- Amazon.co.jp ・本 (455ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488474034
感想・レビュー・書評
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長らく“幻の作家”だったが、近年執筆活動を再開した高城高の
初期の短編13編を収録した傑作集。
スパイとして国後島に潜入し、ソ連の警備隊に拘束された男。
日本に帰還した彼を待っていた真実とは――「暗い海 深い霧」。
移動銀行の車を襲った二人組の強盗の顛末「ノサップ灯台」。
海岸で発見された女の死体。
痴情のもつれが原因と思われたが、
なぜか公安調査官の影がちらつく――「微かなる弔鐘」。
とある男女の修羅場を切り取った「ある長篇への伏線」。
罠にかけられ投獄されたアイヌの青年。
彼は脱獄を実行するのだが――「雪原を突っ走れ」。
バンドマンの町田は、ひょんなことから知り合った
小悪党の犬山という男を追い始める――「アイ・スクリーム」。
浩一は嫉妬から小林という男を殺した。
しかし、隠したはずの死体は消えていて――「死体が消える」。
那須は釣りに行って川に落ちたという。
愛人の信子はしかし、裏に隠された真実を突き止める――「暗い蛇行」。
深夜のデパートから時計や貴金属が盗まれた。
支配人は警備員の犯行を疑っていたが、
警備員には一応のアリバイがあり――「アリバイ時計」。
新聞記者の工藤は、失踪した美人ホステス探しを頼まれる。
怪しい男たちに工藤はあたっていくが、
顔を出した真相は意外なもので――「汚い波紋」。
ある作戦に召集された米諜報機関の日本人工作員たち。
謀略の果てに彼らが見たものは――「海坊主作戦」。
網走市に建つホテルにてひそかに進行する陰謀――「追いつめられて」。
海に街娼の死体が上がった。
彼女には幼い娘と息子がいて――「冷たい部屋」。
高城高全集の第3巻。
短編集としては2冊目。
約一年ぶりに手にとった高城高だが、
魅力は本書に収録された作品でも変わらず。
以前にも書いたが、硬質な文体、それでいて立ち上る叙情。
冷たすぎるほどに冷ややかな文章ではあるが、
しかしそこには豊かな詩情がある。
新聞記者や水商売の女が登場するなど、
各短編の間には共通点が多く存在する。
ワンパターンと評する向きもあるかもしれないが、それは違う。
確かに相似形とも言えるほどに大筋は似通っているが、
その実、盛り込まれたディテールはすべて異なっている。
だからここに収録されている短編には、それぞれ違った味わいがある。
アイヌの人々や、貧しい暮らしを送る者たち、
また夜の世界の女など、弱者たちがたびたび登場するが、
それらの者へのまなざしは優しい。
こうした視点が、高城作品には含まれていると思う。
前述のように、それぞれに異なった趣があり楽しめるが、
個人的なお気に入りは、冷ややかなラストが素晴らしい「暗い蛇行」、
静かな文体ながら緊迫した知略戦を楽しめる「海坊主作戦」の2編。
いずれ劣らぬ良作ぞろいだが、この2編は特にオススメと言えよう。
ハズレのない全集である。
最後の「風の岬」も遠からず読む予定。
そのあとは、近作の「函館水上警察」などにも手を出していきたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
(収録作品)暗い海 深い霧/ノサップ灯台/微かなる弔鐘/ある長篇への伏線/雪原を突っ走れ/アイ・スクリーム/死体が消える/暗い蛇行/アリバイ時計/汚い波紋/海坊主作戦/追いつめられて/冷たい部屋
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1955年デビューし、1970年以降は本業のジャーナリストとして生きるため小説の筆を折ったという伝説の作家・高城高。大藪春彦よりも少し前の時代において、真にハードボイルドの創始者であった作家こそこの人であったのではなかろうか。
レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドを愛読し、一方で、地方新聞社の記者として釧路支局に生きた時期、本書は、その実地体験を活かしに活かしての道東を舞台にした短編集である。
1956年生まれのぼくは、生まれた時代のことよりも自分が社会に興味を持ち始めた時代、文化に接し始めた頃の方がよほど詳しくこだわりをもっている。自分の生まれた時代の、さらに道東を舞台にした極めて特殊な小説集を手に取ったとき、その時代もその土地も、何故か素材としてとりわけ新鮮に感じられてならなかったのは、まさしく己の無知ゆえだったろうと、今さらながらに痛感する。
この時期、まだ戦後を引きずっており、高度経済成長の前段階とでもいうべき時期、占領が解けたばかりの国家で、それでも戦勝国によるコントロールが日本の政治に強い影響力を持っていた時期、そして何よりも日米冷戦による世界緊張が東西国境の一角を成していた北海道という場所、これらがこれほどまでに豊富な素材をこの作家に用意してくれたのだ。
とりわけ表題作『暗い海 深い霧』は、新聞社釧路支局を舞台に、ハードボイルド風に展開しつつ、エスピオナージュの冒険小説という色合いを呈してゆく。さらに他の小説も謎解きの要素、どんでん返しの面白さという醍醐味は残しつつも、いわゆる推理小説ではなく、冒険小説的色合いが非常に強いのである。
一つにはやはり釧路、根室、網走といった地方都市の抱える貧困や、国境としての国際的位置づけ、流れてくる者たちの逃亡の地、流刑の地、地方だからと安易に行われる重犯罪、死体をどこにでも始末できそうなゆえに容易に起こってしまう殺人、といった要素もあろうかと思われる。
しかし、この作品集には、スコット・ウォルヴンの『北東の大地、逃亡の西』とも通じる、地方ならではの荒涼とした痩せた土地、厳しい自然がもたらす圧倒的な貧困感が、重低音となって全体に響き続けているのだ。
もちろん戦争で覚えた暴力がまだ持ち込まれているその時代背景ということもあるだろう。しかしそれ以上に、地方にまで及んでいる戦後の混乱期、一気に一攫千金を狙おうと欲望に溺れ、破滅へ向ってゆく者たちの儚さのようなものが、淡々と描かれているのを見ると、今の時代にはないこの時代の作家しか書き得ないリアリズムのようなものをどうしても感じざるを得ない。
今と少しも変わらぬ土地の描写があり、随分と異なるその時代ならではの北海道の空気を嗅ぎ取ることもあり。北海道が生んだ古い作家の、少しも古く感じられない正統派ハードボイルド&ノワールな作風に、まずは一気に魅せられてしまったことだけは白状しておこうと思う。