トマシーナ (創元推理文庫)

制作 : 山田 蘭 
  • 東京創元社
3.96
  • (39)
  • (33)
  • (39)
  • (2)
  • (0)
本棚登録 : 333
レビュー : 44
  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488560010

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 一匹のネコトマシーナの不思議な不思議な物語。途中トマシーナは安楽死させられてしまうが代わりに古代エジプトのねこのかみバスト・ラーが登場し物語を引っ張ってゆく。。。一組の父娘が救われる場面はほっとされる。ネコ好きにもそうでないヒトにもオススメ!

  • すごく深い話なんだけど、動物虐待のシーンがつらすぎて(つд⊂)なんかもう最近、そういう事する奴は同じ目に遭って地獄に墜ちろって心底思う(´;ω;`)神様、ちゃんと見てるのか。

  • タリタ・クミ!
    その言葉に覚えがあったとはいえ、このように使われるとは。
    最後あたり、きっと大丈夫だろうと思いつつも泣きながらページをめくって、鼻水をぐずぐず言わせていた。
    物語と優しさと愛とを信仰と神様に結びつける書き手。
    ポール・ギャリコ大好き、大好き、大好き。

  • 本書の存在を知ったのは、今から約半年前。

    『猫だましい』を読んだ時だった。

    結果としては、『ジェニィ』を読了してから
    本書を読み始めてよかったと思っている。

    トマシーナからみると、ジェニィは大叔母にあたる。

    ジェニィといい、トマシーナといい、ウィッティントンといい、
    自分の冒険やご先祖の冒険を語る猫は、
    自分の血筋をしっかりと知っていて、それを誇りに思っているようだ。

    『ジェニィ』は、猫になったピーターの目線で語られていたが、
    この『トマシーナ』は、若干引いた三人称語りの部分と、
    猫のトマシーナが語るところとがある。

    しかも、語り手であるはずのトマシーナが途中で死んでしまい、
    その後、自分をエジプトで神とあがめられたバスト・ラーの生まれ変わりと語る
    タリタという猫が語り手にもなったりする。

    トマシーナの親しみ深さとていねいさを併せ持ったような語り口とタリタの気位の高い語り口、
    そして、どちらの一人称語りでもなく、カメラを引いて抑えた形で、
    登場人物たちのそれぞれの語りを聞かせていく三人称。

    この視点の交代がちっとも不自然ではなく流れるように展開していくのが本書なのだ。

    この自然な転換は、扉の物語の要約にも現れている。

      あたしはトマシーナ。

      毛色こそちがえ、大叔母のジェニィに生きうつしと言われる猫。

      あたしもまたジェニィのように、めったにない冒険を経験したの。

      自分が殺されたことから始まる、不可思議な出来事を……。

      スコットランドの片田舎で獣医を開業するマクデューイ氏。

      動物に愛情も感心も抱かない彼は、ひとり娘メアリ・ルーが可愛がっていた
      トマシーナの病気に手を打とうともせず、安楽死を選ぶ。

      それを機に心を閉ざすメアリ・ルー。

      町はずれに動物たちと暮らし、《魔女》と呼ばれるローリとの出会いが、
      頑なな父と孤独な娘を変えていく。

      ふたりに愛が戻る日はいつ?

    『ジェニィ』は、猫になったことを通して成長していくピーターと
    それを見守るジェニィの物語に集約することができるが、
    『トマシーナ』は、登場人物、登場猫が増える分、様々な読み方ができる。

    トマシーナの目線で見たマクデューイとメアリ・ルーの生活。
    猫目線で見る女の子の描写の的確なこと。
    女の子と猫が似ているというのも、わかる。

    タリタが語る、エジプト時代の猫の話。
    『猫だましい』にもあったような猫と人間のかかわりの歴史が垣間見られる。

    スコットランドという土地の文化も色濃く反映されている。
    トマシーナを子ども達が弔うシーンが出てくるが、
    それはスコットランド風の見送り方なのだ。

    マクデューイとローリの関係は、恋愛的側面もあるが、
    現代西洋医学や科学と科学だけでは割り切れないものの対比としても見られる。

    牧師のアンガス・ペディは、お互いを若い頃から知る親友同士であるが、
    神について語る職業を選んだペディに対し、
    マクデューイは過去の出来事の影響もあり、
    神を信じる気持ちは失ってしまっている。

    彼らは神に対する主義は異なり、語れば議論にもなるが、
    基本的には親友同士で、
    その議論は非常にユーモアに溢れたやりとりで展開されていく。

    神学から死にいたるまでさまざまなことに造詣が深いペディが、
    愛について語るところは特に印象に残っている。

    「ひとりの女性を愛するということは、
    その姿をいっそう神秘的に演出する夜の闇や輝く星、
    その髪を温めかぐわしい香りを漂わせる陽光やそよ風をも
    同時に愛することになるのだ」
    からはじまり、実に1ページに渡り、
    ~を愛するなら~を愛さずにはいられないはずだと語っていく。

    そんなペディとの友情だけは続いているマクデューイだが、
    彼は深く深く葛藤している存在である。

    本当は人間の医者になりたかった夢を父親の動物病院を継がなければ
    医学を学ばせないという圧力によりつぶされた経験がある。

    父親との関係は修復できず、
    夢を失ったことで神を信じる気持をも失った。

    さらに、動物の病気がうつってしまったことが原因で
    自分の妻を亡くしてしまい、なおさら、自分の仕事が愛せないし、
    神などいないという気持ちが強くなる。

    妻を失い、同時に、娘の母親も失ってしまったのだ。

    彼は、自分の仕事は愛せなかったが、娘は愛していたから、
    トマシーナを安楽死させる前は、母親不在ながらも
    なんとか良い関係ではいたのだ。

    トマシーナの安楽死にまつわるエピソードは、
    マクデューイの医者としての尊厳をゆるがす出来事と同時に起こる。

    その日交通事故で瀕死の怪我を負った盲導犬が担ぎ込まれていた。

    その手術のときに、具合が悪くなったトマシーナを連れて
    メアリ・ルーは診察室にやってきていたのだ。

    妻が動物の病気がうつって亡くなっていたため、
    マクデューイはメアリ・ルーが診察室に来ることを禁じていた。

    また、人間のために働く盲導犬の手術の最中だったこともあり、
    すぐにトマシーナの安楽死を助手のウィリーに命じたのだった。

    盲導犬は手術のかいがあり救うことができた。

    ところが、その報告を盲導犬の持ち主にしにいったところ、
    ご老体だった持ち主は、事故に巻き込まれたショックに
    耐え切れずに亡くなっていたのだった。

    このことは大きな影を落とす。

    犬は生かしたのに、人は死んでしまった。

    犬を見ていたときに、自分は猫をちゃんと見なかったのではないか。

    いや、自分は、娘が自分よりも心を開いていると思える猫に嫉妬をしていたから、
    猫を簡単に安楽死させる道を選んだのかと彼は苦悩する。

    トマシーナの安楽死のあと、メアリ・ルーは、父親に心を閉ざし、
    自分の中で父親を抹殺することで、自分の心も体も壊していく。

    まさに現代の心の病である。

    マクデューイは、頑固な自分に生き写しの性格を持つ娘と自分の関係の中に、
    かつての自分と父親を見たことだろう。

    マクデューイはローリが自らの伴侶となり、
    メアリ・ルーの失った母親にもなってくれること、
    彼女の病を癒すことを期待するのだが・・・。

    本書は、1957年に描かれながらも、
    50年後の今にも通用するような様々な現代的なテーマを
    ファンタジー的な要素で包み込んだ作品であるといえよう。

    本書で救いをもたらしたものがなんであったのか。

    それは現代的なテーマに対する答えも示唆しているようでならない。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「現代的なテーマに対する答えも示唆している」
      今は、もっと切実なんでしょうね。。。
      「現代的なテーマに対する答えも示唆している」
      今は、もっと切実なんでしょうね。。。
      2012/09/24
  • トマシーナ何も悪くないのにかわいそう‥
    元気なときも記憶喪失中もアホ可愛い。
    それに比べて人間(主人公とヒロイン)のいけすかなさったら‥

  • 愛情と信仰の物語。簡易な児童文学と思っていたら、想像以上に大人も楽しめる奥の深い物語でした。母を亡くした愛娘が溺愛する愛猫トマシーナを、安楽死させてしまう獣医師の父マクデューイ。娘は父への愛や尊敬も生きる希望も失い、衰弱していきます。動物や他者への愛情も神への信仰も持たない傍若無人な父が、親友ペディ牧師や魔女と恐れられるローリとの触れ合いにより、少しずつ変化してゆく過程が感動的です。信仰を唯一神に囚われず、エジプトの猫の神セメクト・バスト・ラーなど多面的な神にも広げたところが良かったです。

  • 呆れるほど酷い父親であり、獣医であるマクデューイ。なぜもっも言ってやらないんだ、と歯がゆく思ったペディ牧師ですが彼が軽率な行動を取っていたら彼の変化はなかったかもしれない。ローリも勿論素敵だけど、常に側に居続けたペディ牧師とマッケンジー夫人も素敵でした。トマシーナ、タリタ。神なの?と懐疑的だったけど、最後のシーンはあぁ、神だったのか…と思わされました。娘の愛猫を殺すなんて、何を以てしても許されないけれど、神を信じ始めたマクデューイ。ローリと出会い、メアリ·ルーが戻ったのは赦されたからかもしれない。

  • ポール・ギャリコの猫ちゃん小説。
    「ジェニイ」を先に読みたかったが見つからず、ようやく見つけたこちらを先に読む。

    メアリ・ルーの可愛がっている猫のトマシーナの体調が悪くなり、獣医である父に診察を頼む。もともと動物に愛情を持てないまま仕事をしている父親は、他の患獣の手当てに忙しく、きちんと診察もせず安楽死処置を取ってしまう。
    トマシーナを喪い悲嘆に暮れるメアリ・ルー。
    そんな娘の姿に後悔しはじめる父親。

    猫の描写の愛らしさ。
    大切に可愛がった猫を喪うときのメアリ・ルーの叫び。
    トマシーナの思い出を語る牧師とメアリ・ルー。
    こういった描写は、猫を家族と思ったことのあるひとなら自分のことのように迫ってくるはず。

    途中、魔女といった描写が出てきて、ファンタジー作品とわかっていてもファンタジーが苦手なため読む速度を落としながらも読んでいくと、あたたかいラストが待っている。
    子供が出てきて、猫ちゃんも出てきてなので、このラストであって大正解。

    動物は動物、人間とは異なるので一緒にして考えるべきでない。そういう考え方もあるだろうし、そう考えるひとはそれで構わない。
    ただ、ひとによって状況が違うので人間だ動物だといった垣根のないひともいる。
    この作品におけるメアリ・ルーとトマシーナの関係がそうだ。母親を亡くした心のさみしさを埋めてくれていた猫は、単にペットという存在に留まらない。
    猫であっても、その温もりその姿を感じられなくなる悲しみは、人間の死にも劣らない。

    この本を読み終わって、わたしが我が家の愛犬と愛猫をムギュムギュ抱きしめたことは言うまでもない。
    天国にいる先代の愛猫の愛らしい姿も思い出して泣けてきた。

  • 山崎ぶたぶたさんオススメの本♪獣医のマクデューイ氏は娘のメアリ・ルーが可愛がっていた猫のトマシーナを治らない病気になったと言って安楽死させてしまう(ToT)胸が痛くて途中で読むの挫折しそうになった(T-T)しかしマクデューイ氏がローリと出会い、いろんな奇跡が起こり、最後はみんなハッピーに(*^O^*)神は偉大だ!

  • ぶたぶたさんの愛読書。ネコ好きでなくとも、トマシーナと言う名の猫の格好良さに見惚れる。そして、生きとし生けるもの全てが同等であると言うこと。

全44件中 1 - 10件を表示

ポール・ギャリコの作品

トマシーナ (創元推理文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする