エクソダス症候群 (創元SF文庫)

著者 :
  • 東京創元社
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本棚登録 : 143
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (317ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488747022

作品紹介・あらすじ

その病院は、火星の丘の斜面に、カバラの“生命の樹”を模した配置で建てられていた。亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。地球の大学を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な開拓地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。そして彼の帰郷と同時に、隠されていた不穏な歯車が動きはじめた。25年前に、この場所で何があったのか――。気鋭の初長編が待望の文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • 精神医療が発達し、ほぼ全ての精神疾患がコントロール可能になったかと思われた近未来、突如発生した症状「突発性希死念慮」。恋人の発症と自死を防げず、追われるように地球から火星へとやってきた精神科医カズキ・クロネンバーグは、火星で唯一の精神病院・ゾネンシュタイン病院で働き始める。カバラの「生命の樹」を模した構造を持つこの病院でカズキが直面したのは、スタッフも物資も不足する中でギリギリの医療活動を続けねばならない壮絶な環境、権謀術数に明け暮れる政治手腕に長けた幹部医師たちとの抗争、そして「特殊病棟」に長年入院/拘束され、同時に君臨し続けている謎の男。かつてこの病院で勤務していたカズキの父もまた、カズキには言えない秘密を抱えたまま息を引き取っていた。目に見えぬ悪意と亡き父親の影を感じながら日々の勤務に追われるカズキの前に、火星特有の症状「エクソダス症候群」の集団発症が襲いかかる・・・

    こうしてあらすじを書くとまるでサスペンスか医療ホラーか、といったエンタメ色の強い作品のように思えてきますが、それは鴨の筆力の拙さ故で、実際には精神医療史と精神医療を巡る社会の変遷を軸にした、重たい読後感の作品です。作中のある登場人物が精神医療に関するペダンティックな語りを延々と続けるシーンもあり、相当な事前準備の上で構成された作品であることが伝わってきます。

    前作「ヨハネスブルグの天使たち」を読んだ時は、「少女型ロボットが空から降ってくる」というヴィジョンありきで後からストーリーが付いてきたような中途半端なイメージを受け、その現実味のなさが鴨的には馴染めなかったのですが、それに比べると今作は地に足がついた展開で、ストーリー展開で読者を引っ張って行こうとする勢いがあります。ある意味、「普通の小説」っぽくなってきた感があります。
    ただ、ラストの展開は正直ちょっと尻窄み。魅力的で謎めいた登場人物を前半どんどん投入してきた割りには、活かし切れずに小ぢんまりと納まってしまった印象です。鴨はこの方の作品をそれほど読んでいるわけではありませんが、何となく方向性を模索しているところなのかなという感じがしました。筆運びは相変わらず達者ですし、これからますます多様さを増していくのかもしれません。これからも注目していきたいと思います。

  • 火星に人類が移住した近未来を舞台とした作品です。今回のテーマは精神疾患。
    と、その設定だけみるとバリバリのハードSFで、最初は随分敷居が高そうに思えたのですが、実際読んでみるとそんなことはなくて、前2作よりずっと分かりやすくなっていました。
    その一方で『ヨハネスブルグの天使たち』でみられた不穏さというか、ある種とんがった感じの魅力が減じられたような印象も受けました。
    まあ、前作は戦場に初音ミクが落ちてくる話でしたからね。比べるのもどうかという気もしますが。
    読む人の好みにもよるでしょうし。

    それにしてもよく考えて作られた作品だと思います。
    何度か読み返しましたが、決定的な矛盾や不整合は見つかりませんでした。
    プログラムの暗号に関しては若干強引な気もしましたが・・・
    精神医学の歴史と舞台となる病院の歴史がリンクしている点、およびカズキの出生の秘密を解明していく過程が読んでいて面白かったです。

    精神医学に関してはど素人ですが、精神疾患は社会のあり様による、というのはその通りだと思います。
    一方で、人間だれしも狂気を持っており、それを抑圧して適応させるのは社会の必要悪であるというのも一面の真実であると考えます。
    もちろん程度はあります。前者を突き詰めるとチャーリーになってしまうし、後者を突き詰めるとナチスになってしまう。
    結局何が健常で何が異常か、みたいな話になってしまいますが、私たちが最後に依るべきなのは、人間としてのバランス感覚なのではないでしょうか。
    ・・・といったあたりを考えさせてくれただけでも読む価値はあったと思いました。


    以下は物語の本筋とは全く関係ないのですが・・・
    第四章でノブヤのプログラムコードに混入したループ変数について、「i」が違和感がある、自分なら「iLoopCnt」と書く、とノブヤが語るくだりがありますが、私は逆で、「iLoopCnt」のほうに違和感を持ちました。
    というのも、エンジニアの駆け出しのころ私も似たような変数名を使って、レビューでダメ出しをされたことがあるんですよね。「iLoopCnt」の「i」は「Integer」「index」のどちらかだと思うのですが、前者であればハンガリアン記法なのでダメ、後者であれば省略せずに「indexLoopCounter」って書かないとダメ、みたいに当時言われました。逆にただの「i」はFORTRANに由来したループカウンタ変数なのでOKなんだとか。
    そんな昔の話を思い出しました。
    ホントどうでもいい話・・・

  • 最近読んだばっかりだし、本棚にあるの見ているのに買ってしまった。だって文庫本が好きなんだもの…

  • 宮内悠介初の書き下ろし長編が文庫化。
    読み始めたらなかなか手を止められなかった。これは面白い。
    最近の文庫本としてはさほど分厚くはないのだが、非常に濃厚だった。

  • 10棟からなるその病院は、火星の丘の斜面に、カバラの『生命の樹』を模した配置で建てられていた。
    亡くなった父親がかつて勤務した、火星で唯一の精神病院。
    地球の大学病院を追われ、生まれ故郷へ帰ってきた青年医師カズキは、この過酷な開拓地の、薬もベッドもスタッフも不足した病院へ着任する。
    そして彼の帰郷と同時に、隠されていた不穏な歯車が動き出した。
    (あらすじより)

    SFで精神病をメインに取り扱うのって珍しい。
    地球では機械とAIと豊富な薬によって、的確な診断と薬物投与が行えたが、火星では設備も薬も人も足りずに、対話を中心とした全時代的な治療が行われている。

    現在の治療でも(たぶん)行われている薬物による症状のコントロール。
    「どうして発症するのか?」は分からなくても、原因物質は分かるので薬物でコントロールできるという危うさ。

    中世から科学黎明期の、現代から見ればありえない治療も当時の技術水準では根拠があり、最先端だったりする。

    つまり、未来から見れば現在の治療が「科学的にありえない」かもしれないという指摘が透けて見える。

    医師の精神状態や先入観によって患者の診断にバイアスがかかったり、社会情勢なども影響してくるなど、外科や内科と違って目に見えない病なので精神病って難しい。

    思えば、「正常」の定義も結局は大多数と言うだけであって、個々に見れば誰でも少しは異常性を抱えているのではないか。

    なーんて考えながら読んでみました。

    病院最古の患者チャーリーってハンニバル・レクターがモチーフだよね?

  • 小川哲『ゲームの王国』が良かったとツイッターで呟いたら、友人から「それならこれも楽しめるはず」と勧められたのがこの作品。彼の嗜好には絶対的な信頼を置いているので、飛行機の搭乗の待ち時間に本屋で見つけて迷わずに購入した。ソウルまでの2時間半で読み切れるくらいの手頃な分量だけれど、読み応えはある。

    病の定義ってなんだろうか。自分が鬱に苦しんでいた頃、ずっと考えていた。当時そうやってぐちゃぐちゃと行きつ戻りつした思考がこの作品の中にもあって、親近感をおぼえた。ストーリー自体は舞台が火星だし、いかにもサイエンスフィクションという感じだけど、作品の根底にある懐疑的な視点が好みだった。

    最近ようやくわかってきたけれど私は自分で思ってるよりも相当SFが好きだし、SFって全然突拍子もない世界の物語じゃないんだなと思うようになった。思えば子どもの頃から星新一が好きだったし、自覚していなかっただけで案外筋金入りなのかもしれない。何かしら現代にちくりと棘を残すような作品が好きなんだと思う。

  • 2015年6月創元SF叢書刊。2017年7月創元SF文庫化。宮内さんの初の長編。火星の精神病院へ赴任した医師の活躍のストーリー。特殊な世界観だが、読ませる内容で、謎と、サスペンスにグイグイ引き込まれ、盛り上がりも一級で、楽しめました。幕引き部分が、お粗末ですが、全体としては良い出来です。

  • 火星の精神病院に赴任された青年医師カズキ・クロネンバーグ。
    はじまりから続く、この不穏感。

    火星という地球を飛び出したSF要素に、精神病院という、人ののぞき見趣味を刺激するような設定で、ワイドショーをみるぐらいの軽い感覚で読み始めた。

    しかし読んでみると、近い将来を予言しているかのようなリアルに感じる世界が構築されており、サスペンス部分もありながら、人間ドラマもしっかり描かれている、きちんとした骨格を持つ作品だった。

    人の善なるものが終始どこかに存在していて、自分自身の病的な部分も治癒されたかのような清涼感ある読後感。

    私にとって初の宮内悠介氏の作品だったが、また別の作品を読んでみたくなった。

  • 評価が難しいけれど、後につなぐために星四つになった。終始淡々と話が進んでいくのだけれど、読み継ぐことをやめられず。読み始めから、なんとも言えない第三者感のようなものを感じていたのだけれど、カズキの真実を知った今は、むしろわざとそのように書いていたのかもしれないという気になった。
    171116

  • わ。ほしいー。

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著者プロフィール

宮内悠介(みやうち・ゆうすけ)
1979年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部英文科卒業。2010年囲碁を題材とした短編『盤上の夜』で第1回創元SF短編賞山田正紀賞を受賞、各種盤上ゲームの連作短編として2012年『盤上の夜』で単行本デビュー。第33回日本SF大賞受賞、第147回直木賞候補。2013年『ヨハネスブルグの天使たち』で第149回直木賞候補、第34回日本SF大賞特別賞受賞。2016年『アメリカ最後の実験』で第29回山本周五郎賞候補。「カブールの園」で第156回芥川賞候補。同作で2018年第30回三島由紀夫賞受賞。『彼女がエスパーだったころ』で第38回吉川英治文学新人賞受賞。『あとは野となれ大和撫子』で第157回直木賞候補。2017年「ディレイ・エフェクト」(『文学ムック たべるのがおそい』 vol.4)で第158回芥川賞候補。

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