- Amazon.co.jp ・本 (654ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488428020
感想・レビュー・書評
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まさに正統派の社会派推理小説!
〈土屋隆夫〉
推理小説の大家ということで、名前だけは知っていた作家でしたが、実際に読んでみると、小説の展開や構成の巧みさはもちろんのこと、時代背景を描き、当時の通俗も織り交ぜて、人の哀しさや影を浮かび上がらせる推理小説家だったのだと感じます。
収録作品は『危険な童話』と『影の告発』という長編2編。いずれもキーワードになるのは不可能犯罪。『危険な童話』では、有力な容疑者の自宅で殺人事件が起こったにも関わらず、凶器が見つからない。
『影の告発』では、満員のデパートのエレベーターで殺された男の謎を追い、容疑者を絞り込んでいくものの、今度は鉄壁のアリバイが捜査陣を阻む。
加えて二つの事件共に、動機が一向に見えてこない。凶器、アリバイ、そして動機。これらの不可能を突き崩すため、捜査陣は足を動かし、頭を働かせ、一歩ずつ真相に迫っていきます。
事件の展開や捜査自体は地に足のついた、地味な描写が続きますが、構成がとにかく巧みだった。一つの謎が解けたと思いきや、また次の謎が現れ、捜査は暗礁に乗り上げるも、そこをなんとか崩していく。これを繰り返し繰り返し、地味な展開でも巧みに物語を先へ先へと引っ張っていく。
構成や展開もさることながら、文章も巧みでした。『危険な童話』では書き出しの幻想的な作中作の童話が美しいし『影の告発』では、各章の書き出しで描かれる少女の姿が不可思議な雰囲気を醸し出す。
そして徐々に明らかになっていく、犯人たちの仕掛けた罠。そして動機。トリックについては、古典作品ということもあってか、勘づくところや時代を感じるもののあったものの、刑事や検事たちの地道な捜査とひらめきが、少しずつ事件の全容を明らかにしていく様子は読み応えがあります。
トリックを解き明かす過程はもちろん、個人的に被害者の人間関係と犯人の動機が徐々に明かされていくのが、それ以上に面白かった。
人間の恐れや恥、そして怒り。野心や欲望に身を燃やす姿。事件の捜査が進むにつれ、そうしたものを抱えた人間の姿が見えてくる。
そこに作中の時代である“昭和”が反映され、今のミステリとは一味違う詩情が生まれる。
刑事や検事たちの執念ともいうべき地道な捜査。移される昭和という時代背景。動機や人間ドラマを重視する姿勢。いずれも松本清張を彷彿とさせるものがあり、そして一方でアリバイトリックや凶器の消失など、本格ミステリとしてのこだわりも感じられました。
第16回日本推理作家協会賞詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
代表作と言われている危険な童話を読了。
本格的な社会派ミステリー?を久々に読んでみた。
とても良く出来てます。
いい意味で 良く出来た中編小説。 -
「危険な童話」メインの殺人事件と本質的に無関係な偽札事件が事件解決に関わるところは「占星術殺人事件」と少し似ている。「影の告発」読み終わると、タイトルが直球だと分かる。動機を重視する社会派推理は必然的にハウダニットになるのだな、と思った。
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魅力的なミステリ小説というのは、作中の犯人が極めて利口だ。本作品も例外ではなく、犯人の緻密な計画には脱帽する。幾重にも張り巡らされた防壁──そのひとつを打ち崩しても、次の壁が絶対な存在となって立ちはだかってくる。積み木を壊すように、一気に解決とはいかない。四方八方からじわじわと攻めるしかないのだ。突破口は、ある刑事の執念から徐々に開いてくる。同じ作業の繰り返しだが、それでも、確実に犯人に迫っていくそのプロセスが面白い。トリックには多少の理屈っぽさを感じるが、殺意を取り囲む“原因”と“結果”には、またもや納得させられた。筆力に秀でた作家はずるいなぁ、と歯軋りする今日この頃。