終わって、重いパイプイスを運ぶあんどーさんがカッコイイとひらめいた、探していた露文の小説を持っていた、待ち合わせて借りたら、返すときに「無気力と憂鬱、グロテスクとエロチィシズム」という歌い文句に血の気が引くほど恥ずかしかった。その上アンドーさんは餡ドーナツ好きから来たニックネームだった。
    不思議は正ちゃんが誕生日や血液型を教えない。その理由を円紫んはすらすらと解いてくれた。

    〇 六月の花嫁

    しとしと、
    しとしと、
    しとしと、
    と小休みなく、無数の白い線が天から地へと降りそそぎ、柔らかに柔らかにこの世を包む。
    六月の午後。
    円紫さんとのとりとめのない話 落語の題目「雑俳」「西行」「和歌三神」三題噺の「鰍沢」について。

    友人の峯さんたちと軽井沢の別荘にいくことになった。車で乗り合わせ簡単に着いた。
    そこでおかしなことが起きる。まずチェスのクイーンがなくなり、冷蔵庫のタマゴケースで見つかる、代わりに卵が消えバスルームの棚に。そこにあった小さな鏡が消えて、クイーンをしまうはずの箱から見つかる。
    なくなったものはないが誰がなぜこんな面倒なゲームを仕掛けたのか。恵美ちゃんが謎解きをしたが何か含みがあった。
    そこで恵美ちゃんが一緒に行った吉村さんと将来の約束が出来ているのを知る。


    〇 夜の蝉

    「私」の姉は凄い美人で、服装も化粧も完璧に仕上げてでかけていく。だが、となりのトコちゃんを自転車の荷台に乗せてお祭りに行った帰り、暗い顔して歩いてくる姉とすれ違った。
    姉は好きな人がいた、それが「お化け」に邪魔されて、離れつつあった恋人からさらに誤解を受けたという。 芝居のチケットをめぐる姉の失恋の謎を円紫さんが解く。

    二人には今まで見えない拘りがあって、打ち解けて話すことがなかった。
    だが姉は急に優しくなった。それまでの父親を挟んでのいきさつも、忘れたようだった。
    姉と新潟に旅をする。良寛さんの住んだ庵を訪ね、年老いても恋の歌を初々しく読んだことに感激する。
    年下の貞心尼に「あづさゆみ春になりなば草の庵を早く訪いませ逢ひたきものを」まっすぐな恋の歌から、二人は気づくことがある。
    二人の姉妹が、話すこともなく、お互いに抱いてきた思いが、旅に中でゆるゆると溶けていく

    テーマ色が濃く出て、特にこの「秋の蝉」が果たした役割が熱く暖かく浸みてきて感動する。


    人は皮や肉では立てない、骨がなければ
    そんなごく当たり前のことを確認して、17歳の私はいたく感動した。ふと気づいた。
    北村さんの柔らかい自然描写と、円紫さんの謎解きの鮮やかさ。時とともに私も大人になっていく私。優しく豊かな言葉の重なりが心地いい。


    高校の古文の先生が、突然教壇で吟じ始められて驚いたことがある。二度目からはみんなも慣れたが、この吟詠というのも、発声や伸ばし方などの系統(派)があると言う。聞きなれるとだだの朗詠ではなく、百人一首の読み上げとも違う声には何か深い思いに届く先生の声の響きを思い出した。遠い思い出

  • 文庫版解説では、まず本格推理小説と絶賛しているけれど、わたしには推理小説としてよりも心情小説(そんな言葉は無いだろうけれど)としての面白さに惹かれる。
    さらに本作は恋愛三部作の体を成しているかのよう。
    表題作「夜の蝉」では幼い頃からの姉妹の葛藤がわたしの胸を押しつぶすような切なさをもって迫ってきた。
    幼い兄弟姉妹のそれぞれの想いは、かつて自分も子供だったはずの大人の目を通してははかれないかもしれない。

  • 『朧夜の底』
     形のないものを盗む、情報のみを盗む、ということの重大さを理解できない恐ろしさ

    『六月の花嫁』
     ジューンブライドの英語の先生と国語の先生に聞いた話の回想
     江美ちゃんの話。軽井沢の別荘で。
     “栗鼠に準ずるもの”

    『夜の蝉』
     5歳上の隙なし完璧な美人の姉との確執
     「私」も姉も名前が明かされないのは。

     円紫さんの《悪意》を省いた『つるつる』についての「私」と円紫さんのやり取り。一八の噺に《悪意》らしきものを一切置きたくないという円紫さんの回答が素敵。


    文庫解説(吉田利子)がとても良かった。

  • ▼東京創元社祭り、というイベントに愉しみに行ったときに、なんとなく買ってしまったものを、買ったまま忘れていて、思い出して読みました。北村薫さんは初めて読みました。面白かったです。

    ▼女子大生の〈私〉と噺家の春桜亭円紫師匠が活躍するシリーズの第2作、なんだそうです。1990年初出らしい。女子大生の〈私〉が遭遇するよしなしごと的な、<小事件>、つまりいわゆる犯罪刑事事件ではない出来事が毎回描かれます。それは小さなミステリになっている。毎回、<私>はそれを、落語家の春桜亭円紫師匠に話す。師匠が、つまりは安楽椅子名探偵で、必ずある種の推理&謎解きをしてくれる。そういう連作短編。

    ▼深読みすると、40才くらいの落語家のおじさんに、女子大生が淡い恋をしているようにも読み取れますが、全体に実に薄口で、胃もたれゼロで読めます。米澤穂信さんの「氷菓」が、北村薫さんの影響下にある、ということがよく、腑に落ちました。

    ▼全般に80年代後半という時代の風俗が淡く匂い立ちます。また、主人公の「私」の一種大人への階段を上っていく、思春期後期の青春ブンガクとも言えます。これはこれで物足りない、という感想もあるでしょうが、こういうのも素敵。と思いました。

  • 生活の中での有り得ない状況を提供し、その理由を鮮やかに明かす傑作推理小説。特に夜の蝉の種明かしが好きです。推理小説に留まらない登場人物たちの深い心理描写と人間関係に作品の深みを味わえます。状況描写はとても丁寧でありながら登場人物たちの心理は曖昧に語られており読む人の受け取り方に任せてくれるとこにも作品の深さを感じます。幼い頃から本を通じて深い文化を養った主人公(名前は不明)が好ましいです。噺家である名探偵円紫さんとの共感が羨ましくなります。
    姉妹の関係性を語る夜の蝉、気の置けない女子同士の小気味よい会話を楽しめる「朧夜の底」、種明かしのきっかけとなる夜中の謝罪の一言の意味が深い「六月の花嫁」ともに読み応えを感じる。
    再読したくなると感じる本でした。

  • 『私と円紫さん』シリーズ第2作。
    話の内容を何も覚えてなくて、まるで初見の本を読むようにドキドキわくわくしながらよめました。
    人の悪意に脅かされるものの、その日本語の美しさと優しい世界のおかげで読み終わった時はやさしい気持ちになれました。

  • 20年ぶりくらいの再読。
    北村薫さんのお話は教養が詰まっている。
    特に落語について、知っているのと知らないとでは楽しみ方が違うなーと痛感。
    ・朧夜の底
    ・六月の花嫁
    ・夜の蝉
    3遍とも恋、愛について。特に表題作の「夜の蝉」は悪意のある嫉妬が悲しい。

  • 円紫さんと私シリーズ2作目。「私」が出会うふとした謎を、円紫さんが見事に紐解く。人の持つ悪意やみずみずしい感性を描きながら。
    ミステリ要素はやや少なめですが、人が持つ悪意と善意を現した小説として、大好きな作品です。

  • 「空飛ぶ馬」が面白かったので、続けて買ってきた「円紫さんと私」シリーズの第2弾である。期待は裏切られずこれも絶品。第2集の特徴は、主人公自身の私生活にかかわるような物語が前面によりはっきり出てきていることだろう。第1話「朧夜の底」では友人の正ちゃんとの関わりが、第2話「六月の花嫁」ではもうひとりの友人江美ちゃんとの関わりが描かれる。そして、これらは第3話「夜の蝉」で描かれる主人公と姉との微妙な関係を語る上での物語的伏線になってくるわけである。より、主人公の内面へ。そして、二十歳の主人公が「女の子」ではなく「大人の女性」の顔を垣間見せるほんの瞬間。それは宝石のような瞬間であるとぼくは思う。

  • 「私」の女子大生ライフに微笑ましくなる一方で、ピリリとくるスパイスが癖になる。彼らの博識さに置いていかれる時もあるけど、親しみやすいキャラクターなので読みにくさは無い。「夜の蝉」にはピリリというよりもヒリヒリするような怖さがあった。友人や円紫さんとは違う、家族だからこその関係性を描くのが上手いと思った。シリーズを通して「私」の成長が読めるのも良い。

  • うまい、何もかもがうますぎる。
    つるっと読めてしまいました。
    シリーズ二作目と気付かずに手に取りましたが、一作目を読まずとも大丈夫です。
    本格ミステリの鮮やかさに胸を躍らせ、主人公が大人の女性へと成長していく時間の流れに切なくなったり。
    ため息の出るような小説でした。

  • 女子大生の「私」と5才違いの「姉」との掛け合いが心の奥深く染み入る、表題作の『夜の蝉』をはじめ全3篇の短編集です。文学の世界と切っても切れない「私」と大学の友人たち、探偵役で人生哲学者の噺家・円紫のコンビが織り成す爽快シリ-ズの第2弾です。

  • 表題作がいい。とにかくいい。何も言わずに読んで一人、しんみりとしてほしい。日常の謎に焦点を当てた推理小説ではある。浮かび上がってくるのは人々の生活や暮らし、その営みの中にあるものだ。
    北村の小説はいつもこうだ。油断しているとすぐに潜り込まれて防御し切れていない場所から鋭く切り込んできて涙を誘っていくのだ。
    前に読んだのが十年以上前だから、読者である自分ももちろん歳を取った。それでも未だに響くのは流石の一言。やられた。

全297件中 1 - 20件を表示

この本が好きな人におすすめの本

著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

北村薫の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×