- Amazon.co.jp ・本 (616ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488711023
作品紹介・あらすじ
すべての自然法則を包み込む単一の理論、"万物理論"が完成されようとしていた。ただし学説は3種類。3人の物理学者がそれぞれの"万物理論"を学会で発表するのだ。正しい理論はそのうちひとつだけ。映像ジャーナリストの主人公は3人のうち最も若い20代の女性学者を中心に番組を製作するが…学会周辺にはカルト集団が出没し、さらに世界には謎の疫病が。究極のハードSF。
感想・レビュー・書評
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タイトルから予想される物理学のみならず、バイオテクノロジー、政治、宗教、アイデンティティetcといった膨大なネタを詰め込んだ目眩く世界に圧倒される。話の本筋よりこっちの方が面白かったりも…w。
とはいえストーリーがおざなりなわけではなく、意外性のある展開の連続にはワクワクドキドキ。ラストの余韻も見事。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
いや、おもしろいから。特にアイテム名とか出て来るからその辺弱くて。内容は科学と擬似科学の間とか、西洋東洋の間とかいうところを、ストレートドンて感じで。だからこういうことだから読めば、で次よ、っていっこのテキストを友達に手渡すのにええやん、と思いました。←ほっといてくださいすみません。オへへのへー
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原著は1995年刊行ですでに四半世紀前の作品なわけだが、ジェンダーだの民族だのといったアイデンティティが問題にされているあたり、2020年の目線で見て未来社会の描かれ方として驚くほど違和感がない。
万物理論をはじめとする本筋のネタには残念ながらついていききれなかったのですが。。。 -
ただただひーひーいって、疲弊しながら最後まで一応読んでみたという記憶しか、ない。なんだかよくわからなくて、つらくてやめようかと思ったりしたんだけど、つまんないわけではなかったので、最後まで読み進められたのだと思います。ただ、イーガン作品はこれ一冊だけしか読んでなくて、あとが続いていません。(2013年12月1日読了)
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うーーーーん面白かった!三部作の中では一番好きかもしれない…?エンタメ要素も高かったから読みやすかったのもあるし、ディアスポラのあとだからやはりそう感じるのだろう笑
万物理論の話と、原題であるDistressがどう交差するのか?とソワソワし続けましたが、なるほどーーーそして最後もなるほどーーーとなってあっという間に読み終わってしまった。
「きみは、しつこく自己言及をしているーしかもそれがたいていは嘘であるようなー社会に住んでいて、うんざりしたことはないか?価値のあるものはすべてー寛容さも、高潔さも、誠実さも、公正さもー”オーストラリア人に独特のもの”だと定義するような社会に?多様性を奨励するふりをしてーなのに、”自国民のアイデンティティ”についてのたわごとをいうのを、どうしてもやめられない社会に?…きみをあらゆる点にわたって定義づけ、特徴づける時事解説者ーこういう、要するに、嘘つきと泥棒ばかりの連中に?」
今回特に面白いとビビっとしてしまったのは、オーストラリアという国家、オーストラリア人というアイデンティティについて踏み込んでいたこと。これはジェネラルにアイデンティティとは?というところから、一歩コンテクストがつけられたものだけれど、オーストラリアの人々はどういうアイデンティティの悩みがあるのかということについては目から鱗だった。そうだよなあ…という感じで。 -
第4長編、原題「苦悩≒引き合いながら離れる感じ」作中の疫病名▲「万物理論」の番組制作で向かう国際理論物理学会。会場の人工島ステートレスではカルト集団が出没し、世界では謎の疫病が蔓延しつつあった▼舞台は2055年、フランケンサイエンスと呼ばれる行き過ぎたバイオテクノロジー社会。知的所有権を無視した無政府国家であり国際社会では被制裁国であるこの地で、混沌と法の代理戦争が各層で行われ、アッと驚くセカイ系な展開へと進む。モノローグなので読みやすく、ガジェットが秀逸で興味を引く。一周回って人間賛歌かも(1995年)
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個人的に難解作家イーガンの長編にしては読みやすかった作品。
バイオテクジャーナリストの主人公が本職に嫌気がさし、物理学会議で発表される万物理論を取材するといったストーリーだが、舞台を彩る社会構造に宗教、登場する人物達が一癖も二癖もあるのが面白い。
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たまたま古本屋で見かけて手に取った一冊。気まぐれで読むにはなかなかヘビーで、途中読むのを諦めようかと思ったけどずいぶん時間をかけて無事読了。テーマの難しさに加えて、何となく文章も私には読みにくかった。自分の頭が至らな過ぎてわかったようなさっぱりなような感じ。でも、著者の発想と世界とか宇宙に対する考えの深さには圧倒されたし、近未来SFとして技術的な発達(死後蘇生や睡眠の調整、"目撃者")はもちろん、性に関する設定も面白かった。
汎性として登場するアキリの「セックスも、ドラッグも、宗教も・・・どれもが中毒性で、多幸症で、人を興奮させーそして等しく無意味だ」が主人公同様なんかグサッときた。
「宇宙は説明することによって存在する」(人間宇宙論) -
出だしのところから、かなりの勢いで飛ばしていて「SFってのはこうでなくちゃ」と好感触ではじまるのですが、2部以降は3つのTOE仮説の内容に深入りすることがありません。
会議場の周辺でNGOや宗教団体がアピールをしまくっている場面などは、国際会議の雰囲気をよく表していると思いますが、そういう連中にまつわる社会学的な思考実験的考察が前面に出てきていて、期待していた方向とは少し違う作風になっていってしまいました。
2部以降のこういう物語であるなら、神林長平さんが書いたらもっと面白くなるだろうなぁ、という気がしてしょうがなかったです。
コーポラティズムが進んで、企業が特許権をもとに医療や食料を支配して、庶民がそのテクノロジーの恩恵にあずかることができない格差社会があることに批判的な視点が出てきたり、ジェンダーや立場上、周囲から求められるロールモデル(役割モデル=こう生きるべきだ)に馴染めず、そこから自由になりたいと思う人々の思いなどが滲んでくる描写も多く、イーガンの良心の様なものは感じられました。