「決定的瞬間」の思考法―キャリアとリーダーシップを磨くために

制作 : Jr.,Joseph L. Badaracco  金井 寿宏  福嶋 俊造 
  • 東洋経済新報社
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (279ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784492531792

感想・レビュー・書評

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  • 157 20140523

  • 決断をしなくてはいけないときのためにどのような準備をしておくかという本。哲学者などの考え方をもとに解説している。ニーチェ、カント、アリストテレス、マルクス・アウレリウス・アントニウスなど。
    事例は出ているが、そこに正解が示されているわけではない。
    日ごろから自分に向き合い、どのような生き方をしたいかを意識しておくことが大切という話だと思った。

  • 哲学色があってちょっと難解。でも「こはわが路である、なんじの路はいずくにあるか」「幸運は勇気のある人に味方する」。この二つの文だけでも読む価値はあった。

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    原題はDefining Momentsであるとのこと。
    自分の価値観の「境界線を引く瞬間」を表している。
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    正しいことと正しいこと、のジレンマに陥った時、
    選ぶ選択肢にはそれまでの自分のすべてが現れる。
    のみならず、その先の自分を定義する。
    自分の人生で何が大事か、何が譲れないか。
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    「自分」は極めて多元的で多層的である。
    子供として、夫・妻として、親として、
    友人として、同僚として、ビジネスパーソンとして、
    日本人として、社の一員として、
    男性として、女性として、
    所属、属性など、色んな自分を持っている。
    その中にどのような意味付けがあり、
    どのような自分を大切にするのか、
    そういう問いでもある。
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    とても実際問題として、ということに
    生々しく触れているのが面白い。
    決定的瞬間で自らの望む選択肢を選び、
    それが実現されるためには、プロセスと結果が
    伴わなければいけない。日常的に自分が生きている中で
    選んでいる選択肢、それが影響する。
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    決定的瞬間は小さくとも、見えづらくとも実は
    生きている中での一瞬一瞬で起こり続けている。
    それまでの自分が反映されて「選び」、
    選んだことでまた自分の生き方が新しく「方向付け」される。
    そういう繰り返しで人は自分を定義して行く。
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  • 正誤がはっきりしている場合ではなく、「いずれの選択肢も正しい状況でどちらかを選択して決断しなければならない状況("Defining Moments")において、いかに考えて前に進むか」を、3つのケースを通じて重厚に論じている。哲学、倫理等の観点をも織り込んで3つのケースを深堀りし、決してノウハウを提示するのではなく「問い」を投げかけることで読者自らにも問いかける。"Defining Moments"を乗り越えることで、改めて自分を知り、更なる成長や人格形成につながるわけだが、そうした瞬間をしっかりと感じ取り、本書で投げかけられた「問い」に自ら取り組み、自分の価値観と対峙し内省することを繰り返し実践していくことの大切さを身にしみて感じた。

  • 組織行動?で一部を読んだ。

  • ト、2010.3.29-31

  • 開始:20080120、完了:20080120

    マネジャーが実際の業務の中で直面する問題に対して、倫理的
    にどう取り組んでいくのかを書いた本。一般的な倫理プログラム
    などがそもそも善悪がはっきりしている問題を対象にしている
    、というのは非常に納得がいく。日常の中で繰り広げられる問題は
    決して善悪のはっきりとした問題ではない。誰かにとっては善で
    あり、誰かにとっては悪であるというのが常ではなかろうか。
    そこに切り込んでいる点は面白い。火事の際に1人の子供と3人の
    子供を救う選択は非常に極端な例だが、この問題を端的に表して
    いる。
    結局本書の言いたいこととしては、「正しい選択肢と正しい選択
    肢の間からの意思決定問題を考える」ということだろう。
    しかし、この本はある種哲学書に近いといえるのではない
    だろうか。一般的にみると退屈かもしれない。
    以下メモ。
    マネジャーが困難に直面したまさにそのときに問題を正面から
    見据え、その本質を明らかにする指針。
    家にいるときと職場にいるときとで価値観を使い分けるべきか。
    職場では自分は何者なのか。
    手を汚さずに統率できると思っているのか。
    チェスター・バーナード。『経営者の役割』。
    オリバー・ウェンデル・ホームズ。
    ともに正しい選択肢のはざまで。
    「正しいことを行うこと」といったシンプルな答えをのぞむ。
    業界では「はったり」というがその実は「ウソ」を繕った表現。
    まずゲームに参加しないことにはルールは変えられない。
    手術せずに中絶できることは先進国の女性や医師にとっても朗報のはず。
    あるビジネススクールで参加者に勤務先の企業理念を紙に書いて提出してもらい、
    それをランダムに取り出す。「一つの企業理念を読み上げると、
    必ずといっていいほど5〜6人の参加者が同時に挙手する。しかも、彼らの勤務先
    の業種は、航空会社、製薬会社、配管メーカーなど、まったく関連性が
    ないことが多い」
    企業理念があいまいなのは多くの理由がある。
    短い文言で広範な状況をカバーしようとする。公平さをうたっている会社は
    多いが、「公平さ」とは具体的になんだろう。
    経験豊富なマネジャーに「公平さ」を定義するように求めたら、7〜8つもの定義
    が登場した。「公平さ」をはじめとする人間の基本的な価値観は、
    単純に一言で表現できる対象ではない。それゆえ、企業理念は空文と化して
    しまう宿命なのだ。
    企業が主催する倫理研修などの新しい倫理プログラムは、そもそも善悪が
    はっきりしている問題を対象としている。
    誰一人として不正行為を働いているわけではない。
    人間性を重視したアプローチを超越的な「神の目」の視点に置き換える
    試みであると記述している哲学者もいる。
    基本的な倫理のトレードオフ(二律背反)を明確にすることによって
    問題の所在を明示すうrことができる。
    結果を重視する倫理観はトルーマンの原爆投下の決定を正当化
    するだろう。ただ、無実の人の侵害された権利のことを考えれば、
    その決定は非難されてしかるべきである。
    目の前で燃えている家。子供が4人いる。1人は別の部屋、残り3人は
    もう一つの部屋。つまり、1人の子供を救うか、それとも3人の子供
    を助けるかの選択を迫られる。
    「最大多数幸福」(功利主義)の原則に従えば、3人の子供を救うべき
    だろう。これで正しい選択肢は明確になった。そこで、3人の救出
    のために迷わず駆け出したとき、もう一方の側に1人たたずむ子供
    が自分の娘だとわかった。そのときどんな選択をすべきだろうか。
    原則に忠実な推論なども結局はさほど役に立たないと結論づけて
    しまいたくなる。
    複雑さのかなたにそれを乗り越えたところにシンプルな回答が
    見つかる見込みは多くの人々にはない。
    スリープテスト、倫理的に難しい決定を下した後でもよく眠れ
    ればその決定はおそらく正しかったといえる。といういたって
    シンプルな考え方。
    ものごとは理屈だけではすまない。これが人生の現実。
    特に迷ったときには、自分の心が示すままに従うことをすすめている。
    悩みごとがいつまでも忘れられないなら、その悩みごとは
    悩むに値するもの。
    一般に「己を信じる」ことは、倫理的に難しい問題を解決する
    方法として説得力がある。
    どう感じるかが大切。うんざりした気持ちが長く続くようなら
    何か問題があるはずだ。ミーイズム。
    最低最悪な倫理の持ち主でありながらぐっすり眠れる人が
    いることは
    誰の目にもあきらかだ。ホロコーストの間、日中無残な行為
    をした医師が夜は家族と静かに夕食。
    アリストテレスは、4つの偉大な美徳-勇気、正義、分別、節制、
    が人間の行動を支配するべきだと信じていた。
    平均的なアメリカの子供は16歳になるまでにテレビで殺人シーンを
    18000回目にし、18歳になるまでにはのべ35万回コマーシャルをみる。
    つまり現代の大部分のアメリカ人にとってコマーシャルソングのほうが
    祈りの言葉や詩歌よりもなじみが深い。
    倫理的な本能に従うように求めることはほとんど意味がない。
    道徳・倫理的に難しい決断を迫られると、人間はどうしても直感に
    頼りたくなるもの。
    決定的な瞬間はその人の正体を透明に映し出す。
    アリストテレス『政治学』「人間は生まれながらにして政治的な動物である」。
    部下は上司を常に観察している。
    ニーチェこそが現代の唯一の道徳哲学者。
    「本当の自分になれ」
    ルイスの両親は黒人の客をとらないレストランに予約。
    レストランに到着すると主人は手違いで予約は記録に残っていない
    といい、店内はほとんど空席なのに席を用意しない。
    自宅にもどり母親が今度は旧性を名乗って同じレストランに
    予約をしなおした。レストランは予約をうけた。
    1時間後、一家が到着すると主人は憮然としながら案内した。
    ありのままの世界を観察する。
    ルイス、黒人だからチームに選ばれた。プレゼンをするかどうか迷った。
    でもプレゼンをしようとした。
    ルイスの手は少し汚れてしまっただろう。
    「自分の人生でしかるべき地位を得ていない人には犬も振り向かない」
    J&Jのタイレノール。
    ピーター・アダリオ。
    我々が「事実」を見るときは必ず「自分の解釈」というレンズを通して
    見ているのだと論じた。
    「経験とは半分の真実でしかない」。残りの半分は人がその経験を
    どう受け止め、重みを加え、簡略化し、説明するか大きく異なってくる。
    「自分が大切に思う価値観が組織にとって真理となるようにプロセスを
    全体としてうまく組み立てたか」。
    「真理とはプロセスである」
    現時点を超えて未来を見据えること、つまり長期的な観点に立って
    バランスを追求することと関係している。将来は予測することはできないから、
    バランスのとれた行動計画は起こりうる複数のしなりををカバーし状況に
    応じて柔軟に対応できるだけの懐の深さがなければならない。
    正しい選択肢どうしの間からの選択は、決定的な瞬間であり、
    マネジャーと組織の価値観をときとして取り返しのつかない形で
    明るみに出し、検証し、形成する。
    複雑さの対極にあるシンプルさ。
    他人とのあわただしいやりとりでスケジュール表をいっぱいに
    しないと気がすまない生活、周囲が自分をどう見ているかを
    常に気にした生活とは違った生き方を学ばなければならない。
    つまらぬ名誉欲が君の心を悩ますのであろうか。
    基本的な問いは「よい人生とは何か」に集約できる。
    ニーチェ『自省力』。
    キャリアの研究、「いい生き方とは何か」
    ひとは一人で生きているのではないし、働いている世界では、多くの
    利害が周囲を飛び交っている。
    組織では実際に正しいことができないことがある。
    長いものには巻かれろというタイプでないひとも、宮仕えのなかで
    理不尽な意思決定を迫られることがあるだろう。
    それでも正しいことと誤ったことの見分けがつく限り、その種の
    選択問題はまだまだ手におえる問題だ。どちらも正しいと思える
    選択肢の間から選択を迫られるのが最も難しい。
    ハインツのジレンマ。
    「愛する人を大事にすること」「愛する人を裏切ること」の選択
    なら正邪ははっきりしている。「クスリを買うこと」「クスリを
    盗むこと」もはっきりしている。しかし、愛ゆえに盗むことも正しいし、
    どんなに愛するひとのためとはいえ盗みはしないというのも正しい。
    正しい選択肢と正しい選択肢の間からの意思決定問題だ。

  • 結構究極の中での意思決定って未経験で、他人のを見てもドキドキ・・・。ある執事としてのキャリアを積んでいたイギリス人が"共に働いていた父の臨終を看取るべきか、執事として会議のクライマックスを見届けるべきか"の決断を迫られるとか・・・読んでいてドキドキする例その1です。

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