幼児教育の経済学

  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (128ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492314630

作品紹介・あらすじ

やる気・忍耐力・協調性――幼少期に身につけた力が、人生を変える!

なぜ幼少期に積極的に教育すべきなのか?
幼少期に適切な働きかけがないと、どうなるのか?
早い時期からの教育で、人生がどう変わるのか?

ノーベル賞学者が40年にわたって追跡調査
脳科学との融合でたどりついた衝撃の真実!

●5歳までの教育は、学力だけでなく健康にも影響する
●6歳時点の親の所得で学力に差がついている
●ふれあいが足りないと子の脳は萎縮する

子供の人生を豊かにし、効率性と公平性を同時に達成できる教育を、経済学の世界的権威が徹底的に議論する。


「就学前教育の効果が非常に高いことを実証的に明らかにしている。子供の貧困が問題となっている日本でも必読の一冊」解説 大竹文雄

感想・レビュー・書評

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  • 本書は、2000年にノーベル経済学賞を受賞したヘックマン教授(シカゴ大学)の著書で、日本では2015年に初版が発行されています。教授の専門は労働経済学ですが、非認知能力を高めるための幼児教育の重要性を説いていて、教育的な価値からも興味深く読むことができます。
    パート1ではヘックマン教授の理論、パート2では各分野の10人の専門家によるコメント(批判も多く含みます)、パート3ではその意見に対する反論も含むヘックマン教授によるまとめ、最後に日本人専門家による解説、という構成になっていました。40年にわたる研究が解説されていて、とても興味深かったです。

    【パート1子供たちに公平なチャンスを与える(ヘックマン)】
    アメリカでは、どんな環境下に生まれるかが不平等の主要な原因の一つになっている。しかし、幼少期の教育的介入によって、認知的スキルだけでなく社会的・情緒的スキルを向上させることができる。高校卒業率が一番高かったのは1970年代初めの約80%で、それ以降4~5%低下した。子供が小学校に入学する6歳の時点で既に格差は明白である。人間の発達は、遺伝子と環境の相互作用であると考えられており、環境への介入は大きな鍵となる。専門職の家庭で育つ家庭の3歳児の語彙は1100語、労働者の家庭では750語、生活保護受給世帯では500語と大きな開きがある。
    ペリー就学前プロジェクトは、1962年から1967年にミシガン州イプシランティにおいて、低所得でアフリカ系の58世帯の3歳から4歳の子供(IQ70~85)を対象に実施された。高校を卒業した親は17%。対照グループは65人。午前中に毎日2時間半ずつ教室で授業し、週に一度は教師が各家庭を訪問して90分間の指導をした。内容は、子供の年齢と能力に合わせた、自発性を大切にし、非認知的特性を育てることに重点を置いたものだった。これを30週続けた後、40歳まで追跡調査している。
    アべセダリアンプロジェクトは、1972年から1977年に生まれた、リスク指数の高い家庭の恵まれない子供57人、対照グループ54人(開始時平均4.4カ月~8歳)を対象に5歳まで毎日実施された。内容は徹底したもので、子ども3~6人に対して教師1人、鉄分強化の粉ミルクなども支給されたり、親の仕事や育児の支援もなされた。30歳まで追跡調査されている。
    ペリー就学前プロジェクトでは、子供のIQは最初高くなったが、介入終了後4年で効果はなくなった。しかし、14歳時点で通学率と成績はよかった。アベセダリアンプロジェクトでは、IQが高かった。両プロジェクトの最終的な追跡調査では、学力検査の成績が良く、学歴が高く、特支教育対象者が少なく、収入が多く、持ち家率が高く、生活保護受給率や逮捕率が低かった。スキルがスキルを生む相乗効果を考えると、幼少期の介入は経済的効率性を促進し、生涯にわたる不平等を低減すると考えられる。認知的スキルは幼少期に確立され、10代になってからの改善は難しいが、社会的・性格的スキルは20代のはじめまで発展可能である。ただ、学習を向上させることからも、幼少期に形成しておくのが最善策である。支援で貴重なのは金ではなく愛情と子育ての力であり、人生で成功するには学力以上のものが必要である。

    【パート2各分野の専門家によるコメント】
    ・母親の役割を奇妙なほどに重要視している。(ロビン・ウエスト)
    ・サンプル数が少ない。介入グループ377人、対照グループ608人の低体重出生児に、3歳になるまで毎日アベセダリアンプロジェクト的な介入をしたが、2歳、3歳の調査では順調だったものの、5歳になるまでには成果の大半は消えてしまった。18歳の調査では差がなくなっていた。(チャールズ・マレー)
    ・思春期の子供に介入実験をしたところ、学習スキルだけを学んだ対照グループより、介入グループの意欲が大きく向上し、成績が急激に反転した。ストレスレベルや素行、健康にも変化が見られ、それは学年を通して続いた。最低の生活をしている生徒にとっては、幼少期を過ぎてからの非認知的要素への介入は、驚くべき効率ですばらしい成果をもたらした。(キャロル・S・ドウェック)
    ・ペリー就学前プロジェクトの介入者は40歳時点で29%が2000ドルの月収を得ており対象者を上回っていたというが、当時の平均所得34000ドルに比べるとかなり少ない。介入者の29%が成人後に生活保護を受けていないというが、逆に言うと71%が生活保護を受けていた。アべセダリアンプロジェクト介入者の23%が4年制大学を卒業。全国平均32%と比べてまずまず。しかし、27%が犯罪を犯しており、全国平均5%をはるかに超えている。プロジェクト費用は、公立学校の生徒一人の平均年間経費より47%も高い。カリフォルニアは学級人数削減に取り組んだが、優秀な教師が大幅に不足して失敗に終わった。(ニール・マクラスキー)
    ・子供の人生の可能性を形作るのは、両親だけでなく、多くの社会的機関(保育所・学校・福祉事務所・医療・警察・裁判所…)も重要であるが、ヘックマンはそちらに重きを置いていない。(アネット・ラロー)
    ・恵まれた層のコミュニティと貧困層のコミュニティの間に平等な場所を作ることが大切。(ジェフリー・カナダ)

    【パート3ライフサイクルを支援する(ヘックマン)】
    ・親への介入は、その就労や教育を推進する。
    ・性格的スキルに着目した思春期への介入もまた利益をもたらす。思春期の介入と幼少期の介入はたがいに対抗するものではなく、補完的なものである。

    【解説(大竹文雄)】
    社会的に成功するためには、非認知能力が十分に形成されていることが重要であり、それが就学前教育で重要な点である。例えば自制心が高かった子どもは大人になっても健康度が高く、30年後の社会的地位、所得、財務計画性が高い。
    日本の貧困率は、1980年代では60歳以上の高齢者で高かったが、2000年代では5歳未満の子供たちである。若年の非正規雇用労働者の増加と、離婚率の上昇によるものであると考えられる。一人親家庭の貧困率は50%を超えている。小学校に入る前から学力格差はついている。就学前教育への支援、とりわけ貧困層への支援に対して税金を投入することは投資効果が高いと考えられる。

  • 幼児教育のHow to見たなたいな内容化と思って購入したが、内容としては公共政策としてどのタイミングで教育に強く介入するのが経済合理性が大きいか、ということについて述べたものであった。

    著者であるヘックマンは第Ⅰ部にて、以下の理由から幼児期に介入することが根本的な教育格差を縮め結果として社会的に大きな便益をもたらすものと述べている。
    ・幼児期における教育がうまくいけば、以降の様々な学習(必ずしも、学力を伸ばすような勉強だけでなく、非認知的能力を高める学習を含む)の礎が築けること。
    ・表面的な所得の再配分だけでは、その子供が大きくなった際に結局は同様の格差に戻ってしまう恐れがあること。

    当該論拠は、ペリー就学前プロジェクトおよびアベセダリアンプロジェクトという幼児期教育に関する取り組みの実証結果に基づいているものの、第Ⅱ部の各有識者からのコメントにていくつか反論されているところもある。
    例えば、上記プロジェクトは相当程度小規模であり、その中でも目に見えた有益性はそこまで大きくなかったこと、統計的・歴史的に考えるとこういったプロジェクトを国家規模に拡大した際には、効果はプラスとマイナスで打ち消しあってほとんどゼロとなること、こうしたプロジェクトに幼児期にかかるコストは相当程度高いことが挙げられる。
    特に、コストの面では思春期に教育に介入するのが効果的であり、プロジェクト期間も比較的短期で済むことから経済的でもあるという実証結果もある。
    結局のところ、「このタイミングが正解だ」という明確な解答は出ていないようである。
    就学プログラムによる効果を本当に正確に確かめるためには、同じ子供を対象にしてプログラムを施した場合と施していない場合とで比較する必要があるが、そのようなことはできないため難しいのかもしれない。

    幼児教育の「経済学」ということで、経済指標として投資利回りを使用してその効果を計っている(かかったコストに対して、どれだけの経済便益(その子供が大人になって生み出した所得など)が出たか)のは面白いなと思ったが、どこまでの範囲を便益に含めればいいか(例えば、教育水準が上がり、自らの健康状態に気を使えるようになった場合、医療費がその分浮くことが想定されるが、これはどう取り扱うか、どのように測定するか等)といった問題があったり、そもそも教育政策の指標を単なる金銭で評価できるのか、といったことも議論の余地があろう。

    個人レベルで活用できることとしては、幼少期には子供との親密なふれあい体験をたくさんすることが非認知的能力向上に役立ち、また読み聞かせをたくさんすれば言葉にたくさん触れることにより認知能力向上も期待できるといったことであろう。

    自らの子育てに生かすという意味では、抽象度が高く難しい本ではあるが、教育とは何かということを考えるきっかけとしてはいい題材になると思われる。

    <参考>
    初めて知ったが、日本国の法律には「教育基本法」というものがある。
    これは、日本国憲法のうち、特に教育に関しての理念を法律として明文化したものであり、全部で4章18条からなる。
    憲法から教育について抜粋し、特別に定めているということで、「教育基本法」は「日本国憲法」の特別法といえるであろう。

  • 有名なペリー就学前プロジェクトやアブシディ?実験などによると、就学前に非認知スキル(成績を上げるための勉強ではなく、生活力的な忍耐力、対人スキルなどの能力)を上げるような教育を施すことにより、成人後の逮捕率、各種依存症率、離婚率、就業率、持ち家率などに有意な差が生まれるとされている。これをベースに、最も社会的なリターンの大きい教育投資は、就学前に非認知スキルなどを上げることであると説く。
    二章ではこれに対して他の識者が見落としている点などを指摘。特に非認知スキル教育はややもするとその時点で優位な集団の(≒白人の)規範を押し付け再生産しかねないという指摘が興味深かった。また、こうした実験と結果の測定が仮説の提唱者によって行われることから、妥当性を疑問視する意見もあった。
    どの説が正しいのか判断しかねたが、成長過程にある人間を対象として社会実験を行うことの困難さはよくわかった。

  • 就学前の教育が、忍耐力や協調性、頑張る力などの非認知能力を高める。ゆえに社会課題である子どもや社会的貧困を解決する一助となると主張する。

    著者の主張への反論、またそれに対する反論も書かれている。著者の主張だけに偏らず、多様な意見を見ることができるのも好感が持てる。

  • まず経済学なので個人レベルで何をするべきか、に関してはヒントにはなっても明確に何かを得られるわけではないので注意。

    ユニークなポイント
    著者の主張と反するような別の研究者のコメントが多数掲載されており、様々な観点から主張を見ることが出来る。
    その代わり主張自体はボリュームが非常に少なく、あっさり読める。

  • 「個人の収入や社会的な状況(貧困・犯罪・麻薬など)に対する費用対効果が最も高いのは高等教育や再分配などではなく、就学前の幼児教育である」という研究結果やそれに対する反論の紹介。
    ここで言う「幼児教育」というのはいわゆる幼児教室や塾などではなく、「貧困などによりネグレクトに近い状態にある乳幼児に対する保育」というイメージなので、タイトルから受ける印象とはだいぶ違う。
    この本に興味を持って読む人(主に親)にとってより重要なのは、最後の日本版解説でさらっと書いてある「保育園・幼稚園が充実している日本でも最も高い所得階層と最も低い所得階層では小学校段階で能力差が認められる。ただし、中所得層以上だと差はない」って部分かと。

  • 公共政策としての就学前教育の重要性と特に社会階層の低い家庭の子供達が就学前プログラムを受ける事で将来の年収等、長期に渡ってその効果が及ぶということを研究したジェームズ・へックマン氏の論文を一般向けにした内容とのこと。再分配ではなく事前分配こそ効果があり、その重要性を説いている。プログラムの具体的な内容にはあまり触れられていないので漠然としたイメージしか持てなかったけど、日本でつい昨年幼児教育の無償化が進められた理由が分かったような気がする。

  • 古市さんの幼児教育義務教育化からこちらにたどり着きました。

    世界ではペリー就学前プロジェクトという大きな研究があったことに驚きました。

    6歳までの教育がいかに将来に影響を与えるかということだが、各分野の専門家などの多方面からの賛否の意見もありました。

    教育といっても特に非認知能力が重要と言うとともに、富裕層、貧困層への支援を呼び掛けてもいる

    ただ、子育てした人が、この教育がいいとか根拠なくいっているものではないので説得力感じる論文みたいです

  • 《幼少期における非認知能力の獲得、向上が高校卒業率や平均所得、生活保護受給率、犯罪率などに影響する》

    幼児教育や家庭教育の啓発書によく引用される「非認知能力」の重要性を説く研究を、原著者みずからコンパクトにまとめたもの

    「非認知能力」やヘックマンの研究に言及するなら目を通しておくべき一冊

    著者が2000年にノーベル経済学賞を受賞したことからもわかるとおり、もともとは労働経済学の分野における教育の投資効果に関する研究であったことに留意が必要

    原著は2013年刊“Giving Kids a Fair Chance”
    邦訳は2015年刊

  • 面白かった!幼少期の教育プログラムに財源を割くことは、幼い頃の貧困を後から矯正しようとするプログラムに投資するよりも効果が得られるとする主張。反論にもきっちりページが割かれていて、勉強になった。ヘックマンは母親による子育ての質ばかり注目しているのは奇妙という反論は面白かった。

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著者プロフィール

ジェームズ・J・ヘックマン
シカゴ大学ヘンリー・シュルツ特別待遇経済学教授
1965年コロラド大学卒業、1971年プリンストン大学でPh.D.(経済学)取得。1973年よりシカゴ大学にて教鞭を執る。1983年ジョン・ベイツ・クラーク賞受賞。2000年ノーベル経済学賞受賞。専門は労働経済学。

「2015年 『幼児教育の経済学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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