ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

制作 : 曽田 和子 
  • 東洋経済新報社
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レビュー : 31
  • Amazon.co.jp ・本 (295ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492222737

作品紹介・あらすじ

貧困から這い上がれない低賃金労働者たちの実態を描く。

感想・レビュー・書評

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  • "格差社会について真剣に考えさせられる1冊です。
    現在の日本、、、更にいえば今後はますます増えていくだろう
    日本の現状。。。
    自分が思っている以上に重い現状がありました。。。
    3章までは飛ばし読み、終章は是非じっくりと読んでみてください。
    格差社会の本質に触れることができますので。
    かなり売れた本ですし、アマゾンやブックオフの100円コーナーでも探すことができる1冊かと思います。"

  • アメリカのジャーナリストが、「働く貧困層」の中に飛び込み、自ら低所得者層の生活を実体験するというルポ。表題のニッケルとは5セント硬貨、ダイムとは10セント硬貨を意味し、併せて「少額のお金しか得られない」という意味になるそうだ。1から3章までは体験ルポだが、表現が冗長で(訳文がこなれていないのかもしれないが)、小見出しがないため少々読みづらい。が、終章はうまいまとめ方で、現代日本社会にも妥当する問題点の整理がよくできており、ワーキングプア問題の軽減に示唆を与える良書だと思う。

  • 本書は,著者による低賃金体験ルポである。日本ではアメリカを先例として語られる機会は多い。本書は,現在のアメリカがどんな社会に行き着いたのか,という事の一端を教えてくれる。「人はみたいものだけをみる」とはよくいわれることだが,アメリカ人にとってもみえないものを示してくれる。

    *推薦者(国教)A.I
    *所蔵情報
    https://opac.lib.utsunomiya-u.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB00377550&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

  • ノンフィクションとしては踏み込みが甘く、問題提起としては類書の足元に及ばず、面白さとしてはあまたの小説に敵わず、とても中途半端な出来です

  • まずは筆者の体を張った取材に感服しました。40代になって社会の最下層と呼ばれる人の生活を実体験するのですから、さぞかし苦労があったものと思われます。

    この本を読んで一番感じたのは、貧困者が最も苦労するのは住宅問題なのだなという点です。トレーラーハウスやモーテルに泊まれば結果的にお金がかかる事は分かっていても、家賃の安いアパートや住宅を借りる際の初期費用を準備出来ないが故に借りる事が出来ない。

    またモーテルを泊まり歩く生活をするので食品等の買い貯めも出来ず、コストの高いファーストフードを食べざる得ない等、最初の住宅費用を用意出来ないが故に高コストの生活をせざる得ないようなのです。

    これは今後の日本においても他人事ではないと思います。ネット難民となるような若年者が発生する一方で、人口減少により住宅は余る傾向にあるのが今後の日本ですので、このミスマッチは早急に解消されるべきです。

    解消の一案として、働く意欲のある貧困層に対して初期の住宅費用だけでも援助する団体があってもいいのではないでしょうか。日本では家を借りる際にも、敷金等の初期コストも相当かかります。

    その点をクリアして、空いている家を低コストでも埋める事が出来れば日本全体がハッピーになる。読み終わってそんな気持ちになった本でした。

  • 「ワーキング・プア」という言葉は、いまや日本でも知らない人がいないほどまで一般的な用語となり、日本でもワーキング・プア問題や格差問題がクローズアップされるようになってきた。
    本書は、その火付け役になった本。アメリカでの格差問題の実態が、如実に描かれている。

  • 「ワーキング・プア」と呼ばれる人々と同じ低賃金の仕事を、作者が身を持って体験する。
    失業の結果の貧困ではなく、フルタイムで働いているのに低賃金のため貧困から抜け出せない人々の暮らし。

  • ひよこ豆のスープというのが生々しかった。

  • アメリカの中流・知識階層に属する著者の思考やマインドが、下流社会の生活の中で、変わっていく、その描写が面白い。

  •  会社=経営陣が自分たち(そして株主)の利益向上だけを考えて行動すると、どんな社会が出来上がるのか。
     2001年にアメリカで出版された本書は、「自己責任」や「企業優先」の発想がもたらした格差社会アメリカの貧困の現場に自ら身を投じた著者の実体験を元にして書かれている。

     「ニッケル・アンド・ダイムド」は「少しの手当てしか得られないで」=「貧困に苦しむ」という常套句だそうだ。
     アメリカの大手雑誌などにコラムをかいているバーバラ・エーレンライクが自身の身分を隠して低賃金労働の仕事を探し、その収入で生活できるかを顕彰したルポルタージュになっている。

     この著作の中でレポートされている労働の実態は、今の日本にも確実に存在するだろう。
     というかむしろ、1990年代後半のアメリカをモデルとして構造改革路線を進めた小泉政権などによって、同じ構造の社会が日本にできたと言うべきなのかもしれない。
     本書がアメリカで上梓された7年後、翻訳出版された2年後の2008年末には「年越し派遣村」が東京日比谷に設置され、日本国内に存在する低賃金労働から抜け出せない人々や、非正規労働者の存在がクローズアップされることになる。
     
     本書を読んで何より感じたのは、

     私自身が享受しているさまざまなサービスや、安価な商品の影に、こうした低賃金労働者が存在していることを、忘れずにいたい

     ということだった。

     著者のエーレンライクはこう書いている。

     貧しいシングルマザーたちが働かずに生活保護に頼って暮らしていけたころは、中流または中流の上の階層に属する人たちは、彼女たちを、嫌悪とまではいかなくても、どこかじれったさを覚えながら見ていものだ。生活保護の世話になる貧しい人たちは、怠け者だとか、好ましくない環境で子供を生みつづけるとか、あるいは麻薬中毒と決めつけられて、厳しく非難された。何よりもその「依存性」が非難の対象となった。(略)だが、政府が「施し物」のほとんどを引きあげてしまっった今、そして、貧困層の圧倒的多数が外に出て、ウォルマートやウェンディーズで身を粉にして働いている今、私たちは彼らをどう考えたらいいのだろう。非難も、恩着せがましい態度ももう合わないとすれば、いったいどんな見方をし、何を感じるのがふさわしいのだろう。

     疚しさ、ではないかと恐る恐る考える人がいるかもしれない。あるいは後ろめたさではないのかと、だが、疚しささ後ろめたさを感じるだけでは、話はそこで終わってしまう。私たちが持つべき正しい感情は、恥だ。今では私たち自身が、ほかの人の低賃金労働に「依存している」ことを恥じる心を持つべきなのだ。誰かだ生活できないほどの低賃金で働いているとしたら、たとえば、あなたがもっと安くもっと便利に食べることができるためにその人が飢えているとしたら、その人はあなたのために大きな犠牲を払っていることになる。その能力と、健康と、人生の一部をあなたに捧げたことになる。(p190)

     大げさだ、と感じる人もいるだろう。でも私は、この著者の感性に同意する。そしてこの社会の構造を変えるため自分に何ができるのか。それを考えながら読んだ。

     私にできるのはまず、労働の対価には正当な評価を下すこと。一定の収入がある層として、安易に安価なサービスや商品を選択しないことだろうか。

     そしてたぶん選挙権の行使。貧困を再生産する社会システムをよしとしない政治家に1票を投じること。

     革命家になれない自分が社会を変革するには、これが最も効果的かな。と思うのだった。

     働く人が働くことで尊厳を得られる世の中。この国がそんな社会であってほしい。
     そんな思いを強くして読了した。

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