朝霧 (創元推理文庫)

  • 東京創元社 (2004年4月11日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (262ページ) / ISBN・EAN: 9784488413057

作品紹介・あらすじ

前作『六の宮の姫君』で着手した卒業論文を書き上げ、ついに学窓を巣立つ時がやってきた。出版社の編集者として歩み出した《私》が巡り逢う不思議の数々。謎解きの師でもある噺家、春桜亭円紫師匠に導かれて迎える幕切れの鮮やかさ、切なさが胸に迫る。寥亮たる余韻は次作への橋を懸けずにはいない。“物語”の伏線に堪能する、《円紫さんと私》シリーズ第五作。解説=齋藤愼爾

みんなの感想まとめ

物語は、主人公が編集者として新たな一歩を踏み出し、様々な文学作品との出会いを通じて成長していく過程を描いています。前作からの続編として、シリーズのファンにとっては懐かしさや新たな期待が漂う一冊です。文...

感想・レビュー・書評

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  • この一冊の中にどれくらい他の文学作品のお話が出てくるか…
    文学作品におけるマトリョーシカがさらにグレードアップしたような気がします。
    贅沢な読書時間でした。

  • シリーズ内でずっと触れられてる作中作、田崎先生の『乱世』(超大作!)読みたいな

    歌川広重『東海道五十三次』「三島」が朝霧の景なんですね~

    宿に着いて早々に、前作にあった菊池寛『首縊り上人』の冒頭と芥川龍之介『六の宮姫君』の末文のつながり“寂真・寂心”がいた…の話。ありがとうありがとう;;

    “生涯に 十万の駄句 山眠る”

    ──────────

    ベストセラーが出て会社に利益が出たとして、本屋さん(ここでは出版社の意)の発想は、これで売れない本を作れるぞ世に出せるぞって思うんだ。素敵。

    “一億入ったら、《ああ、これだけ損が出来る》と思うのが、本屋さんなの”
    “本屋が稼ぐっていえのは、売れない本のため。”
    “損をするのが分かってても、出さなきゃいけない本て多いでしょう。”

    『女か虎か』
    リドル・ストーリー 読者に結末を委ねる

    『走り来るもの』
    リドル・ストーリー(今回の場合はリドル・ストーリーに見せかけた『裏切り』)のラストを推理し合うのんて(しかも作者込みで!)、ドキドキワクワクでしかないやってみたい

    “読者が、本を深いものにする。だから、読書は楽しい。”

    ──────────

    忠臣蔵、討ち入りの日、極月十二月十四日
    高輪、泉岳寺

    万葉集五九九番
    朝霧のおほに相見し人故に、命死ぬべく恋ひ渡るかも


    ちらっと会っただけの人、いつも本を読んでいる人、どんな本を読んでるのだろうと気になってしまう気持ち、

    ──────────
    「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いていると思うよ」



    【目次】
    山眠る
    走り来るもの
    朝霧

  • この本は、ページ数が少ないわりにデータ数が多くて、喜んで確かめているとなかなかレビューか書けなかった。
    読んだ中には引用して残しておきたい部分も多い、本棚に保存して、折にふれ取り出して読み返せばいいと思うが、こうして書き残す作業で、再読するころには少しは鮮明な記憶が残っていて欲しいと思うけれど…… ムリカ…。

    これで「円紫師匠と私シリーズ」が終わる。たまたま読み始めた本だったのに随分影響を受けた。読書の幅が広がった気もする。
    子どもの頃から本好きできたが、なぜこんなに読むべき本を読み残していたのか、ここで紹介されて気がついた。
    読書に向かう姿勢を見直すことが出来たということが、このシリーズを読んで一番感謝するところだ。
    博覧強記で知られる北村さんの文章が、温かく地味豊かだということが、好奇心ともども本を読み続けるもとになっていて、とても後味がいい。


    〇 山眠る
    「私」は卒論を提出して、卒業後の研修プログラムも出来、卒業後の就職先の人たちと付き合う時間が増えた。学生生活で限られていた行動半径も広がっている。
    たまたま小中で同級生だった本屋の子と出合った。今は本屋を継いでいると言う。そこで母が通っている「俳句の会」の先生の噂を聞いた。
    彼は「先生がいい年をしてエロ本をごっぞり買いこんで行った」という。
    顧客情報をそんなに安易に漏らしていいのだろうか《私》は気分がよくなかった。
    《私》は先生があちこちでエロ本を買っているわけを知る。謎は解けた。暖かい親心を感じるエピソード。

    この章は、眼から鱗の俳句の話もメインになっている。
    母が、指導を受けて居た先生が俳句の指導をやめるのだと残念がっていた。母から最後に先生が披露した句をきいた。

     「生涯に 十万の駄句 山眠る」 

    ジンときて感無量。長年支えになっていたものをイザやめようとしたとき、それは生きてきた潔さと重さになって残る。


    〇「走り来るもの」
    「私」は卒業して勤め始めた。
    この章は二者択一の妙というものがテーマだ。有名な話だが。「女か虎か」女王が愛した若者の前に檻が二つある、王族との禁じられた恋というので裁判にかけられている。檻にはそれぞれ「美女と虎」が入っている。王女はそれ知っていた、若者は教えてくれると期待している、サテどちらを開けたのか。そこから男と女の愛の話になり、源氏物語の「すこし」という言葉にうつっていく。
    円紫さんの落語も効果的にでる。
    短いが読むのが実に楽しい。

    さてあの絶世の美人なのに振られたお姉さんが、勇気を売り絞って、しどろもどろで電話をかけてきた誠実な男性と結婚して、はや女の子がうまれた。めでたい。

    〇「朝霧」
    三角関係の人たちの、コンサートのキップをめぐって起きる謎を解く。
    円紫さんから「仲蔵」の話を聞く。

    鎌倉に行ったついでに教師になった正ちゃんの家に泊まり江美ちゃんの赤ちゃんを見に行くことになる。

    二人で数字ばかりの和歌の謎、漢字ばかりの和歌の謎に挑戦する。解が面白い。


    〇メモ
    《蚊柱のいしづゑとなる捨て子かな》池西言水

    「この言葉に芥川が敏感でない筈はありません。少なくとも実の親からはなされた子という題材に対して、敏感でない筈はないとおもうのです」
    「私」はそれを知った時、芥川が言水の句を読んだ時の心の揺れを、一瞬、共有したような気がした。
    これからも私は本を読んで行くだろう。そして本は、私の心を様々な形で揺らしていくだろう。

    無数の人が「私」の前を歩き、様々なことを教えてくれる。「私」は先を行く人を、敬し、愛したい。だが、人に知識を与える《時》は、同時に人を蝕むものでもあるのだろう
    <山眠るより>

    「たまたま 山本健吉の「新撰百人一首」というのを見ました。加藤楸邨は何が選ばれているのかと思ったら《日本語をはなれし蝶のハヒフヘホ》でした」
    「僕にはわからない。仲間に俳人がいますのでね《これはいいものですか》と聞いたら、じっと見て――《いい》」
    「《いい》といえるものがそれだけある。見えることは世界が豊かだということでしょう。羨ましいと思いますよ」
    <円紫さんのことばより>

    夢の世界は個人のものである。当人が言わない限り、誰にも覗けない。絶対の謎である。そこが見たくなったときに起こる奇妙なもどかしさ。
    《知りたい》という噺より


    北村さんの本はまだ積んである。読み終わったので忘れないうちに書いておかないといけない。

  • 久しぶりの「私と円紫シリーズ」最初の三作はほぼリアルタイムで読んでいるが、なぜかこの作品は10年以上積読状態(笑)

    透明感ある「私」のファンだったが、ついに「私」も社会人、次なる作品に向けての新たなる展開を匂わせてこの作品は終わる。

    「空飛ぶ馬」を初めて読んだ時は、その作品の持っている空気感に衝撃を受けたが、その衝撃は残念ながら本作からは受けなかった。今のところ次の作品が最後のシリーズ作みたいなので心して読みたい。

  • ブックオフで。学生の頃に読んでいたけど、再読したくなったので、購入。
    昭和から平成初期の真面目な文系女子大生の空気が清々しい、懐かしい感じ。初出が1995年とかなので、ちょうど30年くらい前か。
    現代の流行の小説に比べると、皆まで言い切らず余韻を残して終える、あとは分かるでしょう、みたいな言い回しが多い気がした。

    円紫師匠と私シリーズを久々に通読したいなと思いきや、Kindle版はなさそうで残念。

  • 物語全体の雰囲気はいつも柔らかいのに明かされる真相は結構苦い。
    その落差がこのシリーズの魅力の一つだと思う。
    優しいだけの話よりもよっぽど印象に残る。
    特に今回は『走り来るもの』が好きだなあ。
    作中作の結末には戦慄したけれど、この話を書き殴った彼女の気持ちが想像できてしまうのがまた。

  • 社会人になった主人公。
    面白いのだけど少し難しい。

  •  個人的な感慨としては「山眠る」の終盤が、たとえばそれは作中にも出てくるような雪山の遠景を見る時に感じる静謐さと、"単純に身を切るほど寒い"という感触の両方、つまり読書という行為がどうしてか、先に出した文字通り雪山の遠景を見る という体験そのものに接近していて、それが良かった。エロ本を買う。そのことが。

  • p221
    「私は大学で彼女と出会い、しばらくは(高岡さん)と呼び、やがて(正ちゃん)と言うようになった。見知らぬ人が、彼女をそう呼ぶのを聞くのは、初めてかもしれない。いや初めてだ。何だか、不思議な気がした。私の方からだけ照明を当てて見ていた彼女の、別の顔を垣間見たような感じ。
    当たり前のことだが、ここは彼女の街なのだ。ここに彼女の生活がある、と、改めて思った。」
    こうやって自分の中のさざなみを文章でバシッと表現できるって凄い!

  • 「山眠る」「走り来るもの」「朝霧」の3篇

    今回も「私」の成長とともに本好きにはたまらないフレーズが散りばめられて、あきさせない。特に「私」が「みさき書房」に就職出来て編集員におなりになるなんざ、ほんにうらやましい。本のおいしい話題が続くであろうことは予想通り。

    ヒロイン「私」はまだ恋愛には遠く、恋の予感で終わっているのがせつない。

    話は飛ぶが「風とともに去りぬ」の終わりで「明日のことは明日考えよう、きっと取り戻せる!」と失った悲しみに耐える言葉で結ばれていた。読者はスカーレットの明日を信じ思い巡らすことが出来た。それはマーガレット・ミッチェルが続編を書かなかったからだ。

    ところがアレクサンドラ・リプリーという人が続編「スカーレット」を書いてしまった。興味津々で読んでしまってから言うのは卑怯だけれど、おおいにがっかりしたのだった。

    だからいうのではないけれど、知りたくてでも知るのは惜しいくらいの余韻がいいのではないか。

    リドル・ストーリー(起承転結の《結》を示さず、結末を読者にゆだねる)という言葉と意味を「走り来るもの」で教えてもらったが、このシリーズもそうではないかと…。

    これで「私」と「円紫師匠」シリーズもしばらく読めないだろう。もしかしてもう続かないかもしれない、私はそんなふうに感じた。

    読者がそれぞれに深いものにし、読み手によってそれぞれの本を楽しむのが良い、と作者も語っている。

    でも、もちろんお書きになったら臆面もなく一番に読ませていただく。

  • いよいよ学生を卒業して社会人になった「私」。関わる人々の顔ぶれも少し変わる。自由で軽やかな雰囲気がやや薄くなって、より堅実に、他人の人生も垣間見ながら自分の行く先をふと思うような、地に足ついた感じが濃くなった気がする。

    「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」
    胸に刻みたい言葉。

  • このシリーズがまとう雰囲気が優しくて素朴な感じで好きだ。あと文学への好奇心を刺激してくれるところも好き。
    俳句や歌舞伎がたくさん登場したけど、わたしは全然わからなかった…毎回著者の読書量の多さ、幅広さに驚く。わからないけどつまらないということはなく、生涯かけてゆっくり文学を楽しんでいきたいなー思わせてくれる。

    日常ミステリではあるんだけど、それが全てではなくて、人の感情や季節で変わる景色とか、周りの環境がここちよくて、読んでいて和む。
    主人公が祖父の日記で見つけた謎を、実際に祖父が学生時代を過ごしていた町を歩いて解き明かしていく、という行為が素敵だった。
    今は新しいものに目を向けがちだし、調べ物はインターネットで済ませてしまうことが多いけど、先人の残したものに目を向けたり、自分で実際に調べてみることは、自分だけの財産になるんだろうなあというようなこと考えた。

  • 出版社に勤めだし、ますます文学要素が強まる。北村薫を読むと国語力は高まる、でも、国語力を高めるために北村薫を読むのはやめて欲しい。

  • 俳句が…、わからない。

  • 長編かと思って読み始めたら短編で、軽く気が抜ける。
    読み始めた小説が長編か短編かで、読書の姿勢って変わるよね。
    田崎先生の言葉「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」にぐっとくる。

  • 表題作を含む3作品。どれも切なくて苦いものだった。
    まだ若いけれど、学生ではなくなった「私」が確実に成長していく。巡り合わせの不思議が相変わらず詰まったシリーズだけれど、今回は特に作品をまたいだ繋がりがたくさん出てくる。またシリーズ通して読み直さないとなぁ。

  • 円紫シリーズ、ようやく完読。
    今現在は最新シリーズ「太宰治の教科書」に出会ってから、第1弾から読み始める。

    時代は古いものの自分の年代と同期していて、シリーズ一つ一つが懐かしくこそばゆい。

    円紫さんを介した謎ときも鮮やか、落語や歴史がわからなくても楽しめる。

    さて、もういちど、「太宰治の教科書」を読んでみようと思う。

  • 文学に詳しくない私が読んでも面白かった。
    老匠田崎先生の<暗く悲観的生き方に感傷的な目を向けることはいかにも若い。本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ>という言葉にぐっときた。
    『走り来るもの』は愛する人の裏切りに、違う意味でぐっときたが、最後に明るさが添えられ<太陽を向く>。
    『朝霧』は亡き祖父の日記からの謎解き。美しく、ステキな読了感。
    シリーズで1番好きかもしれない。

  • 『私と円紫さんシリーズ』の最終篇『朝霧』。大学2年生に始まった物語の主人公《私》は本作で社会人3年目の冬を迎える。《私》の延べ6年に及ぶビルドゥングスロマンは、「自分は『レクイエム』を隣り合って聴いたあの人のことを、尋ねずにはいられないだろう」という健気な独白で物語に幕を下ろす。このエンディングは、作中でも題材とされるリドルストーリー(起承転結の《結》を示さず、読者にゆだねる)の手法に他ならず、もう続編がないことを読者に暗示している。万葉集に収められた恋の歌「朝霧のおほに相見し人故に、命死ぬべく恋ひ渡るかも」に揺さぶられた、初デートの相手「お隣りの坊や」に似ているその人への気持ちを、《私》は成就されることができたのだろうか。

    好きになるなら一流の人物を好きになりなさい。本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ

    音楽プレーヤーから流れてきた山下達郎の新曲「街物語」(「新参者」主題歌)が「朝霧」の世界とあまりにも調和したため読了までイヤホンでリピートし続けた。「物語は続いていく」のリフレイン、レトロな質感の街並みを想起させるメロディーも。

    注釈
    『空飛ぶ馬』《私》大学2年の5月から12月
    『夜の蝉』《私》大学2年の3月から3年生の8月頃
    『秋の花』《私》大学3年の10~11月
    『六の宮の姫君』《私》大学4年の5~9月末頃
    『朝霧』:《私》大学4年の12月~社会人3年目の12月

  • 円紫さんと私シリーズも5作目にきました。

    久しぶりに戻ってきました短編集。そして落語満載なのも久しぶり。
    前回と前々回は落語が少なめで、寂しく思ってましたから嬉しかった♪
    いくつかYouTubeで聴いて楽しみました。

    「私」も無事に就職していっぱしの社会人。文学好き落語好き
    そしてちょっとした謎がどうにも気になってしょうがないのは相変わらずだけれど
    なんだか恋する予感で終わっていましたよ。
    素敵な出会いがあるといいですね...。

    リドル・ストーリー
    「女か虎か」

    これは難しい...しばらく真剣に考え込んでしまいました。

    "朝霧のおほに相見し人故に
    命死ぬべく恋ひ渡るかも"

    「私」の亡き祖父と鈴ちゃんの恋は
    キュンとしてせつない。

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著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学時代はミステリ・クラブに所属。母校埼玉県立春日部高校で国語を教えるかたわら、89年、「覆面作家」として『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞を受賞。著作に『ニッポン硬貨の謎』(本格ミステリ大賞評論・研究部門受賞)『鷺と雪』(直木三十五賞受賞)などがある。読書家として知られ、評論やエッセイ、アンソロジーなど幅広い分野で活躍を続けている。2016年日本ミステリー文学大賞受賞。

「2021年 『盤上の敵 新装版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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