太宰治の辞書 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社
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本棚登録 : 567
レビュー : 59
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488413071

作品紹介・あらすじ

みさき書房の編集者として新潮社を訪ねた《私》は新潮文庫の復刻を手に取り、巻末の刊行案内に「ピエルロチ」の名を見つけた。たちまち連想が連想を呼ぶ。卒論のテーマだった芥川と菊池寛、芥川の「舞踏会」を評する江藤淳と三島由紀夫……本から本へ、《私》の探求はとどまるところを知らない。太宰が愛用した辞書は何だったのかと遠方にも足を延ばす。そのゆくたてに耳を傾けてくれる噺家。そう、やはり「円紫さんのおかげで、本の旅が続けられる」のだ……。《円紫さんと私》シリーズ最新刊、文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • 好事家やある対象にのめり込むほどの愛情と欲求を持つ人というのは、それを突き詰めていればいるほど、変人である。常人にはなかなかその境地に至れない。だが、その愛情の濃さと喜びをうかがい知ることは出来る。この本はそんな一冊だ。本と文学、そしてそれを創った人々への愛情と執着の喜びをこのシリーズは感じさせてくれる。
    シリーズであるからには同じ登場人物が出てくることに不思議はない。その人物が歳をとって成長、成熟していくこともあるだろう。しかし、主人公『私』を描いてシリーズが創られるのなら、それを引き継ぐ存在の事がいつか描かれるのではないか。そんな期待、もしくは願望を持たずにいられない。

  • 円紫さんシリーズです!
    まさか続編が出るとは思わなかったです。嬉しい。
    前四部作からしばらく経ってからの続編ということで、主人公の「私」は40代になり、円紫さんとの関係も前作とは違います。
    前作では円紫さんは私に謎を解いてくれる名探偵のような人だったが、今作はそうではなく、ヒントだけをもらって私が自力で答えにたどり着ける。

    太宰治について知っていることが前提で話が進むため、最初は全くついていけなかった。
    ピエールロチから始まり、太宰治、芥川龍之介など作家やその作品が出てくるが、それぞれの作家の書いた小説を取り上げ、その一部分に作家が何を訴えたかったのかを読み取っていく。
    次々出てくる話がどんどんつながり、またそれによって別の本や作家の話が出てきて、少しずつ謎に迫っていく。
    後半は作家や作品がわからなくてもついていける。
    でも、ここに出てきた話を全部読んでからまた読みたいと思った。

  • このシリーズを読むのは久しぶり。帯にでかでかと書いてあるように、すっかり完結したシリーズだと思っていたのに、新作が出たことにまずびっくり。そして作品世界でもちゃんと時間が経過していて、「わたし」が大人になっていることにさらにびっくり。同窓会で久しぶりに旧友に会ったような気持ちになった。そして、年を取った彼女もちゃんと魅力的で、変わった部分も多いけど変わらない部分がたくさんあって、それがなんだかとても嬉しかった。

    「日常の謎」というジャンルは、この作者が切り開いたものだと理解しているけれど、こういう書誌学的なミステリも、この作者独自のものだと思う。広く言えば「時の娘」のような歴史ミステリを言えないこともないと思うが、本作はそれとも少し違っていて、どちらかというとエッセイ的というか、作者の興味のあることについての発見を、探求の過程を含めて小説の形にしたようなものに感じる。僕個人は、内容にも作品世界の描かれ方にも興味があったからおもしろかったけど、「ひとつ、日常の謎ミステリを読んでみよう」と思ってこの本を手にすると、ちょっと拍子抜けするというか、「いったいいつ本題が始まるのだろう」と思って拍子抜けするかもしれない。

    端的に言えば、謎を解くことよりも、謎を発見する目がおもしろい。そういう意味で興味深い作品だったけど、正直言って懐かしいこの世界に再び浸れることが一番のしあわせだった読書であった。

  • 真の読書家はこんなことを考えて文学を楽しむものなんだ。全く考えてもいなかった世界を除いた気分になる。
    好学の心、知の探求は素晴らしい。
    でも、なんとなくストーリーに一喜一憂し、しばらくすると結末を忘れてしまうような読書ビギナーな私には難しかった。

  • 加納朋子さんのデビュー作、駒子シリーズの続刊が11年ぶりに出た時も随分驚きましたが、こちらは北村薫さんデビュー作「円紫師匠と私」シリーズのなんと17年ぶりの新刊です。正直、まだ続くとは思っていませんでした。本書が世に出たこと自体がまず衝撃です。

    が、そこで驚くのは時期尚早に過ぎたようです。前作「朝霧」で「私」は社会人になり、ほのかに男性の影も出てきて、これはひょっとして恋愛方向に進むのかしらんと期待していたのですが、なんと「私」、既に母親でした。読者が17年の歳月を積み重ねたのと同様に、登場人物たちにも世に出なかった人生が等しく流れていました。そう来ましたか。

    さてそうなると円紫師匠はどうしているのか、どうにも心配になって来るところです。一向に出てこないので、まさかもう…という嫌な妄想まで浮かびましたが、大丈夫、ちゃんと登場します。登場しますけど、もう師匠はホームズではないし、「私」もワトソンではありませんでした。と言うか、「日常派」というくくりさえ飛び越えて、本書はもはやミステリでは無いと思います。文芸評論、というカテゴライズが一番正しいと思いますが、自分の受け止め方は「旅行記」ですね。本を巡る思索の旅、そして人生という長い長い旅路の果てない記録。そんな感慨を抱きました。

    絶妙な語り口と豊富な含蓄、円紫探偵の推理話は抜群に面白く何作でも読んでいたいのですが、もともと本シリーズはサザエさん時空ではありませんので、時が流れ話の枠組みが変わっていくのは当然の帰結だったのでしょう。デビュー作当初の軽やかさは失われ、しかしキャラクターの芯の強さは残り、物語は静かにきらきらと輝いています。無くなったものに対する憧憬はありますが、それは「私」が失くしたものか、それとも自分が失くしたものか…。

    構成自体は「六の宮の姫君」に近いですが、個人的には本書の方がぐっと読み易かったです。「舞踏会」も「女生徒」も現代ならば「盗作だ!」と即座に炎上しそうだな、と思いながら読み進めているさなかに、芥川賞候補「美しい顔」を巡る騒動が持ち上がりました。本文中に又吉直樹氏が実名で登場しますし、絶妙に時代を写した作品とも言えるでしょう。

    それにしても、加納朋子「スペース」って、もう14年前の本なのか…。時の流れが身に染みます。

  • 17年前に完結したシリーズのまさかの追補。書店の棚で見かけた時には目を疑い、間違いではないとわかった時に小躍りしてしまった。
    ただし、今回の主役は《私》ではなく本であり作家(芥川龍之介、太宰治)。そこは少しがっかりしてしまった。学生時代の親友、正ちゃんの出てくる第二章は二人の会話のピンポンが楽しくかつてのシリーズを思い出してなごむ。でも他の章は(前作『六の宮の姫君』で出ていた方向性ではあったけれど)本の謎、作家の試行錯誤を追いかける謎、複数の作品を結びつける謎を追いかけるミステリーになっている。
    ちょっとモヤモヤしていたけれど、米澤穂信の解説を読んで納得。前作の円紫師匠との会話を引用して、成長小説としての私と円紫シリーズは終わっているのだ、という。これにはお見事、と拍手。本のミステリーの見事な実践。
    ちなみに、解説は米澤穂信がミステリーというジャンルに進もうと思ったきっかけか北村薫の本シリーズを読んで「ミステリーは懐の広い豊かな可能性のあるジャンルだ」と思ったからと記してあって、胸が熱くなります。

  • 10代の半ばから読み始めたこの「円紫さんと私」シリーズには途中で幻滅した。文学をまとうように暮らす多感な「私」の生活に現れる謎を解き明かす物語から、文学そのものに関する謎を、生活の断片をまといながら解き明かす物語に様変わりしたからだ。
    久々の高野文子の表紙にひかれて思って手に取ったものの、『太宰治の辞書』も表題通りその手の物語で、私はあくびを噛み殺しながら読んだ。70年前に亡くなった作家の一編における矛盾がどうであろうが、興味は引かれない。
    ただ中にひとつだけ、謎が謎として意味を持つ掌編がおさめられている。これだけを読むのでよかったと思った。

  • 前作「朝霧」から17年を経て書かれた「円紫さんと私シリーズ」最新作。

    前作で新人社会人となり成長した「私」の姿を描き、ほのかなロマンスの兆しほのめかしたところで一応の完結を見た(らしい)シリーズが復活した。その間に作中の「私」にも等しく時は流れ、新人だった私も40に手が届くベテラン編集者となっている。前作で現れたロマンスの相手かどうかはわからないが、「連れ合い」との間に中学生の息子がいる(シリーズファンとしてはそこのところ語ってほしかったけど)。

    シリーズといっても、前作までのような日常の謎を円紫さんと共に解き明かすというものではなく、ただひたすらに文学的な謎を追っていくもの。芥川の「舞踏会」、太宰の「女生徒」を追ううちに気にかかり始める太宰治が使っていた辞書。一本の糸を手繰り寄せるとまた違う糸が絡まっていて、それを解くとまた次の糸が・・・というパターンの文学の旅が続く。このあたり、「私」の探求心は衰えていない。

    文庫化にあたって短編とエッセイが巻末に加えられ、その短編に小、中学生のころの円紫さんが登場するのが嬉しい。
    そしてエッセイには、ある事実を描くのにこのシリーズでなければならなかった理由、「私」に負わせたかった役割についても書かれている。
    ――小説とはあらゆる形をとり得る貪欲なジャンルだ――
    小説というもの奥深さを感じました。

    米澤穂信さんの解説も秀逸。このシリーズ、また会えるといいな~

  • 『六の宮の姫君』を読んだのは、まだ高校生だったころ。
    (北村薫と高村薫の区別がつかないとこぼした私に、友人は「北村薫はメルヘンなおじさん、高村薫はハードボイルドなおばさん」と言ったのも、その頃。)
    その後自分は日本文学を大学で学び、その後も折に触れて本を読んできた。
    だからだろうか。
    高校時代の同級生に会った気がするのだ。
    しかも、その子は当時と変わらず本を読み続け、その筋の仕事にもついてしまっていて、あっぱれ、初志貫徹、と声をかけてあげたい気分。

    太宰の「女生徒」をめぐる話では、「ロココ」の社会的な評価の変遷が跡付けられる。
    「太宰治の辞書」は、文字通り太宰がどんな辞書を使っていたのかを探る。
    手掛かりとなる本を探して前橋へ、金沢へ。
    そういうのも、学生時代、そんなことやってたなあ、と懐かしく思い返す。
    そして、「生まれて墨ませんべい」に、軽く吹く。

    ただ、「花火」は、結局何?と思ってしまった。
    論文ではなく小説で表現したいのだろうけれど、あれこれ話が散らばるのを良しとしてしまう気がする。
    それなら論文で書いてよ、と、作者さんには申し訳ないけど、そういう身もふたもないことを思ってしまった。

  • 傑作。北村薫の文学知識と脚を使って裏を取り調べるという誠実さが作品をミステリー小説から昇華している。
    ただ、これだけ太宰治に詳しい主人公が女生徒はともかく桜桃がスルッと出てこないのは無いような。そこだけ、作品の完成度が高いだけに引っかかる。

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著者プロフィール

1949年埼玉県生まれ。高校教師を務めるかたわら、89年『空飛ぶ馬』で作家デビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞、09年『鷺と雪』で第141回直木賞、15年には第19回日本ミステリー文学大賞を受賞した。エッセイや評論、編集の分野でも活躍している。近著に『ヴェネツィア便り』『小萩のかんざし いとま申して3』『中野のお父さんは謎を解くか』など。

「2019年 『遠い唇』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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