寂しい生活

著者 :
  • 東洋経済新報社
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レビュー : 68
  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492046128

作品紹介・あらすじ

アフロの自由人・稲垣えみ子が語りかけるように描く、『魂の退社』に続く第2弾!

会社を辞め、大切なものと別れ、一人ぼっち・・・・。
それがどーした!

『魂の退社』は「退社」をメインにした内容だったが、今回の『寂しい生活』は「退社」以降、あらゆるしがらみと別れを告げた著者の日々の生活、日々の思いを歳時記的につづったもの。
アフロのイナガキさんの『魂の退社』その後の物語。

電気代は月150円、洋服は10着、質素な食事、最大の娯楽は2日に1度の銭湯・・・・。
そんな著者がいかにして家電製品たちと縁を切ってきたか。寒い冬、熱い夏をどうやって過ごしているか。
自然や季節を体感する暮らし、ものを捨てた後のスペースにこれまで気づかなかったいろいろなものが入り込んできて感じる豊かな気持ち、そういった著者にしか実感できない自由と充実感をシンプルな言葉でつづった稲垣哲学。

孤独を感じている人、チャレンジしたいけれど一歩踏み出せずにいる人、他人の評価に振り回されている人、何かわからないけれどもやもやと不安を抱えている人・・・・
そういう今を生きるすべての人の背中をやさしく押してくれる、すがすがしい1冊。

感想・レビュー・書評

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  • 震災をきっかけに始めた、徹底的な節電生活について、そしてそうすることで起きた価値観・人生観の大転換について、「アフロ記者」(元)が率直に綴っている。

    記者だった頃から著者の書くものには注目していて、これまで読んだ本もとても面白かった。でも、本書については、途中まではちょっと抵抗を感じながら読んでいたのだ。掃除機や電子レンジあたりはともかく、冷暖房や冷蔵庫もなしにする暮らし…。著者がいくら「思いの外容易で、それどころか楽しい」と言っても、まず多くの人には無理だよねえ。少なくとも私にはできない。

    「あなたは一人暮らしだから」「都会に住んでるから」などなど、心の中でツッコミながら読んでいたのだが、そのうちだんだん、いやまあそういうことは関係ないのでは、という気持ちになってきた。

    だって、稲垣さんは行動しているのである。自分の気持ちや考えたことに忠実に、自分ができることを行動に移しているのである。ここが一番大事なのだと思う。行動すれば、批判も受ける。何かしているわけでもない匿名の人間からも。そういうことを恐れない姿勢をすがすがしいと思う。

    著者は「家電」を手放すことで、この社会のありようを根本から考え直すことになる。「物を持てば幸せになる」という神話は、陰りを見せているようでなかなかにしぶとく、いまだに私たちの生活を隅々までおおっていると思う。本書で一番共感したのは次のくだりだ。

    「消費社会とは、モノを売ったり買ったりすることができる健康で強い人たちのためのサークル活動です。それは一方で、本当に救いを求めている人たちをはじき出していく会員制クラブに成り果てている」

    今ほど「老い」が恐怖である時代はないのでは、と思う。その根っこには、著者の言うとおり「消費社会からはじき出される」ことへの恐れが大きな要因としてあると思う。

    我が家の近所に大型のショッピングモールがある。たまに買い物に行くと、ふと、なんともいえない違和感がこみ上げてくる。きらびやかなものが無数に並び、たくさんの人が何を買おうかと楽しそうに歩いている。ここは私にはあまり縁のないところだなあと思う。「社会」が自分とは違うところでまわっている感じ。それは本書のタイトルの如く「寂しい」ものであり、同時に、これでいいのだという気もするのだ。

  • 東日本大震災後の節電をきっかけに
    著者は色々なものを手放していく。
    家電や洋服、贅沢な食事、果ては高収入が約束された職さえも。。。
    生活の見直しはさらに進み、
    ついには電気を使うことを、丸ごと手放してしまうのだ。所有することが豊かさの証だったそれまでの生活から一変
    多くの物を手放したはず著者は、
    その結果、驚いたことに
    生活に豊かさを感じるようになるのだ。
    暑さ寒さ、粗食さえも受け入れ
    禅寺の修行層のような暮らしを続けるうちに
    悟りでも開けてしまったのだろうか。。。

    ちょっと真似してみようかな?・・・なんて思えるような
    生易しいレベルのミニマムさではないので
    残念ながら今の暮らしを変えようとは思えなかったけれど、
    自分の人生の大切な時間に
    「無駄な時間」「有益な時間」と差別するようなことはやめようと思いました。
    便利さ、楽さを追求するはずの家電の進歩が
    どんどん人間から大切な時間を奪っていたという著者の考えに、眼を醒まされた気がします。

  • 徹底したエコライフや「魂の退社」その後の暮らしぶりなど。
    他と比べない生き方暮らし方をするアフロ姉さんが素敵。
    うーん、働く女としては「魂の退社」のほうが生きる元気をもらったアラフィー今日この頃。

  • 読んだ後、自分が楽しいと思うことしかしたくないと思った。世の中が良しとしている主張に惑わされ、大して好きでもないやりたくもないこと目指してお金を使っていたのであれば、それこそ寂しい。稲垣さんのように家電を全部手放そうとは思わないが、モノに人間が操られているような気はするので生き方を考えようと思う。

  • いやー、もう大好きです、稲垣さん!
    寂しいというタイトルですが、全然寂しくない。
    世間的にはストイックに見えるから「寂しい」のかもしれないけど、本人はめちゃくちゃ楽しんでる仙人的生活について。
    自分が一人暮らしだったら同じことしてたんじゃないかと思う。

    稲垣さんは、震災の原発事故をきっかけに節電生活を始めるのですね。
    で、テレビをやめ、掃除機をやめ、電子レンジをやめ、冷蔵庫をやめ、お風呂の湯沸器をやめ、やがてはエアコン(冷房どころか暖房まで)までやめてしまう。
    洋服はフランス人なみ(10着よ、あずきこさーん 笑)
    江戸時代的生活なのですが、生活の工夫、家事が楽しくてしょうがなくなる。

    こう書くと、「変な人ね、私にはできません」という感想で終わりそうですが、違うんですね。
    年老いていくご両親が物に埋まれて身動きが取れなくなる様子も書かれていますが、すごく奥が深い話です。

    これまでの
    昭和の経済成長期的価値観「買えばいい」(モノで家事から解放され、人生が豊かになる)→
     昨今もう必要なものは全部あるのに、資本主義的構造で、無理やり需要を生み出し、買わされている → 
    家事の時間は減っておらず、モノに埋もれて苦しんでいる →
    でも、そこから降りることができない
    これにひそかに苦しんでいる人、実はすごく多いのだと思います。

    ラットレースという言葉があります。
    金持ち父さん貧乏父さんで出てきた言葉です。
    どんなに一生懸命働いても、人に使われる身分であるサラリーマンはたいして豊かになれないよ、ラットが同じところをくるくる回るだけで、逃げられないよ、という文脈で使われていたと思います。
    資本主義的には、それは正しい。
    労働者は搾取される立場にありますからね。
    でも、私は昨今、自分も含め、ほとんどの人が「もっともっと」の思想からくる購買ラットレースにはまってるんじゃないか、と思う。
    つまり、もっと収入が増えれば、もっと大きな家に住めれば、もっと使い勝手のよい電化製品を持てば、人生は豊かになり、幸せになれるとおもわされているけど、実は同じところをぐるぐる回っているラットレース。
    稲垣さんはラットレースという言葉を使わないけれど、でも、その欲望には限りがない、いつまでたっても満足することはできないよ、どうするの?ということを書かれてます。
    ある年齢まで来たら、今度は「大きくすること」ではなく、「小さくしていくこと」「閉じていくこと」を考えなければならない。
    若くて体力があるうちはいいのだと思う。
    モノを使いこなせているうちは。
    でも、例えば稲垣さんのご両親のように、年齢が上がるともはや便利な家電は複雑になりすぎて、悩みの種でしかなくなる。
    使いこなせないから、面倒くさく家事をせずに寝たきりになっていく。
    それなのに、経済成長の発想に縛られているからまだ「じゃあ、別のものを買えばいい」と考える。

    でも、本当に必要なのは、高性能の掃除機ではなくて、ほうきと雑巾だったりする。
    それならば使いこなせる。体も動かすから、体力も養われる。
    生活を小さくしていくと、これまで見えなかったことが見えてくる。
    エアコンをやめると、風の流れや季節の移り目に敏感になる。
    湯沸し器をやめて銭湯に行くことで、ご近所との交流が生まれる。

    なぜこの「もっと大きく」「もっと収入を」をやめられないかといえば、背景には不安があるのだと思います。
    収入を増やさなければ、いずれ生活が立ち行かなくなるのではないか、
    貧困に陥るのではないか、みじめな生活が待ってるのではないか、他人と比較して劣等感や屈辱感を覚えるのではないか、などなど。

    ラットレースを降りるのって、二通りあるんだと思います。
    資本家になること。(大きくなること)
    生活を小さくすること。
    全員が資本家になることは資本家の構造上はできない。
    でも、生活を小さくすることは誰にでも可能ですからね。
    そしてラットレースを降りたいと思う究極の目的が幸せい生きることだとしたら、どちらを選びたいか、それは人それぞれですね。

    稲垣さんみたいに一度「大したお金がなくても、楽しく豊かに生きていけるんだな」とわかると、一気にその不安から解放される。
    たしか、ミニマリストのたっくさんだったかな、同じようなことを書かれていた記憶があります。
    月にX万あれば暮らせるんだ、とわかって一気に自由になったというようなこと。

  • 現代でこそ、便利、不要な物に毒されない様に生活していかなくては…

  • 東日本大震災を経験した著者が、現在使用している電気代を半額にしてみようと思い立ったのがきっかけで、そこから洗濯機、冷蔵庫などの白物家電をどんどん手放していった話。あの震災がきっかけで、あふれる物との付き合い方を考え直した人は多いが、ここまで突き詰めた人はなかなかいないのでは。これこそまさにミニマリスト。最近物を所有していることより経験の方が大事だという流れになっている。なかなかここまで思いきれないが、頑張って物を整理しよう。

  • 所有することによって奪われるものについて普段から考えているので、すごく興味深いと思った。
    ただ、わたしにこんな強い意志はあるかなと考えても、ないような気がする。
    流されることなく、自分できちんと考えることを始めたいと思いました。


  • 家電を断捨離すること、そのプロセスに重点が置かれていたので、共感が得にくく途中すこし読みづらさを感じた。しかし、最後のまとめでも述べられていた通り、家具を捨てることを、いまに集中する、そして面倒くさいことを面倒だと考えないようにするためのきっかけであったと深く捉える考え方は面白かった。

  • 洗濯についてもう少し詳しく知りたかった。

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著者プロフィール

稲垣えみ子(いながき えみこ)
1965年、愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社入社。大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめ、2016年1月 退社。夫なし、子なし、冷蔵庫なし。仕事したりしなかったりの、フリーランスな日々を送る。その生活ぶりを紹介したテレビ番組『情熱大陸』が話題に。日本酒好き。著書に『魂の退社』『寂しい生活』(共に東洋経済新報社)ほか。
『もうレシピ本はいらない』で「料理レシピ本大賞 in Japan 2018」料理部門:エッセイ賞を受賞。

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