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Amazon.co.jp ・本 (262ページ) / ISBN・EAN: 9784488413057
作品紹介・あらすじ
前作『六の宮の姫君』で着手した卒業論文を書き上げ、ついに学窓を巣立つ時がやってきた。出版社の編集者として歩み出した《私》が巡り逢う不思議の数々。謎解きの師でもある噺家、春桜亭円紫師匠に導かれて迎える幕切れの鮮やかさ、切なさが胸に迫る。寥亮たる余韻は次作への橋を懸けずにはいない。“物語”の伏線に堪能する、《円紫さんと私》シリーズ第五作。解説=齋藤愼爾
みんなの感想まとめ
物語は、主人公が編集者として新たな一歩を踏み出し、様々な文学作品との出会いを通じて成長していく過程を描いています。前作からの続編として、シリーズのファンにとっては懐かしさや新たな期待が漂う一冊です。文...
感想・レビュー・書評
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この一冊の中にどれくらい他の文学作品のお話が出てくるか…
文学作品におけるマトリョーシカがさらにグレードアップしたような気がします。
贅沢な読書時間でした。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
シリーズ内でずっと触れられてる作中作、田崎先生の『乱世』(超大作!)読みたいな
歌川広重『東海道五十三次』「三島」が朝霧の景なんですね~
宿に着いて早々に、前作にあった菊池寛『首縊り上人』の冒頭と芥川龍之介『六の宮姫君』の末文のつながり“寂真・寂心”がいた…の話。ありがとうありがとう;;
“生涯に 十万の駄句 山眠る”
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ベストセラーが出て会社に利益が出たとして、本屋さん(ここでは出版社の意)の発想は、これで売れない本を作れるぞ世に出せるぞって思うんだ。素敵。
“一億入ったら、《ああ、これだけ損が出来る》と思うのが、本屋さんなの”
“本屋が稼ぐっていえのは、売れない本のため。”
“損をするのが分かってても、出さなきゃいけない本て多いでしょう。”
『女か虎か』
リドル・ストーリー 読者に結末を委ねる
『走り来るもの』
リドル・ストーリー(今回の場合はリドル・ストーリーに見せかけた『裏切り』)のラストを推理し合うのんて(しかも作者込みで!)、ドキドキワクワクでしかないやってみたい
“読者が、本を深いものにする。だから、読書は楽しい。”
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忠臣蔵、討ち入りの日、極月十二月十四日
高輪、泉岳寺
万葉集五九九番
朝霧のおほに相見し人故に、命死ぬべく恋ひ渡るかも
ちらっと会っただけの人、いつも本を読んでいる人、どんな本を読んでるのだろうと気になってしまう気持ち、
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「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いていると思うよ」
【目次】
山眠る
走り来るもの
朝霧 -
久しぶりの「私と円紫シリーズ」最初の三作はほぼリアルタイムで読んでいるが、なぜかこの作品は10年以上積読状態(笑)
透明感ある「私」のファンだったが、ついに「私」も社会人、次なる作品に向けての新たなる展開を匂わせてこの作品は終わる。
「空飛ぶ馬」を初めて読んだ時は、その作品の持っている空気感に衝撃を受けたが、その衝撃は残念ながら本作からは受けなかった。今のところ次の作品が最後のシリーズ作みたいなので心して読みたい。 -
ブックオフで。学生の頃に読んでいたけど、再読したくなったので、購入。
昭和から平成初期の真面目な文系女子大生の空気が清々しい、懐かしい感じ。初出が1995年とかなので、ちょうど30年くらい前か。
現代の流行の小説に比べると、皆まで言い切らず余韻を残して終える、あとは分かるでしょう、みたいな言い回しが多い気がした。
円紫師匠と私シリーズを久々に通読したいなと思いきや、Kindle版はなさそうで残念。 -
物語全体の雰囲気はいつも柔らかいのに明かされる真相は結構苦い。
その落差がこのシリーズの魅力の一つだと思う。
優しいだけの話よりもよっぽど印象に残る。
特に今回は『走り来るもの』が好きだなあ。
作中作の結末には戦慄したけれど、この話を書き殴った彼女の気持ちが想像できてしまうのがまた。 -
社会人になった主人公。
面白いのだけど少し難しい。 -
個人的な感慨としては「山眠る」の終盤が、たとえばそれは作中にも出てくるような雪山の遠景を見る時に感じる静謐さと、"単純に身を切るほど寒い"という感触の両方、つまり読書という行為がどうしてか、先に出した文字通り雪山の遠景を見る という体験そのものに接近していて、それが良かった。エロ本を買う。そのことが。
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p221
「私は大学で彼女と出会い、しばらくは(高岡さん)と呼び、やがて(正ちゃん)と言うようになった。見知らぬ人が、彼女をそう呼ぶのを聞くのは、初めてかもしれない。いや初めてだ。何だか、不思議な気がした。私の方からだけ照明を当てて見ていた彼女の、別の顔を垣間見たような感じ。
当たり前のことだが、ここは彼女の街なのだ。ここに彼女の生活がある、と、改めて思った。」
こうやって自分の中のさざなみを文章でバシッと表現できるって凄い! -
「山眠る」「走り来るもの」「朝霧」の3篇
今回も「私」の成長とともに本好きにはたまらないフレーズが散りばめられて、あきさせない。特に「私」が「みさき書房」に就職出来て編集員におなりになるなんざ、ほんにうらやましい。本のおいしい話題が続くであろうことは予想通り。
ヒロイン「私」はまだ恋愛には遠く、恋の予感で終わっているのがせつない。
話は飛ぶが「風とともに去りぬ」の終わりで「明日のことは明日考えよう、きっと取り戻せる!」と失った悲しみに耐える言葉で結ばれていた。読者はスカーレットの明日を信じ思い巡らすことが出来た。それはマーガレット・ミッチェルが続編を書かなかったからだ。
ところがアレクサンドラ・リプリーという人が続編「スカーレット」を書いてしまった。興味津々で読んでしまってから言うのは卑怯だけれど、おおいにがっかりしたのだった。
だからいうのではないけれど、知りたくてでも知るのは惜しいくらいの余韻がいいのではないか。
リドル・ストーリー(起承転結の《結》を示さず、結末を読者にゆだねる)という言葉と意味を「走り来るもの」で教えてもらったが、このシリーズもそうではないかと…。
これで「私」と「円紫師匠」シリーズもしばらく読めないだろう。もしかしてもう続かないかもしれない、私はそんなふうに感じた。
読者がそれぞれに深いものにし、読み手によってそれぞれの本を楽しむのが良い、と作者も語っている。
でも、もちろんお書きになったら臆面もなく一番に読ませていただく。 -
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いよいよ学生を卒業して社会人になった「私」。関わる人々の顔ぶれも少し変わる。自由で軽やかな雰囲気がやや薄くなって、より堅実に、他人の人生も垣間見ながら自分の行く先をふと思うような、地に足ついた感じが濃くなった気がする。
「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」
胸に刻みたい言葉。 -
このシリーズがまとう雰囲気が優しくて素朴な感じで好きだ。あと文学への好奇心を刺激してくれるところも好き。
俳句や歌舞伎がたくさん登場したけど、わたしは全然わからなかった…毎回著者の読書量の多さ、幅広さに驚く。わからないけどつまらないということはなく、生涯かけてゆっくり文学を楽しんでいきたいなー思わせてくれる。
日常ミステリではあるんだけど、それが全てではなくて、人の感情や季節で変わる景色とか、周りの環境がここちよくて、読んでいて和む。
主人公が祖父の日記で見つけた謎を、実際に祖父が学生時代を過ごしていた町を歩いて解き明かしていく、という行為が素敵だった。
今は新しいものに目を向けがちだし、調べ物はインターネットで済ませてしまうことが多いけど、先人の残したものに目を向けたり、自分で実際に調べてみることは、自分だけの財産になるんだろうなあというようなこと考えた。
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出版社に勤めだし、ますます文学要素が強まる。北村薫を読むと国語力は高まる、でも、国語力を高めるために北村薫を読むのはやめて欲しい。
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俳句が…、わからない。
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長編かと思って読み始めたら短編で、軽く気が抜ける。
読み始めた小説が長編か短編かで、読書の姿勢って変わるよね。
田崎先生の言葉「本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ」にぐっとくる。
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表題作を含む3作品。どれも切なくて苦いものだった。
まだ若いけれど、学生ではなくなった「私」が確実に成長していく。巡り合わせの不思議が相変わらず詰まったシリーズだけれど、今回は特に作品をまたいだ繋がりがたくさん出てくる。またシリーズ通して読み直さないとなぁ。 -
円紫シリーズ、ようやく完読。
今現在は最新シリーズ「太宰治の教科書」に出会ってから、第1弾から読み始める。
時代は古いものの自分の年代と同期していて、シリーズ一つ一つが懐かしくこそばゆい。
円紫さんを介した謎ときも鮮やか、落語や歴史がわからなくても楽しめる。
さて、もういちど、「太宰治の教科書」を読んでみようと思う。 -
文学に詳しくない私が読んでも面白かった。
老匠田崎先生の<暗く悲観的生き方に感傷的な目を向けることはいかにも若い。本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ>という言葉にぐっときた。
『走り来るもの』は愛する人の裏切りに、違う意味でぐっときたが、最後に明るさが添えられ<太陽を向く>。
『朝霧』は亡き祖父の日記からの謎解き。美しく、ステキな読了感。
シリーズで1番好きかもしれない。 -
『私と円紫さんシリーズ』の最終篇『朝霧』。大学2年生に始まった物語の主人公《私》は本作で社会人3年目の冬を迎える。《私》の延べ6年に及ぶビルドゥングスロマンは、「自分は『レクイエム』を隣り合って聴いたあの人のことを、尋ねずにはいられないだろう」という健気な独白で物語に幕を下ろす。このエンディングは、作中でも題材とされるリドルストーリー(起承転結の《結》を示さず、読者にゆだねる)の手法に他ならず、もう続編がないことを読者に暗示している。万葉集に収められた恋の歌「朝霧のおほに相見し人故に、命死ぬべく恋ひ渡るかも」に揺さぶられた、初デートの相手「お隣りの坊や」に似ているその人への気持ちを、《私》は成就されることができたのだろうか。
好きになるなら一流の人物を好きになりなさい。本当にいいものはね、やはり太陽の方を向いているんだと思うよ
音楽プレーヤーから流れてきた山下達郎の新曲「街物語」(「新参者」主題歌)が「朝霧」の世界とあまりにも調和したため読了までイヤホンでリピートし続けた。「物語は続いていく」のリフレイン、レトロな質感の街並みを想起させるメロディーも。
注釈
『空飛ぶ馬』《私》大学2年の5月から12月
『夜の蝉』《私》大学2年の3月から3年生の8月頃
『秋の花』《私》大学3年の10~11月
『六の宮の姫君』《私》大学4年の5~9月末頃
『朝霧』:《私》大学4年の12月~社会人3年目の12月 -
円紫さんと私シリーズも5作目にきました。
久しぶりに戻ってきました短編集。そして落語満載なのも久しぶり。
前回と前々回は落語が少なめで、寂しく思ってましたから嬉しかった♪
いくつかYouTubeで聴いて楽しみました。
「私」も無事に就職していっぱしの社会人。文学好き落語好き
そしてちょっとした謎がどうにも気になってしょうがないのは相変わらずだけれど
なんだか恋する予感で終わっていましたよ。
素敵な出会いがあるといいですね...。
リドル・ストーリー
「女か虎か」
これは難しい...しばらく真剣に考え込んでしまいました。
"朝霧のおほに相見し人故に
命死ぬべく恋ひ渡るかも"
「私」の亡き祖父と鈴ちゃんの恋は
キュンとしてせつない。
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