哲学者の密室 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (1182ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488415044

作品紹介・あらすじ

開口部を完璧に閉ざされたダッソー家で、厳重に施錠され、監視下にあった部屋で滞在客の死体が発見される。現場に遺されていたナチス親衛隊の短剣と死体の謎を追ううちに30年前の三重密室殺人事件が浮かび上がる。現象学的本質直感によって密室ばかりか、その背後の「死の哲学」の謎をも解き明かしていく矢吹駆。20世紀最高のミステリを1100ページ超の全1冊で贈る!

感想・レビュー・書評

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  • ようやく、読み終えたという感じだ。文庫本で総ページ数が1,100ページを超え、また、読みやすい内容とは言えないので、読み始めるのにはちょっとした決意が必要な作品。
    これだけの長編になると、このシリーズのファンしか、手を出さないだろう。作者はこのシリーズでは、孤高の姿勢を貫き、読者側に一切歩み寄ろうとはしていない。文章は非常に達者なのだが、ユーモアは全くなく、硬くて重苦しい。そもそも、ミステリーと哲学の融合に関心を持つ読者がそれほどいるとは思えない。
    全体的に読みにくい作品なのだが、中編ではナチスのコフカ収容所での出来事、ヴェルナー少佐とフーデンベルグ所長の心理的葛藤等が描かれ、文学性、物語性が高い箇所で、幾分読みやすくなる。
    本作品で扱っている哲学は、ハイデッガーの死の哲学だが、哲学書に較べると非常にわかりやすい内容だと思う。ハイデッガーに関しては、名前を聞いたことがある程度の哲学初心者の私でも、何となくわかったような気にはなれる。なお、本作品では、ハルバッハという名前でハイデッガーを模した人物を登場させており、作品中で作者がハイデッガー批判をしているところが注目される。
    私はこのシリーズを読むのが、「バイバイ・エンジェル」、「サマー・アポカリプス」、「オイディプス症候群」に次いで4作品目だが、ミステリーと哲学の融合という面では、一番成功していると感じる。事件の背景や顛末は死の哲学と密接な関わりをもっているし、作中でニ十世紀の探偵小説や密室との関わりにも言及されている。
    ミステリーとしての評価は、ちょっと微妙。この作品の真相には、意外な犯人、奇抜なトリック、どんでん返しなどはないし、そのようなものは期待してはいけない。あるのは、非常に複雑な様相を見せる事件の状況をうまく説明できる解釈。事件の細部に至るまで、あらゆる可能性を検討し、論理的な考察が進められていく。この論理的な考察の過程こそがこの作品の真骨頂なのだ。
    30年の年月を隔てた、コフカ収容所とダッソー邸との2つの「三重密室」が本作品の売り。密室の設定は非常に凝ったものであり、魅力的な謎だ。一方、その真相だが、ダッソー邸の密室への出入り口は意外な盲点ではあるが、探偵役の矢吹駆が現場を見て気づいたものであり、現場を見ていない読者には予測しがたい。コフカ収容所の密室は、異常で倒錯した犯人の心理と思考からでき上がったものであり、同様に予測しがたい。きれいな解答ではないので、おそらく、ほとんどの読者がこの真相に完全には納得できないだろうと思う。
    2つの密室のそれぞれにダミーの推理も示され、それもなかなか面白いのだが、物理的な仕掛けによる解決であり、文章だけでは多少わかりにくいので、やはり、微妙な印象を持つ読者が多いと思う。

  • よくできたフィギュアをおまけにした本やら菓子やらが大人を対象にして売れているという記事を最近新聞で目にした。「付加価値」というやつだろう。ただの本や菓子には食傷気味の消費者であっても目先を変えることで、もう一度購買意欲を喚起することができる。笠井潔の「矢吹駆」シリーズには、おまけ付き菓子を思い出させるところがあると言ったら作者は気を悪くするだろうか。

    新作『オイディプス症候群』が出たのに合わせたのかどうか、十年前に出た旧作の『哲学者の密室』が文庫版で再版された。まず新作を、その後旧作を読んだのだが、読後の印象としては、旧作『哲学者の密室』の方が印象が深い。おまけについているのは、新作の方が、ミッシェル・フーコー、旧作の方がマルティン・ハイデッガーである。どちらにしても思想家としては魅力的な対象であることはまちがいない。

    笠井潔は中学生の頃からドストエフスキイの『悪霊』のような小説を書きたいと思っていたという。バフチンの指摘を待つまでもなく、ドストエフスキイの魅力は、登場人物間のポリフォニックな観念的な対話にある。矢吹駆連作で、笠井がやろうとしているのは、探偵小説という意匠を纏うことで可能になる現存する思想家たちとの仮想的な対話を通して、自分の抱いている観念を明らかにしようとする目論見でもあろうか。

    かといって、探偵小説の方がおざなりになっている訳ではない。本格探偵小説の枠組みに則った上で、矢吹駆の言う「現象学的本質の直観」による謎の解決が図られるという点では、ミステリの常道を行くものである。本作では現代のパリに起きた密室殺人事件と三十年前、ナチス収容所内に起こった密室殺人事件の謎を解くという離れ業をやってのける矢吹駆はまちがいなく現代の名探偵の一人といえるだろう。

    であるにせよ、笠井を読む魅力は、彼の原点とも言える連合赤軍に代表される左翼活動家であったことへのこだわりに発する問題意識が現代を代表する思想家達の思想との対決の中で、どのような論理を展開するのかというところにあると言ってもいいだろう。ニューアカデミズムと呼ばれる一群の若手言説家達の戯れるような軽さとは対称的に、愚直なまでに自己の問題にこだわりづける笠井の〈あり方〉には、ある種の共感を覚えずにはいられない。

    作中でハイデッガーに擬せられた哲学者ハルバッハの「死の哲学」とは、日常性に埋没し、本来的な生を見失った結果頽落的な毎日を生きる「ひと」を批判し、「死」の側から現在の生をとらえ直すことで本来的な生き方を可能にさせるという考え方である。矢吹は、その考えを疑う。「死」を瞬間ととらえるのははたして真かどうか。死が、始めも終わりもない曖昧な過程だとしたら。無名の大量死の死者や収容所の生を受け容れざるを得なかった人々の生を彼は思う。

    生きるということにどんな意味があるのか。若い頃なら誰もが一度は考える。しかし、日々の生活に紛れる裡に誰もがそんなことを考えたことさえ忘れてしまう。ひとは大震災のような大量死をもたらす災害や9.11のようなテロに遭遇したとき、はじめて本来的な生の相貌を垣間見るのだ。頽落的な日常に苛立つ人々がいる。有事法制もまた「死」の側から今の生を見直せと迫る「死の哲学」との類縁性を持っている。しかし、本当は駆の言葉通り「頽落した日常的な生のなかに死は、濃密に浸透している」のではないだろうか。我々は日々死につつある。そのことに目を瞑るのでなく、頽落的な日常の底に澱のように沈む死に目を向けることを忘れてはなるまい。

  • 系推薦図書 総合教育院
    【配架場所】 図・3F開架 
    【請求記号】 913.6||KA
    【OPACへのリンク】
     https://opac.lib.tut.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=186682

  • 本の厚さに流石に怯みましたが、読み始めると止まらない。哲学談義も密室トリックの謎も展開される推理も面白く、あれこれ考えているうちにいきなり場面は第二次大戦末期の…。そして第2の密室殺人。ドイツ第3帝国や強制収容所についてどれほど無知だったか思い知らされるうちに少しずつ本のタイトルの理由がわかり始めます。これは単なる推理小説では無いのでは?密室殺人とは、死の意味とは。最終章まで本当に目が離せない小説でした。その後読んだ他の推理小説がもの足りなくて困りました。読書大好きさんにはお勧めの本です!

  • とにかく長い!
    このシリーズは初めて読んだけど、他の推理小説の後書きなどでものすごく絶賛されてるが、多少過大評価かなと…
    凡庸な悪や死の哲学よりも、ワトソン役の凡庸さが気になってしまい、女性にこんな凡庸さを押し付けるのが時代性だったのかなと思ってしまった。

  •  1945年のドイツと1974年のフランス、30年の時を経て起きた2種類の「三重密室」事件。現象学を駆使する哲学者が読み解く、事件解決に必要な、関係者達が抱えるそれぞれの「死の哲学」とは。
     「死」とは、「生」とは何かを考えさせられる、哲学的推理小説。

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     残酷で悲劇的な死の描写で溢れているが、映像化されたほど人気がある作品がある。なぜこのような絶望的なサバイバルを描いた作品に一定の人気があるのか。そう考えたことはないだろうか。この『哲学者の密室』は、その回答となりえるかもしれない。

     この作品は三部に分かれている。前篇の舞台は1974年のフランス。匿名の通報で資産家の家に駆けつけた警察が発見したのは、胸部に刃が突き刺された老人の死体。しかも発見場所は、簡単に言うと「三重の密室」で閉ざされており、解決の困難さが容易に想起できる複雑怪奇な様相を見せていた。この事件の謎に、現場に駆けつけた警視、警視の娘、娘の友人である哲学者の三者が挑む。
     中篇では舞台は一転、1945年のドイツとなる。場所はユダヤ人の強制収容所、悪名高い絶滅収容所、殺人工場である。そこの所長に囲われていたユダヤ人女性が、監禁場所で死体となって発見された。発見者は敵の進軍を考慮し、収容所の撤収作業を命ぜられた武装親衛隊少佐に同行した部下の軍曹。現場には所長がいて自殺を主張するが、死体には他殺の疑いも残っていた。しかも現場は、所長以外の人間の出入りが不可能な「三重の密室」の体を成していた。
     後篇ではフランスに戻り、過去のドイツと現在のフランス、双方の密室事件の解明が試みられる。ここで哲学者・矢吹駆が考察するのは、関係者それぞれが抱える「死の哲学」だった。

     彼は言う。
    「(前略)長いこと僕は、死とはたんなる生の不在であると感じていた。あるいは死は、瞬間的に到来するものだと。
     暖かい室内から、凍えるような戸外に出る。生と死は、そのように直線で分割された、対照的な二つの領域であると。だから、できることなら自分に納得できるような形で、生と死を分けている絶対的な線を越えたいとも願った。
     しかし、そのような画然とした死は、たぶん青年が想像する死なんだね。そのような死もありうるだろう、たとえば戦場の死のように。しかし、それは例外的なんだ。死とは、本質的に惨めなものではないだろうか、あの老婆のように。惨めで、だらしなくて、無様に弛んで、直視できないほどに醜いもの。我慢できないほどの嫌悪感をもたらすもの、不気味なもの、おぞましいもの。(後略)」【690頁】

     「そのおぞましい死を隠蔽するために、勇敢な死、決意された死、美しい死の観念が生じる。」――と若き哲学者は続ける。

     絶望的なサバイバルの中で、キャラクターは惨たらしい最期を迎える。喰われたり、裂かれたり、潰されたり。だが、あくまでそれらは虚構であり、例外的だ。何事も起きない限り、我々が迎える死は、苦痛に満ちた、永遠に続くかにも感じられる、だらだらとしたモラトリアム(猶予期間)のような死期である。
     人は、自覚・無自覚に関わらずその事実から目を背けたいがために、躍動感や未来に対する希望などに溢れた生と、理不尽な突然死が描かれた作品に目を向けるのではないだろうか。
     そして、だからこそ、山田雄介に代表されるホラーやヒロイックな物語、怪談等が周期的に売れるのではないだろうか。

  • 1600Pもある。
    読み終わったけどこれは失敗作だと思う。

  • まさに「哲学者の密室」としか呼びようのない物語。三重の密室(特にコフカのほう)という謎は非常に魅力的。哲学談義のおかげで読み進めるのはかなり大変だったけれど、振りかえってみればあらゆる意味で重厚な物語だったことは否定の余地がない。

  • どこかの小説でこの本が凶器になっていたが、確かにハードカバーだと凶器になってもおかしくないほどの存在感。重い。
    タイトルに違わず内容もまた重厚。読みながら考えさせられるものがあり、思考が逸れる、それに気付きまた読書に戻る。それを繰り返して読み終えたという感じ。ミステリを漁っていれば必ず出会う本ではあるので、時間があるミステリファンにはオススメしておく。

  • 犯人の終わらせ方が、印象に残る。あれほど思想を貫いてきたのに、最期はああなってしまうのか。

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著者プロフィール

作家・評論家。1948年東京生まれ。
79年『バイバイ、エンジェル』でデビュー。98年編著『本格ミステリの現在』で第51回日本推理作家協会賞評論その他の部門を受賞。2003年『オイディプス症候群』と『探偵小説論序論』で第3回本格ミステリ大賞小説部門と評論・研究部門を受賞。主な著作に『哲学者の密室』『例外社会』『例外状態の道化師ジョーカー』他多数。

「2024年 『自伝的革命論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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