経済危機のルーツ ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか

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  • 東洋経済新報社
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  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492395325

作品紹介・あらすじ

日本経済停滞の真因は、80年代からの世界大転換にあった。未来を知るために歴史を振り返る。

感想・レビュー・書評

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  • 本書は「経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか」となっている。アメリカ、ロンドンの金融革命の解説とそれにモノづくり社会から抜け出せず、適応できなかった日本について解説されている。グーグルは、あまり出てこない(笑

    「おわりに」で著者は本書はある意味で自分史であると書いている。

    “60年代の末に最初に留学したとき、私は目がくらむばかりのアメリカの豊かさに圧倒された。

    そして、日本がほとんど問題にされていないことを、認めざるをえなかった。だから、私は、「東洋の小さな国から来た留学生だ」という思いを持ち続けていた。
    …いま統計データを見ると、その当時(メイドインジャパンが世界を席巻した70~80年代)の日本経済が本当に実力を持っていたかどうかに、大きな疑問がわく。80年代に日本が持っていたのは、高い生産性と高い利益率ではなかった。単に量的に拡大しただけだった。グローバリゼーションとはいうものの、工業製品を売っただけで、資本や人的資源のグローバリゼーションは、何も進まなかった。むしろ、70年代の初めまで持っていた対外志向が段々弱くなり、閉じこもり志向が強くなっていった。
    一方、アメリカやイギリスの底力を感じ続けざるをえなかった。都心は廃墟のようになっていったが、郊外はますます豊かになっていった。そこに立ち並ぶ住宅の豊かさ!そして何よりも、大学が強いということを認めざるをえなかった。住宅と大学については、とてもかなわないという思いから、どうしても脱却できなかったのである。80年代に日本が世界経済を制覇してゆく過程においても、その思いは少しも変わらなかった。
    私はいま、40年を経て元の地点に戻ってきた思いを強く持っている。日本は再び世界から忘れられ去られ、東洋の小さな島国に戻りつつある。
    ただし、いまと40年前のすべてが同じであるわけではない。最大の違いは、40年前にわれわれが持っていた「希望」が、いま日本にないことだ。40年前のわれわれは、「明日は今日より豊かになる」と確信していた。
    それは、われわれが貧しかったからである。貧しさこそが、われわれの希望の源泉だった。
    それから日本は豊かになった。もはや、そのときの貧しさに戻ることはできない。では、豊かになってしまった日本に希望はありえないのか?決してそうではあるまい。”

    こう述べて著者は、謙虚に外から学ぶ姿勢を今忘れてしまっているのが問題ではないかと説いている。その通りだと思う。老害がいつまでもいるようではダメだと言うけれど、自己批判と謙虚さと学び続ける姿勢が無ければ何歳だってダメだ。50過ぎたら給与がガタ落ちしていく大企業のシステムは現実的なのかも知れないけれど、それで組織、会社、仕事として是として生きていたら、そりゃあ社会から希望が無くなってもしょうがない。

    ・共産主義国家との対決で、アメリカは一歩もひかぬ姿勢を貫いていた。62年のキューバミサイル危機を克服したアメリカは、熱核戦争を現実の脅威として捉え、それに勝ち抜くつもりでいたのだ。
    核シェルターが、大学のどの建物の地下にも設置されていた。高速道路の休憩所には、核戦争の際の注意書きが掲示してあった。「突然強い閃光を見たら、何でもよいから遮蔽物の陰に隠れろ」という警告である。
    >>/> こういう、直接的な強さがあるよな、アメリカは。

    ・クラウゼヴィッツは、『戦争論』のなかで、「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」という有名な言葉を残したが、第四次中東戦争におけるアラブ産油国は、この逆を実行したわけだ。つまり「原油禁輸」という「他の手段」をもって、戦争を継続したのである。
    >>/> 逆の見方と並べる視点は好きなのだけれど、違和感。近代国家では珍しいのかもしれないけれど、思考としてはいくらでもあるような。テロとかネオナチとか、武力があれば本当はいくらでも戦争したいと思っている輩。それはおくとして、戦争を政治の手段として有機的に捉えられる、把握できる政治家って想像つかない。政治屋と戦争屋の組織の隔たりが大きい気がする



    ・市場経済がそもそも解決しえない問題が存在することは、もちろん認識されている。それは公共財と外部経済が存在する財に関しての資源配分だ。そして、市場が実現する所得分配は、必ずしも望ましいとは言えないということも認識されている。さらに、現実の経済においては、情報の非対称性が存在すること、また市場価格が時としてバブルを引き起こすこと、などの欠陥も認識されている。
    …こうした考え(それでも市場を否定すべきでない)は歴史的に見れば、20年代の経済体制論争にまで遡ることができる。そこでのテーマは、「社会主義国家の中央集権的計画経済は、市場メカニズムに代替しうる資源配分メカニズムになるうるか?」ということであった。
    これに対するオーストラリアの経済学者ルドウィヒ・フォン・ミーゼスの結論は、「中央集権型の社会主義経済では、経済計算は不可能である。したがって、合理的経済活動を行うことはできず、必ず破たんする」というものだ。この考えは、ミーゼスの弟子であったフリードリッヒ・A・フォン・ハイエクによって、さらに深められた。とくに経済主体間の情報の交換について、きわめて深い洞察が示された。そして「インセンティブと両立し、しかも情報の効率性を実現する仕組みは、何らかの意味で価格に頼ったものにならざるをえない」という命題が、第二次大戦後にレオニード・ハービッチによって数学的に厳密な形で示された。
    >>/> 難しい。情報の効率性を担保する別のインセンティブが必要、と理解したのだが正しいのか。wikiで調べたらレオニード・ハーヴィッツ、になっていた。メカニズム・デザインの研究でノーベル賞を受賞している。大阪大学教授安田洋祐氏のブログによると、完全競争市場を前提とした従来の経済理論と異なり、設計された様々な経済制度を統一的に分析できる視点とのこと。面白そう。研究を紹介した本が無いかな~?

    ・共産党の宣伝文書に「現在のソ連は社会主義経済だが、やがて発展して共産主義経済になる」とあるのだが、社会主義経済と共産主義経済はどこが違うのか?」と疑問を抱いた男が、「共産主義経済でも盗みはあるのでしょうか?」と尋ねた。
    それに対する答え。「共産主義社会で盗みはないでしょう。なぜなら、社会主義の時代にすべて盗まれてしまっているからです」
    このアネクドートを聞いたとき、「社会主義経済に対するもっとも正確な説明だ」と感心したのだが、オリガーキーのことを知って、この理解は浅かったと思い知らされた。ソ連社会主義経済において、国営企業は盗まれずに残っていたのだ。
    >>/> オリガーキーに国営企業を盗まれて、資本主義経済に発展してしまいました(笑

    ・70年代に、住宅金融公社に集められたモーゲッジ(住宅ローン)を対象として、「証券化」が行われるようになった。これは、多数のローンをまとめ、それを担保にしてMBSと呼ばれる証券を発行する仕組みである。
    …このころに行われていた証券化は、元となる住宅ローンの元利金をそのまま証券購入者に支払うものであるため、「パススルー型」と呼ばれる。これには、いくつかの問題があった。最大の問題は、リスクと利回りの点で、投資家の要求に必ずしも応じられなかったことである(経済情勢の悪化で住宅ローンの不履行の影響を受ける割に、利回りが高くない。金利の低下で満期になってしまい、自分で必用な時期を選べない。そこから償還の順位に従って証券を三つに切り分ける方法が開発された。シニア・メザニン・エクイティで順にリスクと利回りが高くなる。)
    …これは、金融の効率性を引上げる技術革新だ。住宅購入者のコストが年間170億ドル(1兆7000億円)節約されたという研究がある。このように、住宅ローンの証券化は、消費者にも多大の利益を与える、明らかに有意義な金融革新だったのである。
    …しばしば、「証券化やCDOは、金融工学を駆使して作られた」と言われる。しかし、これらの金融商品を作るだけなら、金融工学もファイナンス理論も必要ない。理論が必要なのは、これらの資産がどれだけの価値があるものかを評価する「価格付け」なのである。そのもっとも重要なところでファイナンス理論が使われず、「格付け」という不完全な手法が使われた。それが問題だったのである。
    >>/> そう!ニュースなんかでサブプライムを見ても、こういう体系だった知識は本当に手に入らない。2007年から、えー7年ほど経ってやっとですが(T_T)。情報入手経路がマスコミである事の恐ろしさ。。

    ・「リスクの移転などあまり大した問題ではない」という意見があるかもしれない。しかし、長期的に見れば、社会がリスクにどのように取り組めるかは、国や経済圏の命運を左右するほど本質的な重要性を持つ。
    15世紀末の世界で、工学的・自然科学的技術では中国に劣っていたヨーロッパが大航海を行い、活動範囲を飛躍的に広げて近代を拓けたのは、保険や分散投資などの「社会科学的技術」によってリスクに挑めたからだ。また、サイズの小さい国が多数存在し、商人の力が強かったことも大きな意味を持った。それに対して、火薬や羅針盤などの工学的技術においてはるかに進んでいた中国が太平洋に向かっての大航海を行わなかったのは、極度に中央集権化された国家体制がリスク挑戦を回避したからである。その後「発明」された株式会社制度も、ヨーロッパのリスク挑戦能力をさらに拡大することとなった。
    >>/> これは大きい。アメリカも大きな大陸で州の力が弱く、大国として歴史を重ねればそうなったと思う。ロシアも中央集権的で、長い目ではそれがリスク回避傾向を持つだろう。松岡正剛も言語の成り立ちの例でinsurance(保険)という言語一つとっても、とこの時期の話を例証してスピーチしていた。日本もjapan(S)を意識すべきである。本当に。

    P:336 推定文字数:24880(34行×40字×P) 抜き書き:2198字 感想:1026字 付箋数:7
    (対ページ付箋:1.91%、対文字抜き書き:0.88%、対抜き書き感想:46.6%)
    ※付随して読みたい本「愚者の黄金(ジリアン・テッド)」

  • 中国が工業化し世界の工場としての役割を担うようになり、製造業からの脱却は必然の方向であった。所詮製造業に固執しても低賃金で生産される中国製品にはかなわない。アメリカはいちはやく経済構造を製造業から金融業中心に変えた。リーマンショックの震源であったにもかかわらずGDPの落ち込みを日本などに比べれば、はるかに軽微に抑えることができた。他方、日本は、失われた20年の間、金融緩和と円安政策により輸出を増加させ、実力以上に景気を回復させてしまった。輸出中心の産業構造から脱却できず、虫の息であった鉄鋼業さえ息をふきかえさせてしまった。脱工業化できなかった日本経済は、リーマンショックによりなすすべもなく地盤沈下し、過剰な生産設備を抱えた製造業の受けた被害はまことに甚大深刻なものとなった。構造改革を怠った代償はあまりにも大きく、外需に依存する経済成長は永続できないことが明らかとなった。高賃金ではあるが、高い技術力を持つ日本の比較優位を生かすことができる国際分業の姿は、機械などの資本財や部品などの中間財に特化することである。にもかかわらず政府の施策はあいもかわらず古い経済構造を温存するものであり、新しい経済構造への転換を促すものではない。現在、再び新興国の活況により輸出産業が元気を回復しているが、好調な時こそ構造改革の好機であり、この時を逸してしまえば日本復権の道はまた遠のいてしまう。40年前、日本は東洋の小さな島国であった。ただし、40年前は「明日は今日より豊かになる」という確信があった。しかし、今は希望がない。謙虚さというものをすっからかんに失ってしまっている。他方、隣国、韓国は今も外国に学ぶという謙虚さをもって奮励努力しており、様々な分野で赫々たる成果をあげている。今の日本に最も求められること。それは謙虚さを取り戻し優れたものに学ぶ勇気をもう一度もつこと。著者の言葉重く心に響く。

  • アメリカはなんだかんだ言っても民主主義のおかげで
    世界で最も成功している多民族国家。
    これが競争力の源。

  • ちきりん「自分で考えるヒント」推奨

  • ドバイ滞在中の読了。
    モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのであり、今後もこのままでは勝てない、という主張。日本の退潮を、このドバイ滞在中も実感した。
    高コスト国で、製造業を重視した日本、ドイツ、フランスは、金融業にシフトした米英に負けており、今後、低価格で製造できる新興国が伸びれば、その差はもっと大きくなる、ということ

  • マクロ経済の近代史(70年代~09年)の教科書になる。
    金融商品の90年代の飛躍から08年のリーマン・ショックまでの変遷もわかりやすい。

    ◆結局、リーマン以降の経済危機って何だったの?
    アメリカが退場し、中国が世界経済をリードする時代の幕開けだったのではない。企業と産業と国家の壮大なる「選別過程」だった。本当に強いものが何かが明らかになった。
    ①強かったのは誰?
    金融:ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、ウェルズファーゴ
    先端IT:グーグル、IBM、アマゾン、アップルなど
    グローバル製造業:アップルなど
    国:新興国、新興国の成長に与することができる先進国米国
    ②負けたのは誰?
    金融:リーマンブラザーズ、メリルリンチ、シティーグループ、AGI
    先進国の製造業:日本の電気メーカ、米国の車メーカ
    国:日本、ドイツ、欧州先進国、アイスランド

    ◆日本の停滞の原因
    バブル崩壊でもない。高齢化・少子化でもない。デフレでもない。
    ドイツと共に生産国として最適化した結果、90年代以降の世界経済の大変化についていかなかったからだ。間接的には年功序列組織も悪。彼らの多くは「脱工業化」の過程にあった90年までの米国と英国を「没落」と読み間違え勝った気でいた。

    ◆日本の停滞を打破するためにすること
    ①古いものの生き残りを支援してはいけない
    ②21世紀型グローバリゼーションの実現。アジア共同体のような地域ブロック化ではない。海洋国家英国(ウィンブルドン現象など)が手本。資本、人的資源の両面で日本を海外に開く。社会構造や企業は形を変える覚悟を持つ。
    ③教育投資を最重要視する
    目的は「中国の前を歩く」こと。学生だけでなく社会人の生涯学習を支援する制度を充実させる。韓国が手本。

  • 2007年からの経済危機・金融危機に至る世界経済変遷の基点を1970年代に置き、世界経済全体の流れを俯瞰的に捉えながら日本経済が抱えている問題の本質を論じた一冊。
    通俗的なものの見方を覆す視点が刺激的な良著です。

    備忘も兼ねて、本著で論じられている流れの要点を以下記しておきます。

    70年代に起こったニクソン・ショックと石油ショックにより、現在の世界経済の仕組みを形作られた。
    第二次大戦後、ゼロからのスタートとなった敗戦国、日本と西ドイツが驚異的な経済成長を実現し、アメリカ、イギリスという戦勝国の経済的地位が相対的に低下したことにより固定相場制を維持することが不可能になる。
    そして、石油ショックの本質は「ドルの価値が、実物財である原油や金に比べて低下した過程」であり、ニクソン・ショックが必然的にもたらした帰結であった。
    また、アメリカやイギリスが、石油ショック後の激しいスタグフレーションに苦しんだのに比べて、日本と西ドイツが石油ショックに比較的適切に対応できた要因は、変動相場制により円やマルクが増価したために原油価格上昇の影響が緩和されたことにある。
    後発工業国である日本と西ドイツは、後発であるがゆえに、戦後、製造業の生産性を急上昇させることができた。
    それ以前から生じていた生産性格差を反映するように為替レートが変化したのが、ニクソン・ショックと石油ショックの本質であった。

    そして80年代。
    経済の低迷に苦しんでいた英米両国に、サッチャーとレーガンという強力なリーダーが出現する。
    サッチャーとレーガンによる新自由主義的な改革が、イギリス、アメリカ両国の経済の効率性を向上させる基盤を形作る。
    この時期、日本の製造業は世界市場を席巻し、アメリカやイギリスの製造業が衰退したと考えるのが一般的だが、アメリカやイギリスで起こっていたのは経済構造の転換であった。
    また、冷戦が続いていたことにより中国をはじめとする社会主義国が世界経済にまだ組み込まれていなかったことが、日本の製造業が強く見えていた大きな要因であった。

    90年代に世界経済は大きく変わる。
    その基盤となったのは、80年代のサッチャー、レーガンによる変革であり、ITと金融工学という技術の発展であった。
    脱工業化に成功したアメリカとイギリスは繁栄し、アイルランドのようなヨーロッパの小国もITと金融により急成長する。
    バブル崩壊後の不良債権処理で手一杯だった日本は、その流れに完全に乗り遅れ、この時期に世界で起こっていた潮流の変化を理解できていなかった。
    ドイツ、フランス、イタリアといった脱工業化に乗り遅れたヨーロッパの大陸諸国も流れに乗れなかった。

    2000年代後半、アメリカとイギリスで大繁栄した金融バブルは崩壊する。
    これを日本では「強欲資本主義の終焉」「やはり地に足がついたモノづくりこそが強い」と捉える向きが多いが、それは事態を見誤っている。
    金融危機による経済の落ち込みが大きかったのは、危機の震源であるアメリカやイギリスよりも、むしろ日本やドイツだった。
    ショックにより世界的に消費の落ち込みが発生すると、財の輸出で食っている日本やドイツは経済の落ち込みが大きい一方、脱工業化しているアメリカやイギリスは輸入が大きく減るものの国内経済への影響が比較的小さくて済む。
    また、価格競争力の面で、日本やドイツの製造業は新興国にもはや叶わない。
    望ましい国際分業の姿を探る必要がある。

    70年代から現在にかけて、変わらないものと変わったものがある。
    ヒトとモノは変わらず、カネと情報が変わった。

    今、日本に必要なことは「変革」。
    第一に、古いものの生き残りや現状維持に支援を与えないこと。
    第二に、21世紀型のグローバリゼーションに対応すること。
    第三に、専門分野での高等教育に力を入れること。

    …ポイントをまとめると以上のようになります。

    著者はエール大学に留学し、スタンフォードで教鞭をとった経験もある国際派だけに、日本から天動説的に世界経済を眺めるのとは違った視点が興味深い。
    個人的には、変動相場制移行や石油ショックの本質を論じたあたりが新鮮で、目を開かれた思いがします。
    日本は脱工業化社会を目指すべき、というか他に方法がない、という点には同感だけど、じゃあ具体的にどんな産業を伸ばしていくべきなのかというのはなかなか難しい。
    英米の真似して金融だITだというのもちょっとしっくりこない気がするし。
    何よりもっと「国を開く」ことに力を入れるべきでしょうな。
    「国を開く」とは、積極的に移民を受け入れるとかそういうことではなくて、海外の英知と資本、カネと情報を取り入れることに貪欲にならなければいけない、ということだと思います。
    「おわりに」で、著者は「日本人は謙虚さを失ってしまった」と嘆いていますが、確かに。
    やはり、まずは高度成長の成功体験を脱却することが肝要なのでしょう。

  • 図書館
    経済

  • ちきりん

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著者プロフィール

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年、東京生まれ。1963年、東京大学工学部卒業。1964年、大蔵省入省。1972年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専門は日本経済論。
著書に『情報の経済理論』(日経経済図書文化賞)、『1940年体制―さらば戦時経済』、『財政危機の構造』(サントリー学芸賞)(以上、東洋経済新報社)、『バブルの経済学』(日本経済新聞社、吉野作造賞)、『「超」整理法』(中公新書)、『仮想通貨革命』(ダイヤモンド社)、『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社:大川出版賞)など。近著に『中国が世界を攪乱する』(東洋経済新報社)、『経験なき経済危機』(ダイヤモンド社)、『書くことについて』(角川新書)、『リープフロッグ逆転勝ちの経済学』(文春新書)、『「超」英語独学法』(NHK出版)などがある。

「2021年 『入門 米中経済戦争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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