複雑化の教育論

  • 東洋館出版社 (2022年1月28日発売)
4.30
  • (41)
  • (36)
  • (12)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 628
感想 : 37
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784491047164

作品紹介・あらすじ

思想家・内田 樹氏の教育論・成熟論!

教員志望者の減少、不登校問題、問題視される教師の働き方、いじめ問題、見直される部活動、オンライン授業……

教育に複雑に絡み合う事象を、複雑なままときほぐす

〇学校に隠されている数々の「贈り物」と「呼びかけ」

〇成熟すると、「一筋縄では捉えられない人間」になる

〇キャラ設定が複雑化を阻害する

〇知性は葛藤のうちで開発される

〇教師の「ブルシット・ジョブ」をあぶりだす

〇オンライン授業は「思いがけずうまくいった」

〇社会にはびこる組織マネジメント原理主義・管理コスト最少化原理主義

〇合意形成は「Lose-Lose-Lose」

〇成長する社会には管理コストがかかる

〇人生は「バイ・アクシデント」の連続

〇機嫌のよい人が同期現象誘発者となる



❝学校は子どもたちの成熟を支援するためのものです。

これまで「子どもたちの成熟」という言葉を何度か使ってきました。みなさんも頷いて聴いてくれましたけれど、「成熟」という語が何を意味しているのかについては、ここまではっきりしたことを言っていません。

――僕が考える「成熟」というのは「複雑化」ということです。❞〔 本文より〕



ーーー

シリーズ・越境する教育

いくつもの問いを手に、教育に思いを巡らす。

「つなぐ、ほどく、ひらく」を合言葉に、分からなさをたのしみ、しなやかに考えるための目印となるような一冊を編んでいきます。

みんなの感想まとめ

教育における「成熟」とは、単なる成長ではなく、複雑化することだという新たな視点を提供する一冊です。著者は、教育現場が子どもたちの成長を単純化しようとする現状を批判し、むしろその複雑さを受け入れることの...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 【思想家・内田樹氏の最新教育論】教員志望者の減少、不登校、いじめ、部活動問題、オンライン授業、問題視される教師の働き方……。教育に複雑に絡み合う事象をときほぐす。|株式会社 東洋館出版社のプレスリリース
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000090.000026724.html

    『複雑化の教育論』まえがき - 内田樹の研究室
    http://blog.tatsuru.com/2021/09/30_1548.html

    複雑化の教育論 (シリーズ・越境する教育) | 東洋館出版社
    https://www.toyokan.co.jp/products/4716

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「6年間、ずっと同じでないとダメ」イマドキの中高生を苦しめる"キャラ設定"という呪縛 それは質の高いやりとりではない | PRESIDENT...
      「6年間、ずっと同じでないとダメ」イマドキの中高生を苦しめる"キャラ設定"という呪縛 それは質の高いやりとりではない | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
      https://president.jp/articles/-/53889
      2022/01/28
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      『複雑化の教育論(シリーズ・越境する教育)』内田樹 | 福岡の書店・本屋|ブックスキューブリック[BOOKSKUBRICK]
      http://...
      『複雑化の教育論(シリーズ・越境する教育)』内田樹 | 福岡の書店・本屋|ブックスキューブリック[BOOKSKUBRICK]
      http://bookskubrick.jp/books/8438
      2022/03/13
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      『複雑化の教育論』をめぐるロングインタビュー その1 - 内田樹の研究室
      http://blog.tatsuru.com/2022/06/0...
      『複雑化の教育論』をめぐるロングインタビュー その1 - 内田樹の研究室
      http://blog.tatsuru.com/2022/06/06_1044.html
      2022/06/06
  • 内田氏ご本人が明言しているように、誰も言わないようなことが書かれているので、いくつものへ〜やなるほどがあった。言われてみればその通りなんだけど、そういう見方、考え方をしたことがなかったようなことの発見は、本を読んで得られる大きな収穫だろう。

     *白黒勝ち負け上下のように物事を単純化せ
    ず、複雑で不安定なままの状態に対する耐性
     *いまの文科省が学校教育を通じて子どもたち
    に教え込もうとしているのは、上位者の言う
    ことに絶対抗命しないイエスマンシップ
    *国民が不活発で、従順であれば、国力は衰徴
      するが、政権は安定する。というよりはむし
    ろ国力が衰微するほど政権は安定する。
    *(不登校の子には)強い刺激を受けて傷つけ
     られるリスクがなくて、かつある程度の社会性
     は必要とされる低刺激環境を探し出す

    等々、とっても役に立つアドバイス満載の本だった。

  • 子供は成長するにつれ「複雑化」していく。大人はそれを素直に喜ばなければならない。
    しかし、教育現場はそうなっておらず、逆に「単純化」させようとしている。

  • ご機嫌に生きていきたいですねえ。

  • 成長とは複雑化することである。

    この考えを手に入れただけで、ものの捉え方が大きく変わっていく気がする。

  • 複雑化の教育論

    これまでの内田老師の教えが「複雑化」という言葉の中に結集した本書は、平易な文章の中にも内田老師のエッセンスが含まれており、入門書として適していると感じた。
    「成熟とは複雑化である」 このテーマを教育や武道などを通じて読み解いていく。成熟とは、様々な経験や様々な視座を獲得することによって、自分自身が多層化することである。多層化することで立体視が可能となり、より多くの人の言葉や考え方が理解できるようになる。いや、理解できるようになるというより、未決状態のまま身体に蓄積させることができる。(理解というより、相手の考え方を括弧に入れて体の中に保持させることができる)。こうしたことができる人は、一般に懐が深い等と言われるような人間になる。懐の深い人物とは、わからないことをわからないまま身体に蓄積できる―未決状態に耐える―強さのある人間でもある。この人の言っている言葉はわからないけど、一旦聞いて、自分の中に取り入れてみる。そうしているうちに、その人の感覚が自分のものになっていき、自分自身が多層化していく。この考え方は平野啓一郎氏の分人の概念にも近いのかもしれない。相手によって、相手に合わせられる(同期できる)人格を引っ張り出すことができる人は、自分自身は多層化され、複雑化された人間でもある。
    これは、世の中の計測至上主義へのアンチテーゼでもある。複雑化とは外からは計測不可であるからである。昨今では、テストのスコアのようなものが教育における評価軸になっている。これ自体が悪いことであるわけではないが、複雑化と言う成熟方法はスコアには現れることはない。外見上は変わらないのである。しかしながら、人間的な面では、天地の差ほどの成長がある。また、計測至上主義とは単純化でもある。例えば、英語のレベルをTOEICというテストのスコアで一律で階層化しようという取り組みは、単純化そのものであろう。また、これは政治的言明やテレビのコミュニケーションなどでもみられる。わかりやすいことが至高であることのような風潮は憂慮すべきである。わかりやすさとは、物事の一側面を切り出したものであり、もう一方の可能性や側面は捨象することである。たいていの物事は極めて複雑な現象であるために、基本的には複雑さを温存したまま説明した方が正しく、本来わかりやすいものであるが、YouTuber等の説明動画を見ていると、いかにも快刀乱麻を断つような発言が高い評価を得ていることが多い。哲学が複雑なのは、哲学が世の中を複雑化させているわけではなく、複雑な世の中をありのままに描写しようとした結果、複雑な文章でしか説明できないのである。
    また、複雑化は集団を例に取ると集団の強さにもなる。この場合の強さとは強度ではなく、耐久度である。もちろん、集団は一枚岩の方が強い。しかしながら、投資では分散投資という考え方があるように、一枚岩の集団は変化に耐えられない。もちろん、勝ち筋が見えている勝負なら、そこに一極集中で取り組んだ方が良いが、世の中にはなかなかそんな場面は訪れない。複雑化した集団は勝ち筋に対してもゆるやかに乗っていくが、一方で、あらゆる場面にたいして、ゆるやかに対処できるという柔軟さや耐久力もある。働きアリのうち必ず1/3はサボるという研究があるが、一方で、サボっているアリは巣が潰されたときに、奇跡的に別の巣を見つけ出す可動域を持っている。これをサボりはよくないと見るか、複雑化した耐久力のある集団と見るかは、組織の成熟度を示す。昨今、多様性と包摂が声高に叫ばれるが、それは世の中が変化しているという環境変化に起因するものも多分にある。中高年男性だけを取締役にした会社は、変化に弱い。会社のかじ取りは簡単であろうが、残念なことにこの会社は自分たちの属性以外の人々の声を聴くことには限界がある。複雑化した集団はより多くの人に共感することができ、変化に耐えることができるように、複雑化した人間はより多くの人に共感することができるし、変化にも耐えられる。
    複雑化した人間の特徴は機嫌がよいことである。機嫌が良いとは、バランスが取れており、居着きがないリラックスした状態である。それはどのように実現されるかといえば、身体が複雑化した上に、それぞれの部位が協調的に稼働しているからである。声楽の世界に倍音と言う概念があるように、多層化した声は人々に染み入る。自身が複雑化した人間は、自分自身の統率が取れていると同時に、他者への入り込みやすさも高い。人々が機嫌のよい人間に集まってくるのは生理的な現象であり、そちらの方が自分にとっても心地よいからである。もちろん、一般市民もそうであるが、何かを教える人は機嫌が良いことが条件として求められる。誰もつまらなそうに話している人の話は聞きたがらない。

  • 内田先生のご著書を読むたびにいつも思うこと。私はどれだけ先生のお書きになったものや発言されているものを常日頃読んでいるのかということ。大部分が「何かで読んだなぁ」。大事なことは何回でも読んで「身体に浸み」込ませたい。

  • 教育制度などが昨今複雑化している、という話をするためのタイトルなのかと思っていたが、人間の発達を「複雑化」の過程とみなすという主張であり、面白かった。

    中でもコミュニケーションについての筆者の理解は納得させられるものが多く、教師として必要な資質がうまくまとめられていると感じた。例えば、

    「コミュニケーション能力というのは、言いたいことをうまく相手に伝える能力のことではありません。コミュニケーションが途絶して、言葉がうまく通じなくなった状況から、コミュニケーションを再開させる能力のことです」(66)

    「自分の中に、両立しがたいものを受け入れて、それと何とかして折り合いをつけようとじたばたしているのが、「自分の中で対話している人」です。そういう人は、外からのどんな呼びかけ、どんな提案に対しても、言下に拒絶することがない〜」(240)

    一方で、「先手を取る能力」に関する記載は、共感できない部分もある。例えば

    「現実生活では、問題をつけつけられるより前に、問題が起きないようにしておくことの方がはるかにたいせつです。(中略)武道の稽古を通じて僕たちが開発している能力というのは、危機的状況を脱出する能力というよりはむしろ危機に遭遇しない能力です」(168-169)

    武道の世界ではそうかもしれないが、ある事象が問題であるかどうか、さらにはその問題と向き合うことから学びがあるかないか、ということは、その問題に直面し解決に向けて試行錯誤してからでないと判断できないのではないだろうか。教師である以上、子どもと伴走し、問題とともに向き合う姿勢がむしろ必要であると私は思う。

  • 最後まで読んでの結論は、とにかく明日からもっと機嫌良くしよう、ということでした。そんなカリカリしているつもりはないけれど、あまり機嫌が良いとか、愛想が良い方ではないし、子どもたちのことは好きだけれど、あまり気を許し過ぎると、大騒ぎになるし、一緒に楽しくという思いもあるけれど、限られた時間で決められた量をこなさないといけないし、毎週テストはあるし・・・ということで、やっぱりいつもあまり機嫌が良い方ではなかった、と反省しています。機嫌良くしていると、きっと子どもたちも居心地が良いので、自分の周りに集まって来ることだろう。でもなあ、つきあっていると子どもたちはたいがいテンポが速いから疲れるんだなあ。そうすると、また機嫌が悪くなるから、ほどほどに付き合うことにしよう。それと、大切なことを忘れてしまっていたと気付かされた。それは、わくわくする空間であること。もともと僕は自称「学問のファンクラブ会長」として、「わくわく不思議体験教室」など企画し、自分も子どもたちもわくわくするような取り組みをしてきた。若いからこそできたというのもあるかもしれないが、孫と遊ぶくらいの気持ちで付き合ってみるのもいいかも知れない。ビブリオバトルとかもまたやってみようかなあ。自分もそういう日常の中のアクセントがないとしんどくなっちゃうしなあ。心に余裕を持ちたい。ヴォーリズの建築のようにはいかないかもしれないが、そういう遊び心をいつも忘れないようにしていきたい。本書を読んで、こんなふうに前向きに思える先生が増えるといいなあ。今度は寺脇、前川両氏との鼎談、楽しみだなあ。この本で気になったこと。どうしてページが内側寄りにあるのだろう。見にくくて仕方ない。何かの間違いとしか思えない。いかん、またイラッとしている。

  • 「話を複雑にする方がよい。」
    語りが柔らかく、引き込まれるように読んでいった。読み終えたあとに残るのは、「これ」という正解ではない。なんとなく、ぼんやりしていて、けれども、これからどうしていこうか。という曖昧な思いだ。ここに著者が思われる「話を複雑にする」があるのではないか。今までにないような視点からのお話は大変興味深く、自分の世界を広げてくれた一冊になった。

  • こんなこと書いたら、お上から怒られると思うが、「教育カリキュラム」とか「教育プログラム」とか「教育シラバス」とか「教育マニュアル」の作成に時間をかけるのは、無駄だと思う。

    僕は、教育学部の博士号を持ち、医学教育専門家であり、他の人より教育について何倍も勉強し、カリキュラムやプログラムを作るのを専門としてきたが、そう思う。

    なぜか? それは、教育は複雑であり、人を育てるのは、工場で物を組みたててゆくのと異なるからだ。机上で、重箱の隅をつつくようなマニュアル作成に時間をかけるのは、無駄だ。でも、現在の学校の先生は、この書類の作成に膨大な時間を費やしている。今年の計画書の検証、来年の計画書の作成、あらたなマニュアルの作成……、膨大な時間を書類仕事に費やす。

    大学の教員は、シラバスという講義などの内容や進め方を示す計画書を、詳細に毎年作らなければならない。これは、学生への契約書みたいなものということになっているのだから、義務であるわけだが…。忙殺される先生達。

    病院でも同じことがある。定期的に、公的な査察、**評価や△×評価という第三者機関の評価があり、その度に数か月にわたり書類仕事に追われる。必ず職員教育についても厳しいチェックがあり、僕らは書類の山に囲まれる。これら法律に基づく査察は、大事なことであるのは当然だ。しかし最近は、やたらに**評価というのが多くなり、異なる機関からほとんど同じことを毎回聞かれるわけだが、微妙に聞かれることが異なり、そのたびに準備が必要となる。マニュアルやプログラムの改訂をその度にやるのだが……(半分以上、愚痴ですみません)。

    これは半分以上自慢話だが、はるか昔、僕は、中学生のための苦手克服科目プログラムや高校生のためのセンター試験英語8割獲得プログラムなどを作って、学習塾を経営していた。そのプログラムはとても良く機能し、塾はまあまあ繁盛していた。

    医者になってからは、新人研修医の2年間のプログラムから、3か月の内科研修プログラム、1日だけの在宅研修マニュアル、外来研修、指導者養成の講習会プログラム、時には薬剤師のフィジカルアセスメント研修プログラム、新人看護師と研修医の合同研修プログラム等々を作ってきた。これもまあまあ機能し、研修医が沢山来たり、それが本になったりした。

    だから、教育の目標を決めたり、時間的な管理をする道程表を作ったり、評価をどうするかを考えたりすることは無駄ではないし、教育をする人は、プログラムの作り方を学ぶべきであろう。しかし、お上に提出するためとか、査察のためとか、評価ためでなく、本当に教育に役に立つために作るなら、僕は「だいたい」でいいと思う。

    なぜならば、新型コロナウイルが蔓延した時、旧来のマニュアルのほとんどが吹っ飛んだ。役に立たなくなった。生徒がメンタル的に病んでしまうと、マニュアルの変更は必須だろうし、スーパー優秀な学生が出てくると既存のプログラムでは対応はできまい。ジェンダーの問題や多様性の問題が起こる社会で、いちいち細かい教育マニュアルを作るのか? ナンセンスである。

    内田樹氏は、本書(p.37)で述べている。

    ◎成熟するとは、「一筋縄では捉えられない人間」になること。
    ◎成熟とは複雑化すること。教育の成果とは別人になること。
    ◎成長するということは、変化し、複雑化すること。

    僕は思う。マニュアルやシラバスで、単一方向の成果を求めても、それが教育の成果とは言えないだろう。教育を受けた側の人間は、時に予想もしない変化を起こし、異なる人間になってゆく。その方向性は、教育する側にもあるいは本人にも決められない側面がある。

    だから、プログラム作成に時間をかけるのは無駄だ。その時間を、先生は生徒や学生と一緒に過ごすべきだと思う。人間は、教育マニュアルで作られる製品ではないと、僕は思う。この本を読んで、そのことを再確認した。

  • 自分がそんなことを学ぼうと思いもしていなかったことを学んてしまうのが、学びの本質。
    そのためには自分に届くメッセージに対する感度を上げておかなければならない。
    自分を、そして子供たちを学びに開かれた状態にするために出来ることは何か。

    色々語られているが、最後のメッセージは「機嫌よく過ごすこと」。
    内田さんの話は難しいが、そうやって読者が手をかけることができる取っ掛かりをあちこちに準備してくれているのがとても親切だと思う。

  • 機嫌良く生活することを第一に生きていこう

  • 複雑化することは成熟すること。単純化や白黒はっきりさせる風潮は確かによくないかもしれない。曖昧な部分、はっきりできないこと、あわいの中に深みがあるってこと。なるほど。個人の中で複雑に対峙して熟成させることで外からのものも受け入れられる許容が生まれるのか。熟して穏やかに受け入れる。

  • マルセ太郎さんが
    舞台で、三木清さんの「人生論ノート」の「幸福とは」
    のことで語っていたことが思い浮かびました

    ー幸福は人格である。ひとが外套を脱ぎすてるようにいつでも気楽にほかの幸福は脱ぎすてることのできる者が幸福な人である。しかし真の幸福は、彼はこれを捨て去らないし、捨て去ることもできない。彼の幸福は彼の生命と同じように彼自身と一つのものである。

    だから、「幸福」とは
    その人自らに満ち溢れているんだよね。
    その人の様子そのものに表れているんだよね。

    「機嫌がよい人」というのは
    そういう状態をいうのだろうなぁ
    と思いながら
    今回(本書)も 内田樹節を堪能させてもらいました

  • 教育とは、成熟とは
    天職とは、成長とは
    いろいろ考えさせる内容であり
    有用な内容だといつもながらに思いました。

  • 教育は子どもの成熟を支援するためにあり、成熟とは複雑化することである。内田氏の主張に納得。もう一度読み返してみようと思っています。

  • 内田樹氏が、自身の主宰する凱風館で開催した教員向けの講演内容をまとめたもの。
    前半では、教員たちの質問に答える形で現代の教育や社会について語り、「単純化することの弊害」「成長するということは複雑化すること」ということを説く。
    後半は、内田氏の考える教育のあり方についてより深く書かれているが、特に印象的だったのは「機嫌のいい教員」でいることの大切さについての内容だった。外に対してバリアを張っていると、周囲と「同期」できない。外の内の境界があいまいな、穴だらけで、取り付く島がある人が教員だったら、子どもたちもそばにいやすいという内容は、教員としての佇まいを考えさせられた。
    また、話を聴いてもらうためには、聞き手が自分の身体の内側に耳を傾けるきっかけを作ることだ、という内容。本の中でも病院で「熱はありませんか?」と聞かれることで自分の内側と対話する、という例が挙がっていたが、自分が妊娠している時には毎回病院で「変わったことはありませんか?」「どう痛いですか?」など聞かれ、「えっ?えーっと、どうかな?」と対話していた気がして腑に落ちた。
    自分が人の前に立って話をする時にも、テクニックということではなく、自分と相手、そして、話を聴いている人自身の内部で対話が起こるよう、意識したきっかけ作りをしてみようと思う。

  • 著者が言う通り、誰も言ってなかったことを読めたという意味で興味の持てる本であったが、数字的なエビデンスを求める人が数字的エビデンスのないことを主張するのは違和感があった。

    ・相手が言っていることを、その背景も含めて能動的に理解しようとする力(56)
    ・社会的能力というのは何かがうまく行かなくなった時に復元する力(65)

  • 組織としてのシステムを単純化しようとするあまり、複雑化した問題に適応できなくなっている、という主張は学校が抱える問題をとても的確に言い当てていると思う。建物などの環境が与える影響は時に教師の力量よりも大きく生徒の学習に作用する、という経験論もあまり聞かない視点で参考になった。

全36件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授、神戸市で武道と哲学研究のための学塾凱風館を主催、合気道凱風館師範(合気道七段)。東京大学文学部仏文科卒、東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。専門は20世紀フランス文学・哲学、武道論、教育論。 主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『寝ながら学べる構造主義』、『先生はえらい』など。第六回小林秀雄賞(『私家版・ユダヤ文化論』)、2010年度新書大賞(『日本辺境論』)、第三回伊丹十三賞を受賞。近著に『日本型コミューン主義の擁護と顕彰──権藤成卿の人と思想』、『沈む祖国を救うには』、『知性について』など。

「2025年 『新版 映画の構造分析』 で使われていた紹介文から引用しています。」

内田樹の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×