シン読解力 学力と人生を決めるもうひとつの読み方
- 東洋経済新報社 (2025年2月11日発売)
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感想 : 136件
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Amazon.co.jp ・本 (296ページ) / ISBN・EAN: 9784492762677
作品紹介・あらすじ
東ロボくんの開発責任者で、読解力を調査・研究し、受検者数50万人のRSTを開発・普及させてきた『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者による待望の続編!
ここで言う「読解力」とは、国語や読書の際に用いられる一般的にイメージされる読解力ではなく、「教科書を正確に読み解く力」を指す。そこで著者はこれを「シン読解力」と名づけた。
シン読解力を測るリーディングスキルテスト(RST)の受検者は50万人を超え、そのデータから様々な事実がわかってきた。
・誰もが読めるはずの教科書が読めていない子どもたちがいかに多いか。
・子どもだけでなく、実は大人も教科書や新聞が読めていない。
・シン読解力と学力には強い相関がある。
・シン読解力が低いとビジネスにも支障をきたす。
・シン読解力は学校では教えてくれない。
・シン読解力は国語や読書では身につかない。
・シン読解力はスキルであり、トレーニングによって年齢を問わず身につけることができる。
RST受検者50万人のデータを元に、
シン読解力とはなにか、教科書が読めないのはなぜかを明らかにし、
RSTの成績向上に成功した事例を紹介しながら、シン読解力習得の処方箋を示す。
感想・レビュー・書評
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読書が足りないと思っていたら、そうではなかった。
RST受検受けてみようかな。
0が偶数だったとは。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
シン読解力とは、小説を読んで身につくような種のものではなく、教科書のような説明を理解する力を指しているのだそう。
それが具体的にどんなものなのか、リーディングスキルテスト(RST)も織り交ぜながら書かれていて、なるほど!と納得した。
このRSTが面白くて夢中になってやったけど、なかなかの正答率。ちょっと嬉しい。
問題で使われている文章は間違う要素はないと感じるものだったけど、違った解釈をしてしまう人がいるとしたら大問題だなと思う。
著者が言うように、勉強の前にシン読解力を教える必要があると思う。それを実践しているという相馬市はすごい!-
ねこさん、興味が出てググっちゃいました。相馬市やりますね。教員と児童の板書の共書きなんて主体性や積極性が育くまれるだろうな。全国の学校で採用...ねこさん、興味が出てググっちゃいました。相馬市やりますね。教員と児童の板書の共書きなんて主体性や積極性が育くまれるだろうな。全国の学校で採用してほしい(*^^*)2025/04/27
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10年前は AI の能力がどれだけ人間に近づいたかを探る時代だったが、今は AI をいかに使いこなすかという時代になった。
そのためには、AIがどのようなものかを知らねばならない。
chatGPTが生成する文章は、人間が書いたように流暢だ。
しかし嘘が紛れ込んでいるので、全面的に信用してはいけない。
何故、chatGPTが誤るのかは、正しいことを書くように設計されていないからだ。
以前、chatGPTに宮部みゆきの「火車」のあらすじを聞いたところ、素晴らしく流暢な文章が返ってきた。
何かと間違えている全くでたらめな内容だったが、「火車」を知らない人は信じてしまうだろうと思った。
これは小説の例だが、歴史に関しても一見100点に見えるが、誤りだらけの0点回答をすることもあるらしい。
とんでもない間違いもするが、今や東大に合格するレベルまできている。
かなりの能力だ。
となると、AIの力を借りて効率化を図る(楽をする)スキルを身につけることが大切になる。
生成AIの作成する文章を、きちんと読めることが必要になる。
その前提となる能力が「シン読解力」なのだそうだ。
学びたいことは本やネット(生成AIを含む)でいくらでも身につけることができる。
「独学する方法を身につけている」=「教科書くらいは自分で読んで分かる」この力が「シン読解力」
では「シン読解力」はどうすれば身につけられるか。
「シン読解力」を身につけるトレーニング例が、本書の末尾に50ページ程書いてある。
*同義文判定の問題
水星・金星・地球と火星は地球型惑星である。
上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。
水星・金星・地球や火星は地球型惑星である。
「と」と「や」が違うだけで、「と」と「や」は、どちらも「ものごとを並べるときに使う」言葉。
「と」は全てのとき、「や」は例示のときに使うと説明している。
「と」を使うと「だけが」の意味になり、「や」を使うと「などが」の意味になる。
だから、この2つの文は同義文ではないが答え。
まあ、言いたいことは分るけど、ちょっと、ひっかけ問題みたいで納得できない。
金星・地球と火星は地球型惑星である。水星も地球型惑星である。
金星・地球や火星は地球型惑星である。水星も地球型惑星である。
という文の、「金星・地球と火星は地球型惑星である」は、他に水星もあるから間違った文なのか?
私は正しい文だと認識する。
「と」が、並べたものですべてのとき、という定義が間違っていると思う。
「だけが」という意識はなく使っている人はたくさんいる。
「犬と猫は動物です」は間違いなので、「犬や猫は動物です」と言わなければいけない??
このような問題は「シン読解力」を身につけるトレーニングから削除したほうがいい。 -
面白かった!! 有益な情報が満載でした。
始めはAIの話で、正直あまり刺さりませんでしたが、この後、きっと為になる話があるはずだと信じ、読み進めました(笑)。中盤からは期待通りで、時々出てくるテストに「絶対に正解する!」と燃えながら回答しているうちに、一気に読み切ってしまいました。結構高い正解率で、嬉しかったです(笑)。
筆者が開発したリーディングスキルテスト(RST)に、とても興味を持ちました。ネットで調べてみると、受検料が1650円。実施するにはハードルが高そうです(市全体でやらないかな~)。まずは、提唱しているトレーニング(黙読→音読→聴読→視写→校閲)から取り組んでみようと思います。
【学習言語の性質や特徴】
1. 生活言語と学習言語には顕著な違いがある。
2. 生活言語を獲得しているからといって、自動的に学習言語が習得できるわけではない。
3. 一口に学習言語と言っても、教科によってその特徴はさまざまである。
4. 教科ごとに学習言語が異なると意識しながら教えたり学んだりすると効果的。
【学習言語(シン読解力)の習得法】
・まず、生活言語である日本語をよく耕す。小学3年生までに、基本語彙1万語を身につけ、辞書をひけるようにする。そして、課題の本丸にワーキングメモリを十分に割けるように課題外在性認知負荷をトレーニングによって下げる。
その上で、「学習言語は生活言語とは違う、しかも各教科で学習言語は異なる」という意識を担当の各教員が強く持ち、教科書を読み解くことを授業の中心に据える。そして、言語を扱う科目である国語や古文や英語の教育手法に学び、各教科の「学習言語」の差を意識させながら習得するように心がける。
【グラフの読み取り方のポイント】
・タイトルを上手に使って主語や目的語を作る。
・割合なのか総量なのかを区別する。
・増え方・減り方を的確に表現する(約2倍、3分の1以下、微増、激増、倍増、半減など)。
【学んだこと】
・学校生活をスムーズに進めるには、課題外在性認知負荷を小さくするようなトレーニングや習慣づけが欠かせない。教科書の指定されたページをさっと開く、指定された情報を目で検索してそこに集中する、鉛筆や定規などを使いこなす、といったこと。一つひとつは些細なことに見えるが、負荷が重なるとそれだけでワーキングメモリはいっぱいになり、課題そのものに割く余裕がなくなる。
・「教科書の139ページ開く」という活動が朝飯前な子もいれば、目的のページを開くことこそが、アクティブラーニングである子がいる。「言われたことをしているからパッシブ(受け身)」と思うのは早計。 -
人の心の機微を感じて読み解く読解ではない、一通りでしか読めない文章を読み解く「シン読解力」。
この発想に、目からウロコといいますか、すっかり夢中になって読破してしまいました。
教育論にも通じていて、シン読解力がないことで授業がままならなくなる子供の話などを読むと、たまらなくなってしまいました。
幼少期の語彙の積み上げが大切なことや、トレーニングでシン読解力は鍛えられること、そのトレーニングの方法(新聞の見出し語から一文を作るトレーニング)など、とてもためになりました。
これ、教育委員会の方とか、読めばいいのに。
大人になっても必要なシン読解力。
本書を生かしながら、生活しようと思います! -
一般に言われている読解力とまた別の読解力があるらしい。とても気になってすぐに読んでみました。
作者は「ロボットは東大に入れるか」と銘打って、人工知能のプロジェクトを率いていた方。
前回の著書「AI VS教科書が読めない子供たち」で、著者の言いたかったことが誤解されたので、「シン読解力」という言葉を作ったとのこと。シン読解力とは、「教科書を読み解くために必要な読解力」としている。
1章は、ChatGPTなど、AIに関することが主で、個人的に1番苦手な分野なので何度も途中で寝てしまい、苦行だったが、読解力の話になる第二章からは比較的面白く読めた。そして、ずっと感じて来た、モヤモヤしていた感覚を言い当ててくれ、納得のいくことも書かれていた。読んで良かった。
作者が作ったRST(リーディングスキルテスト)=知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書を自力で読み解く力を測るテスト、の例題が載っている。
見事にたくさん間違えた。掲載されているのは、あまりに正当率が低いので、実際のテストからは除外された設問らしいが、それでも悔しい。自動車免許を取得するとき(私が受けた時なのでかなり昔の筆記試験の話です)の、ミスリードを引き起こさせようと必死な独特な文章を彷彿とさせたのも確か。
このようなやや特殊な文章は、特に読めなくてもいいと思うが、日ごろ感じているモヤモヤは、確かに作者の言うRS Tの能力が大いに関係しているように思う。そしてそれは単に国語だけではなく、あらゆる教科にとって大切である。(作者は各教科に独特の文章の型があるので、その読み方をまず理解すると、国語以外の教科も飛躍的に理解しやすくなると説いている)
昨今、気になるのが、子供が学校からもらってくるお知らせプリント、市から送られてくる文書。文を読んでいて、これはどっちの意味にも取れるがどっちだ?とか、これではよく内容がわからないとか、疑問に思うことがある。自分の読解力が落ちていて理解できないのかもしれないと不安になる。
少しだけ中学の教壇に立つ機会があったが、まず指示が通らないのにびっくりする。自分の指示の仕方が悪かったかなと反省し、1つの指示を出したら、それを終えるまで次の指示は出さない、注意をこちらに向けてから話し始める、など工夫をしてみたが、それでも伝わらない子が1.2割いる。
ではどうしたらシン読解力が上がるのか?鍛える方法は巻末に載ってはいる。ただ、やりにくいというか、このワークをすればいいですよではなく、新聞の文の助詞や省略されている言葉を補ったりと、なかなか手っ取り早くはできない類のものだった。学校や会社の新人研修などで、少しずつ取り入れられるようになっていくと思われる。
自分も、自分の子供も、学校で小学校の時に出されていた音読の宿題をきちんとやっていってなかったが、今になって思う。あれは良い効果があります。やった方が良いです。
他にも有用なことがたくさん書かれていたので、読んでみることをお勧めします。ただやや考え方が凝り固まっている、偏っているようにも感じられるので、読まれて、それぞれが考えてみるのが良いと思います。 -
本が好きだけど読解力に自信がない。
本書に載っているRSTテストをやってみる。間違えた。どんよりと落ち込む。
そして144pの問題に衝撃を受ける。
生活言語(私たちが毎日使う言葉)では「いくつかの」といえば2つとか5つとか、少なめの複数を意味する。
でも、数学では「いくつかの」というのはひとつ以上、場合によっては0以上のあらゆる整数を意味する、らしい。
知らなかった。これってみんな知ってるの?
読み進めるほど自分の無知に心と頭が痛くなる。
でもまあ、読んで良かった! -
【書名】
シン読解力
新井紀子
【手に取った動機】
生成AIがとても便利に使える昨今、本書の題名でもあるシン読解力とは何なのか、自分は果たして身についているのか・身に着けられるのか一抹の不安があることから、手に取った。
【印象に残ったポイント】
・シン読解力とは、前著で述べた読解力のことである
だがしかし、読解力という言葉が独り歩きしてハレーションを生んだので、改めて名称を付与したのだそう。
読解力のない人とお付き合いするのは大変なのだなと、執筆動機から感じた。
・読解力→シン読解力
教科書を読む力。かみ砕くと「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」を「自力で読み解ける力」。
自己完結的な文書とは以下の2点を満たす文書である。
「新しく使う用語を導入する際に、定義と例が書かれており、すべての主張にその根拠が書かれている」
「解釈がひとつ(一意)に定まる」
ここは、私的には前著の読解力という概念がクリアになった瞬間。
かつ、数学は得意だけど国語のテストが苦手だった友人を思い出して懐かしい気持ちになった。
・SPIとRSTの相関性のなさ
一般的な学力テストとRSTは強い相関がみられるのだが、SPIに関してはみられなかったそう。
SPIというのは学力計測とはまた異なるクイズゲームみたいなものなのかなと、勝手に解釈した。
(SPI受けたのは、だいぶ前なのでどんなテストが覚えてないが)
・RSTの正答率が低い問題
→誤読される懸念のあるような文章は、そもそも書くべきではないのではないか。
シン読解力の低下は一義的にはよくないことと感じるが、仕事をするうえで必ずしもシン読解力が高い人だけと働くわけではない。
なので、活用するうえではシン読解力を身に着けたうえで、シン読解力が低い人にわかりやすく文章を書くことが必要と感じる。
(上司がシン読解力の低い人間だと、苦労しそうだけど)
・シン読解力を高めるトレーニングへの疑問
ある新聞記事のリード文を読み、見出しの言葉を(できるだけ)すべて使って一文で記述すること。
これは、RST6分野をアウトプットを通して学習する方法としてはとてもよいと思う。
ただ、新聞の見出しなんて誤読ミスリードするような文章もあり、アウトプットした文章も一般的な人間のシン読解力からすると、正しく相手に伝わらない可能性がある。
このトレーニングを通じて、わかりにくい文章を読みやすくなるとどう嬉しいのかと疑問に感じる。
具体的に役に立ちそうなのは、行政文書をはじめとする間違いがあってはならないことを前提にした、正確でわかりにくい文書くらい?
(RST6分野:係り受け、照応、同義分判定、推論、イメージ同定、具体例同定)
【具体的に生活や仕事にどう活かすか】
・発揮されるシン読解力が低い人がいることを前提に文書を書く
→仕事していると、まじめに書いても文書なんて、ほとんど流し読みされるし、わかりやすく中学生でもわかるように書くものだという通念がある。
(ITおよびコンサル業界の一部かもしれないが)
・脳のワーキングメモリには限界があるので環境設計は大事
脳を課題に向かわせるには、課題外在性認知負荷を除去し、課題内在性認知負荷に向き合う必要がある。
なので、机を片付けて気が散らないようにしておくことやスマホの通知を切るなど(個人差あり)自分に合わせた環境設計が大事と改めて認識した。
【ふりかえり・気づき】
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【要点】
チャットGPTの衝撃
→著者が開発していた東ロボは東大入試の突破はできないと見込んでいたが、チャットGPTは近い将来可能と思われる。
一方、著者のフィールドである学術研究の分野においてもインパクトがあった。
英語論文を書くには、従来は元原稿をDeepLで翻訳し、Gramaryで添削することでブラッシュアップしていたが、
チャットGPTの登場により元原稿すらも、大幅に省力化できるようになった。
ただし、生成AIは正確性ではなく流暢さに強みがあるので、この点は要注意。
外れ値と教師データが不在のものごとは、AIが対処できないのはAIの性質からして従来と変わらず。
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素晴らしい内容でした。
教科によって読み方が違うというのは目からうろこでした。
日本語の助詞から使い方が苦手だというのも、問題を解いてよくわかったし、日本語の構造をやはり理解できていない人が私含め多いんだと改めて感じた。たぶん、N1とってる外国人より日本語を正しく読めていないのかもしれないと思う。それくらいの危うさ、危機感を覚えました。
読解スキルは身につけなければと思いましたし、AIによるシンギュラリティにおびえるよりも、外れ値があるからこそ、うまいこと共存していきたいなと思った。ほぼ毎日ChatGPTに相談していたのはそういう理由かとも納得した。会話の自然さはあるが、嘘はつくということを優先したということなんだね。すごく勉強になった1冊出した。 -
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「文章が読めない」というのは、識字率の話ではない。
当たり前だが、日本の識字率は、限りなく100%に近い状態のはずだ。
しかし、文字は読めているのに、そこに書かれている「意味」や「論理」を本当に正しく理解できているだろうか。
本書が示しているのは、我々が考えている以上に出来ていないという、その現実だ。
(当然、自分自身もあまりの不出来にショックを受けているのだが)
著者の過去2作「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」「AIに負けない子どもを育てる」も勿論読んだ上での本作。
前2作を読んだ時も衝撃を受けたが、本書はさらにその核心に迫っていると言える。
出来ないのは「子どもたち」だけでは決してない。
全世代とも、当然我々大人たちも「読めてない」ということなのだ。
この我々が直面している喫緊の課題に対して、本書はきちんとその処方箋を示してくれている。
果たしてそれが有効なのかどうかは、私の会社内でも試してみたいところだ。
日々の仕事をしていると、社内でのコミュニケーション不全に悩まされることが、非常に多くある。
最近は特にチャットでのやり取りが多くなったために、ある意味手軽にメッセージのやり取りが出来てしまう。
勿論、社内でのやり取りなのに、メールで丁寧に「お疲れさまです」的な作法を入れることが、無駄だという意見はあるかもしれない。
しかしながら、文脈も伝わりにくい短文のみのやり取りがベストかと言われたら、必ずしもそうとも思えない。
要はメールだろうがチャットだろうが、まして口頭だろうが、相手に伝わってこそのコミュニケーションである。
伝える側の問題ももちろんあるし、メッセージを受け取る側の問題も十分にあり得る。
仕事の指示を出しても、意図が伝わらない。
作業のマニュアルを渡しても、勝手な解釈で仕事を進めてしまう。
会議で合意したはずなのに、後から「そんなつもりじゃなかった」と言われてしまう。
これらは単なる「不注意」や「性格の問題」だと思っていたが、本書を読んで、それが間違いだったことに気づかされた。
根本的な原因は「読解力」の欠如にあったのだということだ。
(もちろん、不注意や性格の問題が、ゼロという訳ではない)
確かに伝える側の力量不足もあるが、それも根本は読解力の無さから起因していると思うのだ。
小説を読んで感動するといった情緒的な読解力ではなく、事実を事実として、論理を論理として正確に読み取る力。
著者が名付けた「シン読解力」が、今決定的に不足しているのは間違いない。
IGPIグループの冨山和彦氏も「論理言語」の重要性を説いているが、本質的には同じことだと思う。
「論理的に読み解けない人が、論理的に説明できるはずがない。」
耳の痛い話であるが、問題は「自分は出来ている」と思い込んでいることだ。
日本人である以上、日本語は理解できて当たり前。
日常的に会話が成立しているのだから、どこがダメなのかに納得がいかないということか。
前書から紹介されている「リーディングスキルテスト(RST)」の結果を見ると、自分自身も背筋が寒くなってしまった。
学生だけでなく、大人であっても、教科書レベルの文章を正確に読めていない人が一定数いると言われると、思い当たる節が数々ある。
私が働く会社でも、読解力についてはまさに課題に感じている。
DX推進や、業務効率化を図りたいと思っているが、どうにも上手く伝わらない。
(私の説明が下手なのは、この際横に置いておいて)
こちらが伝えている話の論理的な意味を理解できていないとしたら。
この問題は「生成AI」の登場によって、さらに深刻さを増していると思う。
生成AIが流暢な日本語を生成し、内容についても、あたかも意味を理解しているかのように振る舞っている。
しかし、実際は確率的にそれらしい言葉を繋げているに過ぎない。
AIが生成した文言の真偽を見極めるのは、結局のところ人間となる。
もし人間側に、文章の論理構造を正確に理解する「シン読解力」がなければ、AIの文言を判断できるはずがない。
「AIに仕事を任せる」のは、読解力がある人だからこそ成立する。
読解力のない人は、AIの判断をそのまま受け入れるしか、選択肢が無くなってしまう。
この現実に対して、我々はどう向き合っていくべきなのか。
結局は「トレーニングによって向上させるしかない」ということだ。
地味で泥臭いことかもしれないが、「言葉への感度」を高める取り組みが、組織全体の生産性を底上げすることに繋がるはずだ。
私自身も初心に戻って、一文一文を丁寧に、論理的に読む訓練をしていきたい。
未来を生き抜くためには、改めてやるしかないと思ったのだ。
(2025/8/6) -
「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」第三弾!
これまでの著作で読解力という言葉だけが一人歩きをしてしまい、著者の伝えたい能力との乖離が大きくなったため、教科書を読み解くために必要な読解力のことを『シン読解力』と名付けていた。
この本から、
①生活言語と学習言語には違いがあり、日常的なコミュニケーションが取れていることがシン読解力につながるわけではないこと
②学習言語も教科によって特徴があるため、そのことを意識しながら教えたり、学んだりすると効果的であること
を意識したいと思った。
また、シン読解力はスキルであるため、そのトレーニングを通して、AIの時代を生き抜ける子どもたちを育てていかねばとより強く感じた。 -
読解力がないって、どういうことなのか。解決するにはどうしたらいいのか。トレーニングの方法は。
日ごろの疑問を解決するために、本書を手に取った。著者の以前の作品も読んでいたので、とても面白く、ためになった。その結果、自分の疑問の解決の糸口が見えた気がした。「RST」のテストをまずは自分で受けてみようかと本格的に画策中。きっと自分が受けてみたら、新しい何かが見えてくるのだろうか。 -
第1章でAIについて考察しているところが、すごくわかりやすいと思った。
自分もよく使うが、ネット検索がわりがほとんど。深くハマるとハルシネーションに捕まるかもと怖さがあるので表面的な便利さだけを利用している。例えば「岩波ブックレットでパレスチナ問題に関するものを教えて」といった具合。今日たまたま浮かんだ疑問で「我が家から見てメッカの方位は?」と問うと丁寧な答えが返って来た。スッキリ理解できなくて「中学生にもわかるように教えて」と問うと、それなりにくだいて教えてくれる。この程度の使い方。
第2章以下、「シン読解力」についてはメモりながら慎重に学ばせてもらった。学テを復活させ、自治体や学校、果ては教師にまで競争を強いる政治家や行政は、学力の真実を全く分かってないのだなあ。
RSTは救世主になるかもしれないと思った。 -
AI VS教科書が読めない子どもたちの解決編ということで読みました。
前作では、AIの現状と子どもたちのかかえる問題提起までされていていましたが、その解決策がわからないで終わっていました。
今作はでは、その後の原因を科学的に分析し教科書を読めない子どもたちの要因について書かれています。
学校の授業を思い返すと先生が言っていることが、わからないと思うことがあるともうこの教科はキライとなっていた。
その原因について分かりやすく書かれています。
自分の子も授業についていけてないように感じており、今の子供の読解力がどれくらいなのか試すところから始めてみたいと思います。
この読解力が足りていないと、スポーツの練習でも、一緒に遊ぶときでも読解力のある子に置いていかれてしまいます。将来的には、仕事ができるできないにもつながっていくとても大切なことだと思います。
また、今までただ読書だけしておけば良いと思っていましたが、まずは短い分でも良いので正しく文章を読む方法を伝えていこうと思いました。 -
借りたもの。
何と「教科書の読み方」についての話だった!!
同じ日本語で書いてあっても、国語や数学での文章の書き方の“違い”によって、結果「読めなくて(理解できなくて)」設問が解けない、という本末転倒なケースを明るみにした本。
問題や実際の解答などのエビデンスも多数掲載。
寧ろ、今まで意識していなかった……「そうゆうものなんだ」と思っていた、差異が理解を妨げるという事実。
これは宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』( https://booklog.jp/item/1/4106108208 )が問題にした、知的障害グレーゾーンの話ではない。
今井むつみ『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』( https://booklog.jp/item/1/4296000950 )や石井光太『ルポ 誰が国語力を殺すのか』( https://booklog.jp/item/1/4163915753 )にも通じる話ではあるまいか?
前著『AIに負けない子どもを育てる』( https://booklog.jp/item/1/4492762507 )、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』( https://booklog.jp/item/1/4492762396 )共に読んだ。
この本では、前述著を踏まえて、本来、意図したものが伝わらなかった、と指摘。
後半の「教科書が読めない子どもたち」に注目が集まり、さまざまなメディアに取り上げられたが、
“「教科書くらいは誰でも読めるはず」と考えられていたことにフォーカスが当たったのはとてもありがたいことでしたが、一方て大きな違和感も覚えました。
「だから、国語が大事」、「若者に読書をもつとさせなければいけない」という持論で締めくくるメディアや識者がとても多かったからです。(p.2)”
……確かに国語の教科書の話をしていたものがあったが、それは日本の国語教科書の問題点だったような?
著者は自らの体験で、‘自己流で身につけた「物語の読み方」で、あらゆる教科書を読もうとして、数学や物理・化学など、いくつかの教科書の読み方に失敗していたらしい(p.4)’
各教科の教科書を読み解けるような読解力を身につけるには、読書では不十分なこと。場合によっては、読書で身につけた自己流の読みが、一部の教科の読解を阻害することさえあるという。
‘教科書の書かれ方には、ある種の「型」があり、その「型」を意識させるほうが自由に読ませるより教育効果が高いこと。型を身につけるには、トレーニング以外にないこと(p.4)’
‘18歳以上で、しかもその教科が大嫌いでも、トレーニングの内容が適切で、学習者にトレーニングを継続する能力と意欲さえあれば、人生で困らない程度にはその教科の読み書きを身につけることができる。’
という。
これがひいてはAIを使いこなすための力にもなる。
この本のタイトルでもある、「シン読解力」とは?
「教科書を正確に読み解く力」を育むメゾットだった。
これは一般的にイメージされている読解力とは違う。
読んでいて、私は、問題が提示した定義に基くと、0は偶数だと思っていたから、自分の持っている知識の理屈を持ち出して?躓く人もいる。というケースがあった事に驚く。
その人たちは設問を「読めなかったから」、解けなかった。
これは、“理解していなかった”という意味ではなさそう。
「もっと、ちゃんと、しっかり読みなさい」
書かれていることをそのとおりに読む方法は、「誰だって真面目に読めば読めるはず」だとみなされ、顧みられてこなかった。「シン読解力」を培うための教育手法がこれまで存在していなかった。
1.生活言語と学習言語には顕著な違いがある
2.生活言語を獲得しているからといって、自動的に学習言語が習得できるわけではない。
3.一口に学習言語と言っても、教科によってその特徴はさまざまである。
4.教科ごとに学習言語が異なると意識しながら教えたり学んだりすると効果的。(p.162)
その具体的な習得法は、
●生活言語である日本語をよく耕す。
●小学3年生までに、基本語彙一万語を身につけ、辞書をひけるようにする。
●課題の本丸にワーキングメモリを十分に割けるように課題外在性認知負荷をトレーニングによって下げる。
というもの。
そのためには「学習言語は生活言語とは違う、しかも各教科で学習言語は異なる」という意識を担当の各教員が強く持ち、教科書を読み解くことを授業の中心に据える。そして言語を扱う科目である国語や子分や英語の教育手法に学び、各教科の「学習言語」の差を意識させながら習得するように心がける……
それを行えるのは、「学校」という教育現場で、先生や一緒に学ぶクラスメートがいるからこそできるトレーニングであるということ。
視写が普通だった(パソコンやプリンターが普及していない)時代……それは軍隊が苛烈な訓練で有象無象を一定のレベルにまで底上げするのに似ている。(軍隊の理不尽は別の話)
トレーニングアレルギー……トレーニングは決して悪ではない。 -
近頃の子供はマンガさえ読まない。読解力の欠如の危険性は知っていたが、原因は読書量なのだと思っていた。しかし、この本を読んで、「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」を正しく理解する力は読書量と相関関係がないということを知り、驚いた。
このシン読解力は学力、あらゆるテスト、ビジネスのやり取りにも影響する重要なものという話だが、適切な訓練で向上できるという点に安堵した。学校でやっているアクティブラーニングというやつよりも、こちらの能力向上の方が先決だと思う。 -
筆者はAI利用慎重派として有名で、読解力がなければAIを活用できないと主張し、シンギュラリティは来ないと断言する。おおむね賛成であるが、それをも吹き飛ばすブレイクスルーが達成されるかもしれない。どちらが正しいか、近いうちに結論を見出せることだろう。
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キーワードの「シン読解力」は「教科書を読む力、知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文章を自力で読み解く力」と定義されている。
評者は学生時代から国語を得意としており、一定のシン読解力を持っているようだが、正直に言って学校教育で身につけたスキルだという感覚はない。
よって、日々破綻した文章を読まされて頭を抱えている中間管理職として、本書のメソッドが義務教育の中に組み込まれる事を切に願う。
ちなみに、リーディングスキルテストを受験したところ、「標準以上のシン読解力があるが、理数系の定義文は苦手」という著者の若かりし頃の下位互換のような結果だった。 -
"教科書は日本語で書かれているのだから、
日本語が読めれば自然に教科書も読める"
この問答に引っ掛かりを覚えるのなら、
この本からいろんな気づきを得ると思う。
生活言語と学習言語が異なるように、学習言語の中でもいろんな違いを持っている。そこをうまく橋渡しするのがシン読解力であることを、楽しく学ぶ(知る)ことができるのが、この本。
もっと若くからこのことを知れていたなら、いろんな物事への理解は違うものになっていたのかな?と感じ、子供には是非とも読める年になる頃には読んでいて欲しい本だな、と思います。
著者プロフィール
新井紀子の作品
