いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編

著者 :
制作 : 佐藤 優 
  • 東洋経済新報社
3.80
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本棚登録 : 855
レビュー : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492062005

作品紹介・あらすじ

佐藤優氏が外交官時代、肌身離さず持ち歩いた「座右の書」であり「最高の基本書」であり「伝説の学習参考書」。
あの『大学への日本史』が読みやすくなって、しかも最新情報で新登場!

《佐藤優氏が大絶賛する本書の3つの特色》
【特色1】「通史」が身につく
・1人の著者が全編を通してすべて執筆している(通常の教科書は分担執筆)
・そのため全体の「流れ」が明確で、個々の歴史事象だけでなく「歴史の動き」がわかりやすい

【特色2】「最新情報」に全面改訂
・監修者が全編チェックし、古い学説を全面改訂
・最先端の学説も反映した「最新の内容」に全面リニューアル、「いま使える内容」に

【特色3】「世界史」を意識した記述
・日本史は「世界史」の文脈で見ると理解が深まる
・全編が「世界の中の日本」という視点で貫かれ、日本史ファンにも「新たな発見」が満載

《きちんと説明できますか?》
Q.薩摩や長州が政治の主導権を握り、幕府を倒せた理由は?(→p.57~59参照)
Q.明治維新で、なぜ日本だけが列強の植民地にならずに済んだのか?(→p.88)
Q.三井、三菱はどうやって財閥に成長できたのか?(→p.90、p 100、p 109参照)
Q.日露戦争前夜、なぜイギリスは日本と同盟を結びたかったのか?(→p.140参照)

《この1冊で、新書100冊の基礎知識が身につく》
〈私の日本史の知識の基盤は,本書によって形作られたといっても過言ではない。日本史を学び直したいビジネスパーソンも,安易に作られた新書100冊を読むよりも,この1冊を熟読したほうが,はるかに基礎知識が身につくはずだ。近現代の知識はビジネスに直結する。ぜひ本書をビジネスシーンや社交に必須の実用書として活用してほしい。〉(佐藤優氏「本書を強く推薦する」より)

「私の日本史の知識の基盤は,本書によって形作られた」「この1冊で、新書100冊の基礎知識が身につく」と佐藤優氏が断言するほどの究極の1冊。
ビジネスパーソンが日本史をいっきに学び直す、最高にして最適の1冊です!

巻頭には、佐藤優氏が本書に寄せた解説を掲載。
巻末の「佐藤優×山岸良二スペシャル対談(本書の読みどころ)」では、なぜビジネスパーソンに日本史の知識が必要不可欠なのか、さらに佐藤氏流の日本史解釈、おすすめ勉強法まで解説!

歴史ファンにも、いちから学び直すビジネスパーソンにも、いまいちばん面白く、役に立つ日本史の本です!

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    「日本史の教科書」第2弾。江戸時代中盤から終盤、明治、大正、昭和の日本史が掲載している1冊。

    本当に、良くも悪くも「ただの教科書」なので、面白味やストーリー性は皆無なのだが、客観的な歴史書としては本当に役に立つ1冊だと思う。
    一切の主観を挟まず、少なくとも現在における一切の曇りもない真実のみが綴られていて、歴史小説などと比べても信憑性は抜群だ。
    (勿論、その分面白味は抜群に低いが。。。)

    また、江戸終盤からは近代に近い外交が始まるため、この1冊で同じタイムゾーンの諸外国の状況も読めた。
    日本が何故侵略される事なく明治維新を成し遂げる事が出来たのか、維新後どのように世界に進出していったのか、そしてなぜ第二次世界大戦に巻き込まれて敗戦してしまったのか。
    そういった日本の歴史を諸外国の状況も踏まえて解説されている為、なんというか読んでいて非常に腑に落ちたなと思った。
    そして、個人的には敗戦後の日本史については何故かあまり頭に入っていなかったが、この1冊は平成に至るまでの日本史までもが余すことなく書き綴られているなーと感心した。

    日本人として生きている以上、自国の歴史と発展、ルーツについてはしっかりと頭に入れておきたいものですね。



    【内容まとめ】
    1.明治維新が成し遂げられたのは奇跡!!
    明治維新は、中国の太平天国の乱、第二次アヘン戦争、クリミア戦争、晋仏戦争の文脈でとらえること。
    東アジア諸国の中で、日本だけが植民地化されずに帝国主義国として発展することができたのは、歴史的な巡り合わせによるところが実に大きい。
    ロシアは国内問題に忙殺され、フランスはルイ・ナポレオンの対外政策がことごとく失敗し、アメリカは南北戦争によって対日関係を消極化していった。
    明治維新が達成された頃の国際的環境は、日本にとって一種の空白期でもあったのである。

    2.飢饉は江戸時代を通じて150回あまり、大規模なものだけでも20回を数える。
    中でも1732年の「享保の大飢饉」、1782年~1786年の「天明の大飢饉」、特に厳しかったのは1836年の「天保の大飢饉」は、三大飢饉といわれている。

    3.1854年に日米和親条約、1858年には日米修好通商条約も締結する。
    日本は関税自主権を失い、外国人に治外法権を認めた。
    金銀の交換比率は欧米では金1と銀15の割合だったのに対し、日本では金1銀15の割合だった。

    4.日清戦争
    1894年5月、第2次伊藤内閣が窮地に陥っていたとき、朝鮮の各地で甲午農民戦争が発生した。
    朝鮮の要請により清が出兵すると、日本もただちに出兵し、乱の鎮定後も撤兵せず、列強の干渉を排除しつつ軍隊の動員を行なった。
    (日本の出兵は、形式的には「天津条約」に基づいていた)
    が、ロシアが中国への南下政策を妨げられる事を恐れ、フランス・ドイツと共に遼東半島を清に還付することを要求する「三国干渉」を行ってきた。

    日清戦争によって、日本は欧米列国による被圧迫国から、アジア諸民族を圧迫する国へと変わり、帝国主義へとなり、反日運動を高まらせていく要因となった。
    また、三国干渉に対しては「臥薪嘗胆」というスローガンが生まれる元となり、後の日露戦争につながっていく。

    5.第一次世界大戦の影響
    ・イギリスに代わってアメリカが世界第一の経済大国となった。
    ・世界最初の社会主義政権が成立した。
    ・社会主義政権誕生は、列強の対立を一層激化させ、複雑にした。
    ・労働運動、社会主義運動が激化した。
    ・植民地、従属国の民族運動が盛んとなった。
    ・極東における日本の進出が決定的になった。
    ・日本が列強の仲間入りをした。
    ・日本は国際的に孤立するようになった。

    6.大平洋戦争
    アメリカは軍備が整わず、また、まず対ドイツに兵力を集中したため、緒戦において日本軍はめざましい戦果をあげた。
    しかし戦線の拡大につれて軍需物資の補給が困難となっていき、日米の間に次第に大きな戦力の違いが目立ってくるようになった。
    1942年6月のミッドウェー海戦は、主力空母4隻を失う敗戦となり、8月からのガダルカナル攻防戦では激しい消耗戦の結果、陸軍が大敗北を喫し、翌1943年2月には撤退を余儀なくされた。
    1944年6月にはマリアナ海戦で惨敗、7月にはサイパン島が陥落、日本本土が空襲にさらされることになった。

    7.田中角栄内閣による「日本列島改造論」
    池田内閣以来の高度経済成長政策を受け継ぎ、収入が莫大に増え、テレビや洗濯機などはほぼ全世帯に普及し、自動車の保有台数と増加した。
    物価もそれに劣らずに上昇し、暴騰していった。
    人口は太平洋ベルト地帯に急速に集中していったため、農村・漁村や山村・離島などでは人口流出が相次ぎ、過疎化現象が顕著になった。

    高度経済成長がもたらした最も憂慮すべき問題は、環境破壊や公害の激化。
    熊本県水俣や新潟県阿賀野川流域の「水俣病」
    カドミウム汚染による富山県神通川流域の「イタイイタイ病」
    大気汚染の進による「四日市喘息」や「川崎喘息」

    8.日本人は、国家とは同一民族によって構成されているものであり、日本史とは日本民族、日本社会の歴史であると考えがちだが、それは世界的にはまったく当てはまらない。
    お隣の朝鮮の歴史を考えてみても、漢民族や遊牧民族、それに日本民族からの絶え間ない侵入にさらされているし、イギリスでさえも11世紀のノルマン人の侵入にのって民族構成が大きく変わっている。
    他の国の歴史とは、絶えざる民族交代の繰り返しであり、異民族混合の歴史なのである。


    【引用】
    p3
    明治維新は、中国の太平天国の乱、第二次アヘン戦争、クリミア戦争、晋仏戦争の文脈でとらえること。
    東アジア諸国の中で、日本だけが植民地化されずに帝国主義国として発展することができたのは、歴史的な巡り合わせによるところが実に大きい。

    ロシアは国内問題に忙殺され、フランスはルイ・ナポレオンの対外政策がことごとく失敗し、アメリカは南北戦争によって対日関係を消極化していった。
    明治維新が達成された頃の国際的環境は、日本にとって一種の空白期でもあったのである。


    p17
    ・享保の改革(財政の再建)
    8代目将軍・徳川吉宗
    紀伊藩主であった徳川吉宗が将軍に就任した。
    5代綱吉の頃から顕著になった幕府財政の窮乏は慢性化し、危機的な様相を帯びていた。
    また幕府の支配体制にも緩みがみえ、士風の退廃も進んでおり、商業的農業の発展によって幕府は農業生産物の掌握ができなくなっていた。
    吉宗は、この情勢に幕府の支配機構を対応させ、再び幕府支配を確固としたものにすることを目的とした。


    p25
    農民層の分解を激化させたものに、凶作・飢饉があった。
    飢饉は江戸時代を通じて150回あまり、大規模なものだけでも20回を数える。
    中でも1732年の「享保の大飢饉」、1782年~1786年の「天明の大飢饉」、特に厳しかったのは1836年の「天保の大飢饉」は、三大飢饉といわれている。


    p29
    ・田沼時代の政治と社会
    吉宗死後、後任の家重が暗愚だったために、再び側用人政治が復活。
    田沼意次が実権を握った1764年~1786年までを田沼時代と言われている。
    田沼意次は門閥も格式もない成り上がり者であったが、それゆえに将軍家治の信任を背景に、先例にもとらわれずに思い切った積極的な政策をとることができた。

    江戸・大阪・京都の特権商人と結び、商品の流通過程から利益を吸収した。
    また、商人の株仲間を公認し、多くの特権や仕入・販売などの独占権を与える代わりに、幕府に多額の運上金を上納させた。
    しかし、生産者である農民や新興商人の利益を損なうものであったため、一揆を起こされ激しく抵抗された。

    その上この時期には天災地変が相次ぎ、天明の大飢饉は足かけ5年に及んで各地に餓死者が続出する惨状を見せ、それが田沼の政治の結果と取られた。

    意次は政権に近づくために将軍の信任を得、大奥と結びつき、一族も門閥と縁故を結び、公然と賄賂を行い、また受け取った。
    結果激しい反発を招き、家治が死んで家斉が11代将軍になると、意次も老中の職を追われて失脚した。

    ちなみに賄賂が盛行したのは田沼時代に限ったわけでもないが、賄賂を公然ととったために非難されたのである。


    p40
    ・寛政の改革
    奥州白河藩主の松平定信による幕政改革。
    風俗の粛清に乗り出し、厳しい倹約を命じた。
    田沼時代の商業資本重視の政策を改めて、農業など生産を推進し、むしろ商品流通を抑制する政策を取った。

    「白河の 清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」


    p47
    ・化政文化
    江戸中心の町人文化。
    江戸市民が担い手で、「江戸っ子」という言葉や、「通」「粋」という通人趣味が基調。
    文化の面で、次第に上方から江戸へと移っていく傾向があった。
    幕府が放漫な財政政策をとったために経済活動が活発となり、また大きな天災や凶作がなかったこともあり、商品生産や流通は一段と発達した。


    p58
    ・天保の藩政改革
    薩摩藩
    関ヶ原の戦いで敗戦した後も旧領を安堵された。兵農分離も進行せず、厳しい農民統制を行っていた。
    1753年の木曽川治水工事で財政窮乏は深刻となり、さらに化政期の島津重豪の豪奢な生活によって破局的な藩債を負った。
    その藩債を「250年賦償還」という無茶な方法で処理し、奄美大島や琉球との貿易を活発にした。


    p61
    水野忠邦が行なった天保の改革とほぼ同時期である1840年に、中国ではアヘン戦争が起こっている。

    1853年 ペリー来航
    1854年 日米和親条約
    1858年 日米修好通商条約、安政の大獄
    1861年 イタリアの統一、アメリカの南北戦争
    1867年 大政奉還、王政復古の大号令
    1868年 明治元年
    1871年 廃藩置県
    1877年 西南戦争
    1894年 日清戦争
    1902年 日英同盟
    1904年 日露戦争
    1910年 日韓併合→辛亥革命に
    1912年 大正元年
    1914年 第一次世界大戦
    1917年 ロシア革命
    1923年 関東大震災
    1925年 治安維持法、普通選挙法
    1929年 世界恐慌
    1931年 満州事変
    1932年 五・一五事件
    1933年 国際連盟脱退、独ヒトラー政権、米ニューディール政策
    1936年 二・二六事件、日中戦争勃発
    1939年 第二次世界大戦
    1945年 ポツダム宣言受諾、財閥解体、農地改革
    1947年 米ソ冷戦激化
    1950年 朝鮮戦争
    1951年 サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約


    p64
    ・絶対主義王政→市民革命
    市民革命によって絶対主義王政が廃絶、近代市民社会が形成され、産業革命によって資本主義的生産が発展、ブルジョアジーが社会の実権を握る。

    ・イギリス
    清教徒(ピューリタン)革命
    1642年に清教徒クロムウェルが中心となり、国王チャールズ1世を処刑、自由共和国の成立を宣言した。

    名誉革命
    1660年に王政が復活しチャールズ2世が反動的政治を行ったため、1688年に追放して無血革命を成功させた。

    ・アメリカ
    本国イギリスに対して独立戦争を起こし、1776年に独立宣言を発してアメリカ合衆国を樹立。

    ・フランス
    1789年に大革命が起こり、1792年には共和制が樹立された。
    19世紀はじめにはナポレオンによる海外侵略が市民革命の輸出につながった。


    p73
    ・日米和親条約(神奈川条約)
    1.下田、箱館の両港を開港
    2.下田に領事を置く
    3.片務的な最恵国待遇をアメリカに与える

    相次いでイギリス、ロシア、オランダとも和親条約を締結。

    1858年には日米修好通商条約も締結する。
    日本は関税自主権を失い、外国人に治外法権を認めた。

    金銀の交換比率は欧米では金1と銀15の割合だったのに対し、日本では金1銀15の割合だった。


    p83
    ・生麦事件→薩英戦争
    1862年、島津久光が江戸から帰京の途中、生麦(横浜市)で行列の前方を横切ったイギリス人を藩士が殺傷するという事件が発生。
    その報復のために、1863年にイギリスは軍艦7隻を鹿児島湾に派遣して砲撃戦を行なった。
    攘夷の困難を知った薩摩藩は、イギリスと和平交渉を図り、以後親密な関係を結んだ。


    p88
    ・王政復古の大号令
    →倒幕派が徳川氏を政権から追い出し、新政権の主導権を握るためのクーデター

    ・鳥羽伏見の戦い

    ・江戸城の無血開城

    ・戊辰戦争
    →鳥羽伏見の戦いより後の一連の戦争のこと。上野の戦い、会津戦争、五稜郭の戦いなど。


    p107
    ・松方財政
    明治14年の政変で大蔵省の大隈重信が罷免、松方正義がインフレ政策に変わってデフレ政策を推進した。
    紙幣と銀が同価になるまで回収・整理を行い、一方で日本銀行を設立、兌換銀行券を発行した。
    また軍事工場や運輸通信部門を除いて、相次いで官営事業が民間に払い下げられた。
    三井・三菱などは政府と緊密に結びついた政商で、非常に有利な条件で払い下げを受けたため、財閥として成長するきっかけをつかんだ。


    p130
    ・日清戦争
    1894年5月、第2次伊藤内閣が窮地に陥っていたとき、朝鮮の各地で甲午農民戦争が発生した。
    朝鮮の要請により清が出兵すると、日本もただちに出兵し、乱の鎮定後も撤兵せず、列強の干渉を排除しつつ軍隊の動員を行なった。
    (日本の出兵は、形式的には「天津条約」に基づいていた)

    開戦後も日本軍は連戦連勝で、9月の「平壌の戦い」「黄海海戦」で日本の勝利は確定的になり、翌年講和議会が開かれ、下関条約が締結された。
    清は朝鮮の独立を認め、賠償金を支払い、日本との不平等条約を締結することを約束し、遼東半島などを割譲した。
    が、ロシアが中国への南下政策を妨げられる事を恐れ、フランス・ドイツと共に遼東半島を清に還付することを要求する「三国干渉」を行ってきた。

    日清戦争によって、日本は欧米列国による被圧迫国から、アジア諸民族を圧迫する国へと変わり、帝国主義へとなっていった。
    それは当然、反日運動を高まらせていく要因となった。

    また、三国干渉に対しては「臥薪嘗胆」というスローガンが生まれる元となり、後の日露戦争につながっていく。


    p141
    ・日露戦争
    日本は日清戦争の賠償金のほとんどを軍事費につぎ込み、また租税増徴も行なって、軍備拡充に邁進した。
    が、国内では非戦論も多く、日清戦争のような挙国一致戦争ではなかった。

    日本軍は1904年2月に仁川・旅順でロシア軍を奇襲、その2日後に戦線布告を行なったら、
    ロシアのバルチック艦隊をほぼ全滅させて優位を占めたが、日本軍の損害も大きく、また軍事費も使い果たしていた。
    ロシアは主力軍は本国にいたが、社会主義革命運動が盛んで、血の日曜日事件が発生するなど国内が不穏であった。
    このため、両国とも戦争の継続が困難になってきた。
    1905年、アメリカからの勧告により、日露講和条約である「ポーツマス条約」が結ばれた。

    日露戦争はイギリスとアメリカvsフランスとドイツという列強同士の複雑な関係が絡んでおり、戦後日本の極東進出が強まったことで第一次世界大戦の種を蒔くこととなった。


    p166
    第一次世界大戦の影響
    ・イギリスに代わってアメリカが世界第一の経済大国となった。
    ・世界最初の社会主義政権が成立した。
    ・社会主義政権誕生は、列強の対立を一層激化させ、複雑にした。
    ・労働運動、社会主義運動が激化した。
    ・植民地、従属国の民族運動が盛んとなった。
    ・極東における日本の進出が決定的になった。
    ・日本が列強の仲間入りをした。
    ・日本は国際的に孤立するようになった。


    p186
    ・金融恐慌
    1920年の戦後恐慌以来、1922年の銀行恐慌、1923年の震災恐慌など、1920年代は恐慌に次ぐ恐慌に見舞われた。
    その過程で多くの新興財閥が倒れ、その資産は三井・三菱・住友・安田など旧財閥に食いちぎられた。
    また1927年には金融恐慌が発生し、鈴木商店が倒産した。

    ・鈴木商店
    第一次世界大戦中に急成長した新興財閥で、神戸製鋼や大正生命、東洋火災海上など50社以上を擁し、三井・三菱の地位を脅かすまで成長した。


    p196
    ・満州事変
    1931年9月、関東軍は柳条湖で南満州鉄道の線路を爆破した。これを柳条湖事件という。
    関東軍はこれを中国軍の仕業であると称し、ただちに満州における全面戦争に突入、翌年1月に満州をほぼ占領した。

    対立していたアメリカは大恐慌による打撃が深刻だったため、日本の軍事行動に対して有効な対抗手段を取ることができなかった。
    また蒋介石らはあえて日本軍に抵抗しないように指示を出していた。

    満州事変は、軍の独断専行に対して政府がまったく無力であることを示した。


    p217
    ・大平洋戦争
    アメリカは軍備が整わず、また、まず対ドイツに兵力を集中したため、緒戦において日本軍はめざましい戦果をあげた。
    しかし戦線の拡大につれて軍需物資の補給が困難となっていき、日米の間に次第に大きな戦力の違いが目立ってくるようになった。

    1942年6月のミッドウェー海戦は、主力空母4隻を失う敗戦となり、8月からのガダルカナル攻防戦では激しい消耗戦の結果、陸軍が大敗北を喫し、翌1943年2月には撤退を余儀なくされた。
    1944年6月にはマリアナ海戦で惨敗、7月にはサイパン島が陥落、日本本土が空襲にさらされることになった。


    p269
    ・田中角栄内閣による日本列島改造論
    池田内閣以来の高度経済成長政策を受け継ぎ、1960年には一人当たり月2万5千円に満たなかった賃金が、1970年には8万5千円を上回るようになった。
    テレビや洗濯機などはほぼ全世帯に普及し、自動車の保有台数と増加した。
    物価もそれに劣らずに上昇し、暴騰していった。
    人口は太平洋ベルト地帯に急速に集中していったため、農村・漁村や山村・離島などでは人口流出が相次ぎ、過疎化現象が顕著になった。

    高度経済成長がもたらした最も憂慮すべき問題は、環境破壊や公害の激化である。
    有機水銀汚染による熊本県水俣や新潟県阿賀野川流域の「水俣病」や、カドミウム汚染による富山県神通川流域の「イタイイタイ病」などが発生し、多くの犠牲者が出た。
    また大気汚染も進行し、石油コンビナートのある工場地帯は特に汚染され、「四日市喘息」や「川崎喘息」といわれる呼吸器官の病気が頻発した。


    p316
    ・日本の位置
    ユーラシア大陸の東端に位置する島国で、このことは日本史の展開過程に大きな影響を及ぼした。
    適度の雨と温暖な気候は土壌に豊かな恵みを与え、日本人の自然感覚を鋭いものにした。
    また島国であったために、中国で出現した強大な帝国による直接支配も遊牧民による征服も受けず、大陸から高度な文明を摂取して内的に発展していくことに成功した。

    日本人は、国家とは同一民族によって構成されているものであり、日本史とは日本民族、日本社会の歴史であると考えがちだが、それは世界的にはまったく当てはまらない。
    お隣の朝鮮の歴史を考えてみても、漢民族や遊牧民族、それに日本民族からの絶え間ない侵入にさらされているし、イギリスでさえも11世紀のノルマン人の侵入にのって民族構成が大きく変わっている。
    他の国の歴史とは、絶えざる民族交代の繰り返しであり、異民族混合の歴史なのである。


    p323
    ・日本の特殊性
    1.日本は島国であったがゆえに、周辺の文化を吸収して順調な発展を遂げることができた。

    2.日本はモンスーン地帯に位置していたがゆえに、適度の雨量と温暖な気候に恵まれ、農耕(稲作)社会として発展した。

    3.島国の模倣性、単一民族の協調性、稲作国の勤勉性などのために、西欧の圧力の前に近代化を達成、非西欧国で唯一の工業国となった。

  • 【実用編】は享保の改革から昭和までの約300年、【教養篇】より少し薄いだけなので、大変密度の濃い内容です。
    明治維新と第二次世界大戦に向かっていく日本人のパワー、迫力ありますね。
    歴史は5W1Hで説明するように言われますが、そんな単純なものでなく、そこに行き着くまでの何百年にもわたる積もり積もったエネルギーがあるんですね。

    私自身でも何か事を起こすときには積もった負の感情というのがすごいパワーになると感じています。
    この本を“実用”として活かすとしたら、単純に考えて明治維新は成功で第二次世界大戦は失敗なのですから、「やる気に満ちあふれた人々」に対して周囲の人々は冷静に判断し、時には応援、しかし間違っていたら暴走をしっかりとめることが大事だと思いました。

    さてこの本を推薦企画した佐藤優さんが「日本史を学び直したいビジネスパーソンも,安易に作られた新書100冊を読むよりも,この1冊を熟読したほうが,はるかに基礎知識が身につくはずだ。」とおっしゃっています。
    それは嘘ではないと思いますが、佐藤さんはすでにものすごい読書量で頭の良いかただから、それでいいのです。

    私は曲がりなりにも日本史受験をした者で、その後もいろいろ本を読んできました。
    しかしこの本で初めて知ったこと理解できたことがたくさんあります。
    頭悪いから忘れるんだろうと言われたら、それまでなんですが…。

    たとえば明治維新のころに欧米各国が登場するのですが、中学高校時代はそれらがすべて一緒でした。
    しかし最近西洋史の本をたくさん読んできて、それぞれの国の状況とか個性がわかっているので、すごくよくわかり、面白かったです。

    ですから私のようなものには、やはり新書100冊が大事です。
    Amazonレビューを読むと、佐藤さんみたいな方は確かに存在するのだろうといえますが。

  • もともとは受験向けの参考書なんだそうだ。それをかの佐藤優さんが激賞し、監修・再版した本ということらしい。

    ポイントは、一人の著者が書いた「通史」であって全体の流れが一気通貫で俯瞰できること。これを縦軸とすると、各トピックの外の出来事との関連性、つまり横軸がわかること。このタテヨコの軸が、なんとか史観とかのバイアスをさほど気にしなくていい、客観的な視点で書かれていること。だと思う。

    こういう本を読めば(一度でもいいし、何度でも身になるまで読めばなおよさそう)、確かにスタンダードができようというものである。起こったことのからくりがわかり、それが今につながり、未来を考えるよすがになる。

    この近代・現代編はまんま現在につながっているということで、「実用編」と銘打っている。

    ところで、日本人(人間)がさっぱり歴史に学んでいないことを思えば、こうして歴史をひもとく意義って何だろう?

  • 日本史を学び直すのに最適の一冊。高校と大学の中間のレベル。史料問題も載っている。詳細→http://takeshi3017.chu.jp/file7/naiyou26401.html

  • 気になって図書館で予約

    借りてみましたが
    日本史辞書のような感じかな

    わかりやすく日本史を学ぶ、とは
    ちょっと違ったのでパラパラと見て返却

  • この一冊だけで歴史の教科書より分厚いのではないだろうか。特に明治~現代って授業ではざっと流すだけだったから、こんな色々あったのかと思った。諸外国の状況と合わせて日本史を理解しないといかんのだなあと思った。いつかまた精読したいとこだけど…。自分のような歴史オンチには、ある程度の流れをつかむのに大層役立つ本だった

  •  先日の電通女性社員の過労自殺のはなしから。

     女性の進出!地位向上!を叫ぶ連中は、
     ついに女性も男性社員と同じく過労自殺する時代だと証明された!これぞ男女平等の現れ!と喜べばいいじゃないか。
     都合が悪くなると黙り込むのがむかつく。必要なのは働きたい人が働けることと、人権尊重なのに、そんな声は上がらない。

     一億総活躍社会、女性に移民に高齢者にと労働者人口を増やすことで労働生産量を補おうとしているが、
     労働生産量=一人当たりの生産能力×労働者だ。増やすべきは前者だろう。

     本書によると1899(明治32)年の工場労働者数45万人のうち65%が婦人労働者だった。日清戦争後も依然として劣悪な労働条件の下に置かれた。
     産業革命はその犠牲の上に達成されたのだった。

     つまり、今を明治時代にまで戻したいらしい。


     さて、いっきに学び直す日本史【実用編】は江戸時代後期から近現代まで。
     とりあえず、通しで一気に読み通しましたよ。

     特に、明治維新から太平洋戦争までは、それまでの日本はほとんど国内のみ、海外とのつながりは、せいぜい朝鮮中国だけだったのが、一気に世界の波に飲み込まれていく。
     
     帝国主義の列強諸国で生き残るには、自らも帝国主義化するしかない。
     植民地化される東アジアで唯一列強国として残った日本が孤立するのは、他の列強が帝国主義を反省するのに対して、日本は帝国主義を逆に強めたからだということがわかる。

     日清戦争からの流れがわかると、韓国中国が日本を嫌う理由がよく分かる。


     倒幕計画が進められていた1887年8月に「ええじゃないか」騒ぎが起こり、各地に広がっていった。(中略)
     民衆が踊り狂っている間に幕府は倒れ、気づいたときには新政府ができていたのである。(本書86ページ)

     なんかよく聞く話だ。

     
     いっきに学びなおそう!日本史!たぶんなんかに役に立つ(かな?)。

     

  • 司馬遼太郎で歴史を学ぼうとするのは安直!それで知識を身につけようとするのは間違い!だそうだが、世間一般では、司馬遼太郎が娯楽と教養の境界的ポジションなような気がするが。だから両サイドからの受けもよく、売れるんだろうな。
    本書では付録②の日本史ガイダンスが特徴的で参考になる。
    ただし、「日本は単一民族」という記述もあり、この辺は古さがあるなとも思うけど。

  • 大河ドラマ、時代劇、新書等では、物足りない感じになったオッさんの私には、体系的に近現代史を学べた良書。教科書だから当たり前か。

    とくに、財閥の役割を文明開化、GHQによる財閥解体までの流れは、経済環境を踏まえて著述され理解しやすかった。
    後半は、政治経済分野に歩み寄っていくので、経済に関する基礎知識にもなり、再読間違いない。

    宣伝文句にある、新書100冊分の価値は、伊達じゃない。

  • わかりやすい。一気に学び直せる。

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著者プロフィール

安藤 達朗(アンドウ タツロウ)
元駿台予備学校日本史科講師
元駿台予備学校日本史科講師。1935年、台湾生まれ。戦後、鹿児島に引き揚げる。東京大学文学部国史学科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻課程修了。
著書に、『大学への日本史』(研文書院)、『日本史講義』シリーズ、『日本史B問題精選』、『大学入試必ずワカる日本史の学習法』(以上、駿台文庫)などがある。
2002年没。

「2016年 『いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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